妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial60 終わりと始まり

 コーネリア=バードウェイが目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。

 またか、と呟きながら起き上がろうとするが、直後に全身を激痛が襲い、真っ青な顔でぴくぴくと痙攣する羽目になってしまった。いつ死んでもおかしくないほどの重傷を負いながらも聖人の力を行使したのだ、これぐらいのフィードバックは当然の結果だと言える。これだけ身体を酷使しておいて普通に起き上がれる方がどうかしている。

 ぼふぅっ、とベッドに身体を預け、周囲を見渡してみる。そこは最早見慣れた個室であり、自分が第七学区の病院に入る事がすぐに分かる光景だった。第二十二学区からわざわざ第七学区の、しかも凄腕の医師であるカエル顔の医者の病院にまで運ばれている――そんな現実を前にして、実は結構マジにヤバい状況だったんじゃないかと今更ながらに背筋に寒気を覚えてしまう。

 

「……でもまぁ、死なずに済んで万々歳だよな」

 

「バカは死んでも治らないと言いますし、いっそ死んでしまった方が良かったのではないかとも思いますけどね」

 

 そう言ったのは、ベッドの傍のパイプイスに座っている神裂火織だ。見舞客用に用意されたそれに足をぴったり揃えて腰を下ろしているところなんか、なんとも律儀な彼女らしい。

 罵倒を交えた軽口を放つ神裂に文句を言おうとするが、それよりも前に彼女が湿布や包帯のお世話になっている事に気付き、コーネリアは思わず彼女の顔に手を伸ばした。

 そして再び舞い降りる、激痛の嵐。

 

「うごおああああああああ…………っ!?」

 

「あなたは一人で何をやっているんですか……」

 

 脂汗を流しながら悶え苦しむコーネリアに神裂は苦笑を浮かべる。

 五分間ほど涙を流したところでようやく激痛が和らぎ、コーネリアは改めて神裂との話を始めることにした。

 

「にしても、あのアックアを倒しちまっただなんて信じられねえよなあ。二重聖人だぜ二重聖人? 火織の上位互換的な難敵をこの俺が倒しちまったんだ、もしかしたら夢なのかもしんねえな」

 

「サラッと私への意趣返しを含ませる辺り、本当に無事なようですね。死ねばいいのに」

 

「死地を命がけで乗り越えた奴に言う事がそれかよ! 流石に酷くねえ?」

 

「私に頼らず一人で全てを終わらせてしまったあなたがそれを言いますか」

 

「うぐっ。図星過ぎて何も言い返せねえ……」

 

 神裂からしてみれば、コーネリアが取った行動は無謀の一言でしかない。聖母と聖人、二つの体質を持ち合わせるアックアに殺されかけていながら、瀕死の重態で勝利を拾ったことは確かに凄い。しかし、だからと言ってそれを称賛できるかと言えば、首を横に振るしかなくなる。自分の大切な人が無謀で無茶な行動をとる事を何よりも怖れる神裂にとって、今回のコーネリアはまさにその恐怖対象でしかなかったのだろう。

 だから、こうして怒っているのだ。

 憤怒はしていない、激怒もしていない。だが、怒りは覚えている。頼りにされなかった事に対してではなく、自らを危険に曝したコーネリアの行いに対し、神裂は腹を立てているのだ。

 仕方が無かったんだ、という言い訳が浮かんだ。しかし、それは口にするべきではないとすぐに悟った。悪いのは自分だ。彼女に責任を感じさせるような物言いをするのは、流石にお門違いというものだ。

 だから、コーネリアは目を伏せ、謝罪の言葉を口にした。

 

「……ごめんな、火織。心配かけちまった」

 

「……言い訳でもしようものなら殴り飛ばしてやろうと思っていたんですけどね」

 

「それは流石に勘弁してくれ。マジで死んじまうから」

 

「フフッ。冗談ですよ」

 

 そう言って笑う神裂に、コーネリアは思わず頬を朱く染めてしまう。

 ――やっぱり、綺麗だよな。

 彼女は綺麗だ。顔立ちが整っているということもあり、凄く綺麗に感じてしまう。まさに物語のお姫様を現実に引っ張り出してきたらこんな感じになるんだろう。まぁ、乱暴なところや強いところなんかは姫というよりも女騎士のそれだが、それでもやっぱりお姫様の様に綺麗な事には変わりない。

 そんな事を考えていたからか、神裂と目が合ってしまった。

 神裂の透き通った瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えながらも、コーネリアは誤魔化す様に言葉を連ねる。

 

「そ、そういえば、天草式の連中はどうなったんだ? それと上条も!」

 

「無傷――という訳には行きませんが、全員無事ですよ。あの少年に関しては完全無欠の無傷ではありますが、『格好良く出陣したのにいつの間にか全てが終わっていたんですけどそれはーっ!』と悔しがっていたのは凄く面白かったです」

 

「あー……アイツには悪い事しちゃったかなあ」

 

「何を馬鹿な事を。あなたは自分を犠牲にして多くの人を護ったのですよ? それが悪い事だなんて……謙遜にもほどがあります」

 

「…………お前って、時々不思議なぐらいに天然だよな」

 

「だ、誰が天然ですか誰が! その言い方には侮蔑が感じられます、撤回してください!」

 

「じゃあ敏感だってのか? 俺の気持ちにも気づいちゃいないのに?」

 

「あなただって、私の気持ちに気付いちゃいないじゃないですか!」

 

「――――――――――――、え?」

 

「あ」

 

 しまったああーっ! と神裂は真っ赤な顔で頭を抱えるが、時既に遅し。コーネリアに至ってはあまりのショックに激痛を忘れ、勢いよく起き上がってしまっている始末。

 顔を紅蓮に染めて目尻に涙を浮かべる神裂を見ながら、コーネリアはただただ困惑する。火織の気持ち? それってどういう事なんだってばよ……。

 鈍感系主人公を装うとするが、それよりも先に頭の中に一つの答えが浮かんでしまう。神裂の気持ち、コーネリアに対する気持ち、コーネリアが抱いているものと同じ気持ち――という感じの連想ゲームの結果、コーネリアは一つの答えに辿りついてしまった。

 神裂火織はコーネリア=バードウェイのことが好きなのだ、という答えに。

 

「…………ふぇ?」

 

 可愛らしい少年の口から、可愛らしい声が漏れる。

 女顔は徐々に朱く染まって行き、十秒と経たない内に耳の先まで真っ赤になってしまっていた。顔が異常なまでに熱いのは、きっと体調が悪いからではあるまい。恥ずかしさと嬉しさが極限にまで達してしまったからこそ、ここまで顔が熱いのだろう。

 そしてそれはどうやら神裂も同じの様で、東方の聖人は両手で頭を抱えながら、火照った顔をコーネリアの方にゆっくりと向け、

 

「……と、とりあえず、落ち着きましょう。深呼吸を繰り返すのです。スー、ハー、スー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー…………ッッ!?」

 

「お、お前が落ち着けよ火織! 吸う空気よりも吐く空気の方が明らかに多量だから!」

 

 赤から青へと顔色を変化させる神裂の肩を掴み、窒息の地獄から救い出す事に成功する。あの神裂火織がここまで取り乱すとは、やはり先ほどの予想は的中しているということか。簡単には認められないが、この動揺っぷりを見ていると、流石に認めるしかなくなる。

 今度こそ正しい深呼吸で神裂が落ち着きを取り戻すのを確認し、コーネリアは安堵の息を零す。

 そして漂い始める、居た堪れない空気。

 互いの気持ち――実は両思いであったことに気付いてしまった二人は気まずそうに目を逸らしながら、密かに頬を歪めてしまっている。それは彼らの嬉しさが外にまで漏れ出てしまっている事を現すメーターのようなものだった。

 しかし、その膠着状態はあまり長くは続かなかった。

 最初に動いたのは、コーネリア=バードウェイ。

 こーねりあは熱を持った頬を指で掻きながら、

 

「こ、こんな形でってのは何だか気が引けるけど、言わせてもらうな」

 

 こくん、と静かに頷く神裂。

 口をわなわなと震わせ、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めつつも、コーネリアは勇気を振り絞って思いの丈を言葉に乗せてブチ撒けた。

 

「俺はお前のことが好きだ、火織。何で惚れちまったのかなんて分からねえけど、俺はお前を好きになっちまってる」

 

「…………」

 

「恋人になって欲しい、なんてことは言わない。俺にお前はもったいねえからな、お前を束縛するような真似はしたくねえ。ただ、俺の気持ちを知っておいて欲しい。傲慢な真似だ、それは分かってる。でも、それでも、お前には、俺の気持ちを知っといて欲しいんだ。――俺がお前を愛してるっていう、そんな気持ちをな」

 

 神裂は言葉を発さない。

 ただ、沈黙を返すのみ。

 

「お前の気持ちがどうであれ、答えは保留でも拒否でも構わない。個人的には俺の好意を受け入れてほしいけど、流石にそれは求めすぎだって事ぐらい重々承知してる。面倒臭ぇだろ? でも、勘弁な。これが俺なんだよ。我儘で身勝手で横暴で、それでいて誰よりも貪欲で。お前を誰にも渡したくなくて、お前を独占したくてたまらない。それが俺だ、それがコーネリア=バードウェイなんだ」

 

 神裂は言葉を返さない。

 

「もう一度言うぞ、火織。俺はお前が好きだ、愛している。求めすぎなのは分かっているが――どうか、俺のものになってくれ」

 

 神裂は言葉を返さない。

 神裂は言葉を返さない。

 神裂は言葉を返さない。

 神裂は言葉を返――――

 

「――――――、?」

 

 気付くと、神裂の顔が目の前にあった。ギュッと閉じられた双眸は五センチとない位置にあり、ぷっくりとした唇は何故かコーネリアの唇に押し当てられている。

 キスされた。

 そんな現実を理解するのに、そう時間は要さなかった。ただ、あまりにも想定外すぎる展開に、頭が理解するのを拒否していた。

 神裂の唇が離れたのは、その理解から五秒ほどが経過した頃だった。

 唇に指で触れ、僅かに頬を紅潮させる神裂。うっとりとしていながらも恥ずかしさに瞳は揺れていて、心なしか身体の方も震えている。

 呆気に取られるコーネリアの目を真っ直ぐと見つめながら、神裂は言った。

 

「自分勝手なのは、あなただけではありません。私も同様、あなたと同じ気持ちなのです」

 

「…………火織」

 

「あなたが好きです、コーネリア。いつも一生懸命に生きているあなたが好きです。どんな困難を前にしても絶対に諦めないあなたが好きです。私の為に頑張ってくれるあなたが好きです。そして何より―――コーネリア=バードウェイという少年の事が大好きです」

 

 連ねられるは、少女からの愛の言葉。

 否定でも拒否でも拒絶でもない、コーネリアを受け入れるための告白だ。

 

「あなたを誰かに取られたくない、あなたを私だけのものにしたい。恋人同士になって愛を育みたい。キスをして抱き合って愛し合って求め合って―――ずっとずっと一緒に好き合っていたい」

 

 コーネリアは言葉を返さない。

 返したくても、返せない。

 

「気持ちを知ってもらうだけなんて嫌だ。私は、あなたに受け入れてもらいたいです。私を愛して欲しいんです。恋人がその証だというのなら、喜んでその座に就きましょう。キスが愛の象徴だというのなら、何度だって唇を交わしましょう。あなたが望むのなら、それ以上のことだって……恥ずかしい気持ちはありますが、あなたに愛してもらう為ならば、どんな事だってやり遂げてみせましょう」

 

 だから。

 それぐらいにあなたのことを愛しているのだから、

 

「どうか、私を愛してください。どうか、私に愛されてください。あなた以外の人なんて考えられません。私はあなたに、コーネリア=バードウェイに心を奪われてしまっているのです。―――あなたの隣に立てないなんて、考えたくもありません」

 

 重いだろうか。

 この気持ちは、彼にとって重荷になってしまうのだろうか。

 ただそれだけが気がかりで、胸が締め付けられるように痛んでしまっている。この愛の重さを拒否されてしまったらどうしよう、そんな気持ちが頭を過ぎり、胸の痛みが増していく。

 だが、その痛みはすぐに引くことになった。

 それは、コーネリアに抱き締められたからだった。

 強く、強く強く強く――彼の体温が身体の中に流れ込んでくるほどに強く、コーネリアが神裂火織を抱き締めたからだった。

 

「……馬鹿野郎」

 

「……コー、ネリア?」

 

 少年の肩が震えていたので、包み込むようにして抱き締めた。

 少年は、泣いていた。

 嬉しそうに、笑いながら泣いていた。

 

「卑怯だよ、お前。そんなこと言われちまったら、嬉しいに決まってんじゃんかよ……」

 

「泣いているんですか、コーネリア?」

 

「誰が泣くかよ、ふざけんな……これぐらいのことで泣く訳ねえだろうがよ……」

 

「…………嬉しいです。私を受け入れてくれるんですね」

 

「俺だって嬉しいよ、この馬鹿。ああくそ、どうしてこんなに涙が止まらねえんだよ……っ!」

 

 少年は少女を抱き締め、子供のように泣きじゃくる。

 少女は少年を抱き締め、子供のように笑顔を浮かべる。

 そんなやり取りは日を跨ぐまで続けられ、気付いた時には二人揃ってベッドの上で寝息を立てていた。

 二人の愛を確かめるように手を絡め合いながら、少年と少女は子供のような寝顔を浮かべていた。

 その後、二人は夢を見た。

 少年は、とある少女と笑い合う夢を。

 少女は、とある少年と歩き合う夢を。

 穏やかな寝息と純粋な寝顔を浮かべながら、二人は違う夢を見た。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 学園都市には窓のないビルと呼ばれる建物がある。

 その建物は例え核兵器を用いても傷一つつける事は出来ず、学園都市にある建造物の中で最も頑強だと言われている。

 そんな窓のないビルの中にある、巨大なガラスの容器。

 その中で逆さまに浮かぶ『人間』は灰色のノイズが入った複数の四角い画面を眺めながら、気味の悪い笑顔を浮かべていた。

 

「やはり、あの少年は面白いな。事ある毎に私の計画に影響を及ぼしてしまう」

 

 しかし、『人間』は嬉しそうだった。

 この困難が、この問題が、何よりもの喜びだと言わんばかりに、彼はただただ嬉しそうに笑っていた。

 学園都市統括理事長・アレイスター。

 科学の総本山を束ねる『人間』は複数のモニタを眺めながら、その笑みを更に深くしていく。

 大人にも子供にも、男性にも女性にも聖人にも罪人にも見える『人間』は一人の少年を思い浮かべながら、静かに邪悪に純粋に笑っていた。

 

 

 戦争が始まる。

 科学と魔術が交錯し、イレギュラーが物語の一部へと昇華したことで大きな変貌を遂げてしまった戦争が、ついに始まろうとしていた。

 

 




 次回から『イギリス革命編』に突入です!


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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