妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 大賞用小説執筆により更新が遅れてしまいました。


Trial55 愛に溺れる

 渾身の右ストレートがアックアの顎に炸裂した。

 それは『原石』としての力を封じ、制約付きの『聖人』の力に頼った、コーネリアの命がけの攻撃だった。決死の想いでようやく当てる事が出来たその拳は、彼が今繰り出せる真の意味での本気の一撃だった。

 固く握られた拳は、アックアの顎に炸裂した。

 しかし、その拳を受けても尚、アックアは微動だにしなかった。

 

「……おしいな」

 

「ッ!?」

 

「今の拳で私を沈められなかったのは、貴様にとってはあまりにも大きすぎる痛手である!」

 

 自身の顎に突き刺さるコーネリアの腕を掴み、背負い投げの要領でその巨大な体躯を細かく動かし、コーネリアを地面へと叩き付けるアックア。柔道の試合なんかでは有り触れた技だが、それを二重聖人であるアックアが放ったことにより、地面にはクレーターが、コーネリアの背中には背骨を全て砕かれたかのような激痛が走ってしまっていた。

 一瞬で、肺の中の空気が消失する。

 呼吸が出来ず、瞳孔が開き、全身を激痛が襲う。ただの背負い投げ、ただの組み敷き――しかし、そこには兵器をも圧倒するほどの威力が搭載されていた。

 ギシギシと、組み敷かれた身体から骨が軋む音が零れ出る。掴まれた腕は今にも折れそうで、コーネリアの可愛らしい顔が涙と痛みで大きく歪む。

 

「が、ぎィ……ッ!?」

 

「哀れであるな、コーネリア=バードウェイ。自身の持ち得る力を持て余した結果がこれなのだからな。貴様ほど哀れな戦士もそうはいないだろう」

 

 あえての挑発的な言葉なのだろう。アックア―――ウィリアム=オルウェルという男は人を心の底から馬鹿にすることはない人間だ。そんな男がわざわざ悪役を買って出ているこの状況は、彼を良く知るものからしてみれば異様に映る光景なのかもしれない。

 何故、アックアはわざわざ挑発的な態度を取るのか。

 それはきっと、自分を分かりやすい『敵役(ヴィラン)』にしようとしているからだ。

 アックアの本質や信条、生き方を鑑みれば、彼ほど『主人公(ヒーロー)』に相応しい人間はいない。救われぬ者に手を差し延べ、ありとあらゆる脅威をその身体一つで打ち倒し、膝を突く者達に立ち上がる希望を与える英雄のような主人公。

 彼を見た者は勇気を得、

 彼に救われた者は希望を得る。

 今は『神の右席』なんていうローマ正教の最暗部に身を置いてはいるが、傭兵でありながら『盾の紋章(エスカッシャン)』が与えられるような男だった。

 彼は、誰よりも騎士道精神に忠実だった。

 彼は、誰よりも騎士が似合う男だった。

 無骨な男は笑わない。

 不器用で無骨、それでいて慈愛に満ちているウィリアムが何故、『神の右席』に入ったのかは分からない。深い事情があったのかもしれないし、もっと単純明快な理由があるのかもしれない。

 ただ、一つだけ言える事がある。

 アックアが、ウィリアム=オルウェルが取った行動。

 『神の右席』に入るという選択は、酷く間違いだという事が。

 ギシギシと軋む腕と身体に顔を歪めながら、コーネリアは人を小馬鹿にするように鼻を鳴らし、

 

「……お前の方が哀れだっつの。ローマの犬が」

 

 言葉の直後、掴まれていた右腕が棒切れの様にへし折られた。あまりの激痛に咆哮は枯れ、零れ落ちる涙が地面を濡らす。――しかし、アックアはそれだけに留まらず、コーネリアの顔を鷲掴みにし、片手で彼を高々と持ち上げた。

 そして、一撃。

 無防備な腹部に鉄塊のような拳を入れる。胃の中が逆流しコーネリアの口から外に出ようとするが、アックアの武骨な手によって口が強制的に塞がれてしまっているため、口と胃を往復するという最悪な状態と化していた。

 そして、二撃目。

 真下から撃ち上がるようなアッパーカットが炸裂し、コーネリアの脳を激しく揺らす。眼球は飛び出そうになり、頭蓋骨が砕けたのではないかというぐらいに脳が上下左右に大きく揺れ、コーネリアの意識は一瞬の内に暗闇へと誘われてしまう。

 ぐるんっ、と眼球が裏返り、少年の身体から力が抜ける。

 

「……ここまでか」

 

 その言葉を吐くアックアは、一体どんな心境なのか。

 それは誰にも分からないし、誰にも明かされることはない。彼の心が分からない以上、彼を語る事は出来やしないのだ。

 誰にも理解されず、しかし、自らそれを望む元傭兵は不幸な人生に翻弄される少年を宙に放り、

 

「せめてもの情けだ。気絶している間に終わらせてやるのである」

 

 そこから先は、ただの弱い者いじめだった。

 原始的な暴力の音が空気を揺らし、物理的な虐殺が大地を震え上がらせる。

 ただそれだけの、あまりにも単純明快過ぎる暴力の嵐が過ぎた頃には、コーネリアは既に動かぬ屍と化していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 夜の病院は酷く静かだ。

 患者が寝静まっているのは元より、住民の半数以上が学生であるこの街において、夜の病院が騒がしくなることはあまりない。壁の外――つまりは学園都市の外なんかでは急患だ何だで朝も昼も夜も関係なく騒がしいんだろうが、この街においては、夜の病院は比較的静かなものだった。

 第二十二学区の第七階層にある病院だった。

 そこの集中治療室の一角に、『彼』は寝かされていた。

 

 全身に得体の知れない管を付けられた状態の、コーネリアが。

 

 周囲を大量の機械に囲まれた、一つのベッド。そこにコーネリア=バードウェイは寝かされていた。全身のありとあらゆる部分に何かしらの処置が施されていて、右腕には物々しいギプスが装着されている。医者からの話では『綺麗に折れているのが不幸中の幸いだった』という事らしいが、利き腕が折れている時点で彼はもう戦う事は出来ない状態にある。

 そんなコーネリアの両手を包み込むようにして握る、一人の少女の姿があった。

 神裂火織と呼ばれるその少女はベッドの傍で跪くように――それでいて寄り添うように、コーネリアの両手をしっかりと掴んでいた。

 

「…………最低です」

 

 その言葉はコーネリアにではなく、自分に向けてだ。護衛対象を護り通すどころか自分が認知していない時間と場所で戦闘が行われ、気付いた時には全てが終わっていた。絶対に護ると誓った少年が瀕死の状態で地面に転がっているのを発見した時、神裂はあまりの情けなさと悔しさで歯を全て噛み砕いてしまいそうになっていた。

 油断していた。

 あまりにも平和過ぎたから、あまりにも楽しすぎたから、油断してしまっていた。コーネリアと過ごす時間に魅了されすぎていたから、一番重要な時に彼の傍に居る事が出来なかった。

 慢心はしていなかった。

 ただ、油断していた。

 彼と出会う前はこんなに情けない人間ではなかった。もっと冷徹でもっと冷静で、それでいて重要な場面では最適な行動をとる事が出来る――そんな人間だったはずだ。

 全ては、この少年と出会ってから。

 神裂火織は、大切な人を護ろうとして、逆に弱くなってしまっていた。

 

「……私にはもう、あなたと共に生きる資格はありません」

 

 護りたかったのに護れなかった。

 護ろうとしたのに護れなかった。

 悔しくて情けなくて悲しくてどうしようもなくて。コーネリアが今にも死んでしまいそうな状態なのに、自分は傷一つ無く今もこの場で生きている。それが、そんな現実がどうしようもなく悔しくて、神裂の思考をより悪い方向へと誘っていた。

 

「……あなたが好きだった。あなたが好きだった。あなたが好きだった」

 

 好きで好きで仕方が無かった。

 立場不相応とは分かっていながらも、コーネリアの事を好きになってしまっていた。人を処分する魔術師の癖に、救われぬ者すら救えない役立たずの女教皇の癖に、誰よりも優しくて人間らしい少年を好きになってしまっていた。

 もう、一緒にはいられない。

 これはけじめだ。絶対に犯してはならない禁忌を犯した自分への罰だ。愛に溺れた情けない自分をより苦しめる為の、とても分かりやすい処刑手段だ。

 コーネリアの手から自身の手を離し、彼の頬に添える。

 麻酔によって今は寝ているコーネリアに軽い――唇を触れさせるだけのキスをし、神裂は彼に背中を向ける。

 

「ありがとう―――そして、さようならです」

 

 やるべき事が、やらなくてはならない事がある。

 けじめをつけなければならない事がある。

 集中治療室から外へと踏み出し、病院内から外へと移動する。

 新鮮な空気を感じる事も風が吹く事もない第二十二学区の人工的な夜空を見上げながら、血が流れるぐらいに拳を握り締めながら、両目から大粒の涙を零しながら、神裂火織は呟いた。

 

「あなたの為に殺します。私は今日、綺麗な自分を殺します」

 

 少女は愛に溺れる事をやめた。

 しかしそれは間違いであり、事実、少女の進む先に伸びる道は、破滅色に染まっていた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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