そうしてランヴァルド達は無事、王都への帰路に就くことができた。
……ランヴァルドが倒れたせいもあり、『ならばその間に色々とこちらでできることを済ませてしまいましょう!』と張り切っていたイサクとアンネリエのせいもあり、出発は実に、2週間近くの遅れとなった。
「いやはや、長らくお世話になりました」
「いいえ。お世話になったのはこちらの方です。……本当に、ご迷惑をおかけしました」
イサクの挨拶に、オルヴァーは深々と頭を下げる。
……だが、その表情に陰りはあれども、ひとまずは、明るい。何か吹っ切れたようである。
オルヴァーも、自分が今まで信じて頼って生きてきたものが今、一気に全て崩れ去ってしまった直後だ。心配ではあるが……オルヴァーの顔を見れば、『ま、こいつなら大丈夫か』と思える。
「いやいや。これでファルクエークがより良い土地になるのであれば、国王陛下は何も仰りますまい。私も、『これからのファルクエークには期待が持てる』と報告させていただくつもりです」
イサクもにこにこと笑顔であった。……ランヴァルドも同じように思っている。オルヴァーがやっていくのだから、これからのファルクエークは大丈夫だろう。
「兄上。……ジレネロストでも、どうぞ、お達者で」
「ああ。また時間ができたら、こっちに来る」
「楽しみにしています。……あまり遅いようだったら、俺の方から訪問しますからね」
「それはそれで悪くないな。なら、その時は土産にあのハムを頼む。あれは美味かった」
オルヴァーと言葉を交わして、ランヴァルドは笑う。
こんな風に笑うことになるとは、思っていなかった。ランヴァルドは、このファルクエークに対して、『俺か、ファルクエークか、どっちかの破滅は間違いないな』と思っていたのである。
それがどうしてか、こうなってしまった。……家族なんて元々居ないと思っていたが、その中から、ひょっこり、弟だけ戻ってきた。
……かつての自分がここに居た意味はあったのだと、確認できた。
ランヴァルドはこの稀有な状況を、心から嬉しく思う。
「それじゃ、元気で。そう遠くなく、また会おう」
「ええ。その時にはファルクエークについて、よいご報告ができるように精進します」
ランヴァルドが馬車に乗り込めば、オルヴァーは名残惜し気に笑い……そして。
「ネール。兄上をよろしく頼むぞ」
ネールに声を掛け、それにネールは『まかせろ』とばかり、胸を張って力強く頷いていた。
……この2人は、いつの間に仲良くなったのやら。ランヴァルドは苦笑しつつ、ネールが自分に続いて馬車に飛び込んできたのを出迎えてやる。
そうして馬車が動き出しても、しばらく、オルヴァーは馬車を見送ってくれていた。
ランヴァルドも、遠くなっていく自らの生家を見ていた。
……今までで一番快い、生家からの出立だった。
「……この度は、本当にお世話になりまして」
……ということで、馬車の中が落ち着いてきたところで、ランヴァルドは真っ先に、向かいに座ったイサクに深々と頭を下げた。
「いやいや!お気になさらず!こちらとしても丁度良かったところで……」
イサクは『いやいや』と両手を振り、それから……はた、と気づいたような顔をする。
「あの、ところでマグナス殿。私はどうも、つい先ほどオルヴァー殿相手に同じようなやり取りをした覚えがあるのですが……似た者同士ですなあ」
「……似ていますかね」
「ええ。とても!」
……イサクに満面の笑みで言われてしまって、『そう、ですか……?』と首を傾げるしかないランヴァルドであったが、横ではネールが『まあそういうこともあるかもしれない』というような顔で頷いていた。……なら、そういうこともあるかもしれない。
「まあ、国王の使者の立場から申し上げますと、今回のことは非常に都合がよかったのですよ。北部はまあ、土地柄もあって、陛下の手が届かないこともままあります。そんな中に、こちらと縁のある方が領主を務める土地があるならば、それは実に喜ばしいことです」
「弱みを握れた、ということもありますものね。……なので、マグナスさんが気になさることは何もありませんよ。全て、こちら側が望んだことです。それに、私としてはマグナスさんのやり方は、まあ……見ていて清々しくもあったので」
「……そう言って頂けると、ありがたいですね」
ランヴァルドは苦笑しつつ、『敵わんなあ』と思う。
イサクとアンネリエの言葉はまあ、半分程度は真実なのだろうが……それでも、ランヴァルドの我儘を聞く義理は、彼らには無かったはずなのだ。今回は本当に、ランヴァルドが彼らを振り回してしまった。
……だが、それを気にして恐縮しているよりは、開き直って『そうでしょうそうでしょう、清々しかったでしょう!』と笑っていた方がいいのだろうな、ということは分かる。
なので。
「あの、では早速で申し訳ないのですが、古代遺跡についていくつか、ご提案がございまして」
……ランヴァルドは早速、次を見据えた話を始めることにした。
「ふむ。今回、古代遺跡は2基あったのでしたな。そしてその2つともが、暴走していた、と」
「はい。……古代人の手によるものかは分かりませんが、まあ、これからも似たようなことが各地で起こるのであれば、予め手を打っておくべきかと。特に、都市部にほど近い位置に古代遺跡がある場合は」
ランヴァルドが話せば、イサクもアンネリエも、『ふむ』と頷いた。……特に、アンネリエはこの実感が大きいだろう。『都市部にほど近い位置に古代遺跡があったために大きな被害を受けた土地』の出身なのだから。
「今回で、解体の手法は確立できたかと思います。やり方を教えただけで、オルヴァーにもできました。今後は俺以外の誰でも、一定以上の魔力さえあれば、古代遺跡の解体ができるようになっていくかと」
「ふむ。成程。そういうことなら、すぐにでも国中に通達を出した方がいいかもしれませんが……或いは、これを隠し通した方がいいか。迷いどころですなあ」
……イサクが難しい顔をするのを、ランヴァルドは頷きながら見守る。
今後のことを考えるならば、すぐにでも、国中にお触れを出して古代遺跡を解体していった方がいい。
だがそうなると、古代遺跡のことが広く知れ渡ることになる。
……そうなった時、それを悪用しようとする愚か者は、きっと必ずや現れる。或いは……古代人が何か、しでかすかもしれない。それは何としても避けたい。
「ままなりませんな。対策を急ごうとするならば、やはり人手を増やしたい。しかし、人手を増やせば増やすほど、身動きは取りにくくなり、情報を漏らしたくない相手にまで情報が知れ渡るかもしれない、と……」
イサクは考え込んでいるが、考えても結論を出すことは難しいだろう。
どのみち、今の王城の状況などを鑑みて決める必要がある。動かせる人員も、近隣諸侯の機嫌も、地域ごとの治安も……それら情報が無ければ、判断などできるはずもない。
「ま、国王陛下によくよくご相談の上で決めましょう」
ということで、イサクがそう結論を出すのは当然のことであった。
……だが。
「どうも、王城は王城で、例の古代人に関連するかもしれないという文献を見つけたようなので」
「えっ」
流石に、これはランヴァルドとしても予想外だったのである!
「古代人に関連するかもしれない文献、というと……」
「まあ、古代人、というよりは、古代文明全体の、と言うべきかもしれませんなあ。今までも古代魔法の研究は活発に行われていましたが、古代文明全般に対する研究はあまり進んでおりませんでしたので。この機会に資料を集め、各地の史跡を巡って、情報を補完していった、という具合です」
ランヴァルドがぽかんとする中、イサクはにこにこと嬉しそうに笑った。
「このあたりはアンネリエの手柄も大きいのですよ。彼女が元々調べていたものがあったからこそ、ジレネロスト復興後からここまでの間だけでも素早く情報を集めることができたのです」
イサクがアンネリエに笑顔を向けると、アンネリエは気恥ずかしそうに目を伏せた。
「その、古代遺跡および古代文明については、誰よりも早く資料を集め始めていた自負があります。……3年前から、そうでしたから」
……アンネリエの執念深さには恐れ入る。彼女は、ジレネロストの大災害の直後から既に、ジレネロストをどうにかすべく動いていた、ということなのだろう。
そして、その成果は今、ジレネロストどころではなく、世界全体を救うかもしれないのだ。
「詳細は」
「それは私にもまだ伝わっておりませんので、ま、王城に到着してからのお楽しみ、ということになりますかな」
イサクがにこにこするのを見て、ランヴァルドは詰めていた息を吐き出した。
……古代文明と古代遺跡について、より多くの情報が欲しい。情報が集まれば、もしかすると……あの古代人とも、取引をすることが可能かもしれないから。
と、考えていたランヴァルドであったが。
「ああ、お楽しみと言えば、もう1つ」
イサクが思い出したようにそう言い出すのを聞いて、はて、と思う。……すると。
「ほら、お忘れですか?家名ですよ!マグナス殿と、ネールさんの!」
「……ああ」
イサクがにこにこそわそわうきうき、と話すのを聞いて、そういえばそんな話もあったな、とぼんやり思う。
そんな話をしていたのも、遥か遠く昔のことのように思えるが……まあ、ファルクエークを継ぐことを選ばなかったランヴァルドには、確かに丁度、新しい家名が欲しいところではある。
「……ちょっと楽しみですね」
そう考えていたら、少々、楽しみになってきた。……ランヴァルドにしては、珍しく。
「ええ!楽しみですとも!マグナス殿以上に私が楽しみにしているかもしれませんなあ!はっはっは」
笑うイサクの横で、アンネリエも『良い家名を賜れるよう、祈っておりますね』と微笑み、ネールはランヴァルドの隣でそわそわ、と落ち着かなげにしている。
……さて、ランヴァルドとネールには、どんな姓が付けられることやら。