妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial44 宣告

 渾身の聖人クラッシュによって一時間ほどの昏睡を余儀なくされたコーネリアは「ハッ!?」とお決まりの叫びと共に覚醒した後、女子寮の食堂で神裂火織とテーブルを挟んで向かい合っていた。コーネリアを投げ飛ばすまでは怒っていた神裂だったが、流石に気絶させてしまった事が心苦しかったのか、結構素直にコーネリアの指示に従って話し合いの場に参加していた。

 彼が彼女に伝えるべき事は、ただ一つ。

 コーネリアに隠されていた、例の力についてだ。

 

「……成程。つまり、あなたは実は聖人だったが、『聖人崩し』としての側面を持つ『荊棘領域』によって聖人の力が抑え込まれてしまっていたために、今まで常人レベルの戦闘力しか持てていなかった、という訳ですね?」

 

「ああ」

 

「それで、その聖人の力と原石の力の折り合いをつける為に、まずは聖人の力を制御できるようになろうって事で私を訪ねてきた、と?」

 

「ああ。原石の方は俺自身で何とかできそうだが、聖人の方は専門外でな。だから聖人であるお前にこうして頭ァ下げて頼みに来たんだ」

 

「成程成程。あなたの言いたい事はよーく分かりました」

 

 神裂はトントンとテーブルの面を指で突き、

 

 

「無理ですね」

 

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、え、ちょ、ええ!?」

 

 まさかの一刀両断に思考に空白が生じてしまうも、何とか我を取り戻して困惑の声を上げるコーネリア。

 わざわざ学園都市から飛行機で来たのに!? と泣きそうになっているコーネリアに小さく溜め息を吐き、神裂は「いいですか?」と教師が生徒に説教をする様なテンションで言葉を綴る。

 

「聖人の力というものはそう簡単に制御できるものではありません。私もそうですが、聖人として生まれてきた魔術師たちは皆、身体や衣服のどこかしらに魔術的な意味を持たせる事で基盤を作り、そこから個人の努力や才能で何とかこの暴れ馬の手綱を握っているんです」

 

「それなら、俺も衣服に魔術的な意味を持たせれば……」

 

「あなたは能力者でしょうが。少しでも魔術的な行動をとった時点でどっかーんですよ」

 

「……衣服ならセーフなんじゃね?」

 

「衣服から発生した魔術的な効果があなたの身体に影響を及ぼした場合どうなるのか。実際に試してみますか?」

 

 そう言って自身の衣服を抓んで見せびらかす神裂に、コーネリアは寒気を覚える。

 魔術を使った能力者がどうなってしまうのか。それはコーネリアも重々理解している。というか、実際に魔術を使って文字通り身体のあちらこちらが爆発してしまった経験を持つコーネリアだからこそ、能力者が魔術を使った場合の副作用については背筋が凍りつくレベルで理解しているのだ。

 だからこそ、神裂の脅しに本気で恐怖してしまった。

 それと同時に、自分に内包されている力の凶悪性について再認識してしまっていた。

 説明できない強さには、説明できない程の苦労と努力が付きまとう。

 時々、ほんの稀ではあるが、生まれつき力の制御に優れていて、尚且つ強大過ぎる力を持った例が出てきたりするが、今回はそれについては除外する。ここで述べているのは、そんな異常で馬鹿でどこぞのクソガキの夢物語の俺TUEEE系最強野郎の事ではなく、実際に存在するアックアや神裂火織といった身近な存在についてなのだ。

 世間で名を轟かせている聖人に対抗するには、それに相応しいだけの覚悟と苦労――そして、犠牲が必要となる。何かを犠牲にしないままで強さを得ようなど、それはただの傲慢だ。神への冒涜――いや、生命の冒涜にも等しい。

 能力者であるコーネリアの場合は、それが下手をすれば死んでしまうと言うだけの事なのだ。

 まさかの第一段階目で躓いてしまった事で、コーネリアの周囲の空気が沈む。中心にいるコーネリア自身も大分落ち込んでいるのだから、それは当然の状況であった。

 そんな彼を見て、少なからず――いや、かなり好意を抱いている彼が落ち込んでいる姿を見て、神裂は(本日何度目かも分からないが)溜め息を吐く。

 

「ですが、あなたが本当に聖人だというのなら、可能性はゼロではありません」

 

「………………?」

 

 闇の中に一筋の光が差した。

 

「聖人とは、かのイエス・キリストに酷似した体質を持ってしまったが故に、生まれつき肉体に魔術的強化を施されてしまった者達の事を指します。――つまり、聖人である以上、魔術を使えない訳がないのです」

 

「だ、だが、俺は聖人である以前に能力者だ。しかもその能力は『聖人の力を完全に抑え込む』っつー最悪な効果を持ってる。そんな俺が、魔術を使って無事でいられるって保障はねえと思うんだが……?」

 

「常々思っていた事ではありますが、あなたは自分の可能性を自分で否定してしまう癖がありますね」

 

 その悪癖はすぐに直してください、と付け加えつつも、神裂はコーネリアの疑問を解消するべく口を開く。

 

「あなたが言った事ですが、要は『原石の力』と『聖人の力』に折り合いをつければ良いのです。普段は『原石としての体質』ですが、必要時には『聖人としての体質』に切り替える。スイッチを例に出すと分かりやすいでしょうか。つまるところ、オンとオフの切り替えさえ出来る様になれば、あなたは今よりも遥かに高みを目指せるようになる」

 

 魅力的で、更に言うのなら甘美すぎる言葉だった。

 もっと強くなれる。

 そう言われただけで、何と心が晴れる事か。自分は強くなれない、ここまでだ――そう思っていた自分が、遠い昔のように思えてしまう。それも、実際に聖人で、しかも凄腕の魔術師である神裂火織から言われたという事実が、その精神的興奮の着火剤になっている。

 だが、現実はそう甘くはない。

 喜びの感情が顔にまで出てしまっているコーネリアに、しかし神裂は厳しい現実を突きつける。

 

「ですが、強大な力には制限が付き纏います。他の聖人についてよくは知りませんが、少なくとも、聖人の力というのは長時間の行使には向いていません。この私ですら十五分戦うのが限界でしょう。そもそもの話、聖人の力というものは人間の身で扱うにはあまりにも強大過ぎるんです」

 

 神裂は小さく眉を顰める。

 

「しかもあなたは聖人であると共に能力者だ。もし本当に聖人の力を自由に使えるようになったとして、その使用時間は限りなく短くなることはまず間違いありません」

 

「……因みに、お前の予想じゃあ、何分くらいの見込みなんだ?」

 

「そうですね……これからの修業期間とあなたの体質的強度を考慮するとして……」

 

 眉間に皺を寄せ、豊満な胸の前で腕組みし、神裂は考える。強さを手に入れる為に自分を頼ってきた少年の期待に応えようと、イギリス清教の聖人はその頭脳を真剣に最大限に働かせる。

 ちょうど、一分が経過した頃だったろうか。

 閉じていた瞼を開き、神裂は目の前のコーネリアに全ての指を開いた右手の平を差し出し、こう言った。

 

「五分です。もし予定通り、計画通り、あなたの目標通りに能力を扱えるようになったとしても、あなたは五分程度しか聖人の力を扱う事は出来ないでしょう」

 

 五分。

 それは、あまりにも酷過ぎる宣告だった。

 確かに、少しは覚悟はしていた。聖人の力が容易に扱えるものでないことは承知していたから、覚悟だけはしていた。あまり長くは行使できないんだろうなぁ、と頭の何処かで予想はしていた。

 だが、五分は流石に予想外だった。どこぞの光の戦士の戦闘時間に比べれば約二倍の時間ではあるが、それでも実際の戦闘において武器を五分しか使えないというのは、やはり不幸という他はない。あのアックアとの戦闘をたったの五分で終わらせなければならないと考えると、どうしようもなくやるせない気持ちになってしまう。

 制限ありきの力という点では、一方通行も同じだ。

 だが、あの最強の超能力者は十五分から三十分は能力を使用できるし、電極型のチョーカーを充電しさえすれば制限時間を延長させることができる。能力のオンオフを繰り返せば、もっと長く戦う事も出来るだろう。

 だが、コーネリアの場合、そうはいかない。聖人の力を一回オンにした時点で身体への負担が蓄積されていく。合計五分なのかぶっ続けで五分なのかは知らないが、もし一定の時間間隔を意識して力を使ったとしても、一方通行のように上手くは戦えないだろう。能力云々の話ではなく、コーネリアの肉体が保たないのだ。

 ――だが。

 

「不可能じゃない、って事が分かっただけでも幸運だよ。ここまで来た甲斐があったってもんだ」

 

 短時間の制限付きではあるが、努力すれば強くはなれるのだ。それが死ぬよりも辛い努力になるとしても、強くなることはできるのだ。――それさえ分かれば、何も迷うことはない。

 テーブルの下でこっそり拳を握る。

 そんな彼の様子に気付き、思わず表情を緩ませるも、神裂は絶対に聞いておかなければならない事を彼に尋ねる。

 

「これは……まぁ、私個人のお願いではあるのですが。一つだけ教えてはもらえませんか?」

 

「???」

 

「あなたは生まれつきの天然能力者ですが、かつては魔術師になろうとしていた。そうだとするならば、あなたにも当然『魔法名』があるはずです。別に強制という訳ではありません。……ですが、私はあなたが魔術師になろうとした経緯を――何のために魔術師になろうとしていたのかを知りたい」

 

 それは、流石に予想外の質問だった。

 だが、よくよく考えれば、成程、確かに神裂なら聞いてもおかしくない事だった。

 ぶっちゃけた話、最初、魔術師になろうとしたきっかけなんて、単純に死にたくないからだった。魔術師になりさえすれば死ぬ確率は確実に減る――そう考えたからこそ、昔のコーネリアは魔術を学んでいた。……まぁ、『魔術結社のボスに相応しい魔術師になれ』だの『バードウェイの名に恥じない魔術を覚えろ』だのと幼いころから無理やり教育されてきた、という謎の黒歴史が無い訳ではないのだが。

 結局、『原石』だったが故に、魔術師になれなかった。

 でも、確かにかつては持っていたのだ。

 自分の命を護りたい、死にたくない――そんな自分勝手な思いの外に、確かに人に誇れるだけの理由を、決意を、目標を、願いを、コーネリアは確かに持っていたのだ。

 それこそが、魔法名。

 時には殺し名、時には行動理由、時には存在意義。

 魔術師なら誰もが持っている、自分が普通の道から外れてでも魔術を覚えようとしてしまった、悲しい理由。

 昔の自分が考えた魔法名だから、今となっては恥ずかしくて仕方がない。

 だけど、かつて魔術師としての修練に明け暮れていた自分だからこその覚悟が、その魔法名には込められている。

 今の自分を魔術師だなんて呼ぶ気はない。それは、世界中の魔術師たちへの冒涜だ。自分みたいな半端者が魔術師を名乗るだなんて、そんなふざけた話はない。俺は彼らみたいに確固たる意志や覚悟を持っている訳じゃないから、彼らと同じ立場を自称する事は許されない。

 だけど、だけど、だけど。

 だけどだけどだけどだけど。

 俺は確かに持っている、心の中に、秘めている。

 魔術師になり損なった半端者である俺の、コーネリア=バードウェイの魔法名は―――

 

「――『Tuentur444(小さな幸せを護り通す者)』。これが、俺の魔法名だったハズだ」

 

 それは、あくまでも過去の黒歴史でしかない。

 しかし、過去に決めたものであるからこそ、その魔法名には彼の純粋な願いが込められていた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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