妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 何気にあの最強が初登場です。


Trial36 一方通行

 雨が降り始めていた。

 ポツポツ、と徐々に勢いを増す雨に怪訝な表情を浮かべつつ、パトリシア=バードウェイはとりあえず雨宿りの場所を探す事にした。

 

「雨さえ凌げればいいから、屋根がある場所に移動しないと……」

 

 絶対にそこから動くな。

 そういう言いつけをされていたが、流石にこの雨の中、道路のど真ん中に突っ立っている訳にはいかない。兄からのお願いだから聞いてあげたいのは山々だが、それでもやはり女の子であるパトリシアは雨でずぶ濡れになる事だけは絶対に避けたかった。

 トタタッ、パシャパシャパシャ。

 地面に作られた水溜りを踏みつけながら、パトリシアは雨宿りが出来そうな場所を探す。

 人通りのない道路を走り、降りしきる雨の中を駆け、夜の街を進んでいく。

 そして、そんな行動が五分ほど続いたところで、

 

「―――――、え?」

 

 パトリシアは異様な光景と鉢合わせした。

 そこには、黒づくめの集団とガラの悪い白衣の男――そして、地面に突っ伏した白髪の男の姿があった。

 黒づくめの集団の手には物騒な銃などが握られている。白衣の男は地面に寝転がった白髪の男を人を小馬鹿にするような表情で見下ろしていて、その手には大きな工具箱が掴まれている。

 明らかに、異様な光景だった。

 だからこそ、パトリシアは思わず口走ってしまっていた。

 

「――――何、しているんですか?」

 

 あ? と白衣の男が怪訝な声を上げ、パトリシアの方を向き直る。それは黒づくめの集団も同様で、更には今にも意識が途切れてしまいそうな様子の白髪の男も同じだった。

 パトリシアは、言う。

 この異様で異常な状況を冷静に分析しつつも、実兄と実姉には似ても似つかない平和ボケした思考を信じ、更には混乱の末に一つの言葉を絞り出す。

 奇しくも、それは先ほどと同様の言葉だった。

 

「何、しているんですか?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 地面に瀕死の状態で寝転がったまま、学園都市最強の怪物・一方通行(アクセラレータ)は歯噛みした。

 場違いなんてレベルじゃない。こんな殺伐で残酷な殺し合いの場に来るような人物とは、とてもじゃないが思えなかった。もしかしたら超能力者級の力を持っていて、更には実戦経験豊富なのかもしれない――そんな淡い期待が浮かぶ事も無かった。

 少女からは、そんな匂いも香りも気配もしない。

 至って温厚、そして平和。表世界でのうのうと日常を謳歌している、そんな気配しか感じられない。澄んだ瞳は『あの少女』とそっくりで、平和ボケしてそうな恍けた表情もまた『あの少女』を彷彿とさせていた。

 そしてどうやら、一方通行を叩きのめした研究者――木原数多も同じ思考に至ったようで、つまらなそうな顔で金髪の少女を眺めていた。まるで戦場に小鳥が入ってきたのを目の当たりにしたような、そんな表情だった。

 首に装着されているチョーカー型の電極に意識を飛ばしながら、一方通行は考える。

 

(どォする? 見捨てるか、助けるか、それとも利用するか。選択次第じゃァここからの脱出も可能だが……)

 

 彼の最強の能力『一方通行』は現在、使用時間に制限が入っている状態だ。それは八月三十一日に起きた戦いが原因なのだが、それについての説明はやめておこう。とにかく、彼の能力にはタイムリミットがある、という事だ。

 まだ、能力は行使できる。

 しかし、痛む体が動くことを拒んでいる。

 少しは身体を鍛えてりゃァ良かった、と場違いな後悔を浮かべていると、黒づくめの集団の内の一人が木原数多に声をかけた。

 

「どうしますか?」

 

「あ? どうするって、お前。そりゃあ……」

 

 木原はつまらなそうに息を吐くと、

 

「消すしかねえだろ」

 

 考え得る限り、最悪の言葉だった。

 少女――パトリシアは猟犬部隊(ハウンドドッグ)の活動を目の当たりにしてしまっている。存在自体が隠匿されている暗部組織の一つの活動を、だ。それが示すのは口封じという名の虐殺行為で、もしこの場から逃げ出せたとしても彼女は既に追われるべき標的にカテゴライズされてしまっている。実力派の能力者ならまだしも、あんな平和の象徴みたいな顔をした少女では二日と保たない事は明白だ。

 一方通行は、歯噛みする。

 そして、これから行える最良の策を、学園都市最強の頭脳で以って導き出す。

 

(どォせこのままくたばってても結局は殺される。だったらやってやろォじゃねェか!)

 

 少女を救うという訳ではなく、木原数多に吠え面をかかせるためだけに、一方通行は崩れ落ちていた身体に力を込める。

 

(あンなヒヨコ女なンざ死ぬほどどォでもイイが、ここで木原の野郎ォの思惑通りに展開を進められるのも気に食わねェ。イイぜ、最高だ。オマエが歯噛みする瞬間が見られるってンなら、どこまでも血みどろに救ってやるよ――木ィ原ァアアッ!)

 

 学園都市最強の状況判断は、極めて短時間で終了した。

 そこから導き出した最初の行動を実現させるべく、一方通行はずっと『能力使用モード』になりっぱなしになっていた電極に注意を向けつつ、アスファルトに片足の爪先を押し付ける。

 そして、蹴る。

 ――と同時にベクトル変換の能力を働かせ、ロケット並みの爆発力で以って十メートル範囲内に停めてあった黒のワンボックスカーの後部スライドドアに激突し、そのまま勢いよく転がり込んだ。

 

「ッ!?」

 

 運転席に乗っていた男が反応するのを待たず、一方通行は破壊したドア部分の金具を毟り取る。ギザギザに尖った急ごしらえの凶器を振りかぶり、そのまま椅子の背もたれの真ん中に向かってその凶器を突き刺した。

「ぎィっ、ぎゃあああっ!?」椅子を貫通する形で凶器が身体に突き刺さり、運転席の男の口から悲鳴が上がる。しかし幸か不幸か急所は免れているようで、即死には至っていなかった。

 苦悶の声と共に身をよじる男に、一方通行はねめつけるような声で言う。

 

「進め」

 

「ぃ、――――ぁ?」

 

「オマエは三十分と経たない内に死ぬ。さっさと病院に行かなきゃだがな」

 

 一方通行は金具の先に軽く触れる。――男の口から悲鳴が零れた。

 

「だが、ここで俺の言う事を聞かなかったとしても、オマエは木原の野郎に殺される。……ここまで言えば分かるな? 死にたくなきゃァ黙って俺の指示に従え」

 

「ひっ!?」

 

 決断するのに、そう時間はかからなかった。

 男は甲高いエンジン音と共にエンジンを噴かせ、暴れるように車を発進させた。

 進路上にいた猟犬部隊の男たちが、転がるように左右に散っていく。そんな男たちに木原数多が何かを叫び散らしていたが、一方通行は気にしなかった。

 暴れる車の後部から、少女の位置を確認する。

 

「右へ寄せろォ!」

 

 後方から迫り来る銃弾に怯む事無く、一方通行は道に突っ立っている少女に向かって手を伸ばす。

 少女が縮こまっているせいで、手を限界まで伸ばしたとしても届く保障はない。もしかしたら手は届かずに、少女が銃弾の雨に倒れてしまうかもしれなかった。

 しかし、それでも怪物は手を伸ばす。

 後方からの銃弾が顔を掠めたが、一方通行は無視して少女の腕を掴む。非力なままでは彼女を持ち上げる事すらできないので、ベクトルを制御して少女の身体を無理やり車内へと引きずり込んだ。

 そして、その挙動の中で、運転席の男に突き刺さっている金具に触れる。

 耳障りな悲鳴が前方から聞こえてきた。

 一方通行は隣で目を白黒とさせている少女に聞こえないように気を配りながら、小さな声で囁いた。

 

「……騒ぐな。イイから黙って前進しろ。時間がねェのはお互い様だろ?」

 

「お、お客さん、どちらまで……?」

 

「そォだな」

 

 少女から金具が見えないように身体を動かしつつ、怪物は告げる。

 

「イイ医者を知っている。普通の医者じゃァその傷は治せねェだろうな。そこまで案内して欲しかったら黙って俺の人形になる事だな、運転手」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 後方のアックア。

 無骨な男の口から告げられたその名前に、コーネリアはただただ恐怖に震えていた。

 

(嘘、だろ……何でよりにもよって、俺との相性が最悪な奴が出てくるんだよ!?)

 

 後方のアックア。

 またの名を、ウィリアム=オルウェル。

 『神の右席』の一人にして後方を司る魔術師。元はイギリス屈指の傭兵で、しかも聖人と聖母の二つの性質を持ち合わせる『二重聖人』――それこそが、コーネリアの知る限りの彼の詳細だ。

 『聖人』

 それはコーネリアが持つ『荊棘領域』の副効果――『聖人殺し』を諸に受ける種族ではある。故に彼との相性は良さそうに聞こえるが、それは大きな勘違いである。

 後方のアックアは、聖人としての力が無くても凶悪な戦闘能力を実現できる。

 コーネリアの能力は荊が対象に絡みついている間しか発動しない。しかも不幸な事に、彼の荊は特別製でも何でもない。アックアほどの怪力が本気を出せば、荊は見るも無残に呆気なく千切れてしまう事だろう。

 圧倒的なまでに最強。

 そして、最悪な事に勝ち目はない。

 雨に濡れた手を握り締め、コーネリアは口を開く。

 少しでも隙を作るために、コーネリア=バードウェイは無駄口を叩く。

 

「……ローマ正教の最暗部がこの街に何の用だよ。観光、って感じの雰囲気でもねえよな?」

 

「私としてもまさかこのタイミングで外野に出向くことになるとは思ってはいなかったのだがね。少々事情が変わったのだ」

 

「事情、だと?」

 

「『幻想殺し』という名前に聞き覚えはあるな?」

 

 その問いに恍けようかと一瞬考えたが、相手の神経を逆撫でする以外に効力はないと判断したため、コーネリアは黙って首を縦に振った。

 

「神の奇跡を打ち消す右手。その持ち主である上条当麻。我々はかの少年をローマ正教の脅威と判断し、必要と在らば処分する為にこの街に来た次第である」

 

「……やっぱりかよ」

 

 神の右席と上条当麻の激戦はしっかりと記憶に刻まれている。彼の『幻想殺し』を巡って学園都市やアビニョン、そしてロシアを舞台に繰り広げられた戦いは、正史の中で最も記憶に残る戦いだった。

 故に、アックアの狙いが上条当麻という事には何の違和感もない。

 だが、ここで一つの矛盾――というか、疑問が浮上する。

 

「上条当麻が狙いだっつってんのに、何で俺の前に現れた? しかもご丁寧にわざわざ人払いまでしてる始末だ。気のせいかな、俺にはアンタがこの俺を狙っているようにしか見えねえんだよ」

 

「―――、」

 

 ぴく、と怪物の眉が微妙に動いた。

 しかし怪物はつまらなそうにコーネリアを上から下まで一瞥し、

 

「少々事情が変わった、と言ったはずだ。そもそも私がこの街に出向く予定はなかったのだよ」

 

「他の『神の右席』が一人で来る予定だった、とか言うんじゃねえよな?」

 

「残念ながらその通りだ。噂通りの推察力であるな。敵としては申し分ない」

 

 アックアの表情は変わらない。

 

「前方のヴェント。そう呼ばれる私の同僚がこの街を訪れている。元の計画では彼女一人での襲撃だったのだが、私も同行する事となってしまったのである」

 

「回りくどい言い方なんてしてんじゃねえよ。ハッキリと簡潔に言ったらどうだ?」

 

「……それもそうだな。私も無駄な時間を浪費したくはない」

 

 アックアの表情は変わらない。

 コーネリアの生意気な言葉にも、アックアが苛立つことはない。

 弱者が必死に虚勢を張る姿に一笑する事も無く、アックアは求められた答えを提示する。

 

「『聖人殺し(セイントキラー)』。神から与えられし奇跡を持つ者達の天敵と成り得る唯一無二の力。――そう、コーネリア=バードウェイ。私は貴様を標的としてこの街にやってきたのである」

 

「………………下手な冗談は嫌いなんだがな」

 

「私が冗談を言うような人間に見えるのであるか?」

 

「……だろうな」

 

 アックアは嘘を吐かない。

 かつては騎士として選定される直前だった存在だ。そんな彼が無駄な嘘を戦場において吐き出すなんて、絶対にありえない。

 どこまでも正々堂々。

 どこまでも直進姿勢。

 『神の右席』の中で最も真面目で、最も頑固で、最も戦闘に向いている。ごろつきの傭兵でありながら魔術師としても一級品で、世界中の荒事を一人で幾つも処理してきた絶対無敵の救世主。

 それが、後方のアックア――いや、ウィリアム=オルウェルと呼ばれる男の称号だ。

 頬を伝う冷汗が雨で流されていくのを感じながら、コーネリアはぼんやりと思う。

 

(おそらく、ヴェントは上条ン所に行ってるはずだ。アックアが俺の目の前に現れてる以上、その予想は外れちゃいない。そもそもの話、ヴェントは上条だけを標的にこの街に来てるんだから、俺にわざわざ接触する理由はない)

 

 状況は察した。

 だが、ここからの一手が見つからない。

 一歩動けば足をねじ切られ、一歩進めば腕を切り落とされる――そんな絶望的な未来しか思い浮かばない。

 最悪な敵だ。

 身体能力でも戦力でも魔術面でも精神面でも。

 全てにおいて、ありとあらゆるステータスにおいて、コーネリアはアックアに軽く及ばない。

 

「……チッ。せめてレイヴィニアがいれば良かったんだが」

 

「妹に頼ろうとするその根性、貴様は中々に腐っているな。しかし、分からなくはない。弱者が強者に助けを求めようとすることは、至って自然の摂理である」

 

 分かっている。

 普段はレイヴィニアを避けているくせに、都合の良い時だけ妹に頼ろうとしている自分が最低な人間だって事ぐらい、自分が一番分かっている。

 分かっているからこそ、折れそうな心を護る為に弱音を吐いたのだ。

 絶対無敵の妹の存在を思い浮かべる事で、自分の弱い心に喝を入れたのだ。

 

(勝ち目はない。そんな事は分かってる。……だが、ここでむざむざと殺される気はねえ!)

 

 何が何でも抵抗する。何があっても生き延びる。

 愛する妹達を残したまま、ここで無残に死を迎えるつもりはない。

 

幻想(ラッキー)なんて起きる訳がねえ。俺は主人公じゃねえから、そんな奇跡が起きるなんてことは絶対に有り得ねえ)

 

 アスファルトに足を踏み込み、震える身体に力を込める。

 絶対に勝てる訳がない敵に少しでも抗うべく、コーネリアは荊を操る能力に意識を向け、

 

 

「―――そこで何してるの?」

 

 

 心臓が止まるかと思った。

 ん? とアックアは怪訝な表情を浮かべ、声のした方――後方へと振り返る。

 距離は三十メートル程だろうか。そこらの脇道から不意に出てきてしまったのか、それとも『人払い』の魔術に反応してやって来てしまったのか。とにかく、この場には相応しくなく、且つ、最も相応しい少女の姿がそこにはあった。

 その少女は腰までの長さの銀色の髪を持ち、白い肌と緑色の瞳を持ち合わせた美しい少女だった。格好は、紅茶のカップのような豪奢な装飾が施された金と白の修道服。だが、その修道服はアンバランスな安全ピンで留められていて、場違いにもその少女に可愛らしい三毛猫が抱えられている。

 心臓が止まるかと思った。

 よりにもよってこの最悪なタイミングに、よりにもよって最悪な少女が来てしまった。

 不幸と不遇と不運が混ざりに混ざって相乗効果を生んだとしか思えない展開に、コーネリアは思わず呆然としてしまっていた。

 そして、硬直から解放されると同時に、コーネリアは口にする。

 彼女は。

 彼女の名前は、

 

「……何でこんな所にいるんだよ、インデックス……」

 

 十万三千冊の魔導書を内包する魔道書図書館の登場にコーネリアは絶望し、

 

「……ほう?」

 

 最強の聖人は珍しい事に僅かに表情を変化させていた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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