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ネールは、ぽかん、としていた。
目の前に立っている人は……フードを外したら、なんと……なんと!ネールにそっくりだったのだ!
年齢は、もう少し上かもしれない。髪は金色じゃなくて、銀色っぽく見える。瞳の色も、もう少し薄いかも。
……でも、そっくりだ。
あんまりにも、そっくりだ!ネールにそっくりということは、エヴェリーナともそっくりということだ。ああ、ああ、どうしよう!そっくりさんが3人もいるなんて!
……けれど、さっきまでフードを被っていたその人は、顔立ちこそネールやエヴェリーナにそっくりだけれど、全然、雰囲気が違う。
もっと静かで、冷たい。ちょっとだけ、ウルリカに似ているかもしれない。でも、もっともっと静かで、もっともっと……冷たい、というよりは、何も無いのだ。
そう。何も無い。そんな様子に見えた。
「……あー、もしかしてあんたも、口が利けない性質か?」
ランヴァルドがそっと尋ねると、目の前の女性は口を開いて、何か……聞き取れない音を発した。と、思う。ネールにはよく分からない。聞こえないのに音だと分かるけれど、でもやっぱり聞こえないものなのでよく分からないのだ!
「い、今のは……?」
ランヴァルドが慄いている。ネールはぽかんとしているし、ウルリカを見てみたら、彼女もまた、強く警戒した顔をしていた。
……そして、目の前の女性は、少し眉根を寄せて考え込んでいた。それから……次にまた、口を開いた時。
『きこえる?』
……そう、聞こえた。
ネールが頷くと、女性は少しほっとしたような顔をした。一方、ランヴァルドやウルリカ、そしてマティアスには聞こえなかったらしい。
ぽかん、としている3人を見て、女性はまた眉根を寄せて……次にまた口を開いた時には、『聞こえる?』と、さっきより少しはっきり聞こえた。
「あ、ああ、聞こえ、た……」
ランヴァルドにも聞こえたらしい。ネールもなんだかほっとしながら、『よかったね』という気持ちで目の前の女性を見つめる。
……彼女は、ひとまずこれでよしとしたらしい。一つ頷くと……少し辺りを見回して、とある一角の床に、手をかざした。
途端、床からにょっきりと、机と椅子が生えてきた。
……机と椅子が、生えてきた!
「お、おいおい……何だこれは……」
ランヴァルドはびっくりしているようだが、ネールはもっとびっくりしている!草や花だけじゃなくて、椅子や机もにょっきり生えてくるだなんて!ネールはこんなの、見たことが無い!
でもランヴァルドもびっくりしているということは、こういうのは普通じゃないのだろう。多分。……ネールがそう理解している間にも、女性は生えてきた椅子の1つに座った。
『こちらへ』
そしてまた声が聞こえたので、ネールは堂々と、女性の向かいに座る。
ランヴァルドもまた、ネールの隣に座った。椅子は3つしか無いから、ウルリカとマティアスは立っていることになるけれど……。
『話をしたい』
女性が話し始めた。実際に声が出ている訳ではないようだから、なんだか不思議なかんじなのだけれど……。ネールはふと、『音を聞いているというよりは、文字を読んでいる感覚に近い』ということに気づいた。ということは、この女性は声を発することなく、魔法で言葉だけ伝えてきているのかもしれない。
「話、か。俺達も聞きたいことは山ほどあるが……そっちから先に話してくれていい。あんたの話を聞いたら、こっちが聞きたいこともある程度、分かりそうだからな」
ランヴァルドがそう言えば、女性はそれには反応せず……ただ、ネールだけを見つめて、言った。
『私達の世界を取り戻すための話をしたい』
ネールはぽかんとした。
『私達の世界』って、なんだろう。
ランヴァルドを見てみるけれど、ランヴァルドもまた、ぽかんとしている。……ということは、ネールには分からなくても当然のことなのだろう。ネールはちょっぴり安心した。
「あー……もう少し詳しく頼む。俺は勿論だが、ネールが……この子が、意味を理解していないみたいだ」
そしてランヴァルドがネールの代わりにそう言ってくれるので、ネールは『その通り!』とばかり、こくこく頷いてみせた。すると女性は少し困ったような顔をしてしまう。……そんなに困られても困る。だってネールも困っているのだから!
女性はランヴァルドをちらりと見て、それからまたネールを見て……少し考えて、また話し始めた。
『かつて存在していた世界。一度失われてしまった暮らし。そういうもの。』
……が、またネールには分からない話が始まってしまった。
でも大丈夫だ。話を聞いたランヴァルドは、何か、はっとした顔をしていたから。
……そして。
「つまり……あんたは、古代文明を取り戻そう、って話をしているのか?」
ランヴァルドは、そう言ったのだ。
古代文明、というものについては、ランヴァルドが幾つか教えてくれたからネールも少し分かる。
今は、魔法を使う人は少ない。けれど、大昔の人達は、もっと当たり前に魔法を使っていたらしい。
今では失われてしまった魔法も沢山あったらしいし、今では作れないような魔法の道具も沢山あったとか。それらの道具の内、ごく一部は現代でも再現されているけれど。……今、ネールがベルトにつけている魔法仕掛けのランプはそれだ。これは火を使わなくても光る、不思議な道具。
それから、ジレネロストにあった遺跡もそうだ。ここもそうだけれど……こうした古代遺跡の類は、大昔の魔法を秘めた、大きな大きな、魔法の装置らしい。
ジレネロストでは、『魔力の濾過』とやらをしていたらしい。ランヴァルドはこれについて以前、『濾す、ってわかるか?こういう……』と、丁寧に説明してくれたので、ネールもなんとなく分かっている。
まあ、そういう古代文明だ。そういう古代文明なのだが……それを『取り戻す』ということ、だろうか。
ということは……今、目の前に居る人は……。
「……あー、俺から1つ、聞かせてほしいんだが……」
ランヴァルドもきっとネールと同じことを思っている。ネールがランヴァルドを見て頷けば、ランヴァルドもまた頷いて……目の前の女性に、聞いた。
「つまり、あんたは古代人か」
『そうとも言えるだろう』
そう、彼女は答えた。
『あなたと同種のものだから』
……そうとも、彼女は答えた。
どうしゅ。どうしゅ……ネールと一緒、ということだろうか。
でもネールは古代人ではないと思う。ネールは……ネールは、生まれも育ちもはっきりしているのだから。ネールは古代人、ではないと思う。
「……こいつは古代人じゃないぞ」
ランヴァルドもそう言ってくれるので、ネールはそうだそうだ、と頷いた。すると、相手は首を傾げてしまう。
『同じ』
同じらしい。困った。確かに、ネールと目の前の人は、姿がよく似ているのだけれど……そういうことだろうか?ネールは古代人さんに、そっくりなのだろうか?ということは、エヴェリーナも?
「同じ、っていうのは……あー、容姿が、見た目が、ってことか?」
ランヴァルドも同じことを考えていたらしく、ネールが気になったことを聞いてくれた。これだからランヴァルドは頼りになるのだ!
『あなたの目に見えているものは、形を真似ただけ』
「あー、つまり、ネールを見て、ネールに似た姿になった、ってことか。……え?元々は?」
『元々の形は無い』
「そうか、無いのか。そうかそうか……ああ……」
が、ランヴァルドが頭を抱えている。大変なことである。ネールも、『形が無い』相手を目の前にして、ちょっと困っている!どうやら相手はネールを真似っこしてネールそっくりになったらしいが……どういうことだろうか!ネールは混乱してきた!
『こう』
……更に、目の前でネールに似た人の姿がぐるり、と歪んで……次の瞬間には、ランヴァルドの姿になっていた!
ネールは目を見開いて、ランヴァルドに化けた彼女のことを見つめてしまう。髪は黒ではなく、灰色。瞳は藍色ではなく、もっと淡い色だけれど……そして何より、雰囲気が全く、違うけれど……でも、ランヴァルドによく似ているのだ!
ネールもランヴァルドもびっくりしていると、目の前の相手はまた姿を歪めて、次の瞬間にはもう、ネールにそっくりな姿……がちょっと大人びた姿に、戻っていた。
『あなたは、元々姿があった?』
ネールが混乱していると、目の前でネールの目より薄い色の目が、じっとネールを見つめてそう聞いてきた。なのでネールは頷く。
そうだ。ネールには元々、姿があった。
……というより、そもそも、『姿が無い』状態で存在していられるもののことがネールにはよく分からない!さっきみたいに、ランヴァルドになったりネールになったりするのだって、よく分からない!
ネールの返答に、相手は何か、納得したように頷いた。
『だから拙い?』
「つた……ああ、うん、まあ、こいつはまだそんなに大きくないからな。古代人の基準だとどうだか分からないが、こいつに関して言えば、あんたの常識はおろか、こっちの常識もイマイチ分かってないところがあるんだ。だからこそ、俺が通訳に入っているんだが……」
ランヴァルドが間に入って何か言ってくれている。ネールは『その通り!』と、とりあえず頷いておいた。
すると相手はまた困ったように考え始めてしまった。ネールはこの人を困らせてばかりのような気がする。同時に、この人に困らされてもいるが……。
そうして相手はしばらく考えて……それから、じっとネールを見つめて、言った。
『あなたは、あるべき世界の姿を知らない?』
……またネールは困る。困ったが、頷く。世界の姿、なんて、知らない。そもそも彼女が何を言っているのかもよく分からないのだ。
「ま、こういう訳だ。こっちはあんたが言うことがほとんど分かってない。情報が全然、無いんでね」
ネールも相手も困っていたところ、ランヴァルドがそう、間に入ってくれた。
「そういう訳で、聞かせてくれ。……ステンティールやハイゼル、あとジレネロストの古代遺跡を操作したのは、あんたか?」
……ランヴァルドがそう尋ねると、相手は少し考えてから、こくんと頷いた。
「それは……『古代文明を取り戻すため』に?」
ランヴァルドが緊張気味にそう聞けば、やはり相手はこくんと頷いた。
そして。
「じゃあ、あんたは……この世界を……あ」
ランヴァルドが、声を漏らした。
それと同時……白いテーブルの上に、ぱたり、と赤い雫が落ちる。
見れば、ランヴァルドが鼻から血を流していて……ランヴァルドはそれを掌で受け止めようとして、受け止めきれずにテーブルに零していた。
「……これ、は……」
ランヴァルドは苦しそうに眉根を寄せて、目を細めて……その目が、閉じる。
そのまま、ランヴァルドが床に倒れた。
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