妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial47 自傷基礎

 懐かしい夢を見た。

 生まれる前から記憶を持つ身としては懐かしいもクソもないかもしれないが、この『コーネリア=バードウェイ』としての人生において、それはかなり懐かしい記憶だった。

 懐かしくて久々で、それでいて最近の事の様に鮮明に刻まれている記憶だった。

 

『お前、みんなと違って達観してるよな。そういう所が嫌われるんだよ』

 

 友達だったか親戚だったか、自分と同じ年頃の少年から言われた、衝撃的な言葉。前世からの記憶を持つコーネリアは当然、周囲の子供たちよりも大人びていて、それが原因で孤独で孤立な状態と化していた。

 友達と呼べる人なんて、いなかった。

 そこにあるのは、言い様もない孤独と――魔術という名の苦しみだけだった。

 原石である彼は、魔術を使う事が出来ない。

 魔術師としての技能は天才的なのに、生まれ持ってしまった特別によってその道は開始早々に断たれてしまっている。

 親すらも、彼を見限っていた。

 教師すらも、彼を軽視していた。

 同年代すらも、彼を軽蔑していた。

 この世界に自分の居場所はなく、この世界で自分を必要としてくれている人なんて言うまでもない。魔術結社のボスの家系の人間として生まれてきた時点で、原石として生まれてきた時点で、前世の記憶を引き継いでしまっていた時点で、彼の人生は意味のない物へと成り下がってしまっていた。

 世界で五十人程しか存在しない『特別』なのに。

 世界で二人として存在しない『特別』なのに。

 世界で唯一と自負できる程の『特別』なのに。

 不幸と不運と不遇が見事に重なり合ってしまったせいで、彼の人生は最悪なものへと変貌してしまっていた。

 ――俺の二度目の人生に意味なんかない。

 魔術師としての道を諦め、死にたくないからと学園都市へ行くための計画を必死に練り、周囲からの冷たい視線に耐える日々。そんな毎日を送っていたコーネリアの精神は既にズタボロで、学園都市行きを勝ち取る直前になっても彼の心が晴れる事はなかった。

 そんな時。

 そんな時の、事だった。

 生まれたばかりの妹、後に魔術結社『明け色の陽射し』のボスとなる少女――レイヴィニア=バードウェイ。

 簡単な言葉しか喋れず、歩く事なんてまだ不可能。そんな実妹がある日、落ち込んでいるコーネリアのところへやって来て、可愛らしい笑顔と共にこう言ってきたのだ。

 

『おーえいあ、あいうい』

 

 最初は、なんて言ってるのかが分からなかった。

 しかし、次の瞬間には、彼女の言葉が理解できていた。

 ――コーネリア、大好き。

 言葉なんて喋れないのに、難しい事なんてまだ考える事すらできないくせに、その可愛らしい妹は、後に凶悪無比になるその少女は、存在意義も存在価値も存在理由もない実兄に、純粋無垢な笑顔でそんな事を言ってきたのだ。

 言葉を受けたコーネリアは驚いた表情を浮かべ、次に儚い笑顔を浮かべ、徐々に表情を崩し、最後には少女を抱き締めて大声で泣きじゃくり始めた。

 これが、彼の本当の始まり。

 『Tuentur444(小さな幸せを護り通す者)

 魔術師にもなれず、半端な能力者にしかなれず、おまけに自分の中に眠る聖人としての力にすら気づけなかった哀れで愚かな少年が、ほんの小さな――手が届く範囲の幸せだけを何が何でも守り通すと誓った、そんな瞬間の記憶だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアは神裂と向かい合っていた。

 朝チュンしたと女子寮の連中から勘違いされたり朝食時に神裂と『あーん』を巡って一波乱あったりオルソラ=アクィナスの胸を揉んでしまうというラッキースケベイベント(粛清され済み)があったりと起きた直後から何日か分の疲労を蓄積してしまったコーネリアだが、今はそんな事で泣き言などいってられる状況ではなかった。

 今日から二週間以内に、聖人としての力をコントロールできるようにする。

 その為の修行が、今まさに始まろうとしていた。

 

「……準備は良いですか?」

 

「まだ本調子って訳じゃねえが、大丈夫だ。いつでもいいぜ」

 

 場所はイギリス清教が必要悪の教会が所有する、とある訓練場。防音や防衝撃など、様々なカスタマイズが施されたその訓練場は必要悪の教会のメンバー御用達の場所である。ステイル=マグヌスの『魔女狩りの王』が暴れても決して壊れなかったほどの逸話を持つここならば、聖人が暴れても大して問題はないと言える。

 常に携帯している七天七刀を今は部屋の壁に立て掛けている神裂は腰に手を当て、片手で身振り手振りを加えながらの説明を開始する。

 

「まず、あなたにしていただくのは魔術師としての基礎練習です。言ってみれば、これからあなたに何でも良いので魔術を使ってもらいます」

 

「能力者である俺が魔術を使ったら、重傷を負っちまうんじゃねえんか?」

 

「聖人の力とはそもそも、体内に蓄積された膨大なテレズマによって身体能力が飛躍的に上昇したものです。故に、聖人の力をコントロールする事とはテレズマを制御する事と同義。テレズマを用いた魔術はこの世界にも多々存在しますし、この方法が最も手っ取り早く効率的なんです」

 

「でも、流石に死に掛けたらマズイ気がすんだが……」

 

「あなたが私に教えてもらおうとしている事は、『普通に歩いている人から歩き方を学ぶ事』と同じです。聖人である身から言わせてもらうと、身体の動かし方をあなたに教えるようなものなんです。たとえどんなにリスクが高かろうとも、基礎を教える他に手段はないんですよ」

 

「つまり、魔術使用による副作用を気にしてる余裕はねえって事か」

 

 うへぇ、と顔を歪めるコーネリアに「しかし」と神裂は前置きする。

 

「それについての対策も、ちゃんと用意してあります」

 

 言いながら神裂がジーンズのポケットから取り出したのは、首から提げるタイプのケルト十字。何処かで見た覚えはあるのだが、それがどこでだったのかがいまいち思い出せない。そしてそれがどんな効果を持つものなのか、それもいまいち分からない。聖人の修行でケルト十字? っつー事は、魔術的なドーピングでもするんかな……?

 にしても、まさかジーンズのポケットから取り出すとはなぁ。巨乳な神裂さんなんだから、胸の谷間から取り出すものだとばかり思ってたよ。……ちょっと残念、いや、かなり残念だ。

 

「……今、あなたの視線が私の胸に集中していたような気がするのですが?」

 

「何でもないですごめんなさい」

 

 ギロリ、と睨みを利かされ、コーネリアは冷や汗交じりに謝罪する。

 「ったく……」と溜め息を吐き、神裂はコーネリアにケルト十字を投げ渡した。

 

「その十字架はかの『吸血殺し』の少女が身に着けているものと同じものです。かつての『歩く教会』の効果の一部を宿した超希少な霊装で、この十字架を付けている間は『原石』としての力を抑え込むことができる……はずです」

 

「何で最後にちょっと自信失くしちゃってんだよ」

 

「誰も試したことが無い事例ですので。『吸血殺し』の場合は周囲に小さな結界を張る事で無理やり能力を抑え込む事が出来ましたが、あなたの場合は体内発生型の能力ではないので、その十字架で能力を完全に抑え込めるかどうかは分からないんです」

 

「成程。つまりは実験台も兼ねている、と」

 

「そうでもないとイギリス清教の敵の実兄なんかに希少な霊装を無料提供などできませんよ」

 

 そりゃそうか、とコーネリアは軽く納得しつつも、渡されたケルト十字を首から提げる。……装備時点で特に何かが変化した感じはしないが、果たして大丈夫なのか否か。

 「まぁ、要は試してみなけりゃ分からんって事だな」ケルト十字を服の中に隠すようにしまい、コーネリアは近くの壁を視界に入れ、『荊棘領域』を発動させる。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………お、おお。流石は高精度な霊装だな。確かに能力が発動しねえ」

 

「………………あまりにも何も起きないのでリアクションに困ってしまいましたね」

 

 何かが起きる、という訳ではなく、何も起きない、という事への反応のし辛さがそこには在った。

 しかし、これでケルト十字の効果を把握する事は出来た訳だ。無事に『原石』としての能力は抑え込まれ、予定通りに修業を始める事が出来る――

 ――と。

 

「なぁ、神裂」

 

「何ですか?」

 

「思ったんだけどよ。たとえ『原石』の力を抑え込めたとしても、俺が能力開発を受けているっつー現実は変わらん訳だが……そこん所はどうするんだ?」

 

「ああ、その心配は不要ですよ、コーネリア」

 

「???」

 

 こくん? と可愛らしく首を傾げるコーネリアに神裂は寒気がするほどの満面な笑みを浮かべ、淡々とした口調でこう言った。

 

「弄られたあなたの脳に聖人としての体質が勝つまで、何度も死にかけてもらいますので」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアが死に掛けの状態で女子寮に運び込まれたのは、修行開始から三時間後の事だった。

 

「はいはーい! そこを退いて退いて怪我人が通りますよーっ!」

 

「回復魔術が使える者はとりあえず全員集合! それ以外は邪魔だから食堂で飯でも食ってなさい!」

 

 ドタドタバタバタと慌ただしい女子寮。それは救護班と化したシスターたちが原因である。たった一人の少年、しかもイギリス清教の敵の親族である少年の為にイギリス清教がここまでやるのには些か疑問が残るが、予想外にもこれはイギリス清教のトップ――最大教主からの指示だったりする。

 血塗れ、虫の息、意識は朦朧、全身傷だらけ。

 負える怪我は全て負って来ましたとでも言わんばかりの状態のコーネリアが運ばれていくのを興味の無さそうな瞳で見送りながら、ゴーレム使い・シェリー=クロムウェルは傍に立っている天草式十字凄教の元女教皇に視線をやる。

 

「あの年増女も何を考えてんだかなぁ。あの男、『明け色の陽射し』の関係者なんでしょう? そんな奴にイギリス清教が力添えするなんて、正気の沙汰とは思えねえんだが」

 

「曰く、『ここで恩を売っておけば後々こちらに有利な状況に成り得るのよ』という事らしいです。私の個人的な都合に組織を丸ごと付き合わせているようでこちらとしては複雑な反面、少しばかり嬉しかったりもします」

 

「それはあの女顔の役に立てるからか?」

 

「さぁ、どうでしょう。もしかしたら、私がその理由を一番知りたいのかも知りません」

 

 要は、言葉では言い表せない――もしくは、言いたくない。

 例えば、口に出すのも馬鹿馬鹿しい理由で魔神になれなかった男の傍に居続けるメイドがいる。彼女は再三に亘ってイギリス王室から帰国命令を言い渡されているが、その全てを無視して一人の男の傍に居続けている。別に何かの目的がある訳じゃない。――ただ、その男の傍に居たいから。そんな馬鹿馬鹿しい理由で、そのメイドは甲斐甲斐しくも一人の男を支え続けている。

 もしかしたら、神裂火織という少女も、同じなのかもしれない。

 口に出すのも馬鹿馬鹿しい。認めるのなんて癪だ。自覚なんてしたくもない。――そんな理由で、彼女はコーネリア=バードウェイという少年に手を貸したのかもしれない。

 それは、知り合いでしかないシェリーには分からない。勿論、神裂当人も自覚できてはいない。

 だからこそ、二人はそれ以上の話はせず、奥の方へと担ぎ込まれた一人の少年を思い浮かべながら、短く簡潔に言葉を交わす。

 

「ま、手元が狂って死なせないように頑張りな」

 

「その忠告は中々に胸に突き刺さりますね」

 

 後方のアックアが学園都市を襲撃するまで、残り約一週間。

 それまでにコーネリアが生きているかどうかは、今のところは定かではない。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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