妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial63 フロリス

 魔術結社『明け色の陽射し』に入れてほしい。

 コーネリアのそんな要求を受け、レイヴィニアは一瞬も迷う事無く首を縦に振っていた。元々は自分ではなくコーネリアがこの魔術結社のボスになる予定だったのだ。彼が戻って来ることに何ら問題は浮上しない。コーネリアが大好きな超絶ブラコン・レイヴィニアとしても、彼が自分が率いる組織に入る事はまさに願ったり叶ったりな展開である。断る理由なんてどこにも存在しない。

 これでようやく、コーネリアを独占できる。イギリス清教のクソ聖人なんかにコーネリアを独り占めされるという耐え難い苦痛から念願叶って解放される事が出来る……っ!

 ぐっ! と拳を握って密かに喜ぶ幼きボスを苦笑と共に眺めていた黒服の部下ことマーク=スペースはガシガシと頭を掻きながら、自分の同僚となったコーネリアに開いた右手を差し出した。

 

「この組織の大変さは誰よりも分かっているでしょうが、まあこれからよろしく頼みますね、コーネリアさん」

 

「よろしくされるっつっても今までもあんまり関係自体は変わりませんけどね……結局は学生を続けますし。変わるところと言ったら、魔術サイドにどっぷり浸かる事になる、ってぐらいですか」

 

「どっぷり程度で済めばいいんですが……」

 

「え?」

 

 意味ありげなマークの呟きにコーネリアは首を傾げる。

 マークは顎で自分の上司――レイヴィニア=バードウェイを示し、促されるがままにコーネリアは可愛い実妹(悪魔)をまじまじと見つめる。そこには先ほどと同様、何ら変わらぬ姿のレイヴィニアが立っていたのだが、何処か様子がおかしいようで――

 

「ぐふ、ぐふふ。これでコーネリアは私のものだ、もう誰にも渡さないぞ。神裂火織がコーネリアのことをどう想っていようが関係ない。コーネリアは私のものだ、コーネリアの貞操も私のものだ! たとえ世界が敵に回ろうとも、私が、私こそがコーネリアに相応しいのだと主張し続けてみせよう! 私にはその覚悟がある。私にはそれを成し得るだけの力がある! ああ、コーネリア、私だけのコーネリア。大好きだぞ、お兄ちゃん……っ!」

 

 様子がおかしいなんてレベルじゃなかった。

 金髪が良く似合う碧眼にはどす黒いピンクのハートマークが浮かんでいて、太腿を不自然に擦り合わせている姿は幼いながらに艶めかしい。スカートの股間辺りをギュッと抑えているのは気のせいではないだろう。コーネリアとの蜜月を妄想して興奮の絶頂に達しているのかもしれない。

 とにかく、妹がヤバかった。

 それも今まででトップランクに異常事態だった。

 艶やかに喘ぎ声を漏らしながら悶えるヤンデレシスターに汚物でも見るような冷たい視線を向けながら、コーネリアは心の中で大きな溜め息を零していた。

 

(……俺が火織と結婚を前提に付き合っている、なんて言ったら殺されるかもしれんなぁ)

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 「が、我慢ならん!」と顔を真っ赤に染めたレイヴィニアがトイレに駆け込んだ隙を見計らってアパートメントから脱出した後、コーネリアは夜のロンドンを歩いていた。

 古めかしい街並みが続く割には排気ガスの匂いが充満しているロンドンだが、ロンドンで生まれ育ったコーネリアにとってしてみれば懐かしい空気だった。学園都市のクリーンすぎる空気も良いが、やはりこの人工的な匂いに包まれた故郷も悪くはない。

 星があまり見えない夜空を見上げ、コーネリアは小さく溜め息を吐く。

 

「レイヴィニアの興奮モードのせいで本題には入れなかったなぁ……」

 

 本題――それは『明け色の陽射し』に入る事ではなく、役に立つ礼装を貰えないか、という要求だ。この世界の聖人はそれぞれが個人の得物を所有している。神裂火織ならば七天七刀、ウィリアム=オルウェルならばアスカロンといった具合に、聖人は自分の身の丈に合った得物を武器とする傾向にある。実は彼らと同じ聖人であったコーネリアも巨大で強力な武器を手に入れたく思い、明け色の陽射しへの回帰を選んだのだが、結果は空振り。妹の見たくもない興奮モードを見せつけられるだけに終わってしまった。

 

「荊を使えばいいんだろうけど、相変わらず使い勝手は悪いしなー」

 

 荊棘領域(ローズガーデン)

 それはコーネリアが持って生まれてきた原石としての能力であり、『今はもう覚えてもいないとある誰か』から託された遺産とも言える異能である。かつての能力の詳細としては『視界内の無機物に荊を生やす&聖人の力を抑え込む』という常軌を逸したものだったのだが、今は『自分の肉体もしくは自分の半径五メートル範囲に存在する無機物に荊を生やす』だけの単純な能力へと劣化してしまっている。その代わりとして聖人の肉体を取り戻せたのだから結局は万々歳だと言えるんだろうが、『聖人殺し(セイントキラー)』というチート能力を失ってしまったのはちょっとばかし残念過ぎた。せめて副効果ぐらい残ってくれてりゃよかったのに、と顔も姿も忘れてしまったとある誰かにコーネリアは愚痴を零す。

 

「そういえば、火織は今頃何してんだろな。バッキンガム宮殿に行ったっきり会ってねえから、心配なんだが……」

 

 というのは建前で、本音としては『火織とイチャイチャしたい!』という今すぐにでも爆発四散して欲しい感じだったりするのだが、それに舌打ちを送れる人間は今の状況ではただの一人も存在しない。夜のロンドンと言ってもコーネリアが歩いているのは比較的人気が少ない道であり、確認できる人間はせいぜいラクロスのユニフォームっぽい衣服に身を包んだ金髪の少女ぐらいのものだ。背中に金属製の翼が生えているなんとも特徴的な少女は茶色の四角い鞄を小脇に抱えながら、ブツブツと何かを呟いている。

 

(うっわこんな夜中に一人とか絶対に不良少女じゃんおっかねえ)

 

 障らぬ神に祟りなし。関わるだけで百パーセントの確率で面倒事を引っ張ってきそうな金髪少女の横をそそくさーっと通り抜け――ようとしたまさにその時、

 

「レッサーの野郎……計画中にトラブルとか頭おかしいんじゃないの……フォワードであるワタシの身にもなって欲しいわ……」

 

 ぴた、とコーネリアの足が止まった。

 しかし、自分の呟きに没頭しているせいか、女顔のイギリス人が目の前で立ち止まっている事に微塵も気づいていない金髪少女は顎に手を当てながら、

 

「とにかく、このままだと計画が総崩れだ。そろそろイギリス清教の犬ドモがワタシたちを見つける頃だろうし……あーもー、こんなコトになったのも全部全部レッサーのせいだか、ら……な……?」

 

 ったくもー、と頭をガシガシ掻いたところで、少女がピシリと固まった。

 正確に言うと、彼女を凝視していたコーネリアとばっちり目が合ってしまっていた。

 あ、と口を間抜けに開く余裕なんてなさそうに、少女の顔に驚愕の色が浮かび始める。だらだらと大量の冷汗が頬を伝い、空色の瞳は不自然に上下左右に揺れている。

 「…………」ひくひくと頬を引き攣らせる、あまりにも怪しい少女と十秒間ほど見つめ合った後、コーネリアはジーンズのポケットから携帯電話を取り出すや否や最愛の恋人である聖人の少女へと電話回線を接続し、

 

「こちらコーネリア。なんか怪しい魔術師っぽい女を見つけたんでとりあえず捕獲するわ」

 

「くそっ! こんなところで敵に遭遇とかやっぱりツイてねえッッッ!」

 

 金髪VS金髪の無駄に眩しい追いかけっこが開幕した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 金髪少女ことフロリスは夜のロンドンを全速力で駆け抜けていた。

 赤と青の入り混じったラクロスのユニフォームのような衣服を汗で濡らしながら、その嫌悪感に顔を歪めながら、しかしフロリスの走りはかなり軽快だった。イギリスを変えるという革命的な計画の真っ最中である彼女にとって、こんな所で捕獲される事は最も避けたい事態であり、その為なら汗の嫌悪感ぐらい喜んで我慢するし、処刑塔送りにされないためにも力の限りの逃走を完遂する必要がある。

 故に、持ち前の逃げ足を駆使して逃げ回っているのだが。

 

「クソッタレ! どうして距離が一ミリも遠ざからないんだ!?」

 

「どうしてって言われてもなー俺が聖人だからだよって返すしかないしなー」

 

「余裕綽々ってかムカつくなあ!?」

 

 怠そうに答えを提示してくる金髪のイギリス人(女か男か分からないが、声的には男)にフロリスは涙目で中指を立てる。秘密兵器の『翼』を駆使すれば逃走できるかもしれないが、不幸な事に現在彼女がいるのは狭苦しい路地裏だ。彼女の『翼』を拡げるには少しばかり広さが足りない。

 余裕な態度で追跡してくる金髪の少年に恐怖を覚えながら、フロリスは仲間に向かって通信を飛ばす。しかし、彼女たちのリーダー格である銀髪少女・ベイロープに繋いだはずが、何故かその通信先は今回の大戦犯であるクソッタレ女・レッサーだった。

 

『へ、へるぷ、へるぷみーですよフロリス! 凄くマズイ! このままだと私は死ぬかもしれません!』

 

「アンタのせいでワタシも死に掛けてんだよフ○ック! 聖人に追われてる最中なワタシに気遣いの言葉一つぐらいかけてくれてもいいんじゃないの!?」

 

『聖人!? きゃははは、なにそれ最高ですねフロリス!』

 

「死ねッッッ!」

 

 怒りの全てを叫びに乗せ、フロリスは通信を切断した。あのクソ女では話にならない。とりあえずはベイロープに連絡を取って、この状況をどう打破するかをアドバイスしてもらわねば。レッサーへの粛清はその後にでも考えればイイだろう。通信術式に意識を向け、フロリスはもう一度連絡を試みる。

 しかし、彼女の通信が成功する事はなかった。

 その代わりとして、凄まじい握力で肩を掴まれ、凄まじい威力で路地裏の壁に背中から叩きつけられてしまった。

 

「が、ァ……!?」

 

「す、すまん、ちょっとやり過ぎた!」

 

 フロリスを壁に叩き付けた張本人である聖人の少年はパッと彼女の肩から手を離し、おどおどとした態度で急ブレーキをかけていた。「聖人の力の制御はまだまだ難しいな……」とか何とか言っていたが、背中への激痛で悶えるフロリスとしてはそんな言葉を認識している様子などない。

 (つ、翼は!?)叩きつけられたのは背中。そこに装着していた『翼』が壊れてはいないかと確認したが、その心配は杞憂に終わった。壁に打ち付けられたのはどうやら背中の下の腰辺りの様で、『翼』へのダメージは微々たるものだった。魔力を込めれば『翼』は開くし、『鋼の手袋』も損傷一つ負っちゃいない。

 

(逃げるためには戦うしかない。けど、相手は聖人だ。ワタシ一人で何とかなるのか……っ!?)

 

 『鋼の手袋』は彼女達『新たなる光』が生み出した高性能の攻撃霊装だ。雷神や農耕神として扱われているトールの神話をモチーフにして作られた、この世界に存在するありとあらゆるものを掴み取る女の子向けの霊装。それが彼女達が持つ唯一の武器である。

 しかし、その『鋼の手袋』を駆使したとしても、聖人に勝てる確率はそこまで高くはない。むしろ低すぎて絶望的だと言っても良いだろう。並の魔術師がどれだけ手段を行使してもそう簡単には撃破できない才能の塊――それこそが魔術サイドにおける『聖人』なのだ。

 フロリスは失った空気を必死に取り込みながら、肩に提げた『包み』に手を回す。そこには『鋼の手袋』が収められている。意識を集中させれば包みを破裂させて使用可能な状態となる絡繰りだ。

 

(やるなら即行、迷うだけ勝率は低下する。あーくそ、全ては神任せって奴だなこりゃ!)

 

「だ、大丈夫なのか? 怪我とかしてねえよな? あーもー、捕獲するだけの予定だったのに……さっさと力の制御をマスターしねえとやりにくくて仕方がねえ!」

 

 頭を抱えてあたふたしながら意味の分からない事を叫んでいる聖人の少年は、誰が見ても分かる程に隙だらけだった。

 そしてそれは、フロリスから見ても同様だった。

 故に、フロリスが取った行動は至ってシンプルなものだった。包みを爆散させる形で『鋼の手袋』を出現させ、手に取るや否や横薙ぎに振るう。その直前に四本の刃で壁を『掴み』取り、少年の側頭部目掛けて『鋼の手袋』と『壁の塊』を叩きつけた。

 思わず目を背けたくなる鈍い粉砕音が路地裏に響き渡った。

 (やったか!?)片目を瞑りながらの攻撃に勝利を予感したフロリスは開いた方の目で少年の頭部を確認し、そして一秒足らずで顔面を蒼白に染め上げた。

 

「痛たたたた……な、成程、聖人だと防御力も向上すんのか……普通だったら死んでたな、今の」

 

 少年は、平気そうな顔で立っていた。

 頭から血を流す事も無く、何かに感心したような表情を浮かべながら、少年はそこに立っていた。渾身の一撃だったのに、少年は傷一つ無い様子だった。

 はあ? とフロリスの口から場違いな声が漏れた。確かに並みの魔術師と比べて聖人は規格外の存在であるが、流石にここまでバカみたいな存在だとは思ってもみなかった。目の前の光景があまりにも信じられないもの過ぎて、フロリスの思考にはぽっかりと空白が生じてしまっていた。

 

「ちょっと前の俺みたいで、かなり懐かしい表情だから心が痛むけど……」

 

 目を剥くフロリスに少年は申し訳なさそうな顔をしながら、

 

「ここでお前を逃がすと恋人にキレられるかんな。ちょっとばっかり眠ってもらうぜ」

 

 かなり俗っぽい理由だなオイ。そんなツッコミを入れるよりも先に、フロリスの意識は深い闇の中へと強制送還されてしまった。

 

 




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