自分が『幸運』であるのが許せなかった。
『幸運』である自分が許せなかった。
自分が『幸運』であるが故に周囲の人々が『不幸』になってしまう現実が、どうしても許せなかった。腸が煮えくり返るというか、自分という存在を抹消したい気分にさせられていた。
自分さえいなければ、周囲の人々が『不幸』になる事はない。
そんな自覚はあったが、周囲がそれを自覚する事を許してはくれなかった。自分が『幸運』であるのが当然だと言わんばかりに、『幸運』な自分こそが当然だと言わんばかりに、周囲の人々は自分を大切に扱ってくれていた。
それが、どうしても受け入れられなかった。
我が儘だと、ただの愚痴であると、自分でも分かっていた。自分が特別なのは分かっていて、周囲が特別でない事も十分承知していた。
それでも、私は特別である事を受け入れる事が出来なかった。
理由もなく銃弾が外れ、それが大切な仲間の命を奪った。
至近距離で爆発した爆弾でも奇跡的に傷一つ無かったが、それが無関係の他人の手足を奪った。
自分が『幸運』であるが故に、他人が『不幸』になってしまう。
だから私は、『運命』だとか『運勢』だとか、そんな曖昧なものを信じる事をやめた。『幸運』か『不幸』かは本人の力量次第で、運命や運勢には左右されない―――そう、無理やりにでも思う事にした。
しかし。
そう、しかし、だ。
大切な親友を追って、敵である科学サイドの総本山・学園都市に訪れた際――私は出会ってしまった。
生まれながらにして『不幸』で『不運』で『不遇』で『不憫』な人生を約束された、一人の少年に。
その少年は言うまでも無く、私とは正反対の存在だった。
『幸福』な私とは正反対に、『不幸』な少年。
『幸運』な私とは正反対に、『不運』な少年。
『屈強』な私とは正反対に、『虚弱』な少年。
『聖人』な私とは正反対に、『常人』な少年。
何もかもが私とは正反対で、何もかもが私とは違う年下の少年。
だから。
そう、だから、だ。
私は自分と対極の存在にいるその少年に、どうしようもなく興味を抱いてしまったのだ―――。
☆☆☆
海の家『わだつみ』。
それが、上条当麻御一行が泊まっている小さな宿の名前だと、コーネリアは宿に入ってから知った。流石の原作知識でも上条当麻が泊まった宿の名前までは思い出せず、(意外と普通な名前だったんだなぁ)となんだか複雑な気持ちになってしまったのは記憶に新しい。
……とまぁ、そんな嬉し悲しい回想話は別にいいのだ。
今はそんな事よりも優先すべき事案が、目の前で現在進行形で繰り広げられているのだから。
「へー。ステイルさん、御姉弟なんですかー。……それにしては似てない、いや、似てるのか……?」
「あらあら。刀夜さんは人様の容姿にケチをつけるタイプの人間な感じなのかしら?」
「い、いや、違うんだ母さん! や、やっぱりそっくりですよね、流石は姉弟! 血縁の神秘とはまさにこの事なんじゃないだろうか! あははははーっ!」
「…………そう、ですか。私とこの人は『そっくり』ですか……ヨカッタデスネ、オネエサン?」
(怖ぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 外面は笑顔なのになんか怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?)
ギギギギギ、と錆びた機械のような笑顔がどうしようもなく怖ろしい。きっと気のせいではないだろうが、彼女の顔から尋常じゃないぐらいの殺気が漏れ出てきている気がする。
確実にお怒りモードな神裂から視線を外し、自分の隣に座っている上条に視線で助けを請うコーネリア。彼の視線に気付いた上条は首を横に振るが、同じ学校の先輩であるコーネリアには流石に逆らえないと悟ったか、嫌々ながらに神裂に身振り手振りでフォローを入れ始めた。
「(いやいやそっくりと言ってもそれは単純に社交辞令ですからね!? そんなステイルが神裂とそっくりだなんて地球がひっくり返ってもあり得ないことだから! っつーかお前は日本人でステイルはイギリス人なんだから似るはずがねえんだよイイ加減に気づ―――)」
「でも、弟の方が女っぽい日本語を使ってるのって違和感が凄いよねー。仕草も『ちょっとだけ』女っぽいし……ニュアンスをもうちょっと変えれば男っぽくなるんだろうけど」
ビギッ! と神裂の額から何かが引き千切れるような音がした。
それを間近で聞いた上条とコーネリアの顔が一瞬で青く染まる。今のは聖人サマの堪忍袋がエクスプロージョンしてしまった音ではないだろうか。いや、きっとそうに違いない。
二人で横目で確認し合う先輩と後輩。今この場にいない土御門が死ぬほど羨ましかったが、そんな事を考えたってこの状況が好転する訳ではない。
直後、神裂が幽鬼の如く立ち上がった。
あわわわわわわ! と動転する高校生コンビの襟首を掴み上げ、彼女は丸テーブルから離れていく。
「…………。(ちょっと付き合いなさい)」
「(え、ちょ、バッ……シメられますか? 今から宿の裏で先輩諸共雑草の肥料に変えられる感じですか!?)」
「(嫌だまだ死にたくねえ責任は上条の命で取りますからどうか命だけはお助けをーっ!)」
「(アンタやっぱり最低だな!)」
ずるずると。内緒話で内輪揉めする不幸コンビを引きずりながら、神裂火織は店の奥へと移動を開始した。
☆☆☆
特に行く先も無く店の奥へと移動した神裂は、ここまで引き摺って来た上条とコーネリアに苦情と文句をぶつけた後、無意識に向けた視線の先に曇りガラスの引き戸があるのを発見した。
「そういえばトラブル続きで、湯浴みもろくにできていない状況です。まぁ、こんな事を明言するのもどうかと思う訳ですが……あなた方相手なら特に問題はないでしょう」
「なに? それは俺達に裸を見られても大丈夫ってこ――おっと黙りまーす」
不必要な事を言おうとした金髪中性顔男に、幕末剣客ロマン女の軽蔑の視線が突き刺さる。
「っつーか、そんな風呂とかやけに余裕じゃね? 『御使堕し』はどうすんだよ」
「……それは分かっていますが、いけませんね。私情を挟んではいけないと分かってはいるのですが、私はあの子に笑顔を向けられる事にどうしても慣れる事が出来ないようです」
悲しげな顔でそう言う神裂に、コーネリアと上条は思わず言葉を失う。
インデックスという少女の親友だった神裂だが、彼女が記憶を消去してしまったが故に前のような関係には戻れないという状況に身を置いている。それは神裂にとっては悲劇以外の何物でもない。しかも、神裂はインデックスの記憶を消去してきた張本人であり、その事実が彼女にどうしようもない程の罪悪感を与えてしまっている。
これは、あまり深入りして良い事ではない。
そう、持ち前の直感で感付いた不幸コンビは無理やりにでも話題を変える事にした。
「……それで、どうして俺らは風呂まで連れて来られたわけ? 今から作戦会議とか?」
「いやいや決まってんだろ上条。今の神裂はステイルの外見なんだぜ? どうせ俺たちに見張りでもやってろって言いてえんだろうよ」
「…………あなたの相変わらずの鋭さには悪寒すら覚えます」
そう言いながらも小さく笑う神裂に、コーネリアたちはほっと胸を撫で下ろす。どうやら、深い傷を抉るという最悪な事態だけは避ける事が出来たようだ。
神裂は照れ臭そうに頬を掻き、
「まぁ、概ねはコーネリアの言った通りです。いきなり不躾なお願いとは重々承知していますが、見張りを頼んでもよろしいですか? いくらステイルとして見られていると言っても、異性に裸を見られるのは流石に恥ずかしいので……」
「ま、俺は別に構わねえよ。ここらでお前に恩を売っとくのも良策だろうしな」
「アンタ本当に最低だな」
「策士と言えよこのクソバカ後輩」
バチバチバチ! と火花を散らすコーネリアと上条に溜め息を吐いた後、「それでは頼みましたよ」と言い残し、神裂は曇りガラスの奥へと消えて行った。
とは言ってもガラス越しではシルエットが丸見えであり、中途半端なシルエットが妙な生々しさを感じさせる。これはいけない、と二人はガラスに背を向けるが――瞬間、浴室の中から神裂がこんな事を言ってきた。
『……そういえば、コーネリア。あなたもまだ風呂には入っていないのでしたよね?』
「んぁー? まぁ、そりゃあな。お前らに無理やりここまで連れて来られて宿に移動して、今ここに至るって感じだしな。それがどうかしたか?」
神裂は数秒ほど沈黙し、
『今更過ぎる再確認ですが、上条当麻。コーネリアの姿は誰に見えますか?』
「え? そりゃあ、神裂に見えるけど? さっきまで神裂が二人いるように見えてたから、ちょっと混乱しそうになってたなぁ。……で、それがどうかしたのか?」
『…………。コーネリア、これは質問です』
「???」
『あなたはどのタイミングで風呂に入るつもりなのですか?』
「はぁ? 何言ってんだよ、神裂。そんなの男湯のタイミングに決まって―――」
―――そこで、コーネリアは気づいた。
今、コーネリアは『神裂火織』という十八歳の少女の姿を偶然ではあるが借りている。『御使堕し』の影響を中途半端に受けてしまっているせいで上条当麻や他の一般人からは『神裂火織』として見られ、神裂と土御門からは『コーネリア=バードウェイ』として見られるという凄く複雑な状況に身を置いている。
さぁ、ここで問題。
外見:女、中身:男なコーネリアくんが男湯に入ると、どうなってしまうでしょう?
「…………俺が神裂に七天七刀の錆びに変えられる所までは容易に想像できた」
『奇遇ですね。私もあなたを七天七刀の錆びに変える所までは容易に想像できました』
つまりは、そういう事だ。
女としての外見を借りているコーネリアが男湯に入る事は常識的に考えて不可能であり、逆に女湯に入ったとしても、実母の裸を見られた上条が鬼気迫るスマイルで殺しにかかる事は考えるまでも無く明白だ。これが意味するのは、コーネリアは男湯と女湯のどちらでも風呂に入る事が出来ない、というあまりにも悲しすぎる状況である。
うそだーっ! と頭を抱えて絶叫を上げるコーネリア。
そんな彼を曇りガラス越しに見ていた神裂は十秒ほどの沈黙の後、引き戸を少しだけ開いて顔――何故か赤くなっている――を覗かせながら、かなり恥ずかしそうにこう言った。
「私とあなたで入浴時間を無駄に引き延ばす事はほぼ不可能でしょう。誠に遺憾ではありますが、これはどうしようもない事です。―――私と一緒に入浴する事を許可します」
「…………………………Pardon?」
「二度も言わせないでください。恥ずかしいのはこっちだって同じなのです……」
顔を紅蓮に染めた神裂の声が尻すぼみになっていく。
彼女の言った事が信じられないコーネリアは「フッ」と全てを悟ったような表情を上条に向け、
「上条。俺の顔面を一発ぶん殴る許可を与えよう――気絶しない程度にやれ!」
「言われるまでも無く殴るわこのラッキースケベ先輩!」
原始的な暴力の音が、海の家の奥だけで響き渡った。
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