妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial59 四人目

 コーネリア=バードウェイ。

 そう呼ばれる少年が、再び前に現れた。それも今までの彼とは違い、強き覚悟と確固たる意志をその瞳に宿している。かつての彼が弱者ならば、今の彼は強者――まさにヒーローと呼ぶべき存在となっていた。

 痣や切り傷だらけの神裂を地面に降ろし、コーネリアはアックアに向き直る。

 透き通った碧眼で、無骨な男を真っ直ぐ見据える。

 

「在り来たりな台詞ではあるけれど……俺の女が世話になったな、アックア」

 

「…………」

 

「ふぁっ……!?」

 

 『俺の女』という言葉にアックアは無言を貫き通し、神裂はしゅぼっ! と顔を紅蓮に染め上げた。彼の中の何かが変わったのは分かるが、これは流石に変わり過ぎではなかろうか。かつてのヘタレなコーネリアは一体どこへ行ってしまったのか、神裂を『俺の女』呼ばわりする事に躊躇いの一つも覚えていないように見える。

 真っ赤な顔でもじもじと悶える神裂が見守る中、二人の男は人工的な星空の下、対称的な空気をぶつけ合う。

 

「あれだけ痛めつけられておいて、まだ諦めないとは大したものであるな」

 

「痛いのには変わりねえんだけどな。見ての通り、お前に折られた右腕は使い物にならんよ」

 

 言いながら、アックアに見せつけるようにして右腕をプラプラと振る。ギプスに覆われた右腕は何とも痛々しく、戦闘では役に立たないことを分かりやすく示していた。これで彼が左利きだったらまだ良かったのだろうが、残念ながらコーネリア=バードウェイは生まれた時からの生粋の右利きである。

 コーネリアは首の関節を鳴らしながら、

 

「一発は一発だかんな。お前が俺の右腕を折ったんだから、同じだけのダメージは負ってもらうぜ?」

 

「子供のような理論であるな。――だが、面白い。その理論を押し通したいのなら、自分の実力でこの腕をへし折ってみせるがいい」

 

「力加減をミスって両方持って行っちまっても文句言うんじゃねえぞ?」

 

 人を小馬鹿にするような笑みを浮かべ、わざとらしく肩を竦めるコーネリア。

 無表情と不動立ちを貫き通し、ただただ金髪の少年を見据えるアックア。

 それが、最後のやり取りだった。

 人工的な空と壁に覆われた第二十二学区に風は吹かない。故に、戦いが始まるきっかけとなったのは、神裂とアックアの戦闘によって生み出された瓦礫が落ちる音だった。

 ガタッ、というイレギュラーな音が鳴り、二人の男はほぼ同時のタイミングで地面を蹴った。

 

「っ!」

 

「っ!」

 

 少しだけ、アックアの方が速かった。

 それは聖人としての歴史が深い事が関係しているのだろう。たった一歩の前進で十メートル以上もの距離を詰めたアックアは金属棍棒を横に振るい、空気ごとコーネリアの身体を薙ぎ払いにかかる。それはもはや砲弾や銃弾に近い速度であり、並の人間が喰らえば消し飛んでしまう程の破壊力が込められた一撃だ。あまりの衝撃に冷静な判断を失い、ズタズタの肉塊に代わってしまっても誰も文句は言えないだろう。

 だが、その一撃にコーネリアはあくまでも冷静に対処した。

 金属棍棒が直撃する一瞬前、その小柄な体躯を更に縮こまらせ、寸での所でアックアの攻撃を回避。しゃがみ込む際に膝に溜め込んだバネを一気に解放し、返す刀でアックアの顎に渾身のアッパーカットを叩き込んだ。

 

「が、ァ……!?」

 

 初めて、アックアの身体が大きく揺らいだ。

 それは純粋にコーネリアの攻撃が強かったからではない。

 コーネリアの攻撃に対し、今まで通りの威力だろう、とアックアが油断していてしまったからだ。

 口から血を吐き出しながら、アックアは崩れたバランスを根性と意地で立て直す。ズゥゥゥン、という振動が第二十二学区に響き渡り、大地が大きく揺れ動いた。この戦いのことを知らない人々からしてみれば、地震が発生したとしか思えない程の揺れであろう。それほどまでの力を込めて、アックアは倒れそうになるのを防いだのだ。

 しかし、それは同時に、彼に隙を与えてしまっていた。

 そして、そんな好機を、少年が見逃すはずもなかった。

 

「お前の力はこんなもんだったか? 後方のアックア!」

 

「ぬ、ぅぅ……!」

 

 放たれた右ストレートが、アックアの鋼鉄の筋肉を潜り抜け、鳩尾へと炸裂する。折れているから戦いには役に立たないというのはあくまでもブラフ。聖人としての回復力によって既に骨は繋がっている。そもそも彼は人並み外れた回復力を持っていた。聖人として覚醒した今、その回復力は並の聖人とは比べ物にならない程に高性能なものとなっている。

 放たれた右拳が、減り込み、抉り込み、アックアの内臓を外部衝撃だけで損傷させていく。通常の人間の力では成し得ない、聖人としての力を駆使したからこその一撃が、後方のアックアに確実なダメージを負わせていた。

 そして、二発目の拳が、アックアの鼻っ柱に叩き込まれる。

 続いて三発目、更には四発目。

 五発目六発目七発目八発目九発目十発目――――――目にも留まらぬ速度で拳が放たれ、その度にアックアの身体が大きく揺れる。

 明らかに、今までのコーネリアとは一線を画していた。

 それはアックアへの圧倒っぷりだとか、攻撃の威力だとか、運動速度だとか、そういう単純なものだけの話ではない。

 聖人の力の行使時間。

 コーネリアとアックアの戦いがちょうど五分を過ぎた辺りで、神裂はようやくその異常性に気付いていた。

 

(コーネリアの聖人としての行動制限時間は五分きっかりのはず。それなのに、何故……っ!?)

 

 彼女は知らない。

 コーネリアがとある別れを経験し、本来の力を取り戻している事を。

 彼女は知らない。

 聖人としての力だけでなく、元々の彼の代名詞となっていた能力の方も大きく変化している事を。

 

「ッ」

 

 声は出ない。

 だが、確かに、アックアは掴んだ。

 調子に乗って何発も何十発も何百発も攻撃を叩き込んでいたコーネリアの拳を、アックアは満を持して掴み取った。この少年に何があったのか、何がこの少年をここまで変えたのか、それについては知らないし詮索する気もない。だが、だからと言って、これ以上、青臭い子供に好き勝手やられる訳にはいかない。

 言葉はない。

 ただ、腕に力を籠めた。

 振り上げた腕を少年の顔面に向かって叩き付けた。

 ただそれだけのことだった。

 ただそれだけのことをして、アックアの顔に浮かぶのは疑問の表情だった。

 そもそも、彼は少年の顔面を殴り飛ばしてすらいなかった。拳は少年にまで達さず、腕はピクリとも動いちゃいない。――ピクリとも動いていない?

 

「ま、さか……」

 

 理解した直後、右腕に激しい痛みが走った。それは刀で斬られたとか鈍器で殴られたとか、そういう類の痛みではない。何か小さな針のようなものが、数えきれない程の無数の棘のようなものが、腕に食い込むようにして刺さっているかのような――――ッ!?

 

「もう、かつての力はないんだけど、さ」

 

 コーネリアの声が、アックアの鼓膜を震わせる。

 しかし、アックアは彼の方を振り返らない。――いや、振り返れない。

 アックアの目は、自分の身体に発生した異常事態に釘付けになっていた。自分の力では絶対に為し得ない、コーネリア=バードウェイという少年にしか許されていない異常事態を、アックアはその目でしかと見つめていた。

 右腕に絡みついた、無数の荊。

 『荊棘領域』

 またの名を『聖人殺し』という能力だったはずなのだが、何故かかつてのような脱力感はなかった。聖人としての力は抑え込まれておらず、身体が怠いだとか全力が出せないだとか、そういう類の服効果は感じられなかった。

 ただ、荊の強度が上がっていた。

 そして、何故か素肌を苗床にして、太く頑強な荊が出現していた。

 

「『聖人殺し』は死んだ。お前の腕に絡みついてんのはただの荊でしかない。ちょっと苗床対象が変わって、ちょっと頑丈さが変わっただけの、至って普通で何の変哲もない荊でしかない」

 

「ッ」

 

 気付いた時には、全身に荊が絡みついていた。

 右腕だけならず、左腕も。両脚は地面に縫い付けられていて、そこから延びた荊が身体を完全に拘束してしまっている。聖人としての怪力を駆使しても、何故か荊には傷一つ入らない。

 どう考えてもただの荊ではない。聖人が引き千切れない荊が、何の変哲もない普通の植物であるはずがない。何か裏が、何かトリックがあるはずだ。『聖人殺しは死んだ』というのは実はブラフで……

 

「無駄だよ、アックア」

 

「なん、だと……?」

 

「考えたって無駄だ。これは理論や推論でどうこうできる問題じゃない。その荊は『とある大馬鹿野郎』が最後に残してくれた最高の贈り物だ。自分の命を、自分の魂を危険に曝しながらも俺に託してくれた、最高の贈り物なんだ。俺達みたいな未熟者が引き千切れるほど、この荊の魂は軟じゃない」

 

 荊がアックアの身体を覆い尽くしていく。既に視界は塞がり、彼の目には金髪の少年の姿は映っていない。

 

「それに、『聖人殺し』がなくたって、荊が『聖人』の弱点であることには変わりはないんだ。桂冠に弱く、槍に弱い。そんな聖人の性質までもは変わらない。だから、お前にこの荊を引き千切る事は出来ないよ、アックア。お前が聖人である事をやめない以上、お前は俺には勝てないんだ」

 

 それは、彼の口から告げられた、初めての勝利宣言だった。

 圧倒的な敵、強大な好敵手。神の右席が一人で、イギリスを代表する最強の傭兵。

 ウィリアム=オルウェルに対する、コーネリア=バードウェイの初めての勝利宣言だった。

 

「お前は強いよ、俺なんかよりもずっと強い。もしかしたら世界で一番強いかもしれない」

 

 だけど、それでも、俺は負けない。

 とある少女の笑顔を護る為なら、可愛い妹達の笑顔を護る為なら――周囲の小さな幸せを護る為なら、俺は絶対に敗北なんかしない。

 『Tuentur444(小さな幸せを護り通す者)』という魔法名を刻んだ者として、もう二度と、絶対に負けることは許されない。

 だからこそ、後方のアックアという最強の男になんか、絶対に負けてやるものか!

 

「ありがとう、アックア。お前のおかげで俺は変われたよ。お前のおかげで大切なものを失い、大切な人を護るための力を取り戻す事が出来た。――だから、俺はお前に感謝してるんだよ、アックア。本当にありがとう」

 

 寒気がした。

 荊に覆い尽くされた視界の中で、アックアが感じたのは得体の知れない寒気だった。

 この少年はきっと、壊れてしまっているのだろう。大切な人を護りたい。そんな欲求を叶えるために、少年は自らの意志で壊れてしまったのだろう。

 それは、人間である事を捨てたと同義だ。人の為なら自分の命なんて簡単に捨てられる――そんな考えを持ってしまった時点で、そいつは既に人間である事をやめている。

 

「……面白い」

 

 アックアは笑っていた。

 荊の中で、全身を無数の針に貫かれながら、それでもアックアは笑っていた。

 

「コーネリア=バードウェイ、面白い男である! その名は生涯、我が胸に刻むに値するものとする!」

 

「そうかよ。そりゃあまったく光栄じゃねえわ」

 

 そして、少年は拳を握っていた。

 折れた右腕ではなく、左の拳を、少年は握り締めていた。

 度重なる敗北を、嫌というほど嘗めさせられた辛酸を、その拳に宿しながら。

 

「俺の人生は最高にハードモードだ。運勢は最悪、運命は災厄。人は俺に同情し、世界は俺に牙を剥く事だろう」

 

 だが、それがどうした。

 

「もしも、世界があくまでも俺の敵だというのなら。もしも、不幸で不遇で不憫で不運な運命が俺に襲いかかってくるというのなら――」

 

 握った拳を振り上げる。

 その瞬間、アックアに纏わりつかせていた荊を消滅させ、無骨な男を解放する。

 男は笑っていた。

 傷だらけで、ぼろぼろで、しかし、アックアは――いや、ウィリアム=オルウェルは笑っていた。

 だから、コーネリアも笑い返した。友情はない、愛情もない――しかし、感謝の気持ちを抱きながら、少年は満面の笑みを浮かべる。

 そして、彼は口にする。

 ヒーローになる為の足掛かりを、四人目の語り部になるための言葉を、金髪の少年は口にする。

 

「――まずは、その運命を乗り越える事から始めよう!」

 

 轟音が響いた。

 渾身の一撃が鼻っ柱に直撃し、無骨な男は宙を舞う。新たな聖人の拳が炸裂した二重聖人は人形の様に殴り飛ばされ、金属棍棒が彼の手からぶっ飛んだ。

 男は、人工的な湖に頭からダイブし、そしてそのまま動かなくなった。

 『聖人崩し』でも『天草式十字凄教』でも『上条当麻』でもない。

 コーネリア=バードウェイという一人のヒーローが、後方のアックアという強大な敵を屠った。

 ただそれだけの、簡単な話だった。

 

 




 カミやんと天草式の皆様、まさかの出番なし!

 アックア強襲編は次回で終了です。


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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