クズに金貨と花冠を   作:もちもち物質@布団

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輝かしい功績*3

 ドラゴンが出たなら、そちらの確認が先だ。

 ランヴァルドはオルヴァーをすぐに呼び寄せて、外で待機していた兵士達の安否を確認した。

 だが、まあ……ネールがにこにこしていたことからも分かる通り、死者は無し。負傷者が居ないとは言えないが、まあ、命にかかわるような怪我をした者は居なかった。

 まあ、つまり、ドラゴンが出てすぐ、ネールがそれを仕留めてしまったのだろう。だからこそ、兵士達がオルヴァーへ報告に来ることも無く、ネールは只々ご機嫌である、と。そういうわけだ。

「し、信じられない……ドラゴンが出て、即座に仕留めた、と……?」

 オルヴァーは只々驚いているが、ランヴァルドとネールは最早慣れたものである。そう。慣れてしまったのだ。ドラゴンなど、とっくに……。

「古代魔法装置を停止させた直後、残っていた魔力を全部使い切ってドラゴンが生まれた、ってかんじか」

 ……だが、慣れたとはいえ、ドラゴンだ。こんなものが出てくるには当然、それ相応の魔力が必要になるはずである。本来ならばドラゴンとは、百年もの年月を重ねて蓄積された魔力から生まれるような、そんな魔物なのだから。

「……単に運が悪いだけならいいんだがな」

 これが、何者かの意図によるところではないことを祈る。今のランヴァルドにできることは、それだけであった。

 

 

 

 夜半も過ぎたというのに、兵士達は興奮状態にあった。

 それはそうである。伝説のドラゴン殺しが、彼らの目の前で繰り広げられたのだから。

 ランヴァルドが『ネールが仕留めたものだが、このドラゴンはファルクエークに捧げよう。好きにしてくれ。……それでいいな?ネール』とやったため、兵士達は喜び勇んで篝火を焚き、その光の中でドラゴンの解体作業を始めていた。

『朝になってからやってもいいんじゃないか?』とは思ったのだが、そこはやはり、北部人達である。狩りは彼らの娯楽であり、誇りでもあるのだ。

 ……ついでに、新鮮なドラゴン肉を焼いて食うのだ、と意気込んでいる彼らを止めることはできなかった。保存用の塩漬け肉や干し肉ばかりだった彼らには、目の前のご馳走を朝までお預けにすることなどできないのである!

「まあ……朝、出発の時に寝ている者が居なければ、咎めずとも良いか……。折角のドラゴンの素材をとらないのはあまりにも惜しいし、かといって朝になってから解体し始めては、より帰還が遅れそうだし……」

 オルヴァーが兵士達を見てぶつぶつと言っているのを聞いて、ランヴァルドは『まあ、そうしてやった方が良いだろうな』と苦笑する。

 もしランヴァルドがオルヴァーの立場でも、同じようにしただろう。『解体して、好きに食え。ただし、皮や鱗や牙や爪は全て持ち帰る』と宣言してしまえば、兵士達はやる気に満ち溢れてドラゴンの解体に勤しんでくれることだろう。

 そして何より、朝を待ってから作業にあたるものとすれば、鱗や牙を1つ2つくすねていく者が居ないとも限らない。少なくともそうした疑心を兵士達に与えるような運用は、するべきではないのだ。

「まあ、大丈夫だろ。このあたりの魔物は、流石に大人しくなったはずだ。古代遺跡は止めたし、そうでなくても、ネールがドラゴンを倒した直後なんだし……」

 完全に油断しきるわけにはいかないが、多少気を抜いても問題はあるまい。

 何せ、遺跡はもう、魔力も冷気も噴き出してはいないのだから。

 

 

 

 兵士達が楽しくやっている間に、ランヴァルドはネールを連れて遺跡の最深部へ戻った。

「じゃ、解体だな。えーと、どこからいくか……」

 古代魔法の装置を前にして、ランヴァルドは渋面になる。……盗掘家でも古代遺跡の専門家でもないのに、何故こんなことをしなければならないのだろうか。まあ、成り行きでここまで来てしまったのだが……。

「えーと……あ、ネール、お前がやってくれたのか。助かるよ。お前はやっぱり優秀だ」

 だが、ネールが居る。ネールが何かしたらしく、装置の制御盤の下部が開き、その中にある繊細な機関が露わになる。

「……じゃ、とりあえずここの石、抜いとくか。で、こっちは……削り替えるのは怖いな。こっちを抜き取ればいいか……」

 何もかも分からないが、ひとまずランヴァルド自身が読み取った限りで分かることを頼りに、なんとか部品を抜き取っていく。

『これなら抜いても動かなくなるだけだろ』と分かるものは、案外少ないのだ。下手に部品を抜き取ったが最後、魔力が再び吹き荒れたまま二度と止まらなくなることだって、考え得る。或いは、そこまでいかずとも、ランヴァルドだけを殺す程度のことは、この遺跡にとっては至極簡単なのだろうから警戒に越したことは無い。

「次は……駆動部いくか。うん……あ、ネール。多分もうお前が念じても動かないぞ。中枢を先に止めちまったんだからな」

 ネールが何やら念じながら首を傾げていたのに苦笑しつつ、ランヴァルドは早速、実際に魔力を吹き出すために使われていたパイプの類……それらを動かしていたと思しき機関を観察し、そこの蓋をネールのナイフで開けてもらって、そこでもいくらか、細工をする。

「……ところで抜き取った魔石、間違いなく最上のものだが……いや、うん、売っても足が付きそうだな……」

 ……ランヴァルドは、古代遺跡の盗掘が如何に儲かるかをよく知っている。それ故に、抜き取った部品は非常に魅力的であったが……これらは全て、イサクおよび国王陛下へ提出することになるのだろう。

 

 そうして一頻り、あっちから部品を抜き、こっちから部品を抜き……とやったランヴァルドは、再び強い眩暈を覚えたため、さっさと遺跡から出るべく歩き出した。出口にほど近い、ランヴァルドが寝ていた場所にまで戻ってくれば、体調はマシになってくる。やはり、あの場に淀み渦巻く魔力に中てられていたらしい。

「……せめてもう少しでも、魔力に耐性がありゃあな」

 自分の体が思うようにならない苛立ちは、ずっとランヴァルドの内にあるものだ。それこそ、悪徳商人になる前から……自分に魔力が足りないが故に魔法の適性が無い、と気づいたあの時から、ずっと。

 貴族として胸を張れるくらいの魔力が自分にあったなら、あの時あんな思いをせずとも済んだのだろうか。

 ……少なくとも、今、眩暈と吐き気に悩まされることは無かっただろうし、古代人との交渉ももう少しまともにこなせただろうとは思われる。

 つくづく、ままならない。ままならないことだらけだ。何もかも。

「……ん?どうした、ネール」

 だが、そんなランヴァルドの服の裾をくいくいと引っ張って、ネールがランヴァルドを見上げている。何かと思えば……。

「……そうだったな。お前はドラゴン狩りじゃなくて、芋掘りしにいってたんだもんな……」

 ……ネールは、ポケットから取り出した芋を、再び見せてきているのだった!

「ああうん、忘れたわけじゃないぞ。ただ、遺跡が優先だから後回しになったってだけで……それにドラゴンだぞ?お前が狩ったのはドラゴンだ。お前にとっちゃデカいトカゲかもしれないが、ドラクスローガほどじゃないにせよ、ここでも一種の憧れなわけで……ああもう分かった。分かったから」

 ネールはランヴァルドに芋を食べさせるまで寝かせないつもりであるらしい。ランヴァルドとしては、今すぐに眠ってしまいたいくらいではあるのだが、ネールが何やら使命感を帯びた顔で芋とランヴァルドとを交互に見ているものだから、ここはランヴァルドが折れるしかない。

「……とりあえず、外、出てみるか。焚火ぐらいやってるだろ」

 仕方なしに、ランヴァルドは自分の荷物から小鍋を取り出しつつ、ため息交じりにネールを追いかけるのであった。

 

 

 

 外では兵士達が肉を焼き始めていた。

 篝火に肉の脂が滴り、ぱっ、と火が大きくなる。ついでに、旨そうな香りもしてくるのだが、ランヴァルドの食欲は相変わらず、無い。

 むしろ、どうにも食べ物としての肉の類を見ているのが嫌だった。……ならば、と、解体を進める兵士達を眺めていることにする。彼らは彼らで肉を扱っているが、あれはまあ、資源なので。

 ……そんな様子を眺めていたランヴァルドの横に、そっとネールがやってくる。

「ん?どうした、ネール……ああ、芋か」

 少々遠慮がちな様子であったネールの手元には、小さな鍋。そしてその中には、茹でたばかりであろう芋があった。どうやら、茹でてきてくれたらしい。

「貰おうかな。……肉を食いたい気分でもないんでね」

 ランヴァルドがそう言って芋をつまみ上げれば、ネールは少し安心した顔をする。

 だが、ランヴァルドが芋を口に放り込んで咀嚼する間、ネールは随分と心配そうな顔をしているのだ。

 ……実際、少々、咀嚼するのが辛くはあった。飲み込もうとすると、喉につかえるようで、どうにも上手くできない。幸いにも、柔らかく茹でてある芋は、咀嚼している内に勝手に喉の奥に入ってくれる分もあるので、まだ、マシなのだが。

「うん。美味いよ。ありがとうな、ネール」

 少し無理をして芋を飲み込んで、ネールの頭を撫でる。ネールは頭を撫でられつつ、俯いている。……やはり、心配をかけているな、と思う。本当なら、ネールにこんな心配はさせたくないのだが……。

 

「兄上は召し上がらないのですか?」

 そんなランヴァルドの元へ、オルヴァーがやってくる。その手にあるのは、ドラゴン肉の串焼きだ。表面がこんがりと焼けたそれは、まあ、平常時なら美味そうに見えるのだろう。

「寝かせた肉の方が美味いのでしょうが、これも悪くはない味です。よろしければ、どうぞ」

 ……こちらを気遣って持ってきてくれたのだろうが、今のランヴァルドには辛い代物である。

「ああ……俺はいい。食欲より、疲れが勝ってる調子でな……」

 オルヴァーの気遣いを無碍にするようで心苦しいが、ここで無理に食って吐き戻す方が余程失礼というものだろう。今、ドラゴンの肉など食べたら、間違いなく具合を悪くする。芋でさえ、今、これなのだから。

「そう、ですか……いや、お疲れですよね。これだけの偉業を成し遂げられたのですから」

 オルヴァーは『気にしていない』というように笑って見せてくれた。こちらにも気を遣わせているな、とランヴァルドは思うものの、苦笑することしかできない。……今も少しばかり、吐き気がある。元々、魔力に曝されて体調がおかしくなっていたところだ。そこに芋があったので……そろそろ限界ではある。

「兵達も、兄上と英雄ネレイアを褒め称えていますよ。魔物の襲撃がぱたりと止み、ドラゴンはあっさりと倒され……まるで物語か何かのようだ、と!」

「そうか。まあ、そういうことならありがたく受け止めよう。だが、俺もいいがネールこそ褒め称えてやってくれ。こいつは本当によくやっているから」

 オルヴァーの言葉が自分に向くのがなんとなく気まずくて、ランヴァルドはネールを少し前に押し出した。押し出されたネールは、きょとん、と首を傾げていたが……。

「いえ。しかし兄上の功績も確たるものでしょう?流石は、王城の使者としておいでになっただけのことはある」

 だが、それでもオルヴァーの言葉はランヴァルドに向く。10年の間を埋めようとしているのか、少しばかり、必死だ。

「あまり買い被らないでくれ。俺はそんなに大したものじゃないさ」

 そんなオルヴァーの言葉をやんわりと振り払うのは、少しばかり良心が咎めた。だが、疲労と魔力で回らなくなった頭では、これ以上のやり方も思いつかない。

「……悪いが、先に休ませてもらう。今の内に休んでおかないと、明日の出発の時にまた倒れそうだからな」

 結局、ランヴァルドはさっさとそう言ってこの場を切り抜けることにした。オルヴァーに何と言ってよいものやら考えるのも、肉料理が目の前にあり続けるのも、少しばかり、辛かったので。

「そうですか……そういうことなら、どうぞごゆっくり。必要なものがあればなんでも言って下さいね」

「ありがとう。助かるよ」

 オルヴァーには悪いが、ランヴァルドはさっさと遺跡の中へ引っ込むことにした。

 ……オルヴァーが兵士達に呼ばれてそちらへ行くのを背中越しに聞きながら、少しばかりほっとした。

 やはり、どうにも、彼とどう接すればいいのかが分からないのである。

 

 

 

 ランヴァルドはそのまま眠ろうとしたが、ネールがそれを許さなかった。結局、ランヴァルドは芋を完食させられたし、そのせいでまた少しばかり、体調が悪化したような心地であった。

 だが、寝袋の中に入り、更にそこにネールまでもが潜り込んできて……妙にぬくぬくとして狭い寝心地をぼんやり味わっている内に、瞼が重くなってくる。

 ……時折もそもそ動く、小さくて柔くて温い生き物は、ランヴァルドにとって中々悪くなかったのである。気持ちが落ち着き、吐き気も大分和らいだ。

 心地が良い。……そして、今のランヴァルドには、『ネールとは寝床を分けた方がいいんじゃなかったのか!?』と自問するだけの理性と気力が無かったため、ランヴァルドは只々それらの心地よさを享受して、そのまま気絶するかのように眠ってしまったのであった。

 

 幸いにして、夢は見なかった。目覚めはそう悪くなかった。だが、自分の寝袋の中が妙に狭く、妙にぬくぬくして、時折もそもそする何かが居る。

「……あー、ネール、おはよう」

 まだ寝ている他の兵士達に配慮して、ごく小さな声で呼びかける。すると、ネールが、ぴょこ、と寝袋から顔を出した。

 ……その、少し心配そうな顔を見ていたら、『一緒の寝床ってのはよくないぞ』と言う気力も失せてしまう。

「出発に向けて準備を進めておこうと思う。お前も来るか?まだ寝ててもいいぞ」

 だが、そう言ってやればネールは表情をぱっと明るくして、すぐ寝床から飛び出してきた。……元気なことである。

 そのまま身支度を簡単に整え、遺跡の外で既に作業していた兵士達を手伝い、朝食はそっと辞退して、その代わり、ネールによって林檎を食べさせられ……とやっている内に、出発の時刻がやってくる。

 

 帰り道は、非常に和やかであった。兵士達は徹夜明けの者がかなり居るようであったが、それもあってか、皆が皆、興奮してネールの功績を語っていた。

 魔物と戦っていた彼らだからこそ、魔物を瞬時に片付けていったネールの強さがよく分かるのであろうし、そして何より、ドラゴンだ。ドラゴンは確実に、兵士達の士気を上げていた。

 ……そして、ランヴァルドの功績についても、兵士達が囁き合っている。

 そして……。

「なあ。もしかしてあのお方、10年前に失踪されたランヴァルド様なんじゃ……」

「成程、確かに見習いの頃に見た記憶があるぞ!お戻りになったってことか!」

「これでファルクエーク領も安定するといいなあ」

 ……そんな声もまた、ひそひそと聞こえてくるのである。

 

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