怖い人だと思った。
それと同時に、優しい人だとも思った。
謎の武装集団に銃口を向けられていたところを助けてもらったパトリシアは、隣の座席で不機嫌そうに座っている白髪の少年――一方通行に申し訳なさそうに頭を下げた。
「先程は助けていただいてありがとうございます」
「礼なンざ要らねェよ」
お互い様だからな、という最後の言葉はパトリシアには届かなかった。
届かなかったが、彼の言いたい事ぐらいは理解できていたので、パトリシアはすぐに謝罪の姿勢を解除した。とりあえずは彼の機嫌を損ねないように気を付けよう。ここでわざわざ険悪になる必要もないのだし。
疾走するワンボックスカーの窓から、夜の学園都市を眺め見る。この街には完全下校時間という門限のような時刻が存在し、それ以降の時間帯は学生の外出が固く禁じられている――そう、コーネリアから聞いている。
だからなのかもしれないが、夜の学園都市は妙に静かだった。警備員と呼ばれる大人の組織の姿すら確認できない事には、妙に引っかかったが。
得るものは何もない。そう判断したパトリシアは後部座席の背もたれに体重を預け、再び隣の少年に話を振る事にした。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はパトリシア、パトリシア=バードウェイと言います。あなたのお名前は何ですか?」
「いちいち五月蠅ェガキだな。五分も黙っとけねェのかよ」
「親切な人には自己紹介をしろ、というのが兄からの教えですので」
「チッ」
その兄貴とやらに出会う事があったらとりあえずは打ん殴ってやろう。心の中で小さな決意をしつつも、一方通行はパトリシアの問いに返答する。
「……一方通行だ」
「アクセラレータ、ですか? 見た目は日本人なのに結構外国人っぽい名前ですね。いや、逆に最近妙に有名なキラキラネームと言うヤツなのかな……」
「……はァァ」
やはり、五月蠅い。
元々お喋りなのか、それとも今の緊張状態を打破したいがために喋りまくっているのか。とにかく、隣の金髪少女は独り言をぶつぶつ漏らしていて、時々こちらに話を振ってきていて、総合的な答えを出すとこの少女はとてつもなく五月蠅かった。あのクソガキ程じゃねェがな、と一応のフォローは思い浮かんだが、この少女にその話を振ってもどうせ分からないだろう。ここは沈黙を押し通すのが何よりもの最善策だ。
無理やり引っぺがされた事で吹き抜け状態となっているドア付近から外を眺める。幸運にも、猟犬部隊の姿は確認できなかった。もしかしたら視認できない位置からこちらを狙っているのかもしれないが、その可能性は極めて低いと思われる。木原数多がそんなチマチマした事をするとは思えないからだ。
いつ、襲撃があるか分からない。
それを念頭に置き、これから行動しなければならない。
(木原の野郎ォが見つける前に、何としてでもあのクソガキを保護しねェと……)
ゴルフボールのように飛ばしてしまったが、着地地点ぐらいはしっかり計算済みだ。故にあの少女が大怪我をしている可能性は極めて低い。あの少女の事だから無茶な行動はしないと思うが、もしかしてのことがある。なるべく早く捜索作業に取り掛からなければなるまい。
スピード上げろ。そんな意味を込めながら、運転手に突き刺さっている金具を軽く揺らす。びくんっ! と運転手の身体が上下に跳ねた後、アクセルが勢いよく踏み込まれた。
☆☆☆
薄らと、何があったかは理解していた。
インデックスを抱えて何とかアックアの索敵範囲外への逃亡に成功したコーネリアは路地裏の壁に背を預け、力なく崩れ落ちていた。
どうやって、自分がアックアから逃げ出したのか。
その一部始終は意識のないときに起きていたが、何故か記憶だけは鮮明に頭の中に残っていた。
(聖人の力、って奴だろうな。俺の『聖人の力を抑え込む荊』が制御できなくなったから発動した、って絡繰りか? っつー事ァ、荊の制御を完璧にすりゃあ、聖人の力を自在に扱えるって事になるんだろうが……)
だとしても、それはあくまでも机上の空論だ。この手で実現させるまでは完全な答えとは言えない。
アックアに嬲られた身体が激しく痛む。ここまで逃げ走れた事がまず奇跡に近いのだ。こんな状態でまだ戦闘を繰り広げなければならないと思うと、本当に涙が止まらなくなる。内臓はちゃんと元の位置にあるんだろうな? という疑問が浮かんだが、確かめる術がないのでとりあえず保留する事にした。
路地裏の壁をぼんやりと眺めながら、能力を発動してみる。――大丈夫。『荊棘領域』を扱えるだけの気力はまだ残っている。そのおかげで聖人の力は今は使えないだろうが、あんな博打の様な力にずっと頼る訳にもいかないので、まぁ今は能力が使えるだけ良しとしよう。聖人の力が身体に与える負担はあまりにもデカすぎるので、あまり多用したくはない。
その証拠に、身体が不自然に重かった。
出血多量が原因な様な気がするが、それ以外にも、聖人の力行使による反動が大きな要因となっているのはまず間違いない。神裂火織も聖人の力を長時間使用する事は出来ないらしいし、聖人の力というのはやはり人間の身で扱えるほど簡単なものじゃあないんだろう。
(とりあえず、聖人の力については後回しだ。今はとにかくインデックスを安全なところに避難させよう。そうだな、やっぱり安全地帯の代名詞である病院がベストだな。あそこなら、何があってもインデックスを護ってくれるはずだ)
そうと決まれば行動するのみ。
隣で眠っていたインデックスを揺らして無理やり覚醒させる。
「ん……にゃ……?」
「こんな時に寝てられるとか流石だな大食いシスター」
「あ、コーネリア……って、コーネリア!? き、傷は大丈夫なの!? というか、あの魔術師は一体どこに!? あーもー、訳が分からないんだよ!」
「説明はこの争乱が終わった時にでもしてやるから、とりあえずは俺の言う事を聞いてくれ」
出来るだけ懇切丁寧に。
コーネリアは頭の中に導き出されていた策をインデックスに説明する。完全記憶能力を持つ彼女に説明の二度手間は必要ない。彼女は、言われたことを完璧で完全な形で記憶するのだから。
コーネリアからの説明を受けたインデックスは、しかし、複雑な表情を浮かべていた。
「私がやらなきゃならない事は分かったんだよ。……でも、コーネリアはどうするの? そんな傷で戦える訳がないんだよ!」
「だが、俺以外に戦う奴がいねえっつーのも確かだ。レイヴィニアは呼べねえし、上条とも連絡がつかねえ。しかもあいつは怪物クラスの聖人だ。聖人の天敵である俺ぐれえしか戦えねえんだよ」
「何が天敵なんだよ! ボロ布みたいにボコボコにされたのに!」
「……お前は本当に優しいな、インデックス」
少女の叫びは、コーネリアの心を癒していた。
しかし、彼が少女の叫びに応える事はない。
壁を支えに立ち上がり、がくがくと震える足で大地を踏みしめる。折れた骨が体内に刺さり、脳に激しい激痛が信号となって襲い掛かる。保ってあと数分かそれぐらい。戦闘なんてできる訳がないことぐらい、誰が見ても明らかだった。
でも、コーネリアは戦う。
一人の優しい少女を逃がす為に、一人の可愛い妹を護る為に。
そして、一人の強い少女を泣かせないために。
コーネリアはインデックスの方を振り返らない。
純白の少女に背中を向けたまま、コーネリアはこう言い残した。
「
さぁ、戦え。
愛しの聖人と再会する為に。
さぁ、立ち上がれ。
最強の聖人と相対する為に。
☆☆☆
コーネリアが最初に取った行動は、とりあえずの応急処置だった。
近くにあった薬局に入り、気絶している店員に謝罪の言葉を述べながら、店内にある救急道具を自身の傷に使用していく。学園都市の薬局は薬屋生活用品以外にもしっかりとした医療用品が揃っているのが特徴だ。その中から差し板を選び出し、不恰好だが骨折箇所を包帯を駆使して固定した。動きは制限されるが仕方がない。少しでも痛みを和らげる選択をしなければならないのだ。
レジカウンターに代金を乱雑に置き、コーネリアは外に出る。
外は、雨に包まれていた。
見るからに大雨で、視界は酷く遮られている。動きは制限されるだろうし体温は奪われるだろう。戦いの場としては確実に最悪だと言える。
だが、それはアックアも同じだ。
同じ条件、同じ戦場。身体のコンディションの差は歴然だが、それでも対等の条件があるだけで、少しは勝機が見えてくる。
正面から立ち向かっては絶対に勝てない。
アックアの予想をどれだけ上回るか。アックアを倒せるだけの卑怯な手をどれだけ使用するか。――それが、コーネリアが唯一行える戦術だ。
聖人の力には期待しない。荊のオンオフを完全に掌握できていない以上、あんな奇跡に頼るのは流石に愚の骨頂過ぎる。
持ち合わせた手札だけでこの戦いを乗り切る。
それこそが、彼に与えられた試練なのだ。
「……無事に生き延びたら神裂に会いてえな、ってのは流石に死亡フラグかな」
自虐なのか気休めなのか、コーネリアは雨の中で独り言を呟く。
そんな中。
ふと、コーネリアの目に映るものがあった。
それは――
(――猟犬部隊……だが、気絶してる?)
道路のど真ん中でぶっ倒れている数人の猟犬。
彼がその中で目を付けたのは、日常生活では絶対に無関係な無骨で物騒な凶器の数々だ。銃やナイフ、手榴弾に閃光弾。もしかしたら煙幕なんかもあるかもしれない。ダメージ軽減のための装備なんかは、考えるまでも無くあるはずだ。
不幸の中に転がっていた、一つの
今にも気絶してしまうそうな身体を根性と気力だけで持ち堪えさせながら、コーネリアは思わず呟いていた。
「……使える、か?」
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!