翌朝。ランヴァルドはオルヴァーと共に、古代遺跡の起動の準備を進めていくことにした。
「えーと、まず、兵士達への説明については、『これで金を稼ぐ』ってことにしてもらうか……或いは他に、大義があるならそれでもいいが……」
「ああ、それでしたら、『兄上より直々に打診があり、古代遺跡研究のために遺跡を起動することになった』と説明しますよ」
「……それで兵が納得するか?」
「え?ええ。そりゃあ、大義ですから……?あ、勿論、王城から支援金が出る話もしますし、湧いた魔物の素材で領が潤う、という話もしますが、まあ、大義も必要でしょう?」
……早速、ランヴァルドは色々と不安になってきたが。不安になってきたが……正直なところ、多くの民を惹きつけ、士気を上げるということにおいては、ランヴァルドよりオルヴァーの方が得意である。
『パンはパン屋に焼かせろ、って言うしな……』とランヴァルドは不安ながらもオルヴァーに任せることにする。
……それにしても、『ランヴァルドにお願いされたから!』が大義になるはずは無いのだが。無いのだが!大丈夫だろうか!ランヴァルドは不安になってきた!
不安はさておき、細々と色々決めていく。
まず、どのあたりに駐屯地を建設しておくか。……今後、そこを開拓地および宿場にしてしまうのが望ましいわけで、そこまでの街道の整備についても、折角なら進めてしまいたい訳である。
冷夏の影響で蓄えが無い農民達に職と給金を与えたり、職を増やして入植者を募ることにも繋げられるので、できる限り工事は領民の手で行わせたいところだが、そこのところは急ぎたい王城やランヴァルド側の事情も絡む。
結局、半分ほどは王城およびジレネロストから人手を融通して作業を進めることになりそうである。まあ、妥当なところだろうか。
それから、物資については建材や食料、薬といったものは勿論、兵士達の武具についても融通してもらうことにしてしまった。
……これについては、ランヴァルドの販路が光る。既に縁のあるステンティールに掛け合って、格安で良い装備を融通してもらうのだ。
そうすればファルクエークの兵士達の士気も上がることだろうし、彼らの命を守ることにも繋がる。
……そう。結局のところ、ランヴァルドとオルヴァーが一番こだわるのは、そこであった。
「やはり、民の命に代えられるものは何もありませんからね」
「そうだな。取り返しがつかないことには、したくない」
……前回のファルクエークでの魔物の大量発生の時、既に死傷者が出ている。それによって戦えなくなった者も、居るわけだ。
だが、今回はそんなことにはしたくない。普通であればあり得ないことだが……全員が無事に今回の作戦を終えられるようにしたいのだ。
「となると、装備。それから食料や薬を備蓄しておいて、あとは砦ともなる駐屯地の建設と……」
ということで、オルヴァーは悩んでいたのだが……。
「いや、何より優先すべきなのは『研修』だな」
「……えっ?」
この辺りは、ランヴァルドの方が得意である。そう。ランヴァルドは……悪徳商人なので!
「治癒の魔法の研修を領内で行うんだ。講師として、治癒魔法を使える者を何人か、王城から貸してもらってだな」
「ええと、それで治癒魔法を使える者を、ファルクエーク領内に増やす、ということでしょうか……?しかし、魔法にはやはり、向き不向きがあります。特に、治癒の魔法は……」
ランヴァルドが説明すると、オルヴァーは表情を曇らせて首を傾げる。『そんなに上手く行くでしょうか』という顔だが……着目点が、よい子のそれだ。悪辣さが、足りない!
「いや、まあ、治癒の魔法を使える奴が発掘されりゃあ儲けものだぜ?だが何より……ほら、『偶々』研修のために治癒魔法の講師が沢山集まっている時、『偶々』魔物が大量発生したら、ま、彼らも成り行きで働いてくれるだろ?」
「……な、成程!?確かに、遺跡の起動の日はこちらで決められるわけですから……うわあー、そういうことか!」
そう。ランヴァルドは全くよい子でないので、『建前』であれこれ根回しすることもできてしまうのである。
……まあ、イサクは笑って許可してくれることだろう。彼もまた、人が死なないことを喜んでくれるはずなので。
「勉強になります、兄上!」
「ああ、うん……そうだな。領主としてやっていくなら、これくらいの悪どいやり方は、身につけておいた方が、いいな。……お前にはそのままで居てほしい気もするけどな……」
オルヴァーがランヴァルドから『色々なやり方』を吸収して成長していくのは、喜ばしいような、悲しいような。
……複雑な気持ちになりつつ、ランヴァルドはオルヴァーと共に、またもう少々あれこれ詰めていくことにする。
まあ……弟と、自分の故郷の領地経営の話ができるというのは、嬉しいことではあるので。
そうして、昼頃にはなんとか、王城へ要請したいあれこれがまとまった。
ランヴァルドはこれを持ち帰って王城で許可を得て、オルヴァーはその間にさっさとファルクエーク領の整備を進めていく、ということになる。
「ま……できる限り急ぎたいところではあるが、どうせ俺とネールはあちこちからまた呼び出しを食らうだろうから……夏頃を目途に、進めていこう」
「はい。兄上も、ジレネロストのお祭りがありますよね?それも夏頃、ですか?」
「……色々片付いてからがいいからな。まあ、ファルクエークでの作戦の後になるから、夏、晩夏か、或いは秋になる……か……?」
……ランヴァルドには仕事が山積みである。まずはファルクエークで遺跡の起動を行って、古代人との接触を図りたい。接触できたら、今度こそ、古代人と交渉を行い……交渉が決裂したなら、逃がさず、殺さなくてはならないだろう。
ついでに、それをやる間に、今もどこかで古代人が暗躍しているはずである。それらの処理もあるので、ランヴァルドとネールは大忙しである。
「ネール。お祭りは夏になりそうだ。うん……まあ、じっくり準備して、のんびりやろうな」
ランヴァルドが少々申し訳ない気持ちになりつつネールにそう話しかければ、ネールは嬉しそうに頷いた。……祭りが遅れることについては、あまり気にならないらしい。『ならよかった』とランヴァルドは安堵した。
「で。準備の期間中に一番気にしなきゃならないのは……ファルクエーク周辺に古代遺跡が無いかどうか、なんだよな……」
……さて。
そして、ランヴァルドとオルヴァーは、頭を抱える。
「準備中に隣の古代遺跡が起動!などとなったら、大惨事ですからね……」
「ああ。だが、どこに古代遺跡があるかなんて、地道にネールを連れ回すしか調べる方法が無いからな……まあ、やるしかないが……」
……今、ランヴァルドとオルヴァーが尤も危惧していること。
それは、『ファルクエーク領内、そしてファルクエーク近辺に、他に古代遺跡、無いよな……?』ということなのだ!
もし、古代遺跡があったらまずい。
1つには、古代遺跡起動計画の準備を進めている最中に、ほど近い位置で古代遺跡を起動されてしまう可能性が挙げられる。
これは非常にまずい。オルヴァーが危惧する通り、大惨事になることは間違いないだろう。人をわざわざ集めて作業させているところに魔物の大群が襲い掛かってくるのだから。
……そして、それと同時にもう1つ。
「遺跡を起動させて、古代人が『仲間がいるかも!』って釣られてくれたとして……その後、『じゃあ折角だからここも起動させておこう』ってやられるのは困る」
「はい!困りますね、それは!」
ランヴァルド達は、古代人を呼び寄せようとしているのだ。つまり……近くに未処理の古代遺跡があったなら、古代人がそれをついでに起動させてしまう可能性が、極めて高いのである!
「……まあ、地道にネールを連れ回すことになるな。うん……すまないが、ネール。しばらくは俺と一緒にファルクエーク領内のお散歩だ。いや、そんな嬉しそうな顔をされると却って困るんだが」
ということで、仕方ない。ランヴァルドは地道に、ファルクエーク領内を探すことになるだろう。
幸い、ネールが居れば、古代遺跡の気配を感じ取ることができるようなので……それでなんとか、古代遺跡が見つかることを期待するしかない。
「そういうことでしたら、領民達に聞いてみましょうか?もしかしたら、誰か、古代遺跡らしいものを見たことがあるかもしれませんし」
「ああ、ドラクスローガでの例もあることだしな。領民の意見ってのはバカにならない。是非、やってくれ」
ランヴァルドはドラクスローガでのエリクとハンスのことを思い出しつつ、『案外、ファルクエークにも古代遺跡について知っている領民が居るかもしれないな……』と思う。知っていてくれる者が居れば、助かるのだが……。
「……あー、それから、その、オルヴァー」
……それから、ランヴァルドは歯切れ悪く、話す。
心当たりが、あるのだ。ランヴァルドもオルヴァーも知らないファルクエーク領内の遺跡を知っている可能性が高いであろう人物に。
「叔父上にも、話を聞きたいんだが。いいか?」
……かつての領主であるならば、まあ、当然、領内の情報は誰よりも持っていることだろう。是非、話を聞くべきだ。
まあ……気まずいことは、間違いないのだが!
ということで、その日の夕暮れ時、ランヴァルドは前領主アルビンが幽閉されている塔へと赴いた。
ネールは勿論として、オルヴァーも一緒である。というのも……まあ、ランヴァルド一人だと、前領主アルビンが情報を吐かない可能性があるためである。
「あー……叔父上。どうも。お久しぶりですね」
そうして、見張りの兵と見張りのネールの監視の下、ランヴァルドはオルヴァーと共に、叔父である前領主アルビンと向かい合う。
……アルビンは、痩せた様子であった。顔色も悪い。日々、毒を摂取しているのだろうから、まあ、当然と言えば当然なのだが。
「ランヴァルド……その、一体、何をしに来た?その、息災か?いや、その……」
アルビンはランヴァルドの来訪に驚いている様子であった。オルヴァーが事務的なことを聞きに来る以外で来訪者など居ないと思っていたのだろう。
「兄上はファルクエークの為にわざわざ時間を割いてお越しになったんです。無駄な話をしている暇はありません」
そして、オルヴァーの冷たいことといったら、とんでもない。……ランヴァルドに向けてくる笑みはどこへやら。なまじ整った顔立ちをしているだけに、表情を失うとまるで氷の彫像のようである。
「あなたが知る限りの古代遺跡の位置。或いは推測に役立ちそうな情報。それらを出してください。用件はそれだけです」
「古代遺跡の……?わ、分かった。思い出そう」
……ということで、とてつもない速さで話が進んでいく。ランヴァルドはそれを横で見守りつつ、新たに出た情報を手帳に書き込んでおくことにした。……質問か尋問かについてはオルヴァーが行うため、ランヴァルドの仕事は精々が書記官のそれであった。
「情報は以上ですか」
「ああ、以上だが……そもそも何故、遺跡について調べる?また何か、遺跡周辺で魔物の発生があったのか……?」
アルビンは困惑した様子でオルヴァーに尋ねるが、オルヴァーは冷たい視線を投げかけるだけである。……努めてそうしているのだろう。オルヴァーにとって、アルビンは実父だ。オルヴァー自身、1つでもどこかが緩んだら、なし崩しにアルビンに対して温情を見せてしまいそうだと思うからこそ、こうしているのだろうと思われる。
真面目なことだな、とランヴァルドは小さく笑って、『俺もいいか』とオルヴァーに許可を得る。オルヴァーは、きょとん、としつつも『どうぞ』と許可をくれたので……さて。
「古代遺跡の奥に魔力の誘引装置があることがあります。それが起動してしまうと、魔力が地上に溢れ出て、まあ、魔物の発生に繋がるんですが……それと同時にもう1つ、冷気が出てくるのも問題でしてね」
オルヴァーは、ちら、とランヴァルドを心配そうに見ている。大方、『罪人にそのように外界の情報を与えてもよいのですか?』というところなのだろうが、ここは情報を与えるべきだとランヴァルドは判断する。
今は、少しでも多くの情報が欲しい。それこそ、与太話の類であっても構いはしない。そのためなら、多少重要と思える情報でも、渡してしまった方が良い。どうせ相手は幽閉されている身なのだから。
「どうも、魔力誘引の際、『ここではない世界』から魔力を持ってくるらしいのですがね。その際、濾過装置が作動しないと、冷気をも齎してしまうらしく。……2年連続で冷夏を齎すわけにはいきませんので、まあ、そうならないように遺跡を解体する必要があるんですよ」
ランヴァルドがそこまで言ってやると、アルビンは何やら考え始めた。ランヴァルドは『おっ、もう少し何か情報が出るか?』と期待しながらそれを見守り……。
「『ここではない世界』?そこから、冷気混じりの魔力が噴き出る、と……?それは……『死者の国』の物語か?」
叔父の話を聞いて、ランヴァルドはふと、思い出す。
『死者の国は雪が降り積もり、氷に覆われ、しかし寒さを感じないそうだ。ファルクエークより住み心地が良いかもしれないぞ』と。
……そんな話をかつて、病床の父から聞いたことがあったな、と。