妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial57 託される想い

『そもそもの話をしようか』

 

 青年はコーネリアに宿っていた過去の記憶の結晶体だった。

 コーネリアがその答えを導き出した後、青年は飄々とした態度を崩す事無く、まるで一つの物語を語るかのように話を始めた。

 

『お前が持っている二つのチカラ。「原石」と「聖人」のチカラについての話になるが、そもそもの話、このチカラはお前だけのものじゃないんだ』

 

「???」

 

『ジ○ジョ第三部のDIOか、第五部のディアボロみたいな話だよ。DIOは身体と首で二つのスタンド――つまりは二人分の能力を発現させていて、ディアボロは二つの人格で一つのスタンドを使っていた。俺とお前の関係性もつまりはそんな感じなんだ』

 

 青年は右手を胸の前に伸ばし、そしてそこに何本もの荊を纏わせる。今更見間違えるはずがない。それはコーネリアが赤ん坊の時からずっと使い続けてきた能力『荊棘領域』によって生み出される、『聖人殺し』という副効果を持つ荊だ。

 荊が絡みついた右手を得意気に掲げ、青年は話を再開する。

 

『お前が「荊棘領域」って呼んでるこの能力だが……実のところ、これは俺がこの世界に来てから発現させた能力なんだ』

 

「……………………はぁ!?」

 

 自分の中に宿っていた過去の記憶の結晶体が発現させた能力? それってつまりはどういう事だ? 何で実体がない存在が能力を発現できるんだ? そもそもの話、それなら何で俺がその能力をずっと使い続ける事が出来ていたんだ? 一瞬の間に大量の疑問が頭に浮かび、それと同時に激しい頭痛が彼を襲う。

 くっ……、と苦悶の声を漏らすコーネリアに青年は苦笑いを浮かべる。

 

『まぁ、実のところはトンデモ理論だよな。お前という「憑代」が生まれ持っていた「聖人」としての力を、「中身」である俺が望まぬ形で抑え込んじまってたってんだから、これほど不遇で不幸で不憫な事はねえだろうよ』

 

「それじゃあ何か? お前が俺の身体で二度目の人生を送ってなけりゃ、俺は普通に聖人として最高の魔術師ライフを送れてたって事なんか?」

 

『いっえーす。ご名答だよ、相棒』

 

 へらへらと笑う青年の顔面にコーネリアの拳が飛ぶが、青年はそれを寸での所で回避し、返す刀でコーネリアの小柄な体を背負い投げの要領で投げ飛ばした。今の子棒で自分の身体をようやく把握する事が出来た訳だが、それにしても魂だけの存在に敗北する俺って凄く情けないような気が……。

 

『あはははは! 無理無理、無理だって! ここでの生活は俺の方が何十倍も長いからな。ここに来たばっかのお前じゃあ、俺に太刀打ちすらできねえよ』

 

「それでもお前を一発ぶん殴らねえと気がすまねえ訳だが……ッ!?」

 

『べっつにわざわざ俺を殴る必要はねえんだがなー』

 

「あ? それってどういう意味だよ」

 

『ん? そのままの意味だけど?』

 

 それが当然、それが当たり前。

 そう言いたげな表情でやや恍けた様子を見せながら、青年は軽い声で言う。

 

『お前が殴るまでも無く、俺はそろそろ消滅しちまう運命なんだよ』

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 世界が壊れる音だけが響き渡っていた。

 金属棍棒と七天七刀。

 違う材質でありながら、異なる強度でありながら、しかしそれぞれの得物は火花を散らし、二人の怪物は音速の世界で渡り合っていた。

 いや、違う。

 二人は渡り合えてはいなかった。怒りに身を任せた神裂は冷静さを欠いているせいか、アックアの冷静で冷徹で冷酷な攻撃を前に、劣勢を強いられていた。

 

「太刀筋が野蛮であるな。極東の聖人が聞いて呆れる!」

 

「ぐぁっ……!」

 

 横薙ぎに振るわれた七天七刀を金属棍棒で弾き返し、彼女の腹部にアックアは拳を叩き込む。その拳の威力は想像を絶していて、聖人である神裂がノーバウンドで建物の壁にめり込んでしまう程の破壊力を持っていた。

 がはっ、と神裂の肺から酸素が消滅する。

 普段の神裂ならば、ここまでの劣勢は有り得なかっただろう。

 十字術式と仏教術式と神道術式。その三つを切り替える事でありとあらゆる魔術に対応し、そこに天草式の戦闘技術を加える事で敵を圧倒的なまでに撃破してきた神裂ならば、もっと互角の戦いを繰り広げられていたはずだ。

 しかし、今の彼女は冷静さを欠いている。

 コーネリアの仇を取らなければ。

 愛に溺れていた自分にけじめをつけなければ。

 アックアを殺さなければ。

 そんな人間的な感情に踊らされ、翻弄され、神裂は普段の半分の実力も出せないでいる。

 

「貴様は一撃必殺を信条とする聖人だと聞いていたのだがな」

 

「一撃で終わらせるつもりなんて、毛頭ありません……」

 

 砕けたガラスの破片を払う事もせず、神裂は七天七刀を杖代わりにしてふらふらと立ち上がる。

 

「二撃でも十撃でも十数撃でも数百撃でも数千撃でも! 私の気が晴れるまでは! グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャになるまで切り刻んで殴り潰して捻り潰さないと私の怒りは収まらないんですよ!」

 

「それは私が貴様の仲間を殲滅した事への怒りであるか? それとも――」

 

 嘲りの表情なんて浮かべず、アックアは淡々とした態度で言葉を続ける。

 

「――死にぞこないの少年の無念を晴らせない自分に対しての怒りであるか?」

 

「ッ!?」

 

 反射的な攻撃だった。

 跳躍の衝撃で地面は抉れ、刀を振り下ろす過程で風は消し飛び、金属棍棒に刃が激突した影響で空気が爆発した。聖人としての力を極限にまで使用した状態であるために既に体はぼろぼろの限界状態だったが、そんな事が気にならない程に神裂は興奮していた。

 わざわざ挑発的な態度を取るアックアに、怒り狂っていた。

 

「聖人であるあなたが身の程を弁えなかったばかりに、コーネリアは死にかけた! あなたは、あなたは、あなたはあなたはあなたはあなたは私の大事な人を殺しかけたんです!」

 

「身の程を弁えなかったのは私ではなくあの少年の方だと思うのだが?」

 

「コーネリアに聖人の力を本気でぶつければどうなるか、想像できなかったとは言わせません! あなたは結末を分かっていながら、しかしそれでもコーネリアにその力を振り翳した! ただの高校生にそのような力を容赦なくぶつけるような外道に、偉そうな抗弁を垂れる資格などありません!」

 

「そこで怒りを覚える事自体、貴様は生温いのである」

 

 己の血を使った紋様が刻まれた金属棍棒を横に薙ぎ、アックアは神裂を七天七刀ごと弾き返す。同じ聖人でもアックアはその上位互換――二重聖人だ。単純の力のぶつけ合いならば、アックアの方に軍配が上がる。

 金属棍棒を構え直し、アックアは溜め息を吐く。

 

「戦場において、戦車は一人の歩兵に対しても砲撃を見舞うものだ。戦場に紳士のマナーなど存在しない。どんな相手だろうが、どれだけの戦力差だろうが、全力を以って叩き潰すのは極々当然の事である」

 

「それはあなたの論理です」

 

「そうだな。だからこそ、私は私の論理でコーネリア=バードウェイを叩き潰した。そこに何の矛盾がある? 貴様は私の論理の中で展開された勝負に対し、貴様の論理をぶつけようとしている。その行いが無駄な事であると、貴様は何故気づかない?」

 

 アックアはそこで言葉を止め、神裂の目を真っ直ぐと見つめる。

 

「いや、あの少年に関して言えば、本気を出す必要もなかったのであったな」

 

「――――――――――ッ!」

 

 返事はなかった。

 ただ、神裂は音の速さでアックアの懐まで潜り込み、彼の頭を斬り落とさんと七天七刀を横に薙いだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「消、滅……?」

 

『時間切れって奴かな。流石に魂の方が限界みたいなんだよ』

 

 言っている事は重要な事のはずなのに、青年は大した事じゃないとでも言いたげな態度だ。それがどうしようもなく違和感で、コーネリアの心に何処か淀んだ気持ちを抱かせてしまっていた。

 

『そんなに気に病むなよ、相棒。むしろこれは喜ぶべき場面なんだぜ? 俺って言う重荷からようやく解放されるんだからな。うん、これは凄く喜ぶべき展開だと言えるだろう!』

 

「…………」

 

 何で、そんなに元気でいられるのかが分からない。消滅してしまうという事は、死んでしまうという事なのに。死んでしまったら何もかもが終わりになるはずなのに、どうしてそんなに明るくいられるのか、コーネリアには微塵も理解できないでいた。

 そんな彼の心境が手に取るようにわかる青年は溜め息と共に肩を竦め、

 

『俺はさ、ずっと楽しい事をしたかったんだ』

 

「楽しい、事?」

 

『俺の人生は酷く普通でさぁ。山もなけりゃ谷もないっていうか、超普遍的な人生だった訳よ。毎日が同じ事のローテーションで、ただただ時間を浪費するだけの日々だった。ぶっちゃけると、凄くつまらない人生だったんだ』

 

 山も無ければ谷もない。

 それは、極々有り触れた人生だと思う。平和な世界で繰り広げられる、平和で安定した暮らし。それは毎日が命がけなコーネリアからしてみれば、とてつもなく憧れる生活だ。

 だが、青年はそれをつまらない人生だと言った。

 退屈な日々だったと、真面目な顔でそう言った。

 

『そんな人生の半ばで呆気なく死んじまって、気付いた時にはお前の中で生き残ってて。……でも、お前が紡ぐ物語を誰よりも間近で見てたらさ、凄く楽しい気持ちになれたんだよ』

 

「…………」

 

『ド派手な家族事情があって、命がけの戦いがあって、可愛らしいヒロインがいて。そんな物語を「主人公」としての視点で見守ってきて、俺は満足しちまったんだ』

 

 自分の物語ではないけれど、自分がずっと憧れてきた物語に関われた事が、何よりも嬉しかった。

 そこら辺にいる脇役じゃなく、唯一無二の主人公として生きる事が出来た。

 だからこそ、彼は消滅を前にしても、満足気な態度でいられるのだという。

 

『俺の役目はもう終わった。そろそろ魂が摩耗し切って消えちまうしな』

 

「本当に、それしか道はないのか? もっと幸せな、お前が消えないで済むハッピーエンドはないのかよ!?」

 

『どうやら、お前は一つ勘違いをしてるみてえだな』

 

 ニィッ、と青年は子供のように笑う。

 

『俺はとっくに救われてんだよ。今この場でお前に言いてえ事を言って消える事こそが、考え得る限りの最高のハッピーエンドなんだ。これ以外の道はない。っつーか、俺はこれ以外の道を歩むつもりはない』

 

 コーネリアには理解できない、青年だけのハッピーエンド。救われていないように見えて実は誰よりも救われているという、矛盾を体現したかのような異質なハッピーエンド。

 多分だが、彼の覚悟は確固たるものなんだろう。今更変えようがない程に、彼は覚悟を決めてしまっているのだろう。そうなれば、コーネリアからは何も言えないし、彼を止める事は出来ない。

 

「……お前のおかげで俺は何度も生き延びられたんだ。一生かかっても返せないぐらいの恩を、お前から受け取っちまってんだ! なのに、それなのに、やっと会えたのに、そっちの都合で勝手に消滅するとか、ふざけるにもほどがあるだろうが……ッ!」

 

『お前はやっぱり優しいなー。……まぁ、だからこそ、俺が無意識にお前を憑代に選んだんだろうけどさ』

 

 青年は笑う。

 何も思い残す事はないと、全てお前に託したと、青年は邪気のない笑顔を浮かべる。

 そして、青年はコーネリアの前に右手を差し出す。

 そこには一つの光の球が乗っていた。

 見覚えはないが、どこか懐かしさがある――そんな不思議な球だった。

 

『俺はそろそろ消えるけど、その前に一つだけやっておかなきゃならねえ事があるんだ』

 

「やっておかなきゃならない事……?」

 

『ああ、そうだ。俺が消えるっつー事は、お前の中の「荊棘領域」は完全に消滅しちまうって事でもある。そのおかげでお前はこれから聖人の力を思う存分自由気ままに使うことができる訳だが、重要なのはそこじゃあない』

 

 光の球をコーネリアの胸に近づけ、青年は続ける。

 

『俺はここで、一つだけ無理をしてみようと思う。それは消滅前の俺だからこそできる無理であり、多分だが、お前にとってはプラスでしかない事でもある』

 

 そして、青年は言う。

 全てが終わり、全てが始まる。

 そのきっかけとなる言葉を、青年は口にする。

 

『残念ながら、能力開発による脳へのダメージと「前世の遺産」は俺が全部連れて行く事になる。――だけど、その代わりとして、俺はお前に「荊棘領域」を託そうと思う。「聖人崩し」としての面を失くした、ただの荊を生やす程度の能力でしかねえが、それでもお前の力にはなるはずだ』

 

「何で……何でお前は、そこまで俺にしてくれるんだよ!? 俺はこんなに身勝手で我儘で弱いのに、お前はどうして俺にそこまで……ッ!」

 

『だから言ったろ? 俺はお前に救われたって。……だから次は俺の番だ』

 

 ――次は俺が、お前を救ってみせる。

 

『「聖人崩し」の効果が無くなるからな。「荊棘領域」の効果も少し変わっちまう事になるが……それについては問題ねえだろう。お前なら大丈夫だ。お前ならきっとこの能力を掌握できる』

 

 ――そろそろさよならだな、相棒。

 

「待てよ、待ってくれよ! まだ俺は、お前の名前すら聞いてないんだぜ!? お前の事を何も知らねえのに、それなのに、このままお別れなんて……っ!」

 

『なーに、心配は要らねえさ』

 

 そう言って、青年はコーネリアの胸板に光の球を押し込み――

 

『どうせ俺の事なんてすぐ忘れる。過去なんて覚えてるだけ無駄だからな。――だから、お前はお前の未来を進め。それが、お前が俺に対してできる唯一の恩返しだよ』

 

「ちょっ……待っ――」

 

 ――そして、そして、そして。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 気付いた時には、真っ白な天井を見上げていた。

 目尻が熱く、頬が熱く――そして、何よりも胸が熱かった。

 軽い眩暈を覚えながらも、身体中に取り付けられた管を引き剥がし、ベッドから床へと飛び降りる。

 夢を見ていた。

 既にうろ覚えで内容の概要すら危ういが、それでも、凄く大切な夢を見ていた。――二度と手に入らない大切な何かを失う、そんな夢を見ていた。

 右手を上げ、拳をギュッと握る。――素肌に絡みつく様に、数本の荊が現れた。

 左手を上げ、拳をギュッと握る。――自分の身体とは思えない程の力が漲っていた。

 病衣を脱ぎ、ベッドの傍に置かれていた自分の衣服を身に纏う。

 そして目尻に浮かんでいた涙を拭い、少年――コーネリア=バードウェイは集中治療室を飛び出す。

 

「救われた命だ。いろんな人に支えられた命だ。だから無理はしたくねえけど、それでもやらなきゃなんねえ事がある。『どこの誰かも知らないキザ野郎』から託された物語を、全力でハッピーエンドへと向かわせなくちゃならねえ」

 

 目的地なんて端から決まっている。

 今頃、コーネリアの為に戦っているであろう少女、そして、自分以外の人間が傷つくのは見たくないからと拳を握る少年。他にも救われぬ者を救う為に武器を手に取る集団もいるかもしれない。

 その全てを、俺は救う。

 『彼』が俺を救ってくれたように、俺もまた、あいつらを救わなくちゃならない。

 

「もしも、この世界が俺達に牙を剥くってんなら。理不尽で不遇で不憫で不幸な展開をお望みだってんなら」

 

 拳を握り、立ち向かえ。

 最高のハッピーエンドを実現する為に、大切な人を泣かせないために、その拳を振り翳せ。

 

「まずは、その運命を乗り越える事から始めよう!」

 

 さぁ、戦え。

 一人の少女と新たな物語の為に、託された力で理不尽な運命を乗り越えろ。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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