終身刑のエルフ   作:もちもち物質@布団

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王国歴129年:ユースタス・オウルツリー

「これは、許すべきではないね」

「ああ。俺もそう思うぜ、ユースタス」

 ある日。ブラックストーン城の一室で、ユースタスとエルヴィスはそう、話していた。

 というのも、遂にブラックストーン家を取り潰す、という案が王城から出たからである。

 

 

 

 ブラックストーンは後継者も居ないのだから国が接収する、と半ば命令めいた打診が来たのは、つい昨日のことだ。

 これについてエルヴィスは『ユースタスが居るのに失礼な奴らだな!』と怒り狂い、ユースタスは『まあ、こうなる気はしてたよ』と遠い目をして……そして、老いたとはいえ尚健在のラフェールは『奴らを血祭りにあげてやろうか!』と物騒なことを言いだした。

 ひとまず物騒な方へ話が向かうのは避けるとして……エルヴィスとユースタスは『どうしたもんかなあ』と顔を突き合わせているのである。

 

「理屈は分からないでもない。奴らにとって僕達は、間違いなく目障りだ。そして、目障りだと思っていないような奴らについても、僕らを身代わりにして自分達は逃げおおせるっていう算段なんだろうし」

 ユースタスはため息を吐きつつ、へにょ、と元気のない顔をする。

「こうまで他領が冷たいとはなあ」

「な。こうならないように、歴代のブラックストーン達は結構色々、あちこちを支援してたんだけどなあ……」

 ブラックストーンの発展は、他の領地から僻みを買うだろうということはずっと分かっていたことである。だからこそ、魔導機関の開発者であったヴィクター・ブラックストーンとその父レヴィ・ブラックストーンを筆頭に、歴代のブラックストーン達は他領への支援を惜しまなかった。差し出した手を取らなかった者も居たわけだが、それはそれとして、方々に売れる恩は売っておいたのである。

 だが、それも意味が無かった、ということだろう。ブラックストーンに媚を売っていたような領主達であっても、今回の取り潰しの話には賛同の色を見せている。これにはがっかりさせられるが、仕方がない。人間など、30年以上前の恩は全て無かったことにできるような生き物なのだから。

「やっぱり、僕が来たのがよくなかった気もするね。オウルツリーがブラックストーンと統合、なんてことになったら、王都を飛び越えて国一番の都市になってしまう。危機感を抱かれるのも、まあ、無理はない」

「うーん……それが悪かった、なんて言われても、悲しいばっかりだけどなあ」

 ブラックストーンは今、あちこちからある種の裏切りを受けているわけだ。それはエルヴィスにとって、悲しいことである。そしてきっと、ユースタスや他の人間達にとっても、悲しいことだと思う。

 

「まあ……ポーレッタだけでも避難させられてよかった、と思おうか。彼女はオールディス領に居る以上、安全だろう」

 ブラックストーンを今すぐにでも潰してしまえ、とまで言う過激な者も、どうやら居るらしい。ユースタスだってエルヴィスだって、狙われていると思った方がいい。

 その点、ポーレッタはカリストに嫁いでオールディス領に居る。離れた土地に居るならひとまず安全であろうし……何より、あのカリストである。ポーレッタに何かがあったら天を裂き地を割ってでもポーレッタを助けようとするであろうあの謎の行動力と情熱の塊が居るのだから、漠然と『まあ大丈夫だろ』と思える。

「そうだな。ポーレッタは大丈夫……うん、まあ、俺はお前にも安全で居てほしいんだけど」

 そう。ポーレッタは大丈夫だ。安全に、幸せに暮らしていける。だが、ここに居るユースタスは、一番の貧乏くじとも言えるだろう。窮地に立たされ、大変な状況だ。

「それは……嬉しいね。ねえ、エルヴィス。君、僕のことは小さい頃に何度か遊んでもらっただけだったと思うけれど」

「え?って言っても、最近のことだしなあ。本当に、ついさっきまでちびっこだったのに、お前も大きくなったよなあ」

「あ、そうか。君にとって20年前って最近のことなんだね」

 エルヴィスはけらけら笑って、ユースタスを見る。

 ……オウルツリーとは親交がよく続いていて、今もブラックストーンが仲良くやれている領地の1つだ。そして、グレンの血を引く子供達がそこで生まれては育っていくので、エルヴィスはその様子をのんびり見ていたのである。

 ブラックストーンに住んでいるエルヴィスからしてみれば、オウルツリーの子供達の成長は本当に早い。『ちょっと目を離したらもう大きくなってた』というような具合である。毎日見ているわけではない子供達というものは、本当に、驚くような速度で成長していくように思えるのだ。

「それにやっぱり、ずっと見てる一族の子だからさあ」

「……そうか」

 彼らのことが愛おしいのは、エルヴィスが博愛の精神を持ち合わせているからではない。

 ただ、ずっとずるずると、1本の縁に連なるものを辿って歩いているだけなのだ。その過程にあるものを、愛してしまうというだけで。

 

「お前らがグレンの子孫じゃなかったら、全部、他の人間と一緒だったかもしれないよなあ、って思うと……なんか、変なかんじだな」

 きっと、エルヴィスはグレン・ブラックストーンと出会っていなかったら、こうなっていなかった。ずっと人間の国に居るようなことにはならず、当初の予定通り10年ほどでエルフの里へ帰って、そこで他のエルフと同じような暮らしをしていたのだろう。

「本来はきっと、そうなんだろうな。だからエルフはあんまり、人間と付き合うのが得意じゃない」

 たった1つの血脈と、ずっと付き合っていく。エルフと人間の関係は、そうしたものになりがちである。人間個人との付き合いが、エルフは苦手なのだ。

 だが。

「まあ……逆に言えば、人間の血脈丸ごとと付き合うのは、得意だぜ」

 きっと、これはこれでよいものだ。少なくとも、エルヴィスはそう、満足している。

 

「……なら、もう少し付き合ってくれるかな、エルヴィス」

 ユースタスはそう言って笑うと、何やら晴れ晴れとした顔でエルヴィスを見つめる。

 その瞳には、もうほとんど、グレンの面影は無い。だが、そこに続いている血脈を、確かに、感じることはできるのだ。

「おう。俺はブラックストーン城の永住権を持ってるエルフだぜ。ここを守るためならなんだって手伝う」

 懐に入れた手の中、黒い石板がエルヴィスの体温にぬくもっていく。その感触を確かめながら、エルヴィスは思い出すのだ。『俺は確かに約束したからな』と。

「そう言ってくれると思ったよ!」

 ユースタスはエルヴィスの返事に喜び、にっこりと上機嫌そうに笑って……そして、何でもないことのように、言った。

 

「えーとね。僕、死なば諸共、って思ってて」

 

 

 

 ……そうして、国は大混乱に陥った。

 というのも、ブラックストーンから、こんな意見が出たからである。

『ではいっそのこと、ブラックストーンもそれ以外も、すべての領地を国へ返還するというのはいかがでしょうか』と。

 ……ブラックストーンや他いくつかの領地だけが潰されるというのなら、いっそのこと、他の領地もまとめて全て潰せばいいのである。それで条件は揃う。優劣はそこに無くなり……後は、障害の無くなった更地の上で、この国全体を牽引すべく頑張っていけばいい。ユースタスはそう、考えたのである。

 これは、揉めた。大いに、揉めた。

 ……だが、揉めるのは悪いことではない。何故ならば、揉めることにすらならず『そんなものは認められない』と一蹴されて消えるだけの可能性も十分にあったからである。

 そう。揉めるということは、ブラックストーンの他にも、賛同者がある程度居た、ということだったのだ。

 

 そしてその賛同者とは……主に、民だったのだ。

 

 

 

 

「お義父様!お久しぶりです!」

「また君か……うん、よく来た、カリスト。ゆっくりしていきなさい」

「どうぞお構いなく!本日はブラックストーン領の領民の皆さんにもご協力を要請しに馳せ参じただけですので!」

 ……そう。カリストである。こいつである。大体全部、こいつのせいなのである。

 

「民衆に、というと……アレの話か」

「はい!やはり、こういう時は数で勝負すべき、とポーレッタさんも言っていました!」

 今日も元気なカリスト・オールディスは、満面の笑みを浮かべて話す。

「数が多いのは領民です。領民には領主ほどの力はありませんが、領民が集まれば、領主を倒すほどの力を持つことは歴史が証明しています。ですから、お義父様やユースタス様の仰る『領地制の廃止』は十分に可能かと」

 カリストの報告に、ラフェールもユースタスも、そしてエルヴィスも、皆揃って喜んだ。

 ブラックストーンだけ潰れてやる気など、さらさら無い。潰すなら国の悪しき部分もまとめて全て潰して、新たな体制を築いていきたい。そうして、よりよい世界を作っていきたいのだ。……かつて、ヴィクターとアイクが、魔導機関を作った時のように。

 

「今や、領主に政治を任せるのではなく、民衆こそが政治に参加していくべき、という考えが強くなっています。知識層への啓蒙活動を続けていたところ、彼らは『民主化』に対して大いに興味を示してくれまして!」

「民主化、か。うーむ、まあ、なるべくしてなる、ということだろうな」

 ラフェールは満足気に頷く。この国の変容を間近で見てきたラフェールだからこそ、実感は深い。

「魔導機関が普及したことで、各地への移動や連絡は格段に簡単になった。ならばわざわざ領地を分けて別々の者が治める必要もあるまい。1つの国として、この国の土地全てを国王が掌握する。そして、その国王を民衆が御す。……それが理想的なのかもしれないな」

 今、この国は、わざわざ分けて治めずともよいほどに、利便性が向上した。ならば、最早、領主など要らないのかもしれないのだ。

 ……グレン・ブラックストーンが魔導機関の発明を志したところから始まり、今、こうして国の在り様が変わろうとしている。エルヴィスなどは、随分と遠くまで来てしまったような気がしている。

「まあ、あとは国王を焚きつけて、ついでに、うちを潰そうとしている連中の悪事をいくつか暴露してやって……そうすれば国王も動いてくれるだろうか」

「説得でしたらお任せください!我らがオールディスは、幸か不幸か国王や旧体制に媚を売ってきた領地です!国王からの覚えもよいことでしょうし、そんなオールディスまでもが全領地取り潰しに賛成しているともなれば、他の領地も動くことでしょう!」

「やれやれ。では、僕が最後のブラックストーン領主になる、ということかな。まあ、丁度いいと言えば丁度いいかもしれないね」

 皆は笑い合う。そう遠くなくやってくる激動の時を予感しながら。

 

 

 

「それにしても……カリスト君。君は本当に、弁が立つというか、民衆を動かすのが上手いというか……」

「光栄です!僕はもしかすると、領主よりも、弁護士か何かに向いているのかもしれませんね。なら、領地制が解体された後は弁護士になろうかなあ」

「べんごし?って何だ?人間には職業が多いよなあ……」

 

 ……尚、カリストが弁護士になることは無かった。

 しかし、人間にとっては遠い未来、エルヴィスにとってはちょっと先のこと……カリストの子孫が本当に弁護士になるのだが、それはまた、別の話である。

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