ランヴァルドはネールとオルヴァーへの説明および釈明に少々の時間を有した。寝ぼけた頭でことを進めようとするもんじゃないな、と反省しつつ。
「あー……その、だな。最近、俺はすっかりネールと一緒に寝るようになっちまってるんだが……」
まず、ランヴァルドが前提から話し始めると、オルヴァーは『知ってます』という顔で頷き、ネールは『その通りです』という顔で頷いた。
「……それでどうも、ネールの魔力の影響を受けている気がする」
「へ?」
オルヴァーが素っ頓狂な声を上げ、ネールは首を傾げる。まあ分からないよな、そうだよな、とランヴァルドは納得する。
……ランヴァルド自身、これはまだ仮説でしかないのだから。
「これが……あー、まあ、他の奴の魔力にも影響されるのかどうか、確かめたい。となると、まあ、手頃なところで一番魔力が多いのはオルヴァー、お前だろ?流石にイサクさんにこれを頼むのはちょっとな……」
「え、ええ……そういうこと、でしたら、まあ、お手伝いしますが……具体的には、どのような影響を受けておられるのですか?」
「……古代遺跡の影響と関連がありそうだ、というところだけしかまだ掴めてない。ネールの魔力が古代遺跡由来だからかもしれないが……まあ、まだ詳しくは分からん」
ランヴァルドは適当に誤魔化しつつ、オルヴァーを寝袋へ引っ張り込もうとし……気づいた。
「……ネールならともかく、お前と一緒の寝袋に入るのは無茶ってもんだな」
「え、ええ……そうですね。すみません、俺のガタイがいいばっかりに」
「いや、大きく育って何よりだ……」
……ランヴァルドはまた、思った。
寝ぼけた頭でことを進めようとするもんじゃないな、と。つくづく。深々と。
ということで、ランヴァルドはネールを送り出した。オルヴァーがここに居て、これからランヴァルドに付き合わなければならないのだから、外には戦えるネールが居た方がいい。
……とはいえ、ネールを送り出すのに、多少、難儀した。
何せネールは、『ランヴァルドの寝床をオルヴァーにとられちゃった』としょんぼりしていたので……ランヴァルドは、『お前と寝るのを止めるわけじゃない』『これからも俺の寝袋に入ってくれて構わない』と言質を与える羽目になった。
言質を与えたらネールは元気になって出ていった。ランヴァルドは頭を抱えている!ネールには本来、『そもそも俺の寝床はお前のものじゃないんだが』という話をするべきだったはずなのに!
「……それで、兄上」
ランヴァルドが頭を抱えていたところ、オルヴァーが心配そうな顔でランヴァルドをちょいちょいつつきつつ覗き込んでくる。
「本当のところは、どのような影響があるのですか」
ランヴァルドは少々迷ったが、オルヴァーには言っておかねば色々と拗れかねないな、と思ったため、白状することにした。
「……まあ、その、ネールと一緒に寝てると、古代遺跡の魔力の影響を打ち消す効果があるんじゃないか、と……」
……とはいえ、オルヴァーの前で話し始めてみると、どうにも回りくどい言い方になる。
「その、まあ、ちょっと実験してみたんだ。だが、どうも効果が一時的というか、少し寝たら影響が消えているみたいだから、そういうモンかと思ってたんだが、どうも、1人で休んでいても影響が消えないもんでな……」
ランヴァルドにも、なんとも遠回しな、核心を得ない説明をしている自覚はある。そしてオルヴァーはというと……やはり、何とも言えない顔をしていた。
「兄上」
「うん」
「兄上……俺は今、嫌な予感がしています」
「そうか。うん……」
ランヴァルドはそんなオルヴァーを見て、『もう、引っ張るよりはばっさりざっくり言っちまったほうがいいな』と決めた。これ以上延ばしても損だと判断できたらさっさと切る、というのは、商人に必須の能力である。
ということで。
「ただ……古代遺跡の濾過装置を通していない魔力を摂取して、本当に寒さを感じなくなるような効果があるのか確かめてた」
ランヴァルドはそう説明した。
ランヴァルドは、泣き崩れるオルヴァーを前におろおろする羽目になった。嘆かれることまでは予想していたのだが、まさか泣かれるとは思っていなかったのである!
「兄上……!どうして、どうしてそんなにも、御身を大切にされないのですか……!」
「いや、誰かがやれば話が早いことだしな。それに……俺は実は既に何度かやっちまってるから。だから、まあ、なら俺がやるのが適任だろう、ってことで……」
「だとしても!俺に何か一言仰って頂ければ……!」
「あ、うん、実はアンネリエさんにはちょっと報告してある」
イサク本人ではなくアンネリエへの報告としたのは、『ランヴァルドが何かあった時』の代わりになるのが彼女だからであり、ついでに、もしランヴァルドの気が狂うことがあったら、彼女ならば……まあ、容赦のない判断ができるだろう、と思ったので。
アンネリエ本人は『ええ……?そんな実験をされるなら、別の人員を用意した方が良いのでは……?』と何とも言えない顔をしていたが。
だが、どのみち『誰か』はやっておいた方が良いことだ。ならば、既に幾分やってしまっているランヴァルドが担当すべきだ、と考えた。
「それで、兄上!お体は……ご気分は……」
「ん?ああ、まあ、それが……まあ、何とも無いんだよな……」
オルヴァーは只々ランヴァルドを心配している様子なのだが、心配されているランヴァルドとしては、首を傾げるしかない状況なのである。
「いや、一応、影響はあるんだ。濾過されていない魔力を摂取してすぐは、寒さを感じにくくなる。んだが……」
ランヴァルドは少々悩みつつも、洗い浚い白状しておく。これによって何か解決の糸口が見えることを祈って。
「一晩眠ると、また寒さを感じるようになっている。が、俺が寝る時は基本的にネールが一緒なもんでな……その影響が無いとは言えない。実際、俺が1人でちょっと休んだ時には、起きても寒さを感じないままだった」
「成程。では兄上は今日から毎日必ずネールと一緒に寝てください」
「それも困るだろ。ってことで、まあ、お前で実験させてもらおうと思ったんだが……」
「俺にネールほどの力があるかは分かりませんが、そういうことでしたらお手伝いさせていただきます。うん。そうか、ネールが兄上を温めたがるのはそういうことだったのか……?いずれ抱っこの限界に挑むと言っていたのはそれでか……?」
実験の意図まで説明して、ようやくオルヴァーは納得してくれたらしい。同時に何か、ランヴァルドが知らないことを言っているような気もするが……。
ということで、ランヴァルドは寝床の準備をすることにした。
流石に、オルヴァーと2人で1つの寝袋には入れない。入りたくもない。流石に。
ということで、寝袋を2つくっつける作業を進めていた。これならばまあ、実験に支障は無いだろう。多分。
「しかし、兄上……兄上には、兄上を案ずる者が居るのだということは、どうか、お心にお留め置きくださいね」
そんな作業中にふと顔を上げれば、寂しそうに笑うオルヴァーと目が合った。
「……大抵の人間には、案ずる奴が居るもんだ。同じことだろ。俺だけじゃない」
目を逸らして作業を進めつつそう言って、ランヴァルドは思う。
むしろ自分には、『案ずる者』が居なかったはずだったんだ、と。
父は死に、義父とは結局馴染めず、母はランヴァルドにむしろ死ねと願っていて……ランヴァルドにとっては、『案ずる者』など居ないことが、当たり前だった。ずっとそういうものだと思って……思いすらせずに、生きてきた。
……それがどうしてか、ネールも、オルヴァーも、こうして居るようになって……ここまで来てしまった。
厭なことに、ランヴァルドが死んだと聞いたらヘルガは絶句するだろうし、領主バルトサールや領主アレクシスは嘆くだろう。ウルリカや、イサクとアンネリエは割り切ってくれるだろうが……マティアスはどうだろうか。笑うか。……あんな奴でも、顔を顰める気がする。
そう。そんな気がしてしまうようになった。本当に、どうしたことか。
「それでも、ですよ。兄上」
「……分かっちゃいるんだが」
まだ、慣れない。そういうことなのだろう。或いは、永遠に慣れる日など来ないのかもしれない。
自分自身の感覚など、そうは急に変わってくれないものだ。長年積もり続けてきたものは、今後も生涯、ランヴァルドの中にある。
だが……慣れてきたフリくらいは、できるようにならなければならない。それくらいは。如才無く。少なくとも、可愛い弟やネールに心配などさせない程度には。
……ランヴァルドはため息を1つ吐いて、オルヴァーの頭をもそもそ撫でてやった。
さて。
「寝袋2つ連結しても、狭いもんは狭いな……」
「妙なかんじですね、これは……」
……そうして、ランヴァルドはオルヴァーと一緒に寝ることになった。
が、まあ……狭い。実際の狭さ云々より、精神的な圧迫感が、酷い。
横を見れば自分よりガタイの良い弟が居るわけで、しかもその弟が申し訳なさそうに縮こまっているもので……それが余計に、ランヴァルドの申し訳なさを煽り立てる!
「あー、オルヴァー。もうちょっとこっち来て大丈夫だぞ」
「いえ、しかし……」
「……ネールはもっと遠慮が無いんだぞ」
「……そういうことなら、では、少しだけ失礼します……」
……我に返ると、『俺達は何が悲しくて男2人でくっつき合って寝る羽目になってるんだ』と思ってしまうので、我に返らないように極力気を付けながら、ランヴァルドはさっさと寝てしまうことにした。
まあ、ランヴァルドにとっては二度寝だが、オルヴァーにとっては戦いに明け暮れた後の休憩だ。緊張に身を固くしている様子のオルヴァーだったが、やがてその体も弛緩してきて、そして、すうすうと穏やかに眠り始めてしまった。
……そしてランヴァルドも、溜まった疲労はあったということか、じきに寝付いてしまった。
まあ、眠ってしまえば我に返ることも無いので、実に効率的である。
そうしてランヴァルドが目を覚ますと、まだ隣でオルヴァーが寝ていた。
眠ってしまえば遠慮も無いらしく、オルヴァーは遠慮なく、ランヴァルドの方に来ていた。寝袋越しにもじわりと伝わるような寒さから逃れるため、よりぬくい方へとやってきた結果がコレなのだろう。
そんなオルヴァーが寒い思いをしてはかわいそうなので、もうしばらくは寝袋の中に居ることとして……ランヴァルドは寝袋から片手を出して、床に触れた。
……感覚がぼんやりと妙に鈍いように思える。
冷たさは、感じられない。