妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

46 / 74
 二話連続投稿です。

 『主人公がナチュラルにゲスで嫌い』という評価を頂きましたが、評価には返答をできないのでこの場を借りて謝辞と注意喚起を。

 誠に申し訳ございませんが、この物語の主人公は意識的に性格と境遇の悪い人物として設定していますので、ご容赦くださると共にご注意ください。




Trial42 嫁姑戦争

 また病院(ココ)か、とコーネリアはぼんやりと思った。

 それと同時に全身を激痛と倦怠感が襲い、コーネリアはふかふかベッドの上で「うぎぎぎぎ……」と悶え苦しんでいた。よくよく見て見れば全身に包帯やらギプスやら点滴やら、三大重傷処置のオンパレードが付属されていて、コーネリアの顔が思わずひくくっと引き攣ってしまう。

 そして次に、ベッドに寄りかかる様にして眠っている、可愛らしい妹の姿が目に映った。ふわふわとした金髪と幼い顔立ちが特徴の、天使な方の妹――パトリシア=バードウェイ。そう呼ばれる少女が、コーネリアの目の前ですやすやと寝息を立てていた。

 多分だが、ずっと傍にいてくれたんだろう。

 コーネリアが眠っている間、ずっと傍にいてくれたんだろう。

 やっぱりコイツは天使だよな、とコーネリアは彼女の頭を撫でようとするが、両手がギプスで固定されている事に気づき、残念そうに眉を顰めた。レイヴィニアやパトリシアは極度のブラコンだが、コイツも大概重度のシスコンだと思う。

 あれから、どれぐらいの時間が経ったのか。一日か二日か、それとも一週間か。近くに時刻や日にちを知る道具が置かれていない為、疑問を解消する事が出来ないでいる。

 アックアは「二週間待つ」と言った。

 彼の記憶が正しければ、二週間後、アックアは『幻想殺し』を狙って学園都市にやって来る。その時に天草式十字凄教とアックアの激戦が繰り広げられることになる――そんな記憶が彼の頭には刻まれている。

 おそらくは、それが戦いの場になるのだろう。

 上条当麻と天草式十字凄教と神裂火織。

 それに相対するのは、最強の聖人・後方のアックア。

 そこに、コーネリア=バードウェイという異物が入り込むことになるんだろう。

 叶うのならば、是非傍観者の立場でいたい。

 だが、そうは問屋が――いや、アックアが許さないだろう。彼は絶対に約束を守る男だ。そんな彼との、男と男の約束をこちらが破る訳にもいくまい。

 強くならなくてはならない。

 『荊棘領域』と聖人の力の折り合いをつけ、更には精神的にも強くなる。――本当の意味での強さを、本気で手に入れなければならない。

 時間はない。

 アックアとの戦いまでに、何としてでも次の段階にまでステップアップする必要がある。

 ―――だが。

 

「強くなるっつっても、何をどうすりゃいいのかが皆目見当つかんしなぁ」

 

 アックアとの勝負の際に根性と気力で本領を発揮できていたのだから、不可能という訳ではないんだろう。相性が最悪の二つの能力を上手く制御する方法は、おそらくであるがちゃんと存在しているんだろう。

 問題は、どうやってその要領を掴むか、だ。

 身体を鍛えるのとは訳が違う。精神を鍛えるのとは訳が違う。

 見えないものを、二つ同時に鍛えなければならない。

 それは、考えるまでも無く困難な道だ。

 

「対聖人用の原石と元の原石に抑え込まれてた聖人の力。この二つを上手く使えるようになりゃあ、今までよりももっと上手く立ち回れるのはまず間違いはねえ」

 

 聖人と聖母の素養を併せ持つアックアと、今度こそ互角以上の戦いを繰り広げる事が出来るかもしれない。

 気付くと、心なしか、体温が上がっていた。

 それは、彼がアックアとの戦いに向け、少なからず高揚しているという事だった。

 コーネリアは、窓から空を見上げる。

 彼はまだ知らないが、決戦の日まで残り一週間。

 上条当麻がアビニョンで騒動に巻き込まれている最中、コーネリア=バードウェイはついに強くなる覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 神裂火織は学園都市の病院にいた。

 更に詳しく言うのならば、病院内の購買でじ―――っとスナック菓子を物色していた。

 

(うーむ……やはり彼も育ち盛りなのですし、このような菓子を持っていく方が喜んでもらえるのでしょうか? ……いやいや、彼はあくまでも病人なんですし、ここは心を鬼にして栄養満載のサラダを届けてあげるべきでは……?)

 

「無駄に目立つエロ女がこんな公衆の面前で考え込むなよ目に悪い」

 

「え?」

 

 声は、すぐ右側から聞こえてきていた。

 疑問の声と共に神裂はそちらを振り返り、そして驚いた。

 そこにいたのは、ふわふわとした金髪と古いピアノのような印象を与える服が特徴の少女だった。そして何処か、例の少年に似通った顔立ちの少女だった。

 彼女は、少女の事を知っている。

 少女の名は――

 

「れ、レイヴィニア=バードウェイ!? 何故あなたがこの街に!?」

 

「あまり大声を出すなよ、東端の島国出身。病院では静かにしろと習わなかったのか?」

 

「あ、えと、それは……も、申し訳ありません」

 

「よろしい」

 

 聞き分けの良い奴は嫌いじゃない、とレイヴィニアは邪悪に笑う。

 神裂は手に取っていた『超ぼりゅーみぃ! これであなたもメタボの仲間入りチップス(うすしお味)』を商品棚に戻し、そして気付いた。

 レイヴィニアが持つ籠の中に、林檎やら蜜柑やらの果物類が所狭しと入れられているという事に。

 

「ず、随分と果物好きなんですね。まぁ確かに、果実は肌に良い食物ではありますが……」

 

「現実から目を逸らすなよ。これは私がコーネリアの為に買った見舞いの品だ。切った林檎や蜜柑をコーネリアに食べさせてやると言う、兄妹限定イベントを爆誕させるためのな!」

 

「なん、だと……ッ!?」

 

 レイヴィニアがブラコンだという噂は常々聞いていたが、まさかここまで筋金入りだったとは流石に予想外だった。こんな少女が長に立っているとは、おそるべし『明け色の陽射し』。これは評価を改める必要があるかもしれない。

 

「というか、あなたは包丁が遣えるのですか? 見たところ、その林檎は皮が剥かれていないように見えるのですが……」

 

「フッ。なに、問題はないさ。私には家事万能な優秀な部下がついているのだか――」

 

 偉そうに貧相な胸を張りながらレイヴィニアは周囲をキョロキョロと見渡し、そして沈黙した。

 どこを探しても頼れる部下の姿が無かったからだ。

 ここから彼女が取った行動は極めて冷静で、携帯電話を慣れた手つきで操作し、例の黒服の青年に迷う事無く電話を掛けた。購買の店員が「病院内での携帯電話の使用は御控えくださーい」と怠そうに言っていたが、彼女の耳には届かない。

 電話は、ワンコール目で繋がった。

 

『もしもし、ボスですか?』

 

「ボスですか、じゃねえ! お前、私を置いて一体どこで油を売っている!?」

 

『コーネリアさんの病室ですが。ボスがイギリス清教の聖人に接触しようとしていたので、とりあえずお先にお見舞いに向かわせていただきました』

 

「妹である私よりも先に知り合いであるお前が見舞いをしてどうする!? 順序を考えろ! そしてムードを感じ取れ!」

 

『でもボス、人に怠い絡みを始めると無駄に長いじゃないですか。しかも病院内だってのに遠慮なく大声張り上げますし。関係者だって思われるのが嫌なんですよねー』

 

「よし分かった。病室に着いたらお前に特大の暗殺魔術をお見舞いしてやるから覚悟しておけ」

 

『ちょっ!? それは流石に酷すぎますってボ――』

 

 言い訳は聞きたくないのか、レイヴィニアはマークの言葉を遮るように通話を終了させた。

 上司と部下のやり取りの一部始終を(望んでもいないのに)目の当たりにさせられた神裂は苦笑を浮かべながら、あくまでも大人の対応を心がける。

 

「えーっと……私がその林檎の皮を剥けば万事解決、という事に……」

 

「コーネリアを狙う女狐に借りを作るなんて絶対に有り得ない!」

 

 この幼女は一体何を言っているんだろうか。

 

「だ、誰が女狐ですか誰が! しかもコーネリアを狙っているなどと……そのような根も葉もない言い掛かりは誠に不服です!」

 

「誤魔化そうとしたって私には無駄だ! お前がコーネリアに好意を持っていて、意味もないのにアイツと接触して、あろうことかアイツと二人きりで旅行したという証拠は既にあがっているんだ! しかも、しかも、コーネリア自らお前を誘ったと言うではないか……万死に値する!」

 

「知りませんよ! あなたが何と言おうと私にそのような気はありません! あーもー、土御門といいあなたといい建宮斎字といい、皆して私とコーネリアをくっつけたがる……ッ!」

 

 最近では女子寮でもコーネリアと私の話題で持ち切りですし! 私の周りはバカばっかりか! ――と心の中で愚痴りながら、神裂は面倒臭そうに頭を掻く。

 ええいもう、面倒臭い。さっさとコーネリアの見舞いを済ませてイギリスに帰ろう。そして行きつけの日本料亭でやけ食いしてやるのだ。

 先程商品棚に戻したスナック菓子をもう一度手に取り、ズカズカとレジまで移動し、迷う事無く購入する。これで彼がメタボになろうが知った事か。私にこれだけの迷惑をかけているのだから、少しは罰を受けるべきなのだ。陰険な、そして内側から徐々に体を蝕まれていくが良い!

 くっくっく、と邪悪な笑みを浮かべる神裂に、店員(大学生ぐらいの女性)は「ひっ!」と小さな悲鳴を上げる。

 購入したスナック菓子の入ったレジ袋を片手に、神裂はレイヴィニアの方を振り返る。

 

「それでは、私はお先にコーネリアの病室に向かいますので」

 

「私も大概悪魔だが、お前も中々どうして極悪非道だよな」

 

「それは誤解ですよ、レイヴィニア=バードウェイ」

 

 神裂は「はぁ」と溜め息を吐き、

 

「私が厳しいのはあのド素人にだけです」

 

 それはツンなのかデレなのかどっちなんだよ、とレイヴィニアは思わず肩を竦めた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアは複雑な表情を浮かべていた。

 先程見舞いに来ていたマーク=スペースが「ぼ、ボスの機嫌を直さなくては! パトリシア嬢、お手伝いください!」と言って眠っていたパトリシアを抱えて病室から出て行ったのがちょうど二分ほど前の事だ。ボスというからにはレイヴィニアの事だろうし、それはつまりこの病院にあの妹が来ているという事でもある。一発殴られる覚悟ぐらいはしとくかな、と諦めにも似た感情が浮かぶのは誠に自然な流れだった。

 誰もいなくなって一人残された病室に、沈黙が漂う。

 そろそろ寝るか、とコーネリアがベッドに体を倒した――まさにその時、病室の扉が勢いよく開かれた。

 そして、冒頭の表情を浮かべる事となったのだ。

 扉を乱暴に開いて入室してきたのは、コーネリアがよく知る少女だった。

 神裂火織と呼ばれるその少女はズカズカとベッドの傍の椅子まで歩み寄り、腰を下ろしたかと思ったらコーネリアの方に冷ややかな視線を向けてきた。

 訳が分からない、といった様子で首を傾げつつも、コーネリアは神裂に声をかける。

 

「え、えーっと……神裂さん? どうしてあなたは俺を睨みつけているんですかね……?」

 

「別に何でもありません。あなたの妹のせいでもありませんし、あなたがまた勝手に大怪我をして入院している事に怒っている訳でもありません」

 

「そう言いながらまだ俺を睨みつけてる辺り、相当お怒りじゃねえですかねえ」

 

 まぁ、怒られても仕方のない事をした訳だし、ここは甘んじてその怒りを黙ってぶつけられる事にしよう。殴られないだけマシと思えばこれぐらいどうという事はない。

 フン、と不機嫌そうに神裂は鼻を鳴らす。

 そんな彼女に引き攣った笑みを向けつつも、コーネリアはまず最初に言うべき言葉を彼女にはなった。

 

「……ごめんな、神裂」

 

「今回はあなたに非はありません。どちらかといえば、我々の問題にあなたを巻き込んでしまったこちらに非があります。――本当に、申し訳ありませんでした」

 

 と、彼女が謝罪の言葉を述べたところで。

 神裂火織の携帯電話から、けたたましい着信音が鳴り始めた。

 

「うわぁっ!? え、えと、マナーモードは何処に……ッ!?」

 

「……シリアスをぶち壊したその元凶にとりあえずは応対すれば?」

 

「くっ……そうですね。ここは大人しくあなたの提案に乗る事にしましょう」

 

 何がそんなに不服なんだよ、とコーネリアは彼女を睨むが、神裂は彼に背を向けて電話を通話モードへと切り替える。

 

「は、はい。こちら、神裂ですが……」

 

『よーっすねーちん! コーネリアの病室には辿り付いたかにゃー?』

 

 聞き覚えのある――というか、今現在においては絶対に聞きたくない同僚の声に、神裂は心の底から動揺する。

 

「つ、土御門!? 何故このタイミングであなたが出てくるのですか!?」

 

『いやー、どうせねーちんの事だから小難しい話とか責任問題とかの話題でシリアス空気を展開するだろうと思ってな。コーネリアはそんな展開はぶっちゃけ望まないお気楽野郎だから、ここは同じくお気楽野郎なこのオレ、土御門元春がねーちんに素晴らしいアドバイスを授けてあげようと思った訳でしてね!』

 

「必要ありません! あなたのアドバイス程為にならないものはありませんし!」

 

 どうせ例の堕天使メイドセットを着れとか言うんだろうが、そうは問屋が卸さない。いつまでもあのにゃーにゃーサングラスの思う通りに動く気はさらさらない。

 「そんな用事でわざわざ電話を掛けてこないでください!」『まーまーまーまー!』一方的に通話を切断しようとする神裂に、しかし土御門は話を続ける。

 

『今回は堕天使メイドセットは関係ないんだって! 今のねーちんが出来る、必要最低限のご奉仕もとい恩返しを教えてあげるだけなんだぜい』

 

「本当に堕天使メイドセットは関係ないんですね?」

 

『お、おおう。堕天使メイドセットが遠ざかった途端に手のひらを返してきたなねーちんよ』

 

「いいから、さっさとその方法とやらを言いなさい」

 

『はいはーい!』

 

 土御門は心の底から楽しそうに言う。

 

『大人なねーちんのキスをコーネリアにプレゼントしてやるんだよ! 別に口にとは言わないから、額とか頬とか、とりあえず顔のどっかにキスをするんだにゃー。そうなったらあら不思議、ねーちんが今まで築き上げてきた恩とも綺麗さっぱりおさらばという事に!』

 

「は、破廉恥です! そのような事は、愛する者同士が行う事です!」

 

 どういう会話を繰り広げてんだよ、と眉を顰めるコーネリアの目の前で、神裂はいかがわしい会話を続行する。

 

「他の方法はないのですか!? もっとこう、常識範囲内の恩返しみたいな方法は!」

 

『馬鹿野郎! もうそんな常識範囲内じゃ収まりきれねえところまで来てんだよ! いいか、ねーちん? お前はもう、コーネリアのアレを挟んで擦ってご奉仕してやるしか恩返しの手段は残されてねえんだよ!』

 

「??? 挟んで擦って?? ええと、あなたは一体何を言ってるんですか?」

 

『この純朴侍女が! その豊満な双丘、つまりはおっぱいは何の為についてるんだ!?』

 

「少なくとも、何かを挟んだり擦ったりするためではないのですが……」

 

『ねーちんは自分を護ろうとしすぎなんだよ! きっとコーネリアに恩返しする気がないんだにゃー。心の何処かでは「別にそこまで必死になって返すような恩でもねえしなー」って思ってしまっているんだろう!?』

 

「そ、そんな事はありません! 彼への恩は絶対に返さなくてはならないと、心の底から思っています!」

 

『だったらその覚悟を見せてみろよ神裂火織! 女の意地をここで見せなくてどうするよ!』

 

「ぬ、ぬううううううううううううん!!!」

 

 真面目な人ほど押しに弱いとはよく言ったもので。

 土御門の怒涛の言い掛かりに頭がパンクしてしまった神裂は何処からともなく大量の瓦を取り出し、握り締めた拳で瓦全てを叩き割り、下の床にまでその拳を食い込ませた。

 そして、何かが吹っ切れた表情を浮かべた神裂は携帯電話の向こうで動揺している土御門に、憑き物が落ちたような声で言う。

 

「土御門」

 

『は、はい?』

 

「覚悟が決まりました。これから実行に移します」

 

『え……え? え!? え、うそ、マジでやるのねーち』

 

 プツッと無理やり通話を切断し、携帯電話をジーンズのポケットに仕舞い込む神裂。

 

「え、えーっと……話は終わった、のかー?」

 

「はい」

 

 そして、状況が読めずにベッドの上で複雑な表情を浮かべているコーネリアに近づき、「へ? へ!?」と露骨に動揺し始めた少年の顔を両手でがっしりと固定し、

 

「動かないでください。狙いが外れたら大事です」

 

「にゃ、にゃにをするきなんでしゅか!?」

 

「動かないで下さいと言いました。――次はありません」

 

「ひぃっ!」

 

 顔面蒼白なコーネリアを威圧感と言葉で黙らせる。

 そして体の内側で「落ち着け!」と叫んでいる羞恥心を無理やり抑え込み、コーネリアの顔の中心からやや下にあるとある柔らかな部位に唇を近づけ――

 

「こんな事で恩を返せるとは思いませんが、一先ずの区切りとしておきます」

 

 ――この後の事は、天草式十字凄教の女教皇の尊厳を護る為に隠匿する事とする。

 ただ一つだけ言えるのは、神裂火織の中でコーネリア=バードウェイの存在が確固たるものになったという事だけだ。

 

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。