終身刑のエルフ   作:もちもち物質@布団

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年上の友達*7

 それから数日。クラークがそわそわする日々が過ぎていった。

 エバニが来ると思えば、どうにも落ち着かない。会ったら何を話そう、と考え、そもそも看守の立場で囚人に話しかけても良いだろうか、と悩み、そもそもエバニはクラークのことを覚えているだろうか、既に忘れているのでは、忘れていなかったとしても好意的で居てくれるだろうか……と悩み、まるで落ち着くことが無い。

 クラークはそわそわしながらもきちんと自らの職務を果たしていたのだが、それにしてもそわそわしていた。あまりにそわそわしているものだから、アレックスに『お前、大丈夫か……?』と言われてしまった。クラーク自身にはそこまでそわそわしている自覚が無かったので、これには大変驚き、同時にこれを大変恥じた。

 あまりそわそわして周囲の看守に不審がられては、エバニと話す機会を失いかねない。……と考えたクラークは、『そもそも看守を欺かねばならないと考えた時点で犯罪者の側に立ってしまっているのでは』といよいよ心配になり、ますますそわそわし……。

 

「あんた、そわそわしてるなあ……」

「なんだと」

 遂に、エルヴィスにまでそわそわを指摘されてしまった。

「……そんなにか」

「うん。そわそわしてる。そわそわ具合で今のあんたの右に出る奴はそうは居ないと思うぜ!」

「まるで嬉しくないのだが……」

 右に出る者が居ない程のそわそわ具合、とは。それほどまでに自分はそわそわしているのか、と、いよいよ落ち込む。エバニにこのそわそわしている自分を見せるわけにはいかない。もっとしっかりしなくては。

「ま、こんなにそわそわしちまうくらいエバニと会うのが楽しみだっていうんなら、良かったよ」

 だが、エルヴィスはクラークを馬鹿にするでもなく、笑う。なにやら、妙に嬉しそうに。

「ほら、俺、またお節介を焼いているような気がしてたから……あんたのことが無くたってエバニをこっちに呼び寄せたいとは思っただろうけどさ」

「……お前が気にすることなど何も無い」

「だとしても気にするよ。そういうもんだろ?」

 エルフもそういうものなのか、と、クラークは少々不思議な気分になる。やはり、エルヴィスはどことなく人間らしいエルフだな、とも。……そもそもクラークはエルフというものをエルヴィス以外に知らないのだが、他のエルフが皆こうだとは思えない。エルフの森は昔からずっと変わらず、人間の侵入を拒み続けていると噂に聞こえてくるのだから。

「まあ……俺の心配も、あんたのそわそわで全部吹っ飛んだけど」

「……そうか」

 エルヴィスがけらけらと楽しそうに笑うので、クラークはいよいよ立場が無い。そんなにそわそわしているだろうか、と首を傾げもするのだが、気配に敏いエルヴィスだけでなくアレックスにまで『そわそわしている』と言われてしまっている以上、きっと、そわそわしているのだろう。不本意ながら。

「ま、あんまり深く考えずに居ろよ。多分、あんたが心配してること、大丈夫だからさ」

 エルヴィスにそう言われて、クラークはひとまず、頷いておく。そんなことを言われても不安は不安のままであったし、どこかそわそわと浮足立つ気持ちに変わりはないのだが……周囲の者達に気遣われている、という意識が、クラークを破滅からそっと遠ざける。

 そう。足を滑らせてどこまでも落ちていきそうだった大穴の淵から『そっちじゃないよ』と誘導されたような、そんな気分だ。

 本当なら、破滅してしまった方が良かったような気がする。全てを投げ捨てて、取り返しのつかない手段を講じることで、何かが変わるのなら。だが、今はそんな気分にもなれず……結果、クラークはエルヴィスと他愛ない話をして、気を紛らわすことになる。

「そういえばこの間、図書館からタンバリンの音が聞こえてきたから探してみたら、本棚の後ろにやっぱりあいつ居たわ」

「あいつとは一体何だ……?」

「うん?タンバリンマスター」

「タンバリンマスター……?」

 ……エルヴィスの話はしばしばよく分からないことがあるのだが、ひとまず、そわそわとする気を紛らわせるには丁度いいのだった。

 

 

 

 それからさらに数日。クラークは時々『タンバリンマスターを讃える歌』なる歌を口ずさんでいることがあり、それをアレックスから指摘されて愕然としたりもしたのだが……それはさておき、新たな囚人がやってくる日になった。

 囚人が新たに入所してくるのは、大抵、月の始まりである。ブラックストーンは特に大規模な刑務所であるので、囚人達はまとめてやってきて、まとめて入所する。

 クラークは入所してくる囚人のリストを確認し、彼らの独房の確認と整備を行って居たのだが……囚人達のリストの中に、『エバニ・ブラッドリー』の名前を見つけて、いよいよそわそわすることになる。

 エバニが、本当に来る。

 ……クラークは只々、緊張する。こうしてその日になってみると、胸の内にあるのは期待よりも不安が大きい。クラークの気性もあるのだろうが、それにしてもどうも、なにからなにまで心配で、悪い想像しかできず、今までとはまた異なるそわそわ具合で刑務所内をウロウロする羽目になる。

「クラーク。どうしたんだお前、この世の終わりみてえな顔しやがって」

「知人が入所してくるので」

「あー……そりゃ気まずいな」

 話しかけてきたアレックスに事情を説明すると、アレックスは『うわあ』というような顔をする。

「まあ……このご時世だからな。悪いことしてねえような奴だって入所してくるか。お前……お前、大丈夫か?」

「職務は今まで通り遂行します」

 アレックスは心配そうだが、クラークはそこは胸を張って答える。

 自分は看守だ。自分で選んだこの道は、きちんと真っ当する。

「そうだな。お前なら心配は要らねえか。職務に私情を挟むような奴じゃあねえな」

 アレックスはそう言って、ぽん、とクラークの肩を叩くと、ふと、表情を引き締めて囁く。

「俺は酒も飲むし監視の手を抜くこともある看守だが、そこんとこは手を抜いたことがねえ。俺達は法の最後の番人だ。忘れんなよ」

「はい」

 クラークも表情を引き締めて、そして、ふと、少しばかり心配になる。

 自分は、本当に大丈夫だろうか、と。

 ……エバニを前にしても、規律と法を……『正しい』のか分からないそれを、守ることができるだろうか。

 

「……ま、それもそろそろ終わりなのかもしれねえが」

「え?」

「あー、いいやいいや。大したことは言ってねえから」

 アレックスが何か、不可解なことを言ったような気がして顔を上げたが、軽く流されてクラークは首を傾げる。

「ま、ただ……法も、今までずーっと同じ法律だったわけじゃ、ねえしな。そろそろ色々、変わる時なのかもしれねえって、それだけだ」

 首を傾げていたクラークにそう説明して、それからアレックスはクラークの脇腹のあたりを小突く。

「ただ、そこんとこがどうであろうとも、お前、あんまりそわそわすんなよ」

「……はい」

 やはり、自分はそわそわしているらしい。クラークは意識を引き締めつつも、きっとこのままそわそわしたままエバニを迎えることになるのだろうな、とため息を吐いた。

 

 

 

『新人』が来る日の刑務所は、クラークでなくともどこか浮ついた雰囲気になる。

 看守も囚人も皆、新たにやってくる囚人達がどんな者達なのか、多少、興味があるのだ。何せ刑務所というものは、あまり変化が無い。新鮮なことがあれば、皆がそれに意識を向けるのは当然だろう。

 クラークもそうした気分になりながらも、職務を全うすべく、『新人』がやってくる日の警備態勢を何度も確認した。

 ……刑務所に入ってある程度経った囚人には、然程脱獄や脱走の心配が無い。年月が彼らを諦めさせるのだ。それに加えて、ブラックストーンは下手をすると塀の外よりも良い場所なので。だが、刑務所に入りたての者は、違う。

 刑務所に入りたての者ほど、注意が必要だ。護送中に脱走しようとする者も居る。到着してすぐに逃げ出そうとする者も居る。油断ならない。

 ……そして、クラークは看守としての職務に集中することで、エバニ・ブラッドリーから意識を逸らそうと試みている。今のところ、概ね、その狙い通りだ。クラークの意識は然程、エバニに引きずられていない。これなら数日前の方が余程、そわそわしていた。

「よお、クラーク。調子はどうだ」

「職務に集中できています。浮つくことはありません。順調です」

 アレックスにも自信をもって返事をすることができた。アレックスは『数日前の方がよっぽどそわそわしてたな、お前』とクラークがつい先ほど思ったばかりのことを言う。……自分で思う分にはいいが、他者から指摘されるとどことなく気まずいのは何故だろうか。

「予定だと、そろそろ護送の車が到着するはずだ。気、抜くなよ」

「はい」

 アレックスがアレックスの持ち場へ向かっていくのを見送って、クラークもまた、自分の持ち場へ戻る。

 

 クラークの持ち場は、ブラックストーン刑務所の門が見える位置の監視塔の上だ。クラーク自身が動くというよりは、何か不審な動きが見えたらすぐさま連絡を行う為の係である。

 クラークをこの位置に配備するよう進言したのは、アレックスだった。アレックスは『怠けずに何もない門を見張ってられる奴に任せた方がいいだろ』と言って、クラークを推薦したのである。

 ……そうしてクラークはここに居る。この刑務所に居て、護送係以外で最も早く囚人達を見ることになる、この場所に。

 

 

 

 不安は、残っている。

 自分は確かに看守の役目を果たせるだろうか。私情を挟まずにいられるだろうか。

 そして、エバニは今の自分を見て、何と言うだろう。

 ……あまりにも多くのものが変わってしまった。

 国も、そこに在ったはずの『正しさ』も、変わってしまった。そして何より、クラークが、大きく変わってしまった。

 ……そしてエバニもきっと、何か、変わってしまっている気がするのだ。それがクラークには、恐ろしい。

 

 クラークが不安だろうが、時は流れる。

 やがて、遠くから魔導機関の動く音が聞こえてくる。クラークが身構える中、魔導機関車が重々しくやってきた。

 近づいてくる音に緊張を高めて、クラークはじっと、その時を待つ。

 石畳の上を走ってきた魔導機関車が少々急に停車し、門が開かれ……そして、徐行で魔導機関車が入ってくる。

 車の後ろで門が閉められて、そこでようやく、魔導機関車は完全に停止し……ガチャ、ガチャ、と金属同士が触れ合う少々重い音が響く。

 護送車の扉を守っていた鎖が外されていく。更に掛けられていた鍵がガチャン、と開く。

 そして、存外滑らかに戸が開き、中から囚人達が出てくる。

 ……ぞろぞろと一列になって出てくる囚人達の中に、エバニも居た。

 

 少々遠くからでも分かる。エバニは以前とさして変わらない姿で歩いていた。

 彼に枷が掛けられているのは胸が痛んだが、怪我も病気も無さそうなエバニを見れば、真っ先に安堵が満ちていく。

 それに……。

「……あなたらしいな」

 クラークが見守る先で、エバニはきょろきょろと、ブラックストーン刑務所を眺めていた。

 それはそれは、楽しそうに。好奇心いっぱいの顔で。

 早速、隣の囚人に何事か楽しく話しかけるエバニを見て、クラークは静かに笑った。

 ……いろいろなことが変わってしまったが、エバニはどうやら、変わらずに居てくれているようだ。

 

 そして。

「あ」

 きょろきょろと辺りを見回していたエバニが、ふと、クラークの方を見上げた。

 目が合う。

 咄嗟に逃げ出そうか、とも思ったが、クラークは緊張したまま、動けない。

 ……すると。

 エバニは如何にも温厚そうな、あの頃のままの笑顔で、そっとクラークへウインクしてみせた。

 

 

 

 ……いろいろなことが、変わってしまった。クラークだって、変わってしまった。

 だが、それでも変わっていないものがあって……少なくとも、エバニはまだ、クラークの友達で居てくれるようで……それが只々、嬉しい。

「敵わないな、あなたには」

 クラークは呟いて、安堵の息を吐いた。

 先程までと同様、気は抜かず、門を監視しながら。それでも……先程よりずっとずっと、明るい気持ちで。

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