クズに金貨と花冠を   作:もちもち物質@布団

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輝かしい功績*4

 ファルクエーク城へ帰還したランヴァルド達は、出迎えた者達に歓声を上げさせた。

 それはそうである。死者はもちろん、重篤な負傷者も居ない。そして何より、ドラゴンだ。

 この偉大なる功績を目にして、褒め称えずに居られる者など居ないのだ。特に……この魔物の急増によってどれほど北端が緊張状態にあったかを知る者達である、ファルクエークの屋敷の家臣達は、この偉業がどれほどのものなのかを良く知っている。彼らの出迎えがこうなるのも、当然のことであった。

 

 ドラゴンの処理は、オルヴァーと兵士達に任せた。彼らとしても、栄光の象徴であるドラゴンの処理に携わることは本望であるらしいので、遠慮はいらないだろう。

 一方、ランヴァルドとネールは、イサクとアンネリエと共に、諸々の報告と状況の把握のため、少し話すことになった。

「成程……道中の橇でもある程度は聞いていましたが、やはりあのドラゴンはネールさんが」

「ええ……申し訳ない。本当なら、橇の上である程度、情報の共有ができているべきであったところを」

 北の拠点を出発し、城に到着してからこのように情報共有を行っている理由は至極簡単。ランヴァルドがそれどころではなかったからである。

 ……食べ物をまともに食べられなくなっている影響が出てきたのだ。遺跡の魔力によって消耗したこともある。そんなランヴァルドは、道中の橇、そして途中で乗り換えた馬車の中でも、ずっとぐったりとしているか、眠っているか……はたまた、乗り物酔いを起こして吐き戻すか、といった具合であったのだ。

「いやいや!今、このようにして情報共有させてもらえるだけでも十分ですとも!マグナス殿も、まだ本調子とは言い難いでしょうに……」

「お気遣いなく。橇でも馬車でも、随分と休ませていただきましたから」

 ランヴァルドはそう言って笑ってみせるが、笑みがぎこちない自覚はある。

 ……乗り物酔いしながら乗り物の中で休んでいたところで、碌な休憩にはならない。ランヴァルドの体力は消耗したままで、ランヴァルドの体調は悪いままである。

「では、報告を。……こちらが、遺跡から抜き取ってきた部品です」

 だが、ランヴァルドはさっさと報告を済ませてしまいたい。

 特に、ファルクエーク家の者に見られない内に処理してしまいたかったコレについては、さっさとイサクに渡してしまいたかったのだ。

「おお……魔石の類、でしょうかな。こちらは金属板に古代魔法が刻まれたものでしょうが……」

「ええ。そのようなものです。ひとまず、これを抜いておけばあの遺跡が再び魔力を吐き出すようにはならないでしょう」

 ランヴァルドはそう言って、ふ、とため息を吐く。

「……ファルクエーク家には、ご内密になさった方がよろしいかと」

「そうですな。部品を返せ、と言われかねませんし、場合によっては盗掘の疑いを掛けられることになるでしょうとも。ええ、ええ。確かにこれは、私の胸の内に留めておきますよ」

 イサクが話の分かる相手で良かった。

 いくら、ランヴァルドが王城の使者の肩書きを持っているとはいえ、ファルクエーク領にある遺跡から無断で部品を抜き取ったとなれば、後々に禍根を残すこともあり得る。特に、元々が禍根まみれの間柄なのだから、妙な言いがかりを吹っかけられる警戒はしておいてもいいだろう。

 イサクがランヴァルドから受け取った諸々を懐へいそいそとしまい込むのを見て安堵しつつ、ランヴァルドは次の報告を行うことになる。

「そして、肝心の古代遺跡の様子でしたが……今までで一番、酷い有様でした」

 

「ほほう……それは、どのように」

「噴き出す魔力の量は勿論、何より、冷気が。……総合して考えると、ジレネロストの時よりも酷かったのではないかと思われます」

 ランヴァルドの言葉に、イサクが表情を曇らせ、アンネリエが緊張に唇を引き結ぶ。ジレネロストについては、アンネリエこそ当事者なのだ。彼女にとってジレネロストの大災害は忘れ得ぬ出来事であり、何にも勝る悪夢であったことだろう。

「当時のジレネロストでは、古代遺跡の暴走が領地の中央に近い位置で起きていたわけです。それ故に、人的被害が大きかった。一方、ファルクエークの古代遺跡は最北端にありました。あんな所に人は住んでおりませんし、その分、ジレネロストよりも被害は小さく済みました」

「ええ……ジレネロスト最大の悲劇は、古代遺跡のすぐ近くに村があり、町があり……それらを守る騎士団が、遺跡から遠い南部に集中していたことでした」

「そうですね。立地のことに加えて、ファルクエークの場合は軍備が大きい北部領であったが故に、対応が早かった」

 今回、不幸中の幸いであったのは、ファルクエークは環境も、軍備も、何もかも都合よく揃っていたことだ。

 ここが極寒の北部でなく、遺跡の位置が海に面しているだけの北端でなく、そして軍備が薄い領地であったなら……ファルクエークは本当に、ジレネロストの二の舞となっていたことだろう。

「しかし……ファルクエークの場合は、ジレネロストと違って、魔力によって魔物へと変ずる元となる動物の類が居なかった」

 だが、だからこそ油断はできない。

 ……ジレネロストでは、羆が金剛羆へと変じたり、鷲が鋼鉄鷲へと変じたり……元々が動物であったものが魔物になったのだ。

 一方、ファルクエークでは違った。極寒のファルクエーク最北端では、そもそも、魔力が行き着く先の器たる動物自体、碌に生きていないのである!

 

「であるにもかかわらずあの魔物の発生頻度であったと考えると、やはり、ジレネロストを超える災害になり得る規模だったかと思います」

「ああ……確かにその通りです!魔力のみから魔物が発生していたというのならば、あの数の魔物があの速さで生まれていたこと自体、あの古代遺跡の規模を証明するものとなる!」

 イサクが『これは一大事だ』というかのように頷いてくれるのを見る限り、国王への報告は危機感を持ったものになってくれることだろう。となれば、ランヴァルドが頂ける『褒賞』もそれなりのものとなるだろうか。

「……魔物とは、あのように湧き出るのですね」

 ふと、アンネリエがそう呟く。そう。魔物は正に『湧き出る』という表現が相応しいような生まれ方をする。

 純粋な魔力から生まれる魔物については、ただ、宙に凝った魔力から、唐突に生まれ出るのだ。だからこそ、ファルクエークの最北端ではオルヴァー達が苦戦していた。延々と数が減らないのみならず、『唐突に湧き出る』のだ。常に不意打ちの危険がある戦いなど、考えるだけでもぞっとする。

「まあ……その最たるところが、ドラゴンなのですな」

「ええ。ネールがドラゴンを狩っていたとはな……本当にびっくりしたぞ、ネール」

 イサクとランヴァルドとアンネリエの視線を一身に受けたネールは、元気よく胸を張った。彼女にとってドラゴンを倒すことはごく当たり前のことなのだろうが、『ドラゴンをやっつけるといっぱい褒められる!』というところは理解しているようである。

「ドラゴンが急に出てくるほどの魔力が古代遺跡から漏れていた、と……うーむ、報告するにあたって、気が重いですなあ」

 イサクがしょんぼりとした様子であるのを見て苦笑しつつ、ランヴァルドは思う。……ドラゴンが生まれる程の魔力があの場にあったのだから、自分が体調を崩すのも当然であったな、と。

 

 

 

「ま、そんな窮地を無事に切り抜けられたのは、紛れもなくネールさんとマグナス殿のお力によるところですな!ドラゴンもありますし、この輝かしい功績は確かに、褒賞の上乗せの根拠足り得るものでしょう!」

「ははは。それは嬉しいですね」

 さて。イサクが明るく話してくれるのを聞いて、ランヴァルドも多少、気分が明るくなる。

 ……ずっと目指していたものが、手に入る。ランヴァルドはジレネロストの領主になるし、多額の褒賞も頂けることだろう。

 要は、ファルクエークの領主になるより余程高く、重要な地位を手にすることになる訳だ。これが嬉しくない訳はない。

「ええ、ええ。もっと胸を張ってください。兵士達も称えておりましたよ」

「そう、ですか……」

 ……それでも多少の気まずさが残るのは、まあ、すぐに割り切れるものでもない、ということだろうか。

「……やはり、複雑な気持ちですか?」

「ええ、まあ。ファルクエークを捨てた身ではありますが、俺のせいで不和を起こすことは本意ではないので」

 ランヴァルドがなんとも複雑な気持ちにさせられるのは、兵士達から期待の声が上がっているからだ。……悪意のない彼らの声に、罪悪感を覚えることになるとは。兵士達もそんなつもりはないのだろうが……。

「それでも、まあ、ここへ来た時よりは割り切れた気がしますよ」

「それはよかったですなあ」

「ええ。アンネリエさんのおかげですね」

 ランヴァルドは、まあ、ここへ来た当初よりは随分気持ちの整理がついた。それは、久しぶりの生家に感じる気まずさによって塗りつぶされかけていた『目的』を思い出したからだ。

 ……ランヴァルドは、貴族位を手に入れる。ジレネロスト領主、という……当初想定していたよりは大分高い地位を手にすることになってしまったが、まあ、地位は高ければ高いほどいい。その方が、ファルクエークを見下ろせる。

「お役に立てたなら何よりです」

 アンネリエが口元を緩めて微笑む。……ランヴァルドは、『この人も悪徳商人をやったらやったでまあ、上手くやれるかもしれない』と思った。まあ、ランヴァルドよりアンネリエの方が真面目そうなので、その点は不向きだろうが。

「さて……『領主様』への報告を終えたら、さっさとジレネロストに戻りたいですね。ここに居たら余計に体調が悪くなりそうだ」

 ランヴァルドは幾分明るい気持ちでそう言う。

 ……ファルクエークを去れば、体調もマシになるだろう。かつて、ファルクエークを出たランヴァルドが、ハイゼルの林檎の庭で回復した時のように。

「それに加えて、任命式もありますよ。ジレネロスト領主の」

「ああ、それもあった。そうですね。とても重要だ。他領の領主達もきっと招待されるんでしょうし、そうなればファルクエークの領主様もお越しになるんでしょうしね」

「ざまーみろ!と言ってやれますなあ」

 にこにこと笑うイサクに『この人もまあ、アンネリエさんを気に入って傍に置いているだけのことはあるよなあ』と思いつつ、ランヴァルドはそっと視線を床に落とす。

 ……ファルクエークを去るのなら、最後に一度、行きたい場所がある。

 

 

 

 そうしてランヴァルドが1人で赴いたのは、ファルクエーク城の裏庭……そこにある墓地である。

 外にはちらちらと雪が舞っていたが、それ以上に、降り積もった雪が片付けられずにそのままにしてあるので歩きにくい。

 雪を踏み分け踏み分け、なんとか進めば、やがて、それが見つかる。

「……こうも荒れてるとはな」

 ……あまり手入れされている様子の無いそれは、ランヴァルドの実父の墓である。

 

 先代ファルクエーク領主である彼の墓がこのように荒れていることを、心底、恨む。

 叔父は、兄の墓を詣でる気が無かったのか。母は、かつて夫であった……ある種、自分が裏切った相手を悼む気持ちが無かったのか。

 無かったのだろうな、と、ランヴァルドは嘲笑う。

 そういうものだ。ランヴァルドが毒を盛られたように、父の墓は荒れている。同じことだ。どうして、奴らが父の墓を詣でる?

 憎悪を思い出しながら、そっと墓に降り積もった雪を退かしてみれば、その下には枯れた蔓草が絡んでいた。それらを毟り取って庭の片隅に放り、雪を使って墓石を磨く。

『エドヴァルド・ヴィト・ファルクエーク』と父の名が刻まれた名を撫でるようにして、そこに溜まった埃を落とす。

 ……そうしている内に、多少、墓は綺麗になった。ランヴァルドは、ふ、と息を吐いて、改めて墓の前に屈む。

「……父上」

 この人の期待に応えたかった。

 そんな気持ちをふと思い出してしまって、それに蓋をする。

 もう遅い。今更、ここに居ることはできない。ランヴァルドはファルクエークを捨て、ジレネロストの領主になるのだから。

「父上なら……きっと、同じことだ、と仰るでしょうね」

 それに、父であるならば、ランヴァルドがジレネロストの領主になるということについてもきっと、『そうか。励めよ』と笑って背を押してくれただろうと思う。

 ……偉大な父だった。病に侵され、その死の直前であっても、誇り高い、立派な人だった。

 ランヴァルドの方が父より余程、父の死を恐れていただろう。そんなランヴァルドに、父は『死者の国は雪が降り積もり、氷に覆われ、しかし寒さを感じないそうだ。ファルクエークより住み心地が良いかもしれないぞ』などと冗談めかして笑っていた。

 そして、父はランヴァルドに、剣を託したのだ。『これはお前のものだ』と。ファルクエークの紋章が刻まれた、この剣を。

 それから、『お前は長く生きろ』と。そう、告げて。

 

 ……父は、その翌日に死んだ。

 だから、ランヴァルドは今も、剣を持っている。本来ならば、ファルクエークを治める者が持つべきこれを、未だにランヴァルドが持っているのだ。

 

 剣を握る。

 舞う雪が肩に降り積もる。

 そして、墓石にも。

 ……ランヴァルドの父の墓の横には、もう一基、墓石がある。ランヴァルドにとって見覚えのないそれは、雪や土埃を避けずとも、誰のものかすぐに分かった。

 ままならないことばかりだ。

 

 

 

「ああ、マグナス殿」

 部屋に戻ったランヴァルドに、イサクが慌てて駆け寄ってくる。嫌な予感を覚えていると、イサクはそっと声を潜め……囁いた。

「報告会を兼ねた晩餐に招待されておりますが……その、マグナス殿はいかがなさいますか?」

 ……ままならない。本当に。何もかも!




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