そして特別話を抜けば、ちょうど五十話目です!
本日の寝覚めは非常に悪かった。
学園都市は第七学区、とある高校の学生寮の一室にて。
コーネリア=バードウェイはズキズキ痛む頭を抑えながら、ベッドの上に横になっていた。このまま目を閉じれば夢の世界に旅立つことが出来そうな気がするが、おそらくはこの激しい頭痛のせいで苦しい時間が続くだけだろう。よって、選択肢としては『起床』しか残されていない。
目元をヒクヒクと痙攣させながらベッドから這うように転げ落ち、顔面から床に激突する。それでも眠気は取れるどころか泥濘に嵌ったように激しくなり、コーネリアの体調も比例するように悪化の一途をたどっている。
おそらく――というか、断言するが、これはつい昨日まで行っていた『修行』のフィードバックによるものと思われる。
『原石』という天然能力者でありながら『聖人』という天然魔術体質であるコーネリアは魔術使用による副作用を根性だけで我慢しながら『聖人』の力を制御する――というトンデモ理論が結集したかのような修行を行っていた。それは文字通り死に物狂いで、心臓が止まりかけたのなんて一度や二度じゃ足りない程だ。それほどまでに辛い修行を、しかも入院必須の状態で行ったというのだから、そりゃあドッと疲れが来て体調も崩すに決まっている。
起き上がる事すらできないコーネリアは寝間着の袖から荊を伸ばし、棚の中から体温計を取り出す。荊を縮めて体温計を手に取るやそれを脇に差し込み、ベッドに背中を預けた状態で機械が自分の体温を測定するまでの短いようで長い時間を待機した。
結果は最悪。
三十八度五分という、言うまでも無く最悪なコンディションだった。
「…………こりゃあ、大人しく寝てるしかねえか」
アックアが攻めてくるのって、今日なのか明日なのか明後日なのか、詳しい日付は分からんしなぁ。頭の中で物騒な事を考えるも、激しい頭痛の為にすぐに考える事をやめ、コーネリアはもぞもぞとベッドの中に引き返す。学校に欠席連絡すらしていないが、まぁ大した事はないだろう。既に無断で一週間ほど休んでいるのだ、今更一日二日休んだところで何かが変わる訳でもあるまい。しいて言うなら単位がヤバい気がするが、今はそんな事なんてどうでも良い。
とにかく、休んで体調を改善させる。
その為に、今は大人しく寝るべきだ。
寝間着の胸元をだらしなく開け、掛布団の上に倒れ込む。こんな状態で寝たところで大して意味はないような気がするが、もうこれ以上は動けないので今更どうしようもない。誰かが介抱とか看病をしてくれるというのなら話は別だが、残念ながらコーネリアは寂しい独り身の一人暮らしだ。こんな朝から看病してくれる奴に心当たりはない。
ふかふかのベッドの感触で(科学的根拠はないので実質無意味なのだが)頭痛を和らげながら、コーネリアはゆっくりと瞼を閉じる。
―――その直後だった。
額に、少しだけ冷たい感触が走った。
(ん……?)
雨漏りでもしてんのか? と一瞬思ったが、ここは学生寮の上でも下でもない真ん中辺りの階層なので、その可能性は極めて低い。しいて言うなら上の階の奴が部屋を水浸しにしてしまっている可能性があるが、今の感触は水というよりも誰かの手のような感触だったので、その可能性も極めてゼロだろう。
というか、手? この部屋には俺以外誰もいないはずなのに、手の感触? それってどういう事だってばよ……。
目を開いて状況を確認したいが、あまりに気怠さに瞼を上げる気力もない。ぶっちゃけ本当ならばまだ入院していなければならない身なので、身体が動かないのも無理はないのだ。
額に当たるやや冷たいナニカに身を委ねながら、コーネリアは目を開こうと目元の筋肉に全身の力を注ぎ込――
「やはり、熱が酷いですね。もしかしてと思って学園都市に来た甲斐がありました」
――全力で起きた。それはもう、気怠さとか疲れとか、そういうのを消し飛ばす勢いで起き上がった。
激しい動きに脳が揺られ、意識が朦朧とする中で、コーネリアは自分の額に触れていた人物を視界に収め、頭痛が激しさを増すのを感じた。
黒く美しいポニーテールに、片袖や片裾が切り落とされた露出度高めの特徴的な衣服。顔立ちは物語の姫のように整っているが何処か鋭く、腰には二メートル程の長さの日本刀を差している。
そんな幕末剣客ロマン女の姿にコーネリアは大きく溜め息を吐き、やや合わない焦点で彼女を見ながら、心底疲れたような声で呟いた。
「……何でお前がここに居んだよ、火織」
「決まっています。護衛の為ですよ」
……………………………………………………………………………………。
一瞬。
本当に一瞬、思考回路が停止するが、コーネリアは額に浮かぶ冷汗を拭い、平静を装いながらもう一度神裂に問いかけた。
「え、えーっと……お前、何で学園都市に来てんだっけ?」
「一人でアックアに挑むとかいう大馬鹿野郎の護衛に来てるんですよ、泊まり込みで」
☆☆☆
「お帰り下さい」
「断固として拒否します」
既に片目しか開けない程に衰弱しているが、それでも全力でコーネリアが提示した帰宅願いを、神裂は表情すら変えずに一蹴した。両目は鋭く細められていて、その眼光には『ここまで来といて帰る訳ねえだろふざけるな』という裏の心が透けて見えるようで怖ろしい。
イライラと気怠さと眠気のせいで調子がおかしいコーネリアは顔全体をヒクヒクと引き攣らせるが、神裂は彼の爆発を遮るように彼をベッドに強制的に押し倒した。
「あなたが私を危険に晒したくないという心遣いは心の底から感謝していますが、それとこれとは話が別です。第一、今のあなたの体調ではアックアはおろかそれ以下の魔術師にすら勝てません。護衛としての役目の中には看病も含まれていますので、今は黙って私に看病されていなさいこの野郎」
「大丈夫、だーっての……こんなの二時間寝りゃあすぐに治る……」
「強がっているところ申し訳ないですが、あなたが話し掛けているのは私ではなくグラビアアイドルのポスターです」
「嘘を吐くなテメェ! お前がこんなに可愛くて愛想があって笑顔が眩しい女な訳ねえだろ!」
「分かりました。とりあえずはそのポスターを処分した後にあなたを暴力的に眠らせますのでご安心を」
ベリベリベリィッ! とかなり乱暴な手つきで壁から剥がされくしゃくしゃに丸められゴミ箱へと投げ込まれるポスター(巨乳アイドルの水着写真)。エロ本を買う度胸が無い為に妥協案として手に入れた宝物を一瞬で処分されたコーネリアは「うぎゃああああああっ!」と叫び喚くが、直後に放たれた神裂火織の「にらみつける」には逆らえず、すごすごとベッドの上に仰向けになる。
ただでさえ最悪の体調なのに叫び過ぎたか、コーネリアは今度こそ立ち上がれない程に衰弱していた。これはもうあれだ、そろそろ華麗に死んでしまうかもしれんね。
ようやく大人しくなったコーネリアに神裂は溜め息を吐き、七天七刀を壁に立て掛け、傍に置いていたキャリーケースを開け放つ。
彼女が素敵なケースから取り出したのは、薄手の白のワイシャツと黒のスリムパンツだ。これはヴェネツィアに行く前にコーネリアが彼女に買ってあげたものであり、戦いの中で流されそうになっていたのをギリギリのところで神裂が回収した思い出の品だったりする。
そんな厳しい戦いを乗り越えた服を持ち、神裂が浴室の脱衣所へと移動する事約五分。
今までの痴女スタイルとは打って変わって、キャリアウーマン風の美人さんが登場した。
「……普段からその格好でいればいいのに」
「私の普段着への異議申し立ては問答無用で死罪ですので悪しからず」
「横暴じゃねーか」
そう言って、重い溜め息を吐くコーネリア。
クラスチェンジを果たした神裂は最後に眼鏡をかけ、ベッドに転がる恋愛対象兼護衛対象に微笑を浮かべる。
「それではこれから食料の確保に行ってきますので、あなたはそこで大人しくしててください」
「お前、やっぱりどう見ても母親だよな」
直後、フライパンが顔面に直撃し、コーネリアの意識は完全に途切れた。
☆☆☆
幻海天海は困惑していた。
長点上機学園に通う二年生である彼は、同時に学園都市の治安を護る
そんな天海は巡回中の第七学区で、現在進行形で困惑していた。
その理由とは――
「だーかーらー、私はただ単純に純粋に青少年の生活を見守っていただけなの。その行いに疚しい気持ちなんてある訳がないでしょう?」
――見るからに痴女な格好をした女子高生である。
赤と茶色を雑ぜたようなおさげの髪にかなり可愛らしくも綺麗な顔立ち。スタイルは抜群で胸は豊満、脚は長く街を歩くだけで注目されそうなぐらいには可憐だ。――しかし、胸を覆うサラシや短いスカート、それと前が空いたブレザーなどが彼女の美しさを全力で駄目にしてしまっている。
天海がこの少女と接触したのは、とある中学生からの通報を受けたからだ。曰く、『公園で男子小学生をいかがわしい表情と目付きで眺めている女がいる』という具合。また変質者かよと重い腰を上げて公園まで来てみれば、そこに待っていたのは本当の意味での変質者。なんだ今日は厄日かよと全てを投げ出しそうになるが、天海は諦めずに自分の職務を全うする事にした訳だ。
長点上機学園の制服に身を包んだ天海は跳ねの少ない黒髪をガシガシと掻き、それなりに整った好青年然とした顔を呆れと疲れで大きく歪ませる。
「事実、変質者は全員が全員そう言うんだが……というかテメェ、よく見てみれば大覇星祭の時のショタコンテレポーターじゃないかよ」
「げぇっ!? あなたはあの時の風紀委員!? くそぅ、何故に気づけなかったか私の馬鹿野郎!」
「その叫びは俺の心にも突き刺さるから事実、是非ともやめてほしい訳だが……まぁいい、とりあえずは前と同じく屯所に来てもらうことになるけど構わないな?」
「そうそう同じ手が通じるとは思わない事ね」
「霧ヶ丘学園所属、
「……へぇ。流石は学園都市の犬という感じかしら。それなりの情報網は持っているようね」
「その口調やめろ。事実、知り合いの先輩が被って仕方がないから」
「はぁ?」
いや、こっちの話だ――自由気ままで自分勝手な風紀委員の先輩を頭の隅に押しやり、天海は職務に意識を戻す。
「ま、そういう事はどうでもいいんだ。事実、テメェは今から俺と一緒に屯所に来てもらう。因みに拒否権はないし、逃走権も黙秘権もない。テメェは今から俺の監視下で反省文を百枚ほど書いてもらうからそのつもりでいろよ」
「ハッ! 私はこれでも空間転移系の能力者なのよ? あなたに捕まる前にここから逃げ出せば問題はな――って転移できない!? あっれぇっ!?」
「事実、テメェが偉そうに上から目線で喋っている間に例の手錠を掛けさせていただきましたー。俺も一応は空間転移系能力者だからな。テメェの考えなんて御見通しなのさ」
「くっ……汚いわよ!」
「何とでも言えよ真面目な事は良い事だ。ほら、事実さっさとついてこいよショタコン女。目も当てられない量の反省文と七面倒臭い三人の女子高生がお前を待っているからさ」
「あぁっ! 待って! せめて半ズボンとランドセル装備の小学生を写真に収めさせて~!」
ずるずると手錠が装着された手を引っ張られる形で連行されていく奇抜な服装の少女。
そんな二人のやり取りを買い物袋片手に眺めていた天草式十字凄教の元女教皇は「…………」と複雑そうな顔で沈黙した後、顔を引き攣らせながらコーネリアの部屋に向かって歩き始めた。
そして空を見上げながら、一言。
「……コーネリアから見れば、私もあのような奇抜な格好をしているように見えるんでしょうか?」
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次回もお楽しみに!