クズに金貨と花冠を   作:もちもち物質@布団

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輝かしい功績*5

 そうしてランヴァルドは報告の会を欠席することになった。当然である。ランヴァルドは未だ、食べ物を碌に食べることができないのだから。

「ま、イサクさんとアンネリエさんに任せておけば大丈夫だろ……」

 自室だと今一つ思えない自室のベッドにごろりと行儀悪く寝転がって、ランヴァルドはため息を吐いた。

 尚、ネールはランヴァルドと一緒に居たがったのだが、ランヴァルドが『お前はドラゴン殺しの英雄だ。出席してこい』と背中を押した。ネールも、ステンティールの一件があったおかげで食事の礼節は一通り身に付けている。問題ないはずだ。

 まあ、何かあったとしても、アンネリエが面倒を見てくれることだろう。……彼女は、ネールを排除すべきだと主張していた割に、ネールの面倒を見がちである。まあ、そういう訳でランヴァルドは彼女のことを信頼しているのだが。

 

 静かな自室で、明かりも点けずに1人、ぼんやりと寝転んでいると、やはりどうにも昔のことを思い出しそうになってよくない。

 ランヴァルドは『何か手を動かしておいた方がいいな』と思い立ち、早速、手帳を見て、これからやるべきこと、やらねばならないこと、今後の各地の景気の予想……そういったものを書き付け始める。

 報告が終わって、今日は一晩ここに泊まるとしても、明日にはもう、王都に向けて出発することになるだろう。ならば、その後にやるべきことは案外早くやってくる。

 ジレネロスト領主としての就任式があるのだろうし、ネールの叙勲もあるだろう。それらの機会を最大限生かすべく、ランヴァルドは商人としての経験と勘によって諸々の計画を立て……。

 

 ……そうしていると、ふと、ドアがノックされた。

 まだ、晩餐は終わっていないだろう。だが、ネールではない。ネールのノックであるならば、ランヴァルドは聞いただけでなんとなく分かる自信がある。

 となると……。

「……はい、どうぞ」

 緊張しながら声を掛ければ、そこに現れたのは……。

「……母上」

 ……随分と久しぶりに見る気がする母親であった。

 

 

 

 咄嗟に、どうしていいかも考えられなかった。ただ、戸口に立っている母親を見て、体中の血が凍り付いたような気がした。

 ……だが、凍り付いた体を溶かすのは、憎悪の炎だ。

「おや。晩餐はまだ終わっていないのでは?」

 母親を見下ろして、ランヴァルドは笑う。

 所詮、大した影響力も無い北部の領主夫人だ。粗雑に扱っても問題ない。ましてや……自分に毒を盛り、父の墓を詣でることすらしない者など。

「2人で話せる機会は今しか無いでしょうから」

 母親は、そう言ってランヴァルドを見つめ返してくる。その目に嫌なものを思い出しそうになるが、ランヴァルドは笑ってそれを振り払った。

「2人で?……俺のことを毒殺しようとする女と?」

 上からせせら笑って言ってやれば、流石に母親は怯んだ。それでも、彼女は動かない。

「……あれは使用人がやったことよ」

 自分を見つめ続ける濃いグレーの瞳に、ランヴァルドはただ憎悪を向ける。あの日床に倒れながら見上げた、この瞳を忘れるために。

「へえ。それはそれは。……ならあなたは俺を殺したい訳じゃなかった、ってことだ」

「勿論」

「なら何故、俺の墓がある?」

 

 ……母親が黙る。

 何も言えないだろう。当然だ。碌に手入れもされていない父の墓の隣に、見覚えのない墓があったが……あそこに墓が作られるのは、ファルクエークの者だけだ。

 そして、ランヴァルドが知る限り、ファルクエーク家はこの10年間、誰も死んでいない。誰も、消えていない。

 ただ1人、『ランヴァルド・マグナス・ファルクエーク』を除いて。

 ……そう。あの、手入れもされず、忘れ去られた寂しい墓は……ランヴァルドの墓だ。

 

 

 

「殺したかったんだろ?違うか?え?少なくとも、『死んだことにはしたかった』んだろうが」

 憎悪だ。今、ランヴァルドを突き動かしているものは、憎悪である。

 この10年、忘れたことなど無かった憎悪を……一度は、このファルクエークに戻ってきたことで失いかけたそれを、今、ランヴァルドは明々と燃やしている。

「……仕方が無いでしょう。長子が出奔して戻ってこない、などと言える?」

「ああ。言えばよかったじゃないか。ついでに『おかげでこちらには都合がよかった』ってところまで大っぴらにしちまえばよかったんだ」

「なんてことを……」

「違うか?そうでもなきゃ、オルヴァーに家督を譲れないからな。オルヴァーを領主『代理』にしないためには、俺には死んでいてもらわなきゃいけなかった。俺が死んだことになって、全てが都合よく進んだって訳だ。オルヴァーが成人するのを待って、正式に家督を譲る事ができるんだ。都合がいいだろ?」

 ランヴァルドは、母親が目の前で唖然としているのを見て、自分があの頃から随分と変わったのだということを思い出す。

 よく口が回るようになった。憎悪を隠そうともしない。……だから、今、目の前で母親がこの驚きようなのだ。

「……だが残念だったな。俺は生きている。どうだ?もう一回、毒を盛りたくなったんじゃないか?」

 笑う。ランヴァルドは笑って、母親を見下ろす。

 母親は、まるで知らない人間を見るかのような顔でランヴァルドを見ている。ああ、それはそうだろう。彼女にとって、今のランヴァルドは正に、赤の他人だ。

「やればいい。国王陛下の使者が居る前だがな」

 だからランヴァルドは、そんな赤の他人を煽ってみせる。

 ……いっそ本当に、ここで殺しに来い。そんな気持ちで。

 

 しばらく、沈黙が場を満たしていた。ランヴァルドは喋らなかったし、母親は喋れなかったのだろう。

「……で?毒を盛りに来たんでもなければ、何の御用で?なあ、母上。わざわざ死んでほしかった奴のところにおいでなすったんだ。それ相応に理由があったんでしょうね?」

 このままでは埒が明かないな、と思ったランヴァルドは、母親に水を向ける。すると、母親もようやく、自分が何を言いに来たかをハッキリさせることになるのだ。

「……もう、二度とここへ来ないで」

 母親はそう言って、ランヴァルドを睨む。

「あの子の立場が揺らぐようなことを、しないで。兵士達が良くない噂を立てていることに気づいていますか?」

「ああ、気づいていますとも。『ランヴァルド様がお戻りになったならファルクエークも安定するだろうか』ってやつだろ?」

 ランヴァルドは少しばかり、苦い面持ちにならざるを得ない。

 ……兵士達に罪は無い。彼らは無辜の民だ。ファルクエークに仕え、オルヴァーと共に北端の魔物を食い止めに行くような、善良な者達だ。ランヴァルドの輝かしい功績を讃える無邪気な噂話を責めることはできない。

 だが……だからこそ、彼らの噂を無視することもできない。

 10年、ずっと居なかったランヴァルドが戻って来たことが、兵士達にも、使用人達にも、歓迎されている。困惑や猜疑以上に、歓迎と期待がランヴァルドを出迎えている。

 これが何を意味するのか、といえば、ただ1つだ。

 

「ならどうして……ファルクエークを揺るがしたいとでも思っているの?」

「勝手に揺らいでるのはそっちだろうが!」

 ランヴァルドは激高した。無辜の民が怒りを向けられない相手に、唯一怒りをぶつけることが許されるであろう立場から、そうせずにはいられなかった。

「……父上が遺したファルクエークを、よくもここまで駄目にしてくれたもんだな!」

 ……ファルクエークは、傾いている。

 だから今、兵士達も使用人達も、ランヴァルドを歓迎しているのだ。

 ぽっと帰ってきた、ほとんど赤の他人のような男の方が、今の領主や次期領主よりマシだと、彼らはそう思っているから。

 彼らにそう思わせるようなことを、こいつらが、しているから。

「せめて……まともにやってくれよ」

 せめて、と思わずにはいられない。せめて、ランヴァルドが、使用人達や兵士達から期待の視線を向けられるようなことが無ければ。

「それができないなら……俺を領主にして、あんた達は家族水入らず、どこか別に屋敷でも建てて、そこで大人しく過ごしていればよかったじゃないか」

 ……もっとすっぱりと、諦めがついただろうに。何もかも。

 

「……そんなに、オルヴァーを領主にしたかったのか?」

 やりきれない気持ちで零す。返答など、期待していない。彼女の耳には、憎まれ口にしか聞こえないだろう。実際、半分以上は憎まれ口だ。

 ……だが。

「自分の子の幸せを願うのは当然のことでしょう」

 そう返されてしまえば、ランヴァルドはいよいよ、何も言えない。

 

 俺は?とは、聞けなかった。聞いたところで、答えなど分かり切っている。

 何故、とも、聞けなかった。もう遅いのだ。何もかも。……ランヴァルドが、生まれてきてしまった時点で。

 

 幼い頃、噂には聞いたことがあった。

 若くしてファルクエークへ嫁いできた母は、望まずしてここへ来たのだと。

 不憫だと言う声も、幼いランヴァルドの耳に時折、聞こえていた。……父の他に愛する者が居たらしい、ということを聞いたのは、随分と後になってからだったが。

 まあ、そういう訳で……母は、ランヴァルドを望んではいなかったのだろう。領主夫人の責務を果たさねばならなかったというだけで、望んでいたわけではなく……むしろ、憎んでさえいたかもしれない。

 それでもなんとか、8年と少しの間、彼女は努力していたのだ。領主夫人として……そしてランヴァルドの母として。ランヴァルドも、幼いながらにそれは理解していたように思う。

 ……そんな中、唐突に父が死んだのだ。つまり、そこで彼女は解放された。叔父と愛し合う仲になって、いよいよ、心から望んで生まれたオルヴァーも加わり……彼女の枷は、ランヴァルドだけになった。

 だから、まあ、彼女の気持ちは分からないでもない。

 政略結婚で人生を台無しにされた彼女のことを思えば、ランヴァルドは幼いながらに叔父との再婚を祝福できたし、母があんなにも幸せそうにしていたから、オルヴァーという弟の誕生を喜ぶことができた。

 ……そう。ランヴァルドは、アデラ・エレン・ファルクエークの幸せを喜ぶことができたのだ。

 だって彼女は。ランヴァルドの。

 

 

 

「何も心配することはないさ。俺は明日にはここを出ていく。もう二度と、ここへは戻ってこないだろうよ。あんたのお望み通り」

「そう……」

 少しばかり安堵した様子のアデラを見下ろして、ため息を吐く。

「もう戻った方がいい。あんたの息子が心配するぞ」

 そうして促せば、彼女は黙って出ていった。ばたん、とドアを閉めてしまえば、それきり静寂が部屋を満たす。

 ……ランヴァルドはベッドに倒れ込むようにして、そのまま目を閉じた。

 このままさっさと朝になるか、永遠に目が覚めないか、どっちかにしてくれ、と祈りながら。

 

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