妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 今回はキリが良い所で切ったので、普段よりも少し短めです。


Trial66 力の差

 聖人であるコーネリアにとって、大抵の人間は本気を出すには値しない。まだ聖人の力を完全に制御できてはいないが、それでも、蹴りを放つだけで人は吹き飛び、拳を叩き込むだけで意識を刈り取る事が出来る。聖人とはそれほどまでに異常な存在なのであり、騎士団長の様な生まれながらの人間では相手取る事すら難しい存在と言える。

 だが、コーネリアと同じ聖人である神裂は、騎士団長に敗北した。

 どんなトリックを使ったかなんて知らない。ただ、神裂を撃破している時点で彼が油断ならない敵である事は、興奮状態のコーネリアでも理解できている。

 ―――しかし、考えるよりも先に、身体が動いていた。

 

騎士団長(ナイトリーダー)ァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 自分の周囲半径五メートルの範囲にある地面から無数の荊を出現させ、騎士団長へと襲い掛からせる。怒りによって能力の制御が緩慢になっているせいか、コーネリアの身体のあちらこちらからも荊が生えている。荊の棘によって皮膚は裂け、所々に血が滲み始めてさえいた。

 雨の如く降り注ぐ荊を、騎士団長は最低限のステップだけで華麗に回避する。まるで舞踏会に参加しているかのように舞い、全ての荊を、棘が皮膚に掠る事も無く避け切った彼の顔には、汗一つ浮かんでいない。

 

「攻撃が単調だな。聖人が聞いて呆れる」

 

「ッ!」

 

 荊が駄目なら両の拳で。地面を勢い良く蹴りつけ、一瞬で騎士団長の前へと躍り出るコーネリア。急停止が困難な移動手段であるが、その障害を地面に足を食い込ませる事でなんとか乗り越え、速度を乗せた拳を騎士団長の顔面に叩き込んだ。

 名状しがたい轟音が、夜の森に響き渡る。

 確かな手応えがあった。渾身の拳を憎き敵にブチ込んだ、そんな感触が確かにあった。聖人の本気の右ストレートを普通の人間が耐えられる訳がない。頭が爆発四散していてもおかしくはないだろう。

 コーネリアの顔に、邪悪な笑みが刻まれる。上条当麻でも一方通行でも浜面仕上でもない、コーネリア=バードウェイが強敵を打ち倒した。達成感と優越感が胸を満たし、彼を笑みを更に深くさせ――

 

 

「……聖人と言っても、こんなものか」

 

 

 ―――笑みが凍りつくのを感じた。

 渾身の力を込めてはなった右拳の先に、騎士団長と呼ばれる男の姿があった。一歩も後ろに下がった様子はなく、まるで地面に根が張り巡らされているかのように、男はコーネリアの拳を真正面から受け止め切っていた。

 頭が爆発四散するどころか傷一つ負った様子のない騎士団長は乱れた髪を手で掻き上げながら、つまらなそうに言った。

 

「今のが貴様の本気か? だとしたら、力不足にもほどがあるな。神裂火織の方がまだ骨があったぞ」

 

「嘘、だろ……せ、聖人の拳を受けて、傷一つねえ、だと……っ!?」

 

「聖人と言っても、所詮は一魔術師に過ぎない。それに対し、私は『騎士派』の長である騎士団長だ。そして現在、私は『天使』の力を行使できる立場にある。私を倒したいのならば、どんな手を使ってでも国外に引きずり出す事をお勧めするが?」

 

 無茶苦茶だった。

 理不尽と言ってもいい。

 いくら『天使』の力を行使できると言っても、聖人と真正面から渡り合い、しかもそれを凌駕してくるなんて誰が予想できただろうか。今、眼前で繰り広げられた光景から察するに、幼い子供が考えた『自分だけの最強の主人公』のような強さを今の騎士団長は所有しているということになる。それ程までに馬鹿げた敵に、果たして自分は勝てるのか?

 ここにきて、『聖人』としての自信が揺らいだ。

 レイヴィニアの言った通りだった。『聖人』だからと言って、全ての者に勝利できる訳じゃない。新たに手に入れた力に溺れ、自分に酔った結果がこれだ。大切な少女を傷つけられ、頭に血が上り、冷静な思考能力を失った結末がこれだ。

 

(何も……何も出来ねえじゃねえか。火織を傷つけた奴を倒す事さえ、出来ねえじゃねえか……っ!)

 

 そもそも、自分よりも強い神裂が敗北した敵に勝てる訳が無かったのだ。そんな騎士団長よりも強い力を得ているキャーリサを倒す事なんて、更に不可能な事だ。レイヴィニアが「やめておけ」といったのも今となっては頷ける。

 たった一撃、たった一発、攻撃を放っただけで力の差を見せつけられたコーネリアの身体から力が抜ける。地面に膝から崩れ落ち、力のない表情で地面をただただ見つめる始末だ。

 そんな彼を上から見下ろしながら、騎士団長はつまらなそうに溜め息を吐いた。

 

「ここで足止めを食らっている暇はないのでな。一撃で、一切の容赦なく打ち倒させてもらう」

 

 指を動かし、関節を鳴らし、最後に右の拳を力いっぱいに握る。

 項垂れるコーネリアの頭に狙いを定め、無粋な男はつまらなそうな顔でその拳を放った。

 ドッ! という轟音と共に空気が震えた。

 周囲の木々は大きく曲がり、地面には巨大なクレーターが構築された。森の中を激しい風が吹き抜け、騎士団長の金髪をバサバサと揺らす。巻き上がった土煙が辺り一面を覆い、無粋な男は思わず目元を手で覆った。

 土煙が晴れ、男はゆっくりと瞼を開く。

 

「…………あ?」

 

 彼らしくない、野蛮な声が口から漏れた。

 それは、ねじ伏せたはずの少年の姿が何処にも確認できなかったが故に発せられた疑問の声だった。

 乱れた髪を掻き上げ、崩れた襟元を整え、無粋な男は深い森の奥を鋭く見つめる。

 

「……逃げられたか」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「だーっ! 危ない、危機一髪! あと一秒遅れてたらワタシは木端微塵でジ・エンドだったってのっ!」

 

 深い森にある一本の木の陰で、フロリスは真っ青な顔で毒づいていた。

 彼女の傍らには、コーネリアと呼ばれる女顔の少年の姿が。どうやら意識を失っているようで、固く閉じられた瞼がなんとも可愛らしい。

 木に凭れ掛かって気絶しているコーネリアを横目で見ながら、フロリスは複雑そうに歪んだ顔を手で覆う。

 

「あーもー、なーんでワタシはこんな奴を助けちゃったのかなー」

 

 コーネリアと別れた後、フロリスは『新たなる光』の仲間を探しに行くのではなく、こっそりと彼の後を追っていた。何でそんな行動をとってしまったのかは今となっても分からないのだが、とにかく、彼に気配を悟られないように細心の注意を払いながら、コーネリアを尾行していたのである。

 割と本気で自分の行動が理解できないでいながら尾行を続けていたのだが、その途中でコーネリアと騎士団長が戦闘を開始し、フロリスは慌てて近くの木陰に身を隠した。『騎士派』の長と聖人の戦いなんて、余波に巻き込まれるだけでも命に関わる。故に出来るだけ遠くから二人の戦いを見守っていたのだが、コーネリアがトドメを刺される直前、何故か彼を命がけで助けてしまったのだ。

 

「痛い目に遭わされて無理やり引っ張り回されただけの間柄だってのに、なんでコイツの事がこんなに気になるんだ?」

 

 こんな気持ちは初めてだった。好意がある訳じゃない。憎むべき敵であるはずなのに、どうしてか憎めない――そんな気持ちだった。顔を見た時に胸が締め付けられてしまうのも、理解不能で頭がどうにかなってしまいそう。

 助ける必要なんてなかったはずなのに、気付いた時には身体が動いてしまっていた。見捨てれば良かったのに、どうしてか命がけで助けてしまった。

 

「……はぁぁ。まったく、何でワタシがアンタなんかを助けなくちゃならないんだっての」

 

 隣で気を失っているコーネリアの頭を軽く殴る。僅かに重心をずらされた少年は大きく揺れ、その結果、フロリスの肩に頭を置く姿勢へとシフトしてしまった。

 直後、フロリスの顔面が紅蓮に染め上げられた。

 

「な、なななななななななな……ち、近い、近いって! い、いいいいやいやいや、べ、別に照れるような事じゃないし! あ、相手は気絶してんだ、恥ずかしがることは何一つないはずだ! お、落ち着け、落ち着くんだフロリス。クールになれ、ワタシ。『新たなる光』の中でもワタシはクールなキャラ――」

 

 コーネリアの口から漏れた息が、フロリスの首を軽く撫でた。

 

「ひっきゃぁあああああああああああああああああっ!? い、いきなり何しやがんだこの変態がぁああああああああああああああああああああっ!?」

 

「ぶぐぉおおっ!?」

 

 アツく握られた拳が頬に直撃し、一瞬だけコーネリアに意識が戻るも、あまりの激痛に彼の意識は再び闇の中へと葬り去られた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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