クズに金貨と花冠を   作:もちもち物質@布団

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快気祝い

「ランヴァルド……どうしたの、それ」

 ヘルガが、ひく、と表情を引き攣らせているのは、笑いを堪えているからだ。長い付き合いだ、それくらいは分かる。

「これか?ああ、うちの英雄様から賜ったものだ」

 なのでランヴァルドも、努めて涼しい顔でそう言ってやった。

 ……そんなランヴァルドの髪の一房には、可愛らしい水色のリボンが結ばれている。

 

 

 

 最近のネールは、ランヴァルドの髪でよく遊ぶ。

 というのも、最近まで滞在していたマティアスが、ネールに余計なことを教えてしまったためだ。

 マティアスが自身の長い黒髪を編んでまとめているのを、ネールは非常に熱心に見つめており……それを見たマティアスが、暇潰しに、と、ネールに髪の編み方を教えてしまったのだ。

 無論、ランヴァルドはその時は特に何も思わなかった。『ああ、ネールも自分の髪を編む年頃だしな』と、むしろ、マティアスに少々感謝すらしていたほどだ。

 ネールも年頃の少女らしく、自分でお洒落を楽しみたいことだろう。そして、ランヴァルドは小器用ではあるが、それらを如才無く全てネールに教えてやれるほどの知識や度胸は無い。

 なので、まあ、マティアスがネールと並んで髪を三つ編みにしている様子を執務の傍ら眺めては、微笑んですらいたのだが……。

 ……その髪結いの技術が、まさかランヴァルドに向くことになろうとは、思わなかったのである!

 

 

 

「へー。器用ね。あなたの髪、そんなに長くないのに、よくこんなに綺麗に編んだものだわ」

「そうだな。うちの英雄様は非常に器用であらせられる……」

 今日のネールは、ランヴァルドの髪を一房掬い取って編んで、そこに可愛らしい水色のリボンを結んでくれた。

 このリボンは、ランヴァルドがネールに買い与えたものである。ネールの瞳のような青色は、ネールの瞳にも、金髪にも、よく似合うだろう、と。

 が、そのリボンがこうしてランヴァルドの髪に飾られているのだ。リボンもさぞかし嘆いていることであろう。

 尚、昨日はやはりランヴァルドの髪を一房編んで、空色の宝石飾りがついたヘアピンで留めてくれた。

 更にその前は、飾り紐を髪と一緒に編み込んでくれた。そして更に更にその前は、青の地に金刺繍の豪奢なリボンを頭のてっぺんで可愛らしく結んでくれたのである!

 ……最近のランヴァルドは外に出ていないので、ランヴァルドのこの痴態を見ることになるのは、満足気なネールと、勝手知ったる文官達くらいのものである。

 文官達は、ランヴァルドの頬に溶けない氷の鱗がある姿すら見ていた者達なので、今更頭にリボンがくっつこうが、可愛らしく編みこまれようが、『ああ、ネールさんは今日もご機嫌ですねえ』とにこにこしている始末である。肝が据わっている。非常に、肝が据わっている。

 

「……ヘルガ。今日はここに泊まってくんだろ?」

 ヘルガはジレネロストに2日、滞在する予定だ。なのでランヴァルドは彼女をここの客間に泊めるつもりでいる。まあ、彼女は恩人なので。

 ……そして。

「もしよかったら、明日の朝、ネールに髪を編まれてくれ。そうすれば俺は助かる。明日だけでいい。頼む」

 ランヴァルドがそう言うと、ヘルガは遠慮なく笑い出した。

 ……ランヴァルドとしては、死活問題である。何せ、明日はランヴァルドが久しぶりに人前に出ることになるのだ!

 

 

 

 ……喜ばしいこととして、最近、ランヴァルドの顔の鱗がようやく消えた。

 首から下には残っているが、それらは服で問題なく隠れるので、ようやく『快気祝い』として、領民に健康な姿を見せ、安心してもらおう、と……そういうことなのである。

 が、快気祝いが決まったところで、ネールがランヴァルドの髪にリボンだのヘアピンだのを飾り始めたものだから、ランヴァルドは困っている。非常に、困っているのだ!

「まあ、『ジレネロスト領主にして大賢者たるランヴァルド・マグナス・イスブライターレ様の快気祝い』のお祭りだものね。頭におリボン、って訳にはいかないか」

「当然だ。そういうわけで身代わりを頼む」

 ヘルガの栗色の長い髪は、さぞ編み心地が良いことだろう。ネールはヘルガのことを気に入っているし、ヘルガの髪を編んだらきっと満足するはずである。ランヴァルドとしては大助かりだ。

「あら、それは光栄だけれど……あなたが『助かる』かは分からないんじゃない?」

「流石に明日は助けてもらうさ。……この『かわいい』頭で外に出るわけにはいかないだろ」

「そうよねえ。鱗は無くなったみたいだけど、リボンが増えたんじゃあねえ」

 ヘルガがくすくす笑うので、ランヴァルドは苦い顔でため息を吐くしかない。

 ……ネールの考えていることは、よく分からない。今まで苦労を掛けてきた分、本人のやりたいようにやらせてやりたいとは思っているが……流石に、連日連日、頭にリボンを結ばれる訳にはいかないのである。

「ったく、なんだって俺なんかの髪を編みたがるんだか……」

「そりゃ、ネールちゃんがあなたのこと大好きだからでしょ」

「そうか……」

 まあ、ネールがランヴァルドを気に入っているというのなら、それは仕方のないことである。ランヴァルドはため息を吐きつつ、『だが、明日だけは、人前に出る時間だけは、勘弁してもらわないとな……』と頭を抱えるのであった。

 

 

 

「……ま、久しぶりに様子を見に来たけれど、元気そうね」

「おかげ様でな」

 さて。頭のリボンは気になるが、それは置いておいて……ヘルガが嬉しそうに笑うのを見て、ランヴァルドは少々、気まずい。

「……あー、あの節は、世話になった。ありがとう」

「ええ、本当にね。全く、あの時のあなた、本当に人間じゃない、何か別の生き物みたいだったから……よかったわ、元に戻って」

 はあ、と深々ため息を吐くヘルガを前に、ランヴァルドは縮こまるしかない。

 ……ランヴァルドが例の氷を食って、魔物に近付いていたあの時。ランヴァルドに無理矢理食事を与えて命を繋いでいたのはヘルガである。

 ランヴァルドは、これでヘルガに2度も命を救われたことになる。全く、彼女には頭が上がらない。

「ちゃんと食事は摂ってるんでしょうね?」

「勿論。1日に2食は摂るようにしてる。……ついでに、おやつは欠かしていない。欠かしてもらえないんだ」

「あ、よかったわ。ネールちゃんのおかげね?」

「ああ、そういう訳だ」

『快気祝い』の準備もあり、ここ数日は執務に追われる毎日であるが……そんな中でも、ネールと過ごす時間はきちんと取りたい。そこでランヴァルドは、お茶の時間を設けて、ネールに『お前の好きな茶菓子を選んで持ってこい』と伝えてあるのだ。

 するとネールは、毎日その時間になると、茶菓子とお茶の用意を盆に載せて、勇ましくランヴァルドの執務室へとやってくるのである。

 ……仕事のキリが悪くても、ランヴァルドはその時点で仕事を一旦、切り上げる。そしてしばらくはネールと話しながら茶を楽しみ……そして、ネールがまた、てってけ、と元気に駆けていくのを見送って、仕事に戻る。そんな風に過ごしている。おかげで、おやつだけは絶対に欠かしようが無いのだ。

「朝と夜は、ネールと一緒に摂るようにしてる。……お前は知らないだろうが、ネールはネールで、自分のこととなると食事を欠かす奴だ」

「あら……あなたに似たのね!?」

 ……ランヴァルドは、『心外だ』と思いつつ、だが、実際にネールに自分の生活習慣が影響していないとも言い切れないので、黙るしかない。

 ネールはネールで、ジレネロスト領内の狩りに勤しんだり、町の仕事を手伝ったり、はたまた、遺跡と遺跡の間を行き来して楽しくやっていたり、と日々楽しそうに過ごしているのだが……それらに夢中になると、食事を忘れてしまうようである。

 まあ、元々、きちんと日に2度3度の食事を摂るような生活はしていなかったのだろうから、そこは仕方がないのかもしれない。

 だが、今後のネールのことを考えると、きちんと日に2食は摂らせないと、とランヴァルドは考えており……そのためには、『一緒に食事を摂るぞ』とネールに告げ、実際、そうするしかないのであった。

 

「そういう訳で、ネールにつられて俺も健康になった。……あの時みたいなことにはならないさ」

「そりゃよかったわ。口にスプーンを突っ込まれないとものを食べない大賢者様、だなんて、格好つかないものね!」

 ヘルガがけらけら笑うのを苦く思いつつ、『まあ、実際その通りだ』とランヴァルドは黙って茶を飲む。この茶は、ヘルガの好みに合わせてランヴァルドが淹れた。

 尚、茶はあるが、茶菓子は無い。というのも……。

「……ああ、ネールが来たな」

「え?まさか、足音だけで分かるの?……ああ、分かるわね。なんだか可愛い足音だし……」

 ……英雄様の登場である。ネールは今日も元気に、美味しい茶菓子を抱えて戻ってきたに違いない。ランヴァルドとヘルガは笑いつつ、ネールの為の椅子とお茶の準備を始めるのだった。

 

 

 

 そうして、翌日。

「……ネール。あのな。今日は流石に……その、やめてくれ。格好がつかない」

 ……身支度の途中であったランヴァルドは、やる気に満ち溢れたネールをそっと、留めていた。

「編みたいならヘルガのを編ませてもらいなさい」

 案の定、ネールは今日も、ランヴァルドの髪を編むつもりでいたらしい!その手には、櫛とピンが握られている!そして、ネールの目にはやる気と決意が満ち満ちているのである!

 が、ランヴァルドは今日、人前に『ジレネロスト領主』として出るのだ。その時にかわいい頭ではいられない。ということで、今日は断固として、ネールの暴挙を阻止しなければならないのである。

「ほら、そもそもお前だって今日は外に出るんだからな。俺の髪なんか触ってる暇は無いぞ」

 ネールの肩を押してヘルガの客間の方へとぐいぐいやれば、ネールはなんとも不満げな顔をしてランヴァルドを見つめ返してくる。ランヴァルドとしても不服である。一体何がそんなに楽しくて、ランヴァルドの髪にこだわるのだろうか。ネールの考えることはよく分からない!

 

 結局、ここはランヴァルドが勝った。ネールはヘルガの部屋へ、とぼとぼ……と入っていき、ランヴァルドは一安心である。

 そして、ランヴァルドは身支度を一通り終え、執務室に移っていくらか仕事を進めていたところ、髪を編まれたヘルガとネールがやってきた。

 ヘルガは『ネールちゃんに編んでもらっちゃった!』とにこにこご機嫌であったし、ネールも幾分、機嫌が良くなったらしい。

「ああ、ちゃんと身支度してきたな。よしよし」

 そしてネールは、しっかり身支度を整えてきたようである。黒のレースに飾られた藍色のワンピースドレスは、幾分大人びた印象である。ランヴァルドは『本当にこいつは藍色が好きだな』と思う。

 また、リボンタイにはネールのお気に入りの藍色の石のブローチが飾られている。ネールのご機嫌の理由はこれかもしれない。

 ……が、そんなネールの手には、宝石箱がある。

「……ん?」

 何故持ってきた、と不思議に思いつつネールを見ていると、ネールはランヴァルドの執務机の隅っこで宝石箱を開き、その中身を真剣な目で吟味している。

 ……まあ、ブローチのみならず、色々な装飾品をネールには買い与えてあるので、他にも身に着けたいものがあるのだろうか、と思いつつ、それを見守っていると……。

「ん?な、なんだなんだ、おい」

 ネールは、『よし!』とばかりに何かを1つ取り出して、それを手にランヴァルドに迫ってきた。そして、精一杯背伸びして、ランヴァルドの胸のあたりに手を伸ばす。

 何かしたいんだろうな、ということは分かったので屈んでやると、ネールは嬉しそうに、ランヴァルドのタイにブローチを留め始めた。

 よいしょ、よいしょ、と一生懸命にやっているので、なんとなく止めてやるのもかわいそうで、ランヴァルドはそのまま、ネールの好きにさせることにした。まあ、頭をかわいくされてしまうことに比べれば、ブローチが1つ付けられてしまう程度は大したことではない。

 ……そうして、ランヴァルドのタイには、海のような鮮やかな青色をした藍玉のブローチが収まることになってしまった。

 ブローチはネールの瞳の色に合わせて購入したものなのだが、意匠が控えめなので、男であるランヴァルドが身に着けていてもおかしくはない。ランヴァルドは他にも、勲章を胸に飾るつもりでいたので、まあ、少々華美になってしまうが……。

 ネールはランヴァルドから離れて、改めてランヴァルドを見て、満足気に頷いた。納得の出来栄えらしい。

「なんだ、他人を飾るのが楽しいのか……?」

 ランヴァルドは思い出す。そういえば、ネールは以前、ランヴァルドの服を選ぶのも随分と楽しそうにやっていたな、と。

 となると、ネールはこういうことに興味があるのかもしれない。そういうことなら仕方がないか、と、ランヴァルドはため息を吐いて諦めた。……ネールの興味が向くものがあるのならば、その興味を潰すようなことはしないでやりたいので。

「まあ、折角お前が選んでくれた奴だからな。今日は一日、このままでいるか……」

 ランヴァルドがそう言えば、ネールは大層ご機嫌な様子でにこにこと頷いた。

 ……まあ、ネールがご機嫌であるなら、それはそれでよしとする。ランヴァルドはネールが嬉しそうなことを嬉しく思い……同時に、『ひとまず、俺の頭は守られた』と安堵するのであった。

 

 

 

 そうして、祭りが始まる。

 ランヴァルドは主催者側なので、これから忙しくなるところだ。

「じゃ、楽しませてもらうわ。一度、ジレネロストをちゃんと見てみたかったのよね」

「ああ。飛ぶドラゴンを落とす勢いのジレネロストを、是非楽しんでいってくれ」

 ヘルガはただ観光に来たところなので、ここで別れる。彼女も、『林檎の庭』を離れることは珍しいはずなので、その分、楽しんでいってもらいたいものだ。

「……で、ネール。お前も好きに楽しんでくれ。俺は色々とあっちこっち忙しくなるが……夕方には戻ってくる。夕食は一緒に摂るか」

 ネールにもそう言うと、ネールはこくんと頷いて、ランヴァルドの掌に『いってらっしゃい』と書いて、それから、ランヴァルドの頬にすりすり、とやってから元気に駆け出していった。

 駆け出していってすぐ、顔見知りの行商人に『おっ!今日は一段とかわいいね!』と声を掛けられている。更に、『ネールちゃん!うちのお菓子食べていかない?』『折角だ、マグナスの旦那にお土産はどうだい!?』と声を掛けられている。あの様子だと、ネールは今日もジレネロストの人気者として引っ張りだこであろう。

 さて、ランヴァルドはランヴァルドで、あちこち挨拶回りが始まる。『こういうのも久しぶりだな』と思いつつ、商人として貴族として、久しぶりに好戦的な気分になりつつ……早速、広場に向かって歩きはじめるのだった。

 

 

 

 ランヴァルドの仕事は、早速始まった。

 真っ先に挨拶に来てくれたのは、イサクとアンネリエである。この2人は『我々が来ない訳にはいきませんから!』と、満面の笑みでランヴァルドの快復を祝ってくれた。

 ……彼らは彼らで、ランヴァルドの酷い状態を知っている者達である。随分と心配をかけたし、迷惑をかけた。ネールを連れて帰ってきてからもしばらくは彼らにジレネロストのあれこれをやらせてしまっていたので、ランヴァルドは彼らに頭が上がらない。

「それにしても、よかったですなあ。鱗が無くなったようで……」

「ああ、いや、まだ首から下には、あります。が、ひとまず、顔だけなんとかなればまあ、いいかな、と……」

 喜んでくれたイサクにそう言えば、イサクは『おや、そうでしたか』と少々気づかわしげな顔になってしまう。それを申し訳なく思いつつも、まあ、彼らに真実を告げないわけにもいくまい、とランヴァルドは自分を納得させた。

「そうですね。外見だけ取り繕えれば、何とでもなりますもの。人間など皆、そんなものではありませんか?」

「ははは。仰る通りだ」

 その点、アンネリエの言葉はランヴァルドにも心地よい。……人間など、外に出ている部分が全てだ。その内側で何を思っていようが、服の下に鱗を隠していようが、そんなことは関係ないのである。

「そういえば、マグナス殿。……尻尾は、いかがなさいましたかな?」

「……まだあります」

「ほう!ということは……ええと、どちらに?」

「左脚の方にしまってありますよ……」

 ……イサクが『おお、このあたりに……』と興味深そうにランヴァルドの脚のあたりを眺め始めたので、『もうちょっと取り繕わせてくれ』と思いつつ、まあ、楽しんでもらえるなら何よりだ、と開き直ることにした。この御仁に対しては、まあ、好きなようにやって頂けるならそれに越したことは無いので……。

 

 

 

 そうしてイサクとアンネリエとの挨拶を終え、他にも周辺の貴族達や役人達、或いは馴染みの商人や職人らと挨拶を交わしていると……。

「マグナスさん、お久しぶりです」

 静かな声が、後ろからそっと、掛けられた。

「ああ、ウルリカさん。お久しぶりです」

 振り返ってみて、すっかり馴染みとなった氷の色の瞳を見つめ返しつつ、ランヴァルドは笑う。

 今日も、ステンティールの鉄面皮メイドは健在のようである。

 

「……今日は、エヴェリーナお嬢様は?」

 が、ウルリカが居るのに、エヴェリーナの姿が見当たらない。今回、ランヴァルドはステンティール領主アレクシスとエヴェリーナにも、招待状を出している。だというのにこれはどうしたことか、とランヴァルドが首を傾げていると……。

「ネールさんと一緒におられます。ふふ、周囲の目が中々に面白いですよ」

「あー……でしょうね」

 成程、エヴェリーナは自身の友達であるネールの方へ行ったらしい。ということは、領主アレクシスもそちらに居るのだろう。

 そして、瓜二つの少女2人の姿は、人々の目を大いに驚かせているに違いない。ランヴァルドはその光景を想像して、にや、と笑みを漏らした。

 ……実のところ、この時ネール達は、『3人』になっていたのだが……そのことをランヴァルドが知るのは、後のことであった!

 

「お加減はいかがですか」

 さて、エヴェリーナのことはさておき、ウルリカもランヴァルドの体調が気になるらしい。彼女もランヴァルドがどういう状態だったか、一応知ってはいる人なので当然といえば当然である。

「ああ、まあ、体調は随分前から良くなっていました。顔の鱗が消えたのが最近のことで……まあ、人前に出られるようになったので、『快気祝い』を、ということです」

「成程、そういうことでしたか」

 ウルリカは納得したようにランヴァルドの顔を見て……それから、ふ、と声を潜めた。

「ところで……失礼ですが、尻尾があると耳にしました」

「……ええ、まあ、はい」

 ランヴァルドとしては、自分の尻尾のことはあまり触れてほしくないのだが……この鉄面皮のメイドは、どうにも気になるらしい。イサクといいウルリカといい、尻尾がそんなに好きなのだろうか。

「やはり、尻尾があると、便利なものですか?」

「いや、使ったことは無いので……どちらかというと、不便ですね。細身のズボンが履けないので……」

「ああ、成程。殿方はそういうお悩みもあるのですね。てっきり、手の代わりにできたり、戦う際に鞭代わりにできたりするものかと思いましたが」

 ……ウルリカの妙に前向きな話を聞いて、ランヴァルドは『その発想は無かった』と、感服するしかない。いやはや全く、実に真面目なメイドである。

「流石にそうはできませんね。精々、ネールが抱いて寝るのに使っているくらいですよ。俺自身は、特に何とも」

「成程。ということは、尻尾はドラゴンの子のような手触りなのでしょうか」

「……似ているところがあるのかもしれませんね」

 かつてネールが孵してしまった例の子ドラゴンのことを思い出しつつ、ランヴァルドは『俺の尻尾もああなのか……?だからネールは、やたらとつつきたがるのか……?』と悩むしかない。ウルリカはくすくすと笑っていたが……。

 ……ランヴァルドは密かに、『そんなにぷにぷにしているのか、後で確かめてみるか……』と心に決めた。

 

 

 

 ウルリカとステンティールやジレネロストの近況などを少し話した後、他の人に話しかけられてしまったので別れることにした。彼女は彼女で、エヴェリーナの護衛の任務があるのだろうから、その方がいいだろう。

 ……が、ランヴァルドとしては、もう少しウルリカに粘っていてもらった方が、よかったかもしれない。

 

「ランヴァルド様!」

 声を掛けられて、はて、とそちらを向く。……すると、そこには若い娘が1人、立っていた。身なりが良いところや従者が居るところを見ると、貴族のご令嬢なのだろうが、見覚えがあるような、無いような。

「この度はご快復、おめでとうございます」

 優雅に一礼してきた相手を見て、ランヴァルドはようやく、相手が何者かを思い出す。たしか、小さな所領の南部貴族の娘だ。ブラブローマの近所だったか。

 ……などと思いつつ、ランヴァルドは商人の性で、しっかりと笑みを浮かべた。愛想は振りまいておいて悪いことはあまり無い。……多少の厄介を呼び込むことはあるだろうが、不愛想によって招かれる厄介の方が、手に負えないことが多い。

「もう、お体の調子はお戻りですの?」

「ありがとうございます。いや、元々、大した怪我ではなかったのですがね。どうも、身に余る役職を頂いてしまったせいか、疲れが出ていたようで。念の為の療養でしたから、随分前から体調は戻っていたんですよ」

 心配そうにこちらを伺ってくるご令嬢だが、その内心で『不健康な領主ならば付け入る隙もあるだろう』とでも思っているのかもしれない。ということで、暗に『こちらは至極健康なので付け入る隙など無いぞ』と言ってやりつつ、ランヴァルドはにこやかに笑ってみせた。

 ……だが。

「そう。それならよかった。……ところで、ランヴァルド様」

 ご令嬢は、ふと、艶のある視線をランヴァルドに送ってくる。ランヴァルドはそれを見て瞬時に、『あ、これは面倒だ』と察知した。……ランヴァルドも、こういった感情を向けられてきた経験はある。それなりには整った容姿を武器にして商売をしたこともあるのだ。当然、この後に続く言葉も、その意図も、分かる。

「その、少しお話しできませんか?」

 ……そう。ランヴァルドは、思い出していた。

 このご令嬢の顔を直近で見たのは……釣書だ。ランヴァルドに来ていた縁談の1つだ。そこに彼女の肖像画があった!

 

 ああ面倒だな、と思いつつ、ランヴァルドはどうこの場を切り抜けるべきか、考え始める。

 ……別に、女に興味が無い訳ではない。だが、『貴族の』となると、話は大分違う。

 ランヴァルドも貴族だが、貴族同士のあれこれには、当然、政略的な側面が大きい。惚れた腫れたの世界ではない。互いに利があって、それで初めて、そうした関係を結ぶものなのである。

 ということで、ランヴァルドはこのご令嬢について、『まあ、婚姻関係を結ぶ利は薄いな』と即座に判断した。小さな家の南部貴族となど、婚姻関係を結んでも大した旨味が無い。その上、下手なしがらみを作ると面倒だ。

 それに少なくとも、ジレネロストの立場がもう少しはっきりするまでは、誰ともそうした関係を結ぶつもりはない。ランヴァルド本人ならまだしも、ジレネロストを……ネールの故郷を、つまらないいざこざに巻き込むのは嫌だった。

 

 ということで、さてどうするか、とランヴァルドが思っていると……。

 むぎゅ。

 ……脚に柔らかい衝撃が走り、次いで、ほや、とぬくさを感じた。

「おお、どうしたネール」

 そう。ネールがやってきて、ランヴァルドの腰に、むぎゅ、とくっついてきたのである!

 

 

 

 こいつは丁度いい、とランヴァルドは内心、ほくそ笑む。実にいい。ネールは本当によくやってくれた!

「ああ、申し訳ありません、フォーゲルソン様。少々、失礼させていただきます」

 ランヴァルドはようやく思い出した相手の家名を淀みなく発してやって、『あなたのことは覚えていますよ』と示してやりつつ……申し訳なさそうな顔を作って、それからネールを、ひょい、と抱き上げた。

「実は、英雄ネレイアとの先約がありまして。……彼女は私の恩人でもあります。このかわいい英雄を無下にすることは己の矜持に反しますので。どうかお許しを」

 ランヴァルドはそう言いつつ、抱き上げたネールに笑いかけてやる。……それはそれは、如何にも愛おしげに。そう、意識して。

 即ち……『こぶ付き』に見えるように!

 

 

 

 ということで、ご令嬢の前から立ち去ることに成功したランヴァルドは、内心で『やったぜ』と喜びつつ、ネールを抱えて通りを少し歩いた。流石にすぐにネールを下ろしては、相手に見つかるので。

 ……それに、まだまだ婚姻関係を誰とも結ぶつもりのないランヴァルドとしては、周囲にも多少、見せつけておいた方がいい。『ランヴァルド・マグナス・イスブライターレは英雄ネレイアを大切にしており、彼女の面倒を見ることに今は精一杯なのだ』と。

 どうせ、ネールもその内自立していくだろう。そしてその頃には丁度、ジレネロストは盤石なものとなり、まあ、諸々、丁度良くなっているはずである。

 ということで、ランヴァルドはネールを存分に利用してやりつつ、周囲からの無用な誘いを断る方便とすることにした。

 ……一方でネールは、最初、きょとん、としていた。だが、途中からはランヴァルドの意図を理解し始めたのか、ランヴァルドがネールを地面に下ろした後も、ランヴァルドがどこぞのご令嬢に話しかけられると、即座にランヴァルドにきゅうきゅうくっついて、相手の話を遮るのに一役買ってくれた。

 ああ、実によくできた英雄様である。ランヴァルドがネールに微笑みかけてやると、ネールは嬉しそうに、かつ自慢げに胸を張る。『役に立っているでしょう!』と言わんばかりのその笑顔に、『お前は本当に役に立つ』と言ってやれば、ネールは益々、嬉しそうにするのだった。

 

 

 

「あー、すまん、ネール。結局お前を付き合わせちまったな」

 ……まあ、そうなると、ネールはランヴァルドに付き合わされることになってしまう。

 エヴェリーナと一緒に居たのだろうから、彼女と一緒に祭りを見て回りたかっただろうに、こちらでいいように使い始めてしまったものだから、ネールには申し訳ないことをした。

 ランヴァルドがそう思ってネールに謝ると、ネールはぶんぶんと首を横に振って、それから、にこ、と笑いかけてくる。『気にしなくていい』ということだろう。実によくできた英雄様である。

「詫びっていうことにもならないだろうが、気になるものがあったら好きなだけ買ってやるからな。何でも言うんだぞ」

 更に、そうネールに言ってやれば、ネールはにこにこしながらランヴァルドにまた、きゅ、とくっついてきた。その様子を見ていたジレネロストの民は、『あらかわいい』『おやかわいい』とこれまたにこにこ顔だ。

 ……ネールはつくづく、民衆に愛される英雄様なのである。

 

 

 

「あら、かわいい妖精さんが居ると思ったら、ネールちゃんじゃない」

 さて。そんなランヴァルドとネールに声を掛けてくる者がある。……そこには、屋台の菓子を食べ歩きしていたらしいヘルガの姿があった。

「どう?楽しんでる?」

「ああ。ネールのおかげで随分助かってる。そっちは?」

「勿論!ジレネロストもこんなに賑やかになって、感慨深いわ」

 ヘルガが笑うのを見て、ネールも笑う。……ネールとしても、ジレネロストがこのように賑わっている様子は喜ばしいのだろう。彼女が愛した故郷なのだから。

「これも、ネールちゃんが頑張ったからだものね」

 ヘルガの言葉に、ネールは胸を張り……それから、ランヴァルドの手を、きゅ、と握って、またにこにこする。

「あら。ランヴァルドも頑張った、っていうことかしら。……だそうよ、ランヴァルド」

「それは光栄だな」

 ネールを見ると、ネールはランヴァルドを見上げてにこにこと嬉しそうに笑う。

 ……まあ、この笑顔が取り戻せたのだから、ランヴァルドが多少頑張った甲斐はあった、ということだろう。

 ランヴァルドとしても、ジレネロストがこのように賑わっていることを、嬉しく思う。それと同時に、少し、戸惑いのようなものも、無い訳ではないが。

 ……自分の努力が実った形を、このように見ることなど、今までの人生であまり、無かったものだから。

 

「それにしても、あなた達、本当に仲良しなのねえ」

 ふと、唐突にヘルガがそう言い出した。にこにこと嬉しそうな彼女の顔を見る限り、まあ、他意は無いのだろう。ランヴァルドは『まあ、仲良く見えるように振る舞っているからな』と納得する。

 ……だが。

「あなた達、ブローチがお揃いなんだもの」

「お揃い?」

 続いたヘルガの言葉に、ランヴァルドは首を傾げることになった。

 ……確かに、ブローチは付けられた。だが別に、ネールのものと似た意匠のものではなかったと思うが……と思いつつランヴァルドがネールの胸元、その藍色のブローチを確認していると……。

「ほら。お互いの瞳の色でしょう?それが、そんな風に仲良く手を繋いで歩いていたら、とっても仲良しに見えるじゃない?」

 

「……成程」

 確かに、それはそうである。……ついでに、ランヴァルドは『少々、まずかったか』と思った。

 お互いの瞳の色の宝石を身に着ける、となると、恋人同士がやるようなものである。無論、兄弟や友人同士、主従でやる場合もあるが……。

 ネールは狙ってこれをやったのではないだろうが、今後のことを考えると、きちんと意味は教えておいてやった方がいいだろう。ランヴァルドは『さて、どう教えたものか……』と悩む。

 ……同時に、『ネールの興味を損なうようなことはしたくないな』とも、思う。

 折角、ネールが……今までありふれた幸せにすら触れてこられなかった少女が、ようやく、人並みに興味を持つものを手に入れて、それにいそいそと邁進しているのだ。その興味の先を潰すようなことは、避けたかった。

 なので、やんわりと、あくまでもやんわりと伝えた上で、ネールが今後、他人を飾ることへの抵抗感など、下手に抱かないように誘導すべきであり……。

 

 

 

「よし、親父。こいつとこいつをくれ。中々いい細工だ」

「おお、お目が高い!こいつはステンティールの職人が作ったものだぞ。品質は保証する」

 ということで、ランヴァルドは出店で2つ、装飾品を購入した。

 それは、銀細工の髪飾りと腕輪である。どちらも同じ意匠の模様が刻まれている。細部にわたって丁寧に作られており、職人の腕の良さが見て取れた。

 ……そして、これならば、まあ、他の装飾品の邪魔になることも、少なかろうと思われる。

「ま、『お揃い』っていうならこっちの方がいいだろ」

 ランヴァルドは、半ば袖に隠れる腕輪を手首に嵌めてみせつつ、ネールの髪に銀細工を飾ってやった。

「ブローチは目立ちすぎる。今後、お揃いにするならこっちだ。いいな?」

 そして、そっと自分のタイのブローチを外して、ハンカチに包んでしまってしまうことにした。が、ネールは髪飾りに触れて、ほわ、と頬を上気させており、ランヴァルドがブローチを外したことは気にならない様子である。

 ……まあ、これでネールは次から、選ぶとしても『お揃い』が目立たないようにしてくれることだろう。ひとまずのところは、これでよしとするしかない。こうやって少しずつ、『どういう品を選べばよいか』を学んでもらうのだ。

 ランヴァルドは、『色々と、常識をもっと教えてやらないとな……』と思いつつ、まあ、今日のところはネールが大層ご機嫌であるので、こちらもこれでよし、とするしかないのであった。

 

 

 

 ……その直後、『兄上ー!』と聞きなれた声と共に、どすどすどす、と勇ましい足音が近づいてきたので、まあ、ランヴァルドは意識をこっちに持っていかれることになるのだが。

 ネールは、にこにこ、としながら、髪飾りを大層嬉しそうに触っているのであった。

 




本作ですが、『つぎラノ2025』にノミネートされております。何卒、応援の程よろしくお願いします。

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