クールビューティにスカウトされたクールな(ように見える)男の話   作:チャーリィ

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パエトーンとビジター【後】

 

 

 

 午前十時を過ぎた頃、陽の光が柔らかく差し込むビデオ屋『Random Play』の店内では、店長のアキラが商品棚の整理をしていた。

 埃を払いつつ、背表紙の向きを整えていく地道な作業。客足の少ないこの時間帯は、こうした雑務に集中するにはうってつけだった。

 もう一人の店長である妹のリンは仕入れのために車を出していた。今日は少し遠くまで足を伸ばす予定だったため、戻ってくるのは昼過ぎになるだろう。

 何やら起床した時点で妙に上機嫌だったが、さて、いったいどんな夢を見たのやら。

 そんなことをぼんやりと考えていると、店の入り口に取り付けられた小さなベルが来客を知らせる。アキラが振り返ると、そこにはすっかり常連となった男の姿があった。

 

「おや、君にしては珍しい時間帯だ。いらっしゃい、相馬」

「おはよう、アキラ」

 

 返ってきたのは普段通りの穏やかな声だった。

 感情を表に出さない顔でありながら、不思議と人懐っこさを感じる。相変わらずの調子にアキラの口角が自然と上がった。

 

「今日はどういった要件で来てくれたのかな。ビデオの返却かい?」

「ああ。今回の映画も素晴らしい作品だった。お前が勧めてくれたものはどれも面白い。おかげで新しい知見を得られた」

 

 そっと差し出されたビデオケースを受け取りながら、アキラは密かに胸を撫で下ろす。相馬の口ぶりから察するに、彼に勧めた一本は今回も正解だったようだ。

 

「アキラ」

 

 不意に、名を呼ばれる。その改まったような言い方に引っ掛かりを覚えて、アキラは顔を上げた。

 何故だろう、胸がざわつく。辛うじて自覚できるほどの小さな違和感が何かを囁く。

 強いて言うなら、そう、それは嫌な予感だった。

 

「定職に就くことになった」

 

 一瞬、アキラの思考が宙に浮く。

 相馬の言葉が何を意味するのか。様々な可能性が浮上しては消えていく。断定するにはもう少し情報が必要だった。

 

「それは……おめでとう、と言うべきかな。差し支えがなければ、どこに就職するのか訊いてもいいかい?」

「H.A.N.Dだ」

 

 相馬の口から飛び出た名に、アキラは思わず眉根を寄せた。

 H.A.N.D。ホロウ災害に対応する、公の権限を持った組織。この街の『正しさ』を司る存在。

 相馬の気質からして、自らあの組織を選ぶとは考えにくい。彼は自身をホロウレイダーとして線引きし、公安の立場に身を置くことを避けてきたはずだ。

 もちろん、アキラは彼がその資格に値しないなどと思ったことはない。だが、そういう選択をする人間ではない。少なくとも、自発的には。

 ならば、何か外からの働きかけがあったのだろう。そこまで考えて、アキラは一つの可能性に思い至った。

 

「……もしかして、スカウトされたのかい?」

 

 アキラの推察に、相馬は僅かに目を見開いた。次いで感心したような気配を滲ませながら首肯する。

 

「そうだ。友人からの要請で、俺にとってもかつて世話になった恩を返す良い機会だった。だから、俺はH.A.N.Dに行く。住居も本部のあるルミナスクエアへ移すつもりだ」

 

 話を聞き終えて、アキラは合点がいった。

 なるほど、恩人からの願いとなれば、彼の性格上、無碍にはできないはずだ。その経緯であれば相馬がH.A.N.Dに加わる理由として筋が通る。

 きっと、一度は断ったに違いない。自身がホロウレイダーであることを伏せたまま話を進めるような人物ではないから。

 だが、それでもなお必要とされた。そういう話だったのだろう。直接の知り合いではないが、その『友人』という人物には、相馬に対する確かな信頼があるように感じられた。

 

「引っ越し、か。……少し寂しくなるな」

 

 努めて平静を装いながら、アキラはビデオケースのラベルを確認するふりをして視線を落とした。

 さも受け入れたように振る舞ったが、アキラの胸中にはまだ整理できていない感情が渦巻いていた。

 H.A.N.Dに所属するということは、もはやこちら側の活動に彼を巻き込むことはできない。長く続いた協力関係も、今日をもって終わるのだ。

 責める気持ちはまったくない。元より一時的な雇用だったし、いつかこうなることも覚悟していた。

 それでも、心のどこかでこの関係がずっと続けばいいと密かに願っていた自分もいた。

 だが、そんな未練を彼に背負わせるわけにはいかない。

 相馬が自分の足で選び取った道なら、自分はその決断を尊重すべきだ。

 新しい場所へ向かう相手に過剰な感情を押しつけるのは、友情ではなく依存だろう。

 ならば、せめて最後は潔く。笑って送り出すことが、自分の役目だ。

 

「向こうでの生活が落ち着いたら、たまにでもいいから顔を見せてくれ。リンが喜ぶ。もちろん僕もね」

「ああ、必ず顔を出そう」

「約束だよ。あぁ、そうそう。これを機に連絡先を交換しておこうか。今回はともかく、次も行き違いになったりしたら、リンは正気を失って暴れてしまうかもしれないからね」

「そんなことにはならないと思うが……そうだな」

 

 相馬が差し出した端末にアキラが応じる形で、短い手続きのあと連絡先が交換される。

 インターノット上のパエトーンとビジターではなく、ようやく手にした個人としての接点。そのささやかな一歩が、アキラには何より嬉しかった。

 

「そろそろ失礼する。またすぐに会うことになるだろうが、これだけは言わせてくれ。……今まで世話になった。お前たちから受けた恩は、いつか必ず返そう。お前たちの進む道が幸多からんことを、心から祈っている」

 

 別れの言葉を残して、相馬は店を出て行った。

 姿が消えた扉の向こうにまだ彼の気配が残っている気がして、アキラはただ黙って、それに感謝を込めて頭を下げた。

 

 

 

 昼を少し過ぎた頃、再び店のベルが鳴る。今度は軽快な足音とともに、明るい声が店内に響いた。

 

「ただいまー! 予想より早く回れたよ。いい感じの仕入れもできたし、今日はついてるかも!」

 

 後ろ手に扉を閉めながら入ってきたのは、車のキーを指先でくるくると回すリンだった。上機嫌な様子は朝と変わらず、どこか浮ついた笑顔をしている。

 

「おかえり。お疲れさま。いい仕入れができたってことは、また君好みのマニアックなビデオを見つけたのかい?」

「へへっ、それは見てからのお楽しみってことで。あ、冷蔵庫のプリンまだあったかな? 二つあったらあとで一緒に食べようよ」 

「おっと、もし一つしかなかったら自分だけ食べるつもりのようだ。まったく酷い妹だ」

 

 いつも通りの軽口を交わす中、アキラの頭には一つの問題が重くのしかかっていた。

 相馬が来たことを、どう伝えるか。どのみちリンからの反感は避けられないが、遅らせれば遅らせるほど事態は悪化するような気がする。

 ここは素直に打ち明けよう。覚悟を決めたアキラは深く息を吸い、リンへと向き直った。

 

「リン、君がいない間のことだけれど」

「んー? 何かあったの?」

「相馬が来たんだ」

 

 カチャン、と。リンの手から車のキーが滑り落ちる。受けた衝撃が強すぎたのか、彼女は人形のように固まってしまった。

 さすがに唐突過ぎただろうか。アキラは少しだけ申し訳なく思いながら、リンが我に返るまで待った。

 しばらく虚ろな目で呆然としていたリンは、やがてぎこちなく首だけを回し、油の切れた機械のように軋みながらアキラを凝視した。

 

「……いつ」

「二時間くらい前だったな」

「なにしに」

「借りたビデオを返しに。それと、少しだけ重要な話をしたよ」

「どんな」

「相馬、H.A.N.Dに就職することになったらしい。それに伴ってルミナスクエアに引っ越すそうだ」

 

 次の瞬間、リンは盛大な音を立てて後ろへ倒れた。

 漫画の中でしか見ないような光景だったが、その勢いはフィクションではなかった。目を剥いたアキラが慌ててリンに駆け寄る。

 

「リン!? 大丈夫か!?」

「相馬が、H.A.N.Dに? あはは、面白い冗談だねお兄ちゃん……」

 

 ナイスジョークと弱々しいサムズアップをするリン。アキラはその手を優しく握りながら、現実逃避に勤しむ妹を諭すように落ち着いて語りかける。

 

「残念だけど、これは紛れもない現実だ。相馬は」

「嘘だ!」

 

 アキラの言葉を遮るようにリンが声を荒げた。

 

「私が出かけている間にそんな重要イベントが起こっただなんてあり得ない! 信じないからね私は!」

「リン、落ち着いて」

「落ち着けるわけないでしょお兄ちゃん! そもそも何ですぐ連絡してくれなかったの!? 仕入れに行ってる場合じゃなかったじゃん!」

「時間的に君は運転中だったし、すぐには帰ってこれない場所に居た。これから引っ越しの準備をしなきゃいけない相馬を長々と待たせるわけにはいかないだろう?」

「うがー! そんなんじゃ納得できないよー!」

 

 リンは髪の毛をぐしゃぐしゃと両手でかき乱し、床をゴロゴロと転がり始めた。その様はまさに駄々をこねる幼児のそれ。アキラは客が居ない現状に心の底から感謝した。

 

「しかもH.A.N.D? よりによってH.A.N.D!? え、それってもうあの人、こっちの事情に関われなくなるってことでしょ!? やだやだやだやだ行かないで相馬ぁー!」

 

 みっともなく両手両足をジタバタさせるリンは、まさに全力拒否の姿勢を貫いていた。だがアキラには、その絶叫が気持ちを整理するための発散行為にしか見えなかった。

 本当はリンも分かっているのだろう。仮に彼女があの場に居たとしても、今のように駄々をこねるようなことは絶対にしないし、あらゆる感情を抑えて笑顔で送り出したに違いない。

 相馬は大切な友人で、だからこそきちんと向き合える自分でいたいのだ。

 

「リン、君の気持ちは僕にも分かる。それこそ痛いほどにね」

 

 アキラはそっと声を落とし、床に寝転んだままのリンの隣に膝をついた。

 

「悲しいだろう。寂しいだろう。自分の居ない間に別れを告げられたんだ。理不尽だと思われても仕方のないことだ」

 

 リンは唇を噛んだまま、黙ってアキラの言葉を聞いていた。

 

「だけどね、リン。相馬はきっと、僕たちとの関係を軽んじたわけじゃない。ただ公と私をきちんと分けた、それだけなんだと思うよ。ほら、僕たちと彼の関係は表向き『ビデオ屋の店長と客』だろう? その垣根を越えた接触は僕たちに不利益が出ると考えたんじゃないかな」

「そんなの、分かってるよぉ……!」

 

 リンが顔をしかめながら声を上げた。感情がこみ上げてくるのを無理やり押しとどめているようだった。

 

「分かってる、けど……どうしようお兄ちゃん。私、今の関係のままだと我慢できないかも」

 

 弱ったように声を萎ませるリンに、アキラは穏やかな笑みを浮かべて首を振った。

 

「そのことだけれど、別に我慢する必要はないんじゃないかな」

「……え?」

 

 リンがぱちりと瞬きをする。

 それは心の奥で固く結んでいた『現状を変えてはならない』という思い込みが解けた証だった。

 アキラはそんな妹の顔を見つめながら、静かに言葉を続ける。

 

「人の関係というのは時間と共に変わっていくものだ。相馬は今の関係に合わせた立ち振る舞いをしただけであって、僕たちを拒んだわけじゃない。これから何度も顔を合わせて、言葉を交わして、お互いを知って。そうやって少しずつでも歩み寄っていけば、いつの間にか他人の枠組みを越えた、それこそ友人と呼び合える関係になれると思うよ」

 

 そう言って、アキラはポケットから端末を取り出して掲げてみせた。

 

「ちなみに、連絡先はちゃんと交換しておいた。あとで君の気持ちを伝えるといい。もちろん彼を困らせない程度にね」

「お……」

「お?」

「お兄ちゃん大好きィイイイイイーーッ!!」

 

 勢いよく飛びついてきたリンを、アキラは苦笑しながらも受け止めた。

 情緒が不安定な妹に心配しつつも、少しだけ胸が軽くなる。一時はどうなるかと思ったが、どうにか丸く収められたようだ。

 アキラはリンの頭をそっと撫でながら、ふと窓の外に目をやった。

 彼方に消えていった相馬の背中を思い浮かべる。

 これから先、どんな道を歩むのかは分からない。ただ、表情を作れない彼が一瞬でも笑えるような、そんな穏やかな場所であって欲しいと切に願う。

 

『今まで世話になった。お前たちから受けた恩は、いつか必ず返そう。お前たちの進む道が幸多からんことを、心から祈っている』

 

 ──あぁ、こちらこそ。

 ──君が僕たちの幸福を願ってくれているように、僕たちも君のことを想っている。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

『やっほー相馬、リンだよ!』

 

『お兄ちゃんから聞いたよー? H.A.N.Dに就職したんだってね。すごいじゃん! おめでとう!』

 

『なんかだかちょっと寂しいけど……これで今生の別れってわけでもないし、何より相馬が選んだ道だもん。私は全力で応援するよっ!』

 

『体に気をつけて、無理しすぎないようにね!』

 

『また時間できたら、ふらっと遊びに来てよ! ビデオ屋で待ってるからねー!』

 

 

 

 

 




 
 
 
 謎にブーストが掛かり、前回から一ヶ月も経たない内に後編を描き終えることができました。これも皆様の応援あってのことと存じます。ありがとうございます。
 次くらいでラストになるかも知れず、また次話の投稿がいつになるかも不明ですが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。

 感想、評価を頂けたら奇声を上げて喜びます。
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