妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 物語の展開上、上条さんの役割が脇役っぽくなってしまっていますが、ご了承いただけると幸いです。


Trial56 夢の帳で

 暗い闇の中だった。

 自分の腕すら見えず、足元なんかは言うまでも無く真っ暗闇。一センチ前すら真っ黒で、本当に自分の身体がここに存在しているのかどうかすら危うい状態だ。

 しかし、不思議と恐怖はなかった。

 それどころか、どこか懐かしさを覚える始末だった。

 

「……妙な感覚だな」

 

 生まれてこの方、暗闇というものに安息を覚えた事はなかった。常に脅威に脅えていた幼少期、コーネリアは夜になるたびに布団に隠れて恐怖に震えていたぐらいだ。そんな人生を過ごしてきたというのに、この安心感は一体全体何事なのか。コーネリアは暗闇の中で、在りもしない首を小さく傾げた。

 その時だった。

 黒よりも深い闇の中、夜よりも暗い闇の中。

 何かが見える訳もないそんな空間で、『彼』は何の前触れもなくただ突然に――

 

『よう、相棒。やっと会えたな』

 

 ――コーネリアの前に、現れた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 第二十二学区。

 一人の少年が瀕死にまで追い込まれた場所で、二人の怪物は退治していた。

 後方のアックア。

 神裂火織。

 所属している組織は違えど、どちらも魔術界では最強クラスの聖人(バケモノ)だ。普通の魔術師では到底太刀打ちできない程の力を持った二人の聖人は人工的に造られた夜空の下で、しかし少しもロマンチックではない空気を放っていた。

 

「……まさか、こんな所で天草式の聖人と相見える事になるとはな」

 

「事情が変わったんです。私が出て来なければならない程の事を、あなたは仕出かしてしまった」

 

 七天七刀の柄を掴む手には血管が浮かび上がり、今にも千切れてしまいそうだ。それは彼女が怒っている事を示していて、その怒りがこれからアックアにぶつけられることを示唆していた。

 静かに怒る神裂を前に、アックアは嘲りの表情すら見せない。

 

「『聖人殺し』の仇討か? 『怒り』の感情は七つの大罪の一つである事を、貴様は知らないと見える」

 

「大層な魔法名を掲げていますから、それぐらいの知識は持ち合わせています」

 

 しかし――そう最後に付け加え、神裂火織は奥歯をギリィッと噛み締める。

 

「私は自分が思っていたよりも幼稚な人間だったようです。大切な仲間、愛する者。その二つが傷つけられただけの事のはずなのに、私の心は! ここまで煮えくり返ってしまっている!」

 

「天草式の聖人は戦闘を嫌う性根であると聞いていたのだがな」

 

「嫌いですよ。私は他人を傷つける事が、世界の何よりも大っ嫌いです」

 

 他人を傷つける事の愚かさを、彼女は誰よりも知っている。

 他者よりも強い力、他人よりも優れた才能。

 望んでもいないのに幸運にも手に入れてしまった最高峰の才能のせいで、彼女は傷つける必要のないものをこれまで幾度となく傷つけてきた。

 本意ではなかった。

 ただ、傷つけなくてはならなかった。

 もうそんなのは御免だ。自分の為に傷ついて、『あなたが無事で良かった』と、死の間際で笑いながら言われるのはもう嫌だ。

 コーネリア=バードウェイのように、自分の為に誰かが傷つくのはもう見ていられない。

 握り潰すように刀の柄を握り、射殺すように眼前の敵を睨みつける。

 心にあるのは巨大な怒り。命を懸けて理不尽な人生に抗おうとした少年の為に、少女は自らを怒りに支配される道を選ぶ。

 

「ぐだぐだ考えるのはもうやめにしましょう。―――黙って私に殺されなさい」

 

「聖人と戦うのは三年ぶりでな。――少しは楽しませて欲しいのである」

 

 二人の言葉がぶつかり合う。

 それが合図となり、そして始まる。

 世界に二十人といない『聖人』同士の戦いが、音も無く開始された。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そこにいたのは、見覚えのない青年だった。

 見た目としては何処にでもいる普通の日本人男性。二十代前後と言ったぐらいか、顔にはやや幼さが残っている。何故、暗闇の中でその青年の姿が確認できているのかが甚だ疑問であったが、そんな小さな事を気にしていられるほど、コーネリアは余裕のある生き方をしてきていない。

 まずは、目の前の疑問から解き明かしていこう。

 うーん、と唸るように声を上げ、コーネリアは一つ目のクエスチョンを提示する。

 

「お前は誰だ?」

 

『俺はお前だよ。そして同時に、お前じゃない誰かでもある』

 

「…………………………………………」

 

『そんな「何言ってんだコイツぶっ殺すぞ」みたいな表情はやめてくれよ、相棒。俺は別に、嘘を吐いたつもりもお前を馬鹿にしたつもりもねえんだからな』

 

 飄々と、何処か緊張感の欠けた態度で謎の青年は言った。

 コーネリアは呆れたように溜め息を吐く。

 

「分かった。……それじゃあ、次の質問だ」

 

『ここは何処か、ってか? ここはお前の頭の中であり、世界の境界だよ』

 

「……???」

 

『わっかんねえかなぁ』

 

 分からねえよ。何処の世界にこれだけの説明で全てを理解できる猛者がいるんだよ。

 青年は頭をガシガシと掻きながら、ぽんっと露骨に両手を打つ。

 

『そうだな、もっと簡単に例えてみよう。ここは死と生の境目だ。お前は生で、俺は死。つまりはそう言う事なんだけど……理解できてる?』

 

「いや、微塵も」

 

 だよなー、と青年は肩を竦める。

 本当に何なんだろうか、この男は。いきなり現れたかと思えば詳しい事は何一つ教えてくれないし、説明を始めたかと思えば回りくどい言い方で真実を一向に伝えようとしない。というか、そもそもの話、俺は何でこんな所にいるんだろうか。何か……そう。すぐにでもやらなきゃならねえことがあるはずなんだが……。

 

『そうだ。お前にはまだやるべき事がある』

 

「……人の心を読んでんじゃねえよ」

 

『お前だけの心じゃないからな。読みたくなくても勝手に俺にまで伝わっちまうのさ』

 

「――――――、? ちょっと待て、今のはどういう事だ?」

 

『お前は質問ばっかだなぁ。少しは自分で考えてみろ。そして提示してみろよ、お前自身の答えって奴をさ』

 

 命令されるがままというのが非常に腹が立つが、他に選択肢も無いので、コーネリアは仕方なく思考の渦を展開していく。

 男はコーネリアの心を『お前だけの心じゃない』と言った。つまり、コーネリアの心と男の心は同じものであり、故に男はコーネリアの考えを自分のものであるかのように理解できている。男が精神読取系の能力者だったらこの大前提が瓦解してしまう訳だが、流石にそんなインチキまでもを考慮する訳にはいかないので、今は頭の隅にでも置いておく事にしよう。

 同じ心で、正体不明の真っ暗闇。男はコーネリアの事を『相棒』と呼び、自分たちの関係性を『生と死』で言い表した。

 コーネリアが生で、男が死。

 つまりそれは、コーネリアが生者であり、男が死者であるという事で――

 

「……ん?」

 

 ――何かが引っ掛かった。

 死んだ覚えがない以上、コーネリアは生者だ。それは男からの回りくどい説明からも分かる真実である。

 では、男が死者であるというのはどういう事だ? 男がただの死者だとして、どうしてこんな形で自分と接触する事が出来ているんだ?

 同じ心を持っている、という発言もそうだ。そんな事を言われた以上、自分と男は全くの無関係ではないという事になる。

 ……まさか。

 一つの解答が頭に浮かぶが、どうしても信じる事が出来なかった。いや、そんな、そんな事って……。

 

『何を迷ってるんだ? お前が見つけたその答えが正解だよ』

 

 ――だから、迷わずに言ってみると良い。

 頭の中に直接響くように語りかけられ、コーネリアは導かれるように口を開く。

 信じがたい真実を、言葉としてその場に紡ぐ。

 

「お前は……お前の正体は…………俺の中にあった、過去の記憶……なのか?」

 

『正確には「前世から引き継いだ記憶という名の魂」って感じだがな』

 

 まぁ、それで正解だよ。

 絶句するコーネリアの前で、しかし青年は飄々とした態度で悪戯っぽく笑っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 神裂がアックアとの戦いに向かった後、集中治療室にて。

 麻酔によって死んだように眠るコーネリアを見下ろす、一人の少年の姿があった。

 上条当麻。

 後方のアックアが学園都市にまでやって来た理由の一つであり、彼が標的としている『幻想殺し』という能力を持つ不幸な少年。科学サイドの人間でありながら魔術サイドにも深く関わる事になってしまった少年は、自分と真逆の立場である先輩の寝顔を眺め、しかし悲しげな表情を浮かべていた。

 そもそもの話。

 コーネリア=バードウェイは魔術サイド側の人間であり、上条の様に学園都市で生活している事自体が大きく間違っている。『命を狙われたくないから』という理由で学園都市に逃げ込んできたという話だが、その逃避の末にこんな状態に陥ってしまっているのだから笑えない。

 本来ならば、この場で寝ているのはコーネリアで無く上条のはずだ。

 しかし、それはここではないどこか別の世界での話であり、この世界においては、上条当麻は傷一つ無く五体満足で集中治療室に立っている。

 そして、彼の肩は震えていた。

 爪が手の平に食い込んで血が滲む程に、上条当麻は拳を握り込んでいた。

 それは怒りであり悲しみであり憎しみであり――そして悔しさだった。

 

「……俺が偉そうに言える事じゃないとは思うけどさ」

 

 運が良かった。

 ただそれだけの理由で生き延びた先輩に聞かせるように――それと同時に自分に言い聞かせるように、上条当麻は言葉を紡ぐ。

 

「何で一人で戦っちまったんだよ。少しでも、一言ぐらい……俺に声を掛けてさえくれていれば! こうはならなかったかもしれないのに! 後方のアックアがどれだけの強さを持っているのかなんて知らないけど、それでも! 少しは違う未来が実現できていたかもしれないのに!」

 

 上条当麻は人を頼らない。

 それは他人を傷つけたくないという傲慢であり、自分の力で何とかしたいという我儘から来る選択だ。だからこそ、そんな上条だからこそ、コーネリアの選択は凄く理解できる。同感は当然の事、尊敬すら覚えてしまう始末だ。

 しかし、だからこそ、上条当麻は自分以外の誰かが他人に――その中でも自分に頼らない事を酷く嫌う。

 自分勝手な事は分かっている。人のふり見て我がふり直せ、とはまさにこの事だろう。お前にだけは言われたくない、と怒鳴られるのも当然だ。

 だが、それでも嫌なのだ。

 大切な人が、自分に優しくしてくれる誰かが自分の手の届かない所で傷つくのは、どうしようもなく耐えられないのだ。

 

「……神裂は泣いてたぜ。アンタを救えなかったって、アンタを護れなかったって、神裂火織は泣いてたぜ!? それがアンタの望んでいた事なのかよ。アンタは神裂火織を泣かせないために戦っていたんじゃないのかよ!」

 

 矛盾だ、それは分かっている。これは屁理屈の押しつけだ。大人になれない子供が癇癪を起すような発言であると、重々承知している。

 だからこそ、本気なのだ。

 これこそが、上条当麻の本音なのだ。

 

「仇を取る、なんて大層な真似は俺にはできない。それは神裂の仕事だから、奪う訳にはいかない」

 

 語るように、紡ぐように、吐き出すように。

 上条当麻は後ろを振り返り、そして一歩踏み出す。

 集中治療室の外には、複数の人影がいた。数としては総勢五十人前後。その全ては服のあちらこちらを破き、肌に包帯を巻いている痛々しい状態の人間だった。

 その間を、上条当麻が通り抜ける。

 その後ろを、五十人前後の人間が追随する。

 

「だからこれは、仇討じゃない。俺達がただ、後方のアックアに喧嘩を売るだけだ」

 

 インデックスは争乱に巻き込まれない場所に移動させた。彼女には悪いが、この方法が最善なのだ。上条当麻にとって、インデックスが傷つく事こそが最も恐れる事態なのだから。

 夜の病院から、五十人規模の集団が姿を現す。

 瞳に怒りの炎を宿した彼らを率い、上条当麻は走り出す。

 

「先輩が何処までも不幸だってんなら、俺がこの手でその幻想(現実)を跡形もなくぶち殺してやる!」

 

 戦いは混迷を極め、そして物語は修正不可能な程に捻じ曲がっていく。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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