クズに金貨と花冠を   作:もちもち物質@布団

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舞踏*3

 さて。

 地下牢の入り口、下り階段の正面。

 見張りが居たが、ランヴァルドが通る分には構わない、とばかり、ランヴァルドに一礼してさっさと通してくれた。

 礼を言って地下通路を進めば、やがて、ランヴァルドにとってあまりにも見覚えのある地下牢の景色が見えてくる。……つい昨日、ここで拷問されていたばかりなのだが、それが妙に遠く感じる。

 妙な気分になりつつ、ランヴァルドは地下牢の並びを進み……そして。

「よお、マティアス。調子はどうだ?」

 そうして通路の最奥に位置する牢の中に、マティアスの姿があった。

 

「……調子?ああ、実に悪い。最悪だよ」

「そうか。そいつは何よりだ」

 軽口を叩いてやれば、マティアスは隠すこともなく不愉快そうな顔をした。

 ……マティアスは然程、痛めつけられた様子が無い。恐らく、『どうせ死ぬのだから無駄な苦痛を味わうのも馬鹿らしい』とばかり、拷問の前に洗いざらい吐けるものは吐いたのだろう。その中には当然、嘘の類もあるのだろうが、それは追々、ウルリカ達が時間をかけて検証していくことになるだろう。

 つまり、少なくともそれまでの間は、マティアスは生かされ続けることになる。今も見張りが数名付いているが、この内の最低1名は貴族出身か何かの、癒しの魔法が使えるような人材なのだろう。

「まあ、散々色々話した後だろうからもう1つ2つ聞かせてもらおうと思って来たんだ」

「ああ、お前の積み荷の行方かな?」

 マティアスは『一刻も早くこいつとの会話を切り上げたい』というような様子であったが、ランヴァルドはここで話を切り上げてやるほど親切ではない。

「いや、それはどうでもいい。ウルリカがどうにかしてくれるみたいだからな。俺が聞きたいのは、お前のことさ」

 ランヴァルドが聞くのは、マティアスが最も聞かれたくないであろうことである。

「お前、貴族の血を引いていたんだな」

 

 

 

「魔法を使った。ステンティールの封印を解きやがった。……ついでに、ステンティール領主夫人にはいたく気に入られていて、そして何より、ステンティールをやたらと滅ぼしたがっている。……ここまで揃えば、大体のことは分かる」

 ランヴァルドが喋る間、マティアスは黙っていた。普段であれば、マティアスも饒舌な方なのだが。

「領主夫人がお前に入れ込んだ理由も分からなくはない。領主様が死んでお前を愛人として囲ったとしても、『ステンティールの血』は絶えないわけだからな。言い訳は用意されてた、って訳だ」

 マティアスは探るような目をランヴァルドに向けていたが、その奥には只々、諦念と嫌悪が浮かんでいる。

「ついでに、エヴェリーナお嬢様が命を狙われていた理由もよく分かる。領主様が死んで、エヴェリーナお嬢様も死んだら、次に正式なステンティール領主の任が回ってくるのはお前だ。……お前はステンティール前領主の隠し子か何かだった、っていうところだろうからな」

 

 どうだ、という思いでマティアスの様子を伺えば、マティアスは相変わらず、嫌悪の強い顔でランヴァルドを見ていた。

「そう。それで?だとしたら何だと?」

「お前がステンティールを滅ぼしたかった理由が分からない。もし本当にお前がステンティールの血を引いているなら、領主様とエヴェリーナお嬢様だけ殺せば、それだけでステンティールはお前のものにできただろうに」

「へえ。そんなことをわざわざ聞きに?くだらないね」

 マティアスは嘲笑うようにそう言って、それから牢の中、堂々と座ったままランヴァルドを睨んだ。

「誰が貴族になんてなりたいと思う?まっぴら御免だ」

 

「……そうか」

 まあ、ここから先は聞かずとも大凡のところは見当がつく。

 マティアスがステンティールの血を引いているのならば、年齢から考えて……今の領主の父親か母親の隠し子、ということになるか。無論、ステンティール領主アレクシス自身はそのことを知らなかったのだろうからこそ、あの反応だったのだろうが。

 一方、領主夫人は諸々を知っていたのだろう。そしてマティアスにステンティールの封印のことを漏らしたか。……そう考えると、つくづく、領主アレクシスは、こう、ぽやぽやしているというか、何というか。あまりにも自分に向けられている敵意に対して、鈍感ではないだろうか……。

「不義の子、ってところか?」

「まあそんなところさ。愚かな貴族が愚かにも過ちを犯した。その結果が僕だ」

 生粋の貴族にしては魔力が然程多くないところを見ると、マティアスは平民との間にできた子なのだろう。そしてマティアス自身は平民として生きていた。……これだけで、『貴族嫌い』の理由はなんとなく理解できる。要は、マティアスは『貴族に好き勝手に捨てられた』と思ったのだろうから。

 ……だから、ステンティールを治めるのではなく、滅ぼしたかった、と。そういう風に考えられる。

「成程な。だからお前はステンティールの封印を解くことができたし、ゴーレムを起動させることもできた、と。そういうわけか」

「ああそうだ。それでいて、制御することはできなかった」

 マティアスは苦々しい表情でそう言って、それから視線を床に落とした。

「……僕は、貴族じゃないからね」

 

 ……マティアスは『正当な』ステンティールの血を引く者ではなかったが、それでも、古代遺跡への道は開いたのだし、ゴーレムもまた、起動できたのだ。

 であるならば……マティアスが貴族として生まれ、貴族として育ち、教養を身に着けていたならば……ゴーレムを制御することもできていたのかもしれない。

 ランヴァルドが氷晶の洞窟で、あの装置を制御できたように。

 ……そう考えれば、マティアスがランヴァルドを殺そうとした理由もなんとなく透けて見える。

 自分が持っていないものを持っているランヴァルドのことが、さぞかし妬ましかったことだろう。

 或いは、『元は貴族だったんだが生家から逃げてきた』とだけ漏らしたランヴァルドに対して……自分が手に入れられなかったものを捨ててきたランヴァルドに対して、憎悪すら抱いていたかもしれない。

 

 そこまで考えて、ランヴァルドは敢えてにやりと笑って見せてやる。精々、憎たらしく見えるように、と。下手な同情を見せるよりは、こちらの方がまだマティアスにとってマシであろうから。

「ま、お前はよくやったよ。だが相手が悪かったな。こっちにはエヴェリーナお嬢様にそっくりな天性の暗殺者もどきが居たし、岩石竜も味方に付いていたってわけだ。そして俺は毒物の知識があった。こっちが負ける道理が無い」

 ランヴァルドがそう煽ってやれば、マティアスは少々冷めた目でランヴァルドを見つめてきた。

「そうだね。実に理不尽だ。……あの岩石竜は何だ?あんなもの、どこで用意してきた?ゴーレムのことも元々知っていて、対策していた、ってことだろう?全く嫌になる。何もかも、恵まれた奴はこれだから」

 マティアスの言葉を聞いて、ランヴァルドは『へえ』と少々意外に思った。

 どうやら、マティアスは岩石竜の存在を知らなかったように見える。となると少なくとも、岩石竜を目覚めさせたのはマティアスではないのだろう。

 となると、古代遺跡のゴーレムに氷の魔法を仕込んだのも、マティアスではない。

 マティアスの魔力量はランヴァルドよりも少なそうだ。そしてマティアスは昨日、炎の魔法を少し使っていただけだったが……炎の魔法を使う者で、氷の魔法も使えるものはほぼ居ない。まあ、マティアスが犯人ではないと見ていいだろう。

 ランヴァルドは、『じゃあ一体誰が古代遺跡に細工を?』と不思議にも思ったが……それの答えは、マティアスには出せないだろう。ならばもう、ここに用は無い。

「まあ、お前は貴族の器じゃないな」

「……『自分は違う』とでも言うつもりかな?」

「そうだな。お前とは違うやり方を選ばないとな、と改めて思わされたさ」

 マティアスは憎悪をランヴァルドに向けていたが、ランヴァルドはただ、『やっぱりマティアスのやり方は短絡的だし、何より、長期にわたって稼ぐって視点が抜けてやがる』と思うだけにしておく。

 尤も……マティアスは、『長期にわたって』なんて考えていなかったのだろうが。

 だから、まあ、マティアスとランヴァルドは違う、と。そういうわけだ。

「じゃあ、まあ、処刑される時まで元気でな」

 さて。ランヴァルドは『用は済んだ』と挨拶をして、さっさと地下から出ていこうとする。……すると。

「……おい、ランヴァルド。お前から貰った積み荷、今どこにあるか、知りたくないか?」

 ランヴァルドの背に、マティアスがそう、言葉を投げかけてきた。

 マティアスの表情には憎悪と同時に焦りが浮かんでいる。ここでランヴァルドを動かせればまだ望みがある、とでも思っているのだろうか。

「ウルリカが教えてくれるだろうから今聞かなくてもいい。後で取り調べを受けた時にでも話しておいてくれ」

 マティアスが悪あがきするつもりなら……ランヴァルドはそれを裏切ってやるのみである。

「それに……悪いが、そんな『端金』にかまけている暇は無くなりそうなんでな」

 ランヴァルドは、ランヴァルドの言葉に愕然としているマティアスを見て笑うと、颯爽と地下牢を後にした。

 ……きっと、今生の別れである。だがこれ以上にやりようはない。

 マティアスは失敗した悪徳商人であったし、ランヴァルドは……まだ失敗していない悪徳商人なのだ。だから、互いに別れを惜しむものでもない。

 ランヴァルドは振り返らずに地下道への扉を閉めて……ふう、と息を吐いた。

 ……多少、やりきれなくはある。

 

 

 

 エヴェリーナの部屋に戻ると、ウルリカだけが残っていて、ネールはそこに居なかった。どうやらネールはパーティー会場の下見をしているらしい。気合が入っているようだ。

「……ということでやはり、マティアス以外の奴がステンティールの遺跡に侵入していた可能性が高そうですね」

「そうですか……厄介ですね」

 ということで、ランヴァルドはウルリカに諸々の報告を行っておいた。まあ、今後のステンティールのことを考えると頭の痛い話だろうと思われるので、ウルリカを少々不憫に思うが。

「それを聞くために、マティアスに面会を?」

「まあそうですね。俺としてもどうも、心残りなので。……仕えている訳でもない領地の極秘事項に首を突っ込むようで申し訳なくはあるのですが」

 ランヴァルドが肩を竦めて答えれば、ウルリカは少々、何か考えるような素振りを見せ……それから、少々迷うように、言葉を発した。

「……何故、彼を遺跡から連れて出たのですか?」

 

「へ?」

 ウルリカから発された言葉に、ランヴァルドは少々驚く。

「そりゃあ……アイツを連れてきた方が、あなた達の仕事が捗りそうだと思いましたのでね」

「それはそうですが……ええ、確かに、大変助かっております。首謀者を生け捕りにして情報を吐かせられるとなれば、やりようがあることも随分と増えますから。しかし、あなたは彼を殺しておくべきだったのでは?或いは、『殺したかった』のでは?」

 感情の読めないメイドの鉄面皮が、少々、不可解そうに歪んでいる。それを『人間らしい』と表現することもできるだろう。

 ランヴァルドは『この人はこういう顔もするんだな』と面白く思いつつ、答えを探す。

「まあ、俺はアイツが遺跡で文字通り足引っ張ってくれたことも、魔獣の森で俺を殺そうとしてくれたことも、金貨500枚分を奪われたことも、何一つとして許しちゃあいない。だからこそ……生きたままここに連れてこなきゃいけなかった。その方が、奴にとっては迷惑でしょうからね」

「そんなことをしても、あなたにとっては銅貨一枚の価値にもならないのでは?」

「そりゃそうですが……」

 妙に食い下がるウルリカを見て、『何を探っているんだかな』とランヴァルドも少々不思議に思うが、まあ、答えはもう出ている。

「……商人っていうのは、益を出すことだけを考えるもんじゃない。損を出さないことも考えるべきだ」

 ステンティールの封印の遺跡の中でも思ったことだ。何故、マティアスを殺さなかったのかと言われれば……。

「殺す以外の解決方法があるってことを、あいつに教えなきゃいけないと思いました」

 ……ネールを連れ回す以上、そうするべきだと思ったからである。

 

 

 

 ウルリカは暫く黙っていた。ランヴァルドは『何か間違えたか?』と内心で冷や汗をかいていたが……。

「……あなたのことを、誤解していたようです」

「は?」

 唐突にウルリカがそう言い出したので、ランヴァルドは素っ頓狂な声を上げる羽目になる。

「あなたは確かに守銭奴のようですし、そのために倫理を捨てた者にも見えます。けれど……ネールさんをただ利用しているだけではない。それにどうやら、矜持もおありの様子」

 ……このメイド、どうやら、人を見る目は無いようである。ランヴァルドは呆れ返りつつ……同じく人を見る目が無いネールに、少々憐憫の情を覚えた。まあ、騙しているのはランヴァルドの方なのだが……。

「あなたはあなたが思っているより、悪人ではありませんね」

「……そりゃあ、どうも」

 珍しく、鉄面皮を崩して微笑むウルリカを見て、ランヴァルドはなんとも居心地の悪い思いをする。

 ……悪徳商人も、地に落ちたものである。

 

 

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