妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

62 / 74
 応募用原稿の執筆に集中していたため、更新が滞ってしまいました。

 約一か月半ぶりの更新で話を忘れてる方も多いでしょうが、その時は第一話から読み返せばいいんじゃないかな(ゲス顔)


Trial58 少女の抵抗

 戦況は最悪だった。

 冷静さを欠いた、怒りに身を任せた戦法はアックアには微塵も通じず、ただただ赤子の捻るかのように神裂は軽くあしらわれていた。同じ聖人なのにここまでの差がつくのか、という疑問が浮かぶまでもない、圧倒的な蹂躙がそこには生じていた。

 

「がっ……ぐっ……!」

 

 七天七刀を杖代わりに、倒れそうになる身体をギリギリのところで支える神裂。顔は大きく腫れ上がり、骨の何本かは確実に折れてしまっている。目には力が無く、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうな状態だ。

 そんな神裂の前には、ほぼ無傷な状態のアックアが。

 金属棍棒を肩に担ぎ、アックアは鼻を鳴らす。

 

「この程度であるか。極東を代表する聖人だと聞いていたが、中々に期待外れだったな」

 

「……これ、が、私の限界だと、決めつけられるのは……心外です」

 

「既に満身創痍の癖に口だけは達者であるな。まだ実力の差が理解できていないと見える」

 

「実力の差なんて関係ありません……そんなもので勝敗が決まる程、この世界は単純じゃない……っ!」

 

 一人の少年を知っている。

 どんなに圧倒的な実力の差を前にしても、決して折れず、諦めず、ただ自分の手の届く範囲の幸せを護る為に立ち上がり続けた――そんな少年を知っている。

 世界の誰よりも不憫な境遇で、

 世界の誰よりも不遇な環境で、

 世界の誰よりも不幸な人生で。

 しかし、その少年は世界の誰よりも一生懸命に、目の前の理不尽な運命を乗り越えようと必死だった。

 心を打たれた。

 その必死さに、その姿に、心を動かされた。誰かを悲しませないためにと戦って、結局その誰かを悲しませてしまって、いつも苦悩し後悔し、最後には謝罪の言葉を口にする情けない姿に、心の闇が打ち払われる気分になった。

 実力の差は、勝敗の決定にはならない。

 最後まで諦めない事。

 大切なものを護る為にどれだけ立ち上がれるか。

 それこそが、勝敗を決する重要な要因なのだ。

 

(……そう、か)

 

 ここで、ようやく気付く事が出来た。

 怒りに身を任せてただ闇雲にアックアを殺そうとしていたのは、ただの間違いだという事に。あの少年はただの一度も怒りに身を任せて戦った事はなく、ただ我武者羅に、自分とその周囲の命を守る為だけに戦っていた事に。

 間違っていた。

 怒りによる復讐は何も生まない。確かに怒りは身体のストッパーを解放するファクターであるが、だからといって、それに身を任せて戦えばいいということにはならない。

 誰かの為に戦え。

 救われない者に救いの手を差し延べるために、全力で戦え。

 それが、コーネリア=バードウェイの背中から学んだ、本当の意味での戦う理由であるはずだ。

 七天七刀を杖代わりに、少女はその場に立ち上がる。決して倒れず、諦めず、そして折れない少年のように、神裂火織は後方のアックアという怪物の前に再び立ち塞がる。

 勝てる見込みは少ない。

 相手は聖人で、しかも聖母としての素質を持つ二重聖人だ。その力はまさに魔術界随一であり、一端の聖人である神裂ではせいぜい互角以下の戦いを繰り広げるぐらいが関の山だろう。

 だが、それがどうした。

 自分よりも格上の敵を前に諦めなかった少年がいる。不幸で不遇で不憫な人生を与えられても尚、決して折れなかった少年がいる。

 ただ、同じことをやればいい。

 決して諦めず、絶対に倒れず、断じて折れない。

 刀を握り、道を切り拓く。――それだけでいい。

 

「……む」

 

 神裂が身に纏う空気が一変したのをアックアは感じた。

 先程までが粗い刃だとするならば、今の彼女は研ぎ澄まされた鋭い刀だ。まさに侍、一撃必殺を司る聖人に相応しい気迫。怒りを捨て、正しい何かを掴んだ瞳が、アックアを真っ直ぐと捉えている。

 ―――面白い。

 挑発的な態度を繰り返していたアックアの頬が、微かに歪む。好敵手であるコーネリアの時ほどではないにしろ、同じ聖人である神裂火織が本来の強さを発揮してくれそうなこの気配。まさにそれはアックアにとっては嬉しい誤算であり、互角の戦いを繰り広げる上では必要不可欠なスパイスとなっていた。今までのような蹂躙劇を楽しめる程、アックアは歪んだ人間ではない。戦いは常に互角かそれ以上。圧勝と完敗はクソ喰らえだ。

 金属棍棒を構え直し、無骨な顔を彼女に向ける。

 二人の聖人が再び視線を交錯させる。

 そして、二人の聖人は再び刃を交錯させた。

 

「っ」

 

「っ」

 

 それは音速の世界だった。

 二人の姿は闇に消え、音だけが戦いの流れを教えてくれる。普通の人間では絶対に辿りつけない領域の戦闘。努力や修練では決して到達する事の出来ない才能の世界が今、学園都市で繰り広げられている。

 金属棍棒と七天七刀が火花を散らし、金属音を奏で、互いの身体を打ち合う。痣と傷が増えていくと共に、二人の聖人の戦いは激しさを増していく。

 アックアが金属棍棒を横薙ぎに振るい、それを神裂が背中を大きく逸らして回避し、ムーンサルトの要領でアックアの無骨な顎を蹴り上げる。アックアは持ち前の頑強さでこれに耐え、神裂の脚を掴むや否や、彼女を地面に思い切り叩き付けた。

 直後、地面に巨大なクレーターが現れた。

 叩きつけられた神裂を中心に、放射状に砕けていく人工的な大地。あまりの激痛に視界の中を星が舞い、肺の中の空気が一瞬で放り出されるのを神裂は感じた。いくら空気を吸っても呼吸困難の苦しさが続き、意識が急速に朦朧さを増していく。

 だが、彼女は諦めない。

 混濁とする意識の中、神裂は七天七刀から手を離し、アックアの脚に食らいつく。丸太のようなその足を両手で抱えるようにして掴み、まるで子供の喧嘩のように我武者羅に、その巨体を無理やり地面に転がせた。

 ズゥゥゥゥン、と大地が揺れ、無骨な男が背中から地面に叩き付けられる。

 優雅さなんてどこにもなかった。

 ましてや、戦いの美学なんてものも存在していなかった。

 あるのはただ、勝利への執念だけ。一人の少年がずっと護り続けてきた世界を護る為に、一人の少女が目の前の勝利に向かって我武者羅に突き進んでいるだけ――そんな光景が、人工的な夜空の下で繰り広げられていた。

 アックアの上に馬乗りになり、彼の鼻っ柱を殴りつける。固く握られた拳が命中した鼻骨から、ぐしゃりという破砕音が鳴り響くも、アックアは痛がる素振りも見せずに彼女の腹を下から蹴り飛ばす。

 少女の身体が宙を舞い、受け身も取れずに地面に顔面から叩きつけられた。

 

「がはっ……うぷっ、おええええっ! あぐっ、うぶぅっ……」

 

 胃の中から込み上げてきた吐瀉物を撒き散らし、目尻から涙を流す東洋の聖人。脚はがくがくと震えていて、両手は力なく地面の上に放り出されている。立とう立とうと神裂は悶えるが、身体が言う事を聞いてくれない。腕は動かず足は動かせず、おまけに身体の芯から全ての力が抜けていた。

 聖人の力なんてもうどこにも残っちゃいなかった。

 聖人の力の酷使に身体が耐えきれなかったんだろう。全身から血が噴き出し、左目に至っては視界が完全に真っ赤に染まってしまっていた。口の中は鉄の味しかしないし、鼻から大量の血が垂れ流しにされている為に呼吸困難に拍車がかかってしまっている。

 もう、動けない。

 でも、動きたい。

 意識はまだ勝利を諦めてはいないのだが、如何せん身体の方がついてきてくれない。それもそのはず。彼女の身体は既に臨界点を突破していて、意識が途切れていないのが逆に不思議なぐらいに酷使されているのだ。こうして立ち上がろうと必死に慣れている事自体、最早異常事態と言えよう。

 アドレナリンが大量に分泌されているのか、不思議と痛みは感じない。感じないからこそ、自分の身体が動かせないのが不思議でならない。まだ動く、戦える。何度も何度もそう言い聞かせるが、身体は一向に動いてくれない。

 

「うご、け……動け、動け動け、動いてください、私はまだ、コーネリアの為に、動いてよ……」

 

 意識が朦朧としているのか、神裂の口から支離滅裂な言葉が吐き出される。無事な右目でさえも虚ろな状態となっていて、とてもじゃないがこれ以上戦えるコンディションとは言えない。すぐに意識を失う方が身体の為だ。

 

「……終わりであるな」

 

 そんな彼女の前に、無骨な男が立っていた。

 手には巨大な金属棍棒。鋭い目は彼女を上から見下ろしていて、一文字に結ばれた口からは様々な感情が窺える。騎士になり損ねた傭兵崩れのごろつきは、一人の少年の為に我武者羅に戦った少女に何を想っているのか。その答えが彼の表情には表れている。

 金属棍棒を天に振り上げ、アックアは神裂に言う。

 

「貴様はよく戦った。あれだけの実力差を前に私を大地に寝かせられたのであるからな」

 

「あなたになんか、褒められたくないですよ……称賛なんて、クソ喰らえです……」

 

「そうか。私としても、これ以上無駄な時間は過ごしたくないのである」

 

 無駄な時間。

 上条当麻とコーネリア=バードウェイ、この二人の少年を標的としてアックアはこの街にやって来た。その内の一人、コーネリアの撃破は既に達成済みで、残されているのは上条当麻――いや、『幻想殺し』の奪取のみ。それ故に、標的でも何でもない神裂との戦闘はまさにタイムロスにも等しいと言える。

 だが、改めてその現実を再認識すると、悲しすぎて笑えてくる。あれだけの努力が、あれだけの奮闘が、あれだけの抵抗が、全くの無駄、タイムロスだと言われてしまうことが悲しくて仕方がない。

 きっと、コーネリアもこんな気持ちだったんだろう。

 様々な敵と戦ってきて、大した力も持ってないが故に何度も何度も死に掛けて。抵抗したところで時間の無駄だと、無抵抗で殺される事が一番最良な道なんだと、理不尽な現実を何度も何度も突きつけられてきたんだろう。―――何度も諦めたくなったんだろう。

 しかし、彼は一度たりとも諦めなかった。

 コーネリアは絶対に諦めなかった!

 

「わ、たしも、あきらめない……例えこの身が焼き消えようとも、叩き潰されようとも、私は、私は、絶対に諦めたりなんかしません……!」

 

「…………」

 

 返されたのは、重い沈黙。

 喜怒哀楽の欠片もない完全無欠の無表情を浮かべながら、後方のアックアは金属棍棒をただただ静かに振り下ろす。

 思わず、神裂は目を瞑ってしまった。

 轟音が学園都市に鳴り響き、空気と大地が大きく揺れる。

 しかし、何故か神裂の身体を激痛が襲うことはなかった。もしかしたら痛みを感じる前に死んでしまったのかもしれない――そう思ったが、意識と身体の感覚がある以上、その考察には些か無理があるとすぐに分かった。

 そもそもの話、アックアの攻撃は神裂を捉えていなかった。

 それどころか、神裂はアックアの前に倒れてすらいなかった。

 

(なに、が……?)

 

 恐る恐ると言った風に、ゆっくりと瞼を開く。

 

「ったく……ここまでボロボロになりやがって。そんなに俺が大事なのかよ」

 

 金髪の少年が立っていた。

 眠そうでいて怠そうな印象を持つ碧眼。男のくせに顔立ちは女らしく、華奢な身体が更に彼を女性的にしてしまっている。神裂を抱き上げてはいるものの、その身体は男にしては比較的小柄な方だと言える。

 金髪の少年が立っていた。

 イギリス最強の魔術結社『明け色の陽射し』のボスを実妹に持ち、聖人と原石の両方を生まれ持ってしまったばかりに不遇で不憫で不幸な人生を強いられる事となってしまった少年が、神裂の身体を抱き上げていた。

 少年は言った。

 神裂をゆっくりと下に降ろしながら、少年は言った。

 

「遅くなってゴメンな、火織。ちょっと寝過ごしちまったんだ。でもまぁ、許してくれよ? ヒーローは遅れてやって来るもんなんだからさ」

 

「っ」

 

 彼の声を聴くだけで、目頭が熱くなる。

 彼の目を見るだけで、心臓が痛くなる。

 彼の姿があるだけで、身体が軽くなる。

 ぽろぽろと涙を流し、目を真っ赤に充血させながら、神裂はくしゃりと顔を歪め――

 

「……待たせすぎなんですよ、馬鹿野郎」

 

「何てったって、俺はお前だけのヒーローだからな」

 

 ――運命を乗り越えるための一歩目がまさに踏み出されようとしていた。

 

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。