ランヴァルドは言ってしまってから、少々、後悔しないでもなかった。
だが、どうせ『与太話』だ。国王もイサクも、ランヴァルドを非難するでもなくただ続きを促すようにこちらを見ているばかり。
ならば、とランヴァルドは話しを続ける。
「例の古代人は、一応、市井の人々と接触しないでもないようです。私が懇意にしている情報屋に情報を求めたことがあったようなので……つまり、人々の間で噂があれば、それは彼女の耳に届く可能性が高い」
「ほう……そんなことがあったとは」
ランヴァルドは『ヨアキムの爺さんのことはあまり触れないようにしよう……』と思いつつも、一応、重要な情報であるそれを出すことにする。古代人がランヴァルドやネール以外の現代の人間達に接触することがある、という点については、極めて重要な情報だと思えるので。
「ならば、『古代遺跡がまた動いたらしい。魔物が大量発生しているらしい』という噂を聞きつけたなら……彼女は、『自分以外にも古代遺跡を稼働させる者が居る』と知ることになる」
そう。彼女は、『情報』を現代人から求めている。
彼女自身、古代遺跡の場所を全て知っている訳ではないのだろう。ネールの例があるので、ある程度まで近づければ古代遺跡を見つけることができる、くらいのことはやりそうだが、それにしても、全く何の情報も無しに動き回る訳にはいかないと見える。
つまり……例の古代人は、情報を流せば釣れる可能性が高い。
「成程。そして、『仲間を求めて』寄ってくるだろう、ということか」
「はい」
ランヴァルドは強く頷いた。
あの古代人の、どこか寂しそうな顔を思い浮かべて、『あれを利用するのはちょいとばかり良心が咎めるが』と思いつつ、そこは割り切ることにする。古代人が仲間を欲しているのならば、それを利用してやるまでだ。
「して、それをやるとすると……どこで行うのが現実的だと考える?」
だが、続く話となると、ランヴァルドはまた少々迷うことになる。
……そう。ランヴァルドは、『古代遺跡を再稼働させよう』と言っている。
それはつまり、どこかの土地を魔物だらけにすることを意味しているのだ。
かつての、ジレネロストのように。
ジレネロストは古代遺跡が稼働してしまったがために、滅んだ。
そう。滅んだのだ。多くの民が死に、領地は丸ごと魔物の巣窟と化した。ネールが魔物退治をしたからこそ、今のジレネロストがあるが……ネールのような特異な者が居ない限り、あのようになってしまった土地を取り戻すことは、不可能に近い。
そんな危険があるのだから、本来、そんなことを考えるべきではないのだ。安全を考えるならば、本当に考えるべきではない。こんな策など。
……だが。それでも、『現実的に考えて』実行するならば……ランヴァルドには、考えがある。
悪徳商人としてやってきたランヴァルドだからこそ考えられる悪辣な考えが、確かにあるのだ。国王はどうも、それを見透かしているらしい。
「……候補の一つには、ジレネロストが挙げられます。まあ……その、私自身の責任において、比較的、あれこれやりやすいので」
ということで、ランヴァルドは話し始める。あくまでも、慎重に。少なくとも、『慎重に見えるように』。
「しかし立地が悪い。古代遺跡のすぐ傍に、復興し始めたばかりの町がありますので……」
「国としても、ジレネロストの立地を失うのは痛いですなあ。街道も整備されて、あそこは最早すっかり、国の主要な箇所になっておりますので……」
イサクもランヴァルドの言葉に頷いた。
まあ……ジレネロストは、一度既に失敗している土地だ。あそこで古代遺跡を稼働させたら、それこそ3年前の大災害を繰り返す羽目になる。
「遺跡が人里から離れていることは満たすべき条件の一つです。それから、その領地の軍備が充実していることも条件に挙げられるかと。……遺跡を再稼働してしまえば、魔物が際限なく湧き出ますから」
「成程。そうであろうな」
国王も頷きつつ、少々面白そうにランヴァルドを見ている。……もしかすると、ランヴァルドがこの後に何を言い出すのか、既に察しているのかもしれない。
「勿論、王都の軍備を流用することはできる限り避けるべきかと思います。王都近辺に古代遺跡が無いとも限りませんし、そこが前触れなく稼働を始めないとも言えない。それに、下手に王都の軍を動かせば、民衆は不安に思うでしょうし」
「折角、古代遺跡のことは伏せておりますからなあ。何かある、と思わせるだけでも、経済に影響が出るでしょうし……確かに、できれば王都の軍は動かしたくありませんね」
イサクも頷いたところで……ランヴァルドは、言う。
「そう考えれば……ファルクエークが適するかと」
「……ほう。ファルクエークはお主の故郷であったな。そこを使う、と?」
「はい。ファルクエークは国の北端。遺跡も海に面した箇所にありますので、あれを稼働する分には、民への影響は極力抑えられるかと。ついでに、あそこの軍備は確かです。既に一度、遺跡の魔物を食い止めていますから」
ランヴァルドがそう語れば、国王もイサクも『それは確かに』と頷く。……ネールだけは、『それはランヴァルドが無理をして魔法を使い続けたからでは?』と訝し気な顔をしていたが、まあ、それは置いておくとして……。
さて。
「ただ……その分、ファルクエーク領には多大なる負担を掛けることになるでしょう。魔物によって土地が荒れることは間違いなく、兵士達への補償もまた必要になりますから」
ランヴァルドはさらさらと、言葉を続けていく。
もう、ここまで来てしまったのなら、後は躊躇うことは無い。
「予め魔物が湧くと分かっているのですから、事前に準備をすることもできます。兵や物資の運搬……駐屯地の設営……できることは多い。ですがそれらにはまあ、それ相応に費用が掛かります。特に北部は冷夏の影響で不作でしたから、糧食の類は高値ですし……」
ランヴァルドは、悪徳商人として培ってきた舌先三寸でぺらぺらと、費用の話を進めていく。ネールがぽかんとしているが、イサクと国王は面白そうな顔をしている。となると、ランヴァルドは面白がられている上で踊らされている道化のようなものだが、最早それも気にしない。
「ああ、できる限り古代遺跡のことを民衆に知られずに準備するならば、駐屯用の施設の建設や物資の運搬については宿場や街道の整備の名目で行う手がありますから、そうした方が国内情勢の安定には良いのではないかと……」
ランヴァルドは『踊れと命じられるなら、期待を上回る最高の踊りを踊ってみせる』とばかり、喋り、喋って……。
「ということで、ファルクエークの古代遺跡を利用し、その分の費用や物資の負担を国で行う、というのが『現実的に考えた』古代人を誘き寄せる策です」
そう、締め括った。
ランヴァルドが話し終えれば、国王はくつくつと笑って、肩を震わせる。
「ふふ、そうか……弟思いな兄だな」
「何のことやら」
ランヴァルドは開き直ってしらを切ってみるが……まあ、国王にはお見通しだろう。
そう。ランヴァルドの提案は勿論、『古代人を誘き寄せる』ための策であるが……同時に、『可能な限り被害を抑えた上で、被害の補填を上回る程度にファルクエークに補助金を出してもらう』という策でもある。
……どうせ、どこかの土地を犠牲にしなくてはならない。だが、ファルクエークでそれをやるならば、犠牲は最小限に留められるだろう。最初からネールとランヴァルドが詰めていれば、兵士達への被害も抑えられるはずだ。
そしてその上で、貰えるだけ補助金を貰う。
……財政難に苦しむファルクエークを立て直す一助には、なるはずだ。
「イサクよ、どう思う」
「はい。まあ、それしかないのではないかと思いますよ。考えてみても、古代遺跡のどこかを動かすのであれば、北部の端、ファルクエークの方か、はたまた西の端、ステンティールの山中、ということになりましょうかな?ですが、山中での魔物との戦いは、人間に分が悪いでしょうし……」
イサクはイサクで、如何にも『悩ましい』というような顔をしつつ、その割につらつらと話す。
「南や東では、領地同士が近すぎます。北部やステンティールのように広い領地であって、人が住んでいないような地域がそれなりに多いような場所は中々ありませんので……」
「そうであろうな」
イサクの意見に、国王も『まあ分かり切っていた結論だ』とばかり頷いた。
「ならば、ランヴァルド・マグナス・イスブライターレよ。……ファルクエーク領への内々の打診を、頼めるか。公式な依頼は後になるが、先に必要なものがあれば申し出よと伝えてくれ。……ま、急な話である上に危険な依頼であるのでな。請求は城の官吏ではなくイサクにでも確認させて通そう」
「はい。確かに承りました」
ということで、ランヴァルドは満面の笑みで頷いた。……国王から直々に『多少甘めに見るからじゃんじゃん請求しろ』と言われたようなものだ。これでファルクエークの財政の立て直しの役に立てるだろう。
その分、ファルクエークおよびオルヴァーには大変な苦労を掛けることになるが……ランヴァルドの脳内ではオルヴァーが『兄上のお役に立てるなら!』と笑顔である。まあ、実際、話しに行ったらこんな顔になりそうではあるが……。
……ということで、ランヴァルドはその日の内にファルクエークへと発った。
「本当にネール様様だな。おかげでファルクエークまでの道程が半日だ」
古代遺跡を利用したネールの移動によって、その日の夜の内にファルクエーク城へ到着することができた。なんとも早い。本当に、旅商人としては『商売に使いたい!』と思わされるばかりである。
「えっ!?ランヴァルド様!?」
「お戻りになられたのですか!?」
……そして、この速さで到着してしまうものだから、ランヴァルド達の来訪は当然、ファルクエーク城には伝わっていない。門番達がランヴァルドとネールを見て慄いている。それはそうである。一応、『他領の領主が直々に、かつ突然来訪した』という状況なのだから。
「あー……突然の訪問になってすまない。その、オルヴァーに用があってな。急ぎなもんで、明日にでも時間を貰えるとありがたいんだが……明日また出直してくるから、その時にでも返事を……」
「い、いや、でしたら城内でお待ちください!ランヴァルド様を門前で追い返したなどとオルヴァー様が耳にすれば悲しまれます!」
「春とはいえ、夜は冷えますよ。さあ、城内へ!」
……だが、ランヴァルドが『明日また出直す』と主張したところ、門番達は必死になって止めてきた。そしてそのまま、あれよあれよと言う間に応接室へ通され、そして……。
「兄上!」
満面の笑みのオルヴァーが、応接室へ駈け込んでくるまでに四半刻と掛からなかったのである!