『新たなる光』が一人・フロリスを捕獲したコーネリアだったが、彼女を神裂へと引き渡す前に、彼は更なる騒動に巻き込まれてしまっていた。
「くそっ! 考える暇とか落ち着く余裕とかなく『騎士派』の連中が襲ってくるとか……何がどうなってんだ!?」
叫び、走るコーネリアの背後には、甲冑を見に纏った複数人の騎士の姿が。流石に聖人であるコーネリアに追い付くことはできちゃいないが、それでも撒く事が出来ないでいる。重い甲冑を着てるのに何で!? とコーネリアは首を傾げるが、実のところタネは簡単だ。
『騎士派』に所属する全騎士が、『天使』としての力を振るっているから。
『天使』としての力と言っても、それは部分的でしかない。しかし、どんなに部分的だろうが、それが『天使』の力である事には変わりはない。流石の聖人でも天使には勝てず、よってコーネリアは彼らから逃げられないでいた。
この絡繰りの元凶は、『新たなる光』が密かに運んでいた『カーテナ=オリジナル』だ。『カーテナ=セカンド』などという模造品とは比べ物にもならない、英国最大級の霊装。選定の剣とも呼ばれるカーテナ=オリジナルを手にした第二王女キャーリサにより、全ての騎士が物理的にパワーアップしている訳だ。
かつてのコーネリアだったら、『過去の遺産』によってこの事実に気付くことができただろう。だが、今の彼はとある人物との別れによって『過去の遺産』を失っている。前知識がない今の彼では、現在状況を精密に解析する事すら難しい。
だから、今はとにかく逃げるしかない。
捕獲対象であったフロリスを小脇に挟み、『鋼の手袋』を片手に持ちながら、夜のロンドンを駆け抜けるしかない。
と。
「ん、ぅ……ん!? あ、あれ? ここはどこ、ワタシはフロリス!」
「目覚めると同時にお決まりの台詞をどうもありがとう! とりあえず能天気すぎてムカつくから殴っても良いですかねえ!?」
寝惚け眼を擦るフロリスに、コーネリアはヒクヒクと頬を引き攣らせる。
「え、えーっと……とりあえず、これってどういう状況な訳? 何でワタシを捕まえる側だったアンタが逃げてるの?」
「それは俺が聞きてえよ。っつーか、お前らって結局どの組織に協力してたんだ?」
「騎士派だけど――って、これって言っちゃダメなヤツなんだっけ?」
まーいいや。クソ公僕は最初っから気に入らなかったしー、と滑った口を塞ぐことも無く更に余計な言葉を吐き出すフロリス。
そんな彼女がずり落ちそうだったので腕力のみで抱え直し、コーネリアは建物の屋根に飛び移りながら彼女との問答を続行する。
「今回の首謀者は!? 場合によっちゃあそいつを真っ先にぶっ潰してこの騒動を終わらせる!」
「凄くヒーロー顔負けな事でこっちが恥ずかしいんだけど、それは無理なんじゃないかなー」
「分かってると思うが、俺はこれでも聖人だ。並の魔術師が無理だとしても、俺ならやれるかもしれねえ。それを大前提に置いて、さっさと首謀者の名前を吐きやがれ!」
言いながら、馬鹿な事をほざいているなと思った。確かにコーネリアは生まれてからの聖人だ。しかし、聖人として目覚めたのはついこの間、しかも完全に力を制御できるようになっている訳じゃない。そんな不完全な状態だと言うのに、自分を『聖人』だと紹介する。なんて馬鹿らしいのだろう。こんなの、虎の威を借る狐と何ら変わりはない。
しかし、虎の威だろうが核兵器だろうが、使えるものはとことん使う。それで平和が作れるのなら、それで自分が手に入れた小さな幸せを護れるのなら、どんな手段でも行使してやる。例えそれが卑劣で卑怯な方法だろうと、大切な人たちを護る為ならば行使する事に何ら躊躇いはない。
そんな覚悟と決意が込められたコーネリアの瞳を見て、フロリスは溜め息を吐く。
「成程、アンタは底抜けの馬鹿だって事か」
―――だけど、最高に面白い馬鹿だ。
ニシシ、と悪戯っぽく歯を出して笑い、そしてフロリスは言った。
「第二王女キャーリサ。ソイツがワタシたちを使い走りにした親玉の名さ」
☆☆☆
第二王女キャーリサ。
今回の事件の首謀者は、他の誰でもない、このイギリスを統べる一族の一人だった。
彼女の協力者――いや、彼女に利用されていたフロリスの口からそれを伝えられたコーネリアは自分の母国を裏切った第二王女に怒りを覚え――
「なーんだ。予想通り過ぎて拍子抜けだな」
――ることもなく、あっけらかんと凄い事を言い放った。
想定外で予想外。想像以上の反応を見せたコーネリアにフロリスは頬を引き攣らせる。
「ア、アンタ……イギリス人のくせにその反応は流石におかしいんじゃない? もっとこう、『まさか第二王女が……?』とか『許さねえ、野郎ぶっ殺してやる!』みたいな怒り演出が妥当だと思うんだけど……」
「確かにお前の言う通りかもしれんけどさ。俺を追い掛けてきてんのが『騎士派』の人間で、その『騎士派』に最も関わっているのが第二王女キャーリサなんだよ。『騎士派』のリーダーは騎士団長だが、アイツはこんな事を率先してやるような人間じゃない。っつー訳で結論、今回の首謀者はキャーリサです、っていう推論を持っていた訳だけどどうだろう?」
「……アンタ、聖人として前線に出るよりも文官として後方支援の方が向いてんじゃない?」
「聖人のくせに文官とか存在価値ねえだろ、そんなモン」
人間離れした身体能力を持つ聖人が前線に出ないでどうすると言うのか。無駄に腕っぷしが強い文官なんて、現実世界では馬鹿みたいに不必要な存在でしかない。強い者は前線に出て、弱き者の為に奮戦する。これこそが正しい世界の在り方だろう。
屋根から地面に飛び降り、ちら、と横目で後方を確認する。騎士たちは未だに背後から追って来ていて、このまま走り続けたところで逃げ切れるとは到底思えない距離にいた。
「さーて、これからどうするか……この逃走劇から脱さねえと、キャーリサのところに行く事すらできねえし……」
「アンタ聖人なんだから騎士の一人や二人ぐらい倒せるだろが! ここでそれを使わないとか、宝の持ち腐れもいいところじゃん!」
「そうしてえのは山々なんだが、武器がねえんだよ、武器が。一応は『荊棘領域』っつー荊の能力があるにはあるが、これは俺の身体とその半径五メートルにしか使えねえし……」
聖人としての力を振るえば確かにこの状況から脱する事が出来るかもしれない。だが、未だに聖人の力を制御するに至っていない今の彼では、騎士たちを誤って殺してしまうおそれがある。
それならば、荊で騎士を拘束してしまえばいい。それも選択肢ではあるが、その為には騎士を自分から五メートル以内の範囲にまで近づけさせなければならない。荊を展開するよりも先に霊装『ブリューナク』を使われてしまえば、怪我を負ってしまうのはこちらだ。危険度があまりにも高すぎる。
聖人原石という唯一無二のチート体質を持っているというのに、その両方が使い物にならないというこの最悪な状況。だからこそ武器を求めて『明け色の陽射し』に戻ったというのに、妹の暴走のせいでそれも叶わず。不幸もここまで行けば笑い話である。
さあ、どうする? 聖人としては戦えない、荊を使うにはリスクが大きすぎる。しかし普通の人間としての力では簡単に負けてしまう。万事休すで八方塞り。この状況を打破する手段は―――
「―――いや、ある。一つだけ、方法はある!」
「だったらさっさとアイツら倒しちまえよ! 言っとくけど、この体勢、意外と辛いんだからな!?」
「……五月蠅いから置いて行こうかな」
「うおおおおおい! ワタシは確かに『騎士派』に協力してたけど、今は用済みなんだ。捕まったが最後、口封じのために殺されちまうよ!」
「一緒に居るだけで狙われそうだから、やっぱり置いて行こうかなあ」
「袖擦り合うも多生の縁! 最後まで付き合うぜ、女顔!」
「やっぱり置いて行こうかなあ!」
余計な事しか言わないフロリスだが、敵の情報を持っているし、一応は捕虜としての価値もある。ここで捨てていくのは簡単だが、せっかく捕まえたのだ。精神的ダメージは大きいかもしれないが、ここはぐっと堪えて同行を許すことにしよう。
新たな仲間フロリスを獲得したコーネリアは彼女の小脇に挟んだまま、もう片方の手に持っていた『鋼の手袋』を彼女の眼前に差し出す。
「この武器! 今の間だけ借りるかんな!」
「背に腹は代えられない、か……後で代金徴収するからそのつもりでお願いしまっす!」
「お前を武器として振り回してやってもいいんだが?」
「いつでもどこでも好きなように使ってくれよ、旦那!」
あまりにも清々しい掌返しに軽い頭痛を覚えてしまうも、コーネリアはすぐに行動を開始した。
――といっても、フロリスを背中におぶり、『鋼の手袋』を両手で構え、追ってくる騎士たちの方を振り返るという、至ってシンプルな行動でしかないが。
「この霊装の効果はっ? 簡潔に述べよ!」
「ありとあらゆるものを掴み取る!」
「成程――」
四本の刃をガチガチと鳴らしながら空気を圧縮させて掴み取り、コーネリアはニヤァと妹譲りの邪悪な笑みをその可愛らしい顔に張り付ける。
「――凄く俺に相応しい武器な訳だな!」
轟音が響いた。
『鋼の手袋』によって圧縮された空気を甲冑の腹部に直接叩き込まれた騎士の一人は背中から壁に吹き飛び、一瞬で意識を失っていた。たかが空気と侮る事なかれ。大きく凹んだ甲冑が、その威力の高さを物語っている。
追ってきていた騎士は全部で二人。その内の一人が一撃で倒された。あまりにもあっけなく劣勢に立たされた騎士(残りの一人)は霊装『ブリューナク』の先をコーネリアに突き付けながらも、彼に近寄れないでいた。
『鋼の手袋』の四本の刃を何度も開閉させながらコーネリアは騎士に向かって中指を立て、日本語ではなく英語で挑発の言葉を口にする。
「どっからでもかかって来いよ、腰抜け野郎」
「ッ!」
雷撃が轟き、辺り一面が閃光に包まれた。
伝説の武器の名を冠する『ブリューナク』は雷撃を放つ霊装だ。その雷撃は神話に登場するオリジナルと比べるとやや威力が落ちるが、それでも人間一人を簡単に焼き殺せるだけの威力は持っている。真正面から受けて耐えられる者など、それこそ一握りであろう。
コーネリアは、それを理解していた。
だからこそ真正面から受けるのではなく、『鋼の手袋』でその雷撃を掴み取ることで攻撃から身を護っていた。
「生憎と、ビリビリには慣れてんでね!」
雷撃を掴んだ状態の『鋼の手袋』を騎士の足元に叩き付ける。『鋼の手袋』による衝撃と圧縮された雷撃によって地面は紙切れの様に弾け飛び、傍に居た騎士の身体を宙に舞わせた。
それは、致命的な隙だった。
そして、そんな絶好の機会を見逃す程、コーネリアは鈍い人間ではなかった。
「脇役は大人しく寝てな。――この
四本の刃が騎士の甲冑を抉り取り、そのままの勢いで腹部へと突き刺さる。
腹から大量の血を垂れ流しながら崩れ落ちる騎士に背を向け、『鋼の手袋』を横に振る事で刃に付着した血液を近くの壁に撒き散らす。そして『太いシャフトの中に細いシャフトを収納できる』という機能を駆使して『鋼の手袋』を折り畳み、ベルトの金具にそれを無理やり取り付ける。
一先ずの脅威を打ち倒したコーネリアはフロリスを背負った状態で、再び夜のロンドンを走り始めた。
「気に入った! この武器は俺のものにする!」
「武器じゃなくて霊装なんだけどなあってなに勝手に決めてやがるそれはワタシのだぞ!?」
「あ、あんまり暴れるなって! 胸が背中に押し付けられて落ち着かねえから!」
「んなぁっ!? こ、この変態女顔がああああああああああああああああっ!!!」
ゴスゴスと頭部を襲うフロリスの拳に耐えながら、コーネリアは自分だけの物語へと足を進めていく。
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