因みに、私もその内の一人です。
賑やかな夕食を終え、傷口に沁みるお湯に悶えた後、コーネリア=バードウェイは一つの試練に直面していた。その試練は乗り越える事があまりにも困難であり、後方のアックアという最強の敵に辛くも勝利したコーネリアでさえも思わず尻込みしてしまう程の強敵だった。
ゴクリ、と固唾を呑むコーネリア。
震える手をギュッと握り――そして、女顔のイギリス系男子は絞り出すように呟いた。
「か、神裂の部屋で同居とか、有り得ねえだろうが……ッ!?」
「悪気はないんでしょうが凄く腹が立つのはどうしてでしょうねぇぇぇ?」
目を白黒させて驚愕するコーネリアに、神裂火織は目元をぴくぴくと引き攣らせる。額に青筋がビキリと浮かび上がっている所から察するに、余程トサカに来ているらしい。俺が一体何をしたっつーんだか……相変わらずよく分からん奴だ。
部屋の隅の方に持参した荷物を置き、近くにあった椅子に腰かける。始めはベッドに座ろうと思ったが、お得意の不幸が働いて悲劇が起きてしまいそうな気がしたので椅子を選ぶ次第となったのだ。俺はどこぞの不幸野郎とは違うからな。ちゃんと考えて行動できんだよ!
不幸だ不幸だと言いながらいつも美人や美少女とのラッキースケベに遭遇しているふざけた後輩の顔を想像して唾を吐き、コーネリアは一人で得意気な顔を浮かべる。
しかし、そんな彼の思惑など知る由もない天然聖人は「???」と首を傾げ、
「怪我をしているのでしょう? 椅子では背中が痛むでしょうし、こちらのベッドに座ってください」
どがぐしゃぁあああああっ! と勢いよく椅子から転げ落ち、床の上で激しく悶える不幸野郎。
まだ入院していなければならないというのに大分無理を通してここまで来た怪我人は涙目になりながらも、要らぬ気遣いを見せつけやがった聖人にずいっと迫る。因みに、コーネリアの顔が超至近距離にまで近づいてきた事により、神裂の顔は少しだけ朱に染まっている。
「っ」
「お前の優しさはよーく分かった! 分かったが、しかし、その優しさを受け入れる訳にゃあいかねえ! 理由は言えねえが、その優しさはきっと俺の為にはならねえと思う!」
「あ、あなたは本当によく分からない事を言いますね。怪我をしているんですから、文句を言わずに大人しくベッドに座れば良いんです。というか、さっさとベッドで寝て明日からの修行に備えるべきなのでは!?」
「それは確かにそうだが、お前はどうすんだよ! この部屋にゃあベッドが一つしかねえんだぜ? 俺がベッドで寝ちまったらお前の寝る場所が無くなっちまうだろうがっ!」
「それは私が床で寝れば解決です! 天草式十字凄教は如何なる環境にも適応する事を主軸としている組織。その女教皇である私は例え床の上であろうと熟睡する事が出来るので、どうぞ安心してベッドで爆睡してください!」
「天草式の小難しい概要とかどうでもいいっての! ここはお前の部屋なんだ、だったらお前がベッドで寝るべきだろう!? 俺が怪我してるからってわざわざ遠慮する必要はねえって!」
「遠慮しているのはそちらの方でしょう! 怪我人は黙って私の言う事を聞いていれば良いんです!」
「そうはいかんざき!」
「バカにしてんのかこのド素人がッ!?」
ぐぎぎぎぎ! と互いに引かないコーネリアと神裂。似てないようで実はそっくりな性格をしているからこその争いなのだが、それにしても小さな事で子供のような喧嘩をし過ぎだとは思う。どちらかが諦めるまで終わる事が無い口喧嘩など、何も生まない虚しい戦争でしかないというのに。
ああ言えばこう言い、こう言えばああ言う。言葉の応酬で言葉のドッジボール。投げたら打ち、打ったら叩き落とすの繰り返し。しかもそれが親切心から来る言葉だというのだから余計に手が負えない。
このままでは口喧嘩だけで夜が更けてしまう――そんな心配が互いの中に浮上してきた、まさにその瞬間の事だった。
ビターンッ! と部屋の扉が勢いよく開かれる。
そこに立っていたのは、見るからにお怒りモードの芸術家・シェリー=クロムウェル。
バカとしか思えない程の露出度(寝間着)を誇るライオン頭の少女はビキビキとマスクメロンのように顔全体に血管を刻みながら、睡眠不足で深いクマがバッチリと刻み込まれた目で二人を睨み付け、百獣の王のような凄味と共に怒りを叫びとして彼らにぶつけた。
「うるっせえなもう二人一緒にベッドで寝やがれ! そして騒ぐな、安眠妨害だ!」
☆☆☆
怒れる芸術家によって無理矢理争いを終息させられたコーネリアと神裂は、ベッドの上で向かい合っていた。その姿勢は日本固有の正座であり、二人の顔には焦燥と羞恥がこれでもかという程にばっちりと表れている。
互いの目を見ず、膝小僧の辺りを見つめながら、二人はゴクリと固唾を呑む。
((き、気まずい……!))
今更同じベッドで寝るぐらいで気まずくなるような関係ではないと思うのだが、そこはお年頃の思春期、小さなことでも気にしてしまう年代なのだ。片方の侍ガールに関しては思春期どころか外見年齢が結婚適齢期が過ぎている疑惑な訳だが……おっと誰か来たようだ。
膝の上でもじもじと手指を何度も絡ませ、目をキョロキョロと忙しなく動かす二人。
このままでは駄目だ――そう判断した二人は羞恥心を心の中に押し留め、互いの顔を見つめる。
「「あのっ!」」
バッ! と背けられるお互いの顔。この時点で大分背中がむず痒いコーネリアと神裂であったが、ぶっちゃけそんな事を気にしていられるような状況じゃあない。この初々しい空気の中にこれ以上いたら、マジでどうにかなってしまう!
ええい仕方がない。激しい妹と静かな妹、二人分の重い愛情を長いこと受け続けてきた無自覚系シスコン野郎は持ち前の精神力をフルに働かせ、この状況を打破するための行動に出る。
ベッドの枕側に座っていたコーネリアは神裂をベッドから降ろし、そこに寝転がり、身体を半身にしてベッドの空いたエリアを手でぱんぱんと叩きながら、紅蓮に染まった顔で何とか決め顔を浮かべ――
「へい、神裂! 俺と一緒にオールナイトしようぜ☆」
「………………(汚物を見るような目)」
どうしよう、神裂さんの目が凄く冷たいんですが。
女性がして良いような顔じゃあない軽蔑顔を浮かべる神裂に恐怖が止まらないが、ここで諦める訳にはいかない――というか、既に引き返せないところまで来てしまったコーネリアは潰れそうな心臓を根性で維持し、ベッドをポンポンと叩きながら再びトライを試みる。
「今夜はお前を寝かさないZE☆」
「………………(養豚場の豚を見るような目)」
今なら目を瞑るだけで死ねそうな気がする。
やばい。何がヤバいのかは分からんが、凄くヤバい状況な気がする。あえて言葉で言うのなら、感情の欠片もない表情の神裂さんが非常にヤバい。俺、今まで生きてて(前世も含む)こんな目で見られた事ってねえなぁ!
くそっ、何で俺にはイケメン属性がねえんだ……ッ! とどこかずれた事で悔しがるコーネリア。
と。
必死なコーネリアに疲れたのか、怒る事が馬鹿馬鹿しくなったのか、神裂は「はぁ」と大きく溜め息を吐き、
「……仕方がないですね。誠に遺憾ではありますが、あなたと一緒に寝る事としましょう」
そう言って、浴衣姿でベッドに入ってくる神裂さん。
するり、と鍛え抜かれた忍者のような動作で神裂はコーネリアの隣に寝転がる。その途中で彼女の長い黒髪からシャンプーの香りが漂い、コーネリアの鼻腔を擽った。
(おお、凄ェ良い匂い……まさに女の子の香りって感じだ……)
レイヴィニアとかパトリシアもこんな香りだったっけ――とは流石に口にはしない。この状況でそんな空気の読めない発言をしてしまうほど、コーネリアはおろかに育ってはいない。というか逆に、レイヴィニアという末恐ろしい妹と共に育ってきた彼は、どこぞの不幸なツンツン頭とは違って死亡フラグを比較的自力で叩き折る事が出来る仕様となっている。……まぁ、あまりにも強大過ぎる死亡フラグは叩き折るどころかフラグの方から歩み寄って来るので、どうしようもない訳だが。
――って。
「あ、あの、神裂さん? どうしてあなたは俺の顔を超至近距離且つ真っ直ぐと見つめてきてるんですかね……?」
「一人用のベッドなのですから仕方がないでしょう?」
「それなら外側を向くとか何か対処法があると思うんだが……」
「何ですか? あなたは私に見られて何か困る事でもあるというんですか?」
「いや、そういう訳じゃねえけど……でも、なんか気恥ずかしいだろ、こういうの」
「問題ありません。私は特に恥ずかしくはないので」
「真っ赤な顔で何を虚勢張ってんだか」
強がりだからなぁ、コイツ。耳の先まで赤く染まっている神裂に、コーネリアは呆れの溜め息を零す。
(コイツにばかり強がらせるのも悪いな)コーネリアはガシガシと頭を掻いた後、足元の位置にあった布団を肩の辺りまで持ち上げ、更に神裂の身体を自分に抱き寄せた。
当然、そんな事をされた神裂が動揺しないはずが無い訳で。
「ッ!? な、ななななななななななな」
「うるさい静かにしろまたクロムウェルが怒鳴り込みに来るだろうが」
「こ、これは一体何のつもりですか! あなたらしくないですよ、コーネリア!」
「それはこっちのセリフだな。お前、こんなに大胆な奴じゃねえだろ。一体どういう風の吹き回しだ?」
「そ、それは……」
訝しげなコーネリアの視線に最初は戸惑いを見せるも、彼の追跡を逃れる事は出来ないと悟り、神裂は諦めたように口を開いた。
「……あなたには多くの借りがありますから。だから、あなたに迷惑をかけてはならない――そう判断した上で、あのような行動を取りました」
「借りってお前……この間の病室での一件で借りはチャラになったんじゃねえんかよ」
「あんな事で返せるほど、私があなたにしていただいた事は小さくありません。もっとちゃんとした形で恩返しをしない事には、あなたに恩を返せたとは言えないんです」
「前から思ってたけど、本当に面倒臭ェよな、お前」
「…………五月蠅いです」
ぷいっ、と口を尖らせて顔を逸らす神裂火織。
成程、コイツもコイツでずっと悩んできたんだなぁ。俺にしてみれば凄くどうでもいい事ではあるが、コイツにとっては何よりも大切な事なんだろう。鶴の恩返しの人間バージョンというかなんというか、ここまで律儀だと逆に世界が間違っているように思えて仕方がない。
(やっぱり俺、コイツの事が好きだなぁ)自分の想いを再認識したコーネリアは神裂の肩を掴み、彼女の身体を抱き寄せ、額と額をコツンと軽く当て、照れながらもこう言った。
「それじゃあ、お前が俺に恩を返し終わるまでは、お前の傍にいなくちゃダメだな」
「……やっぱり、あなたは卑怯です。そんな言い方をされてしまっては、私が何も言えなくなるという事を理解しているくせに……」
でも、そんなあなただからこそ、私は好きになったのかもしれません。
神裂はコーネリアの背中に腕を回し、彼と額を接触させながら、静かに目を閉じる。
そして二人は小さく笑い、互いの目を見る事も無く、襲い来る眠気に身を委ねながら、最後に一言ずつ言葉を交わした。
「おやすみなさい、コーネリア」
「おやすみ、神裂」
夜は更けていく。
それは運命の日へのカウントダウンであると同時に、一人の少年が一人の少女の為に強くなろうと努力するための日数の減少を示していた。
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