ジャイロツェペリ、キヴォトスに行く   作:ウェカピポの妹の夫

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チケット・トゥ・ヘル

 

 外は青空。

 

 さっきまで寝かされていたベッドだけが置かれた簡素な部屋。窓の景色をぼんやりと見ていたジャイロは振り返り、隅にいる少女を見つめる。

 

「……ひとつ、聞きたいことがあんだけどよォォ〜〜〜」

 

 なに?と、少女は肩をすくめながら答える。先ほどは気づかなかったが、かなり小柄だ。それでいて強い。そこへ、ゆっくりと……一歩づつ近づいて行く。

 

「『目』の話だ。お前さんオレをブチ抜く前なんつった?」

 

 

「あ〜……あの時はごめんね」

 

「いや謝んで良い。んなことよりずっと大事な話だ」

 

「怪我人なんだし、無茶はしない方が良いよ。お茶飲んでく?」

 

 少女はのんびりした調子で提案をする。しかし、ジャイロは彼女の目を捉えながら、歩いて行く。

 

()()ない』っつー言い方はよォーーッ、最近落っことしたか、知ってるヤツに譲ったみてーな言い方じゃあねーか?」

 

 

 やっと、彼女の前まで来れた。見下ろす形で少女の目を見るジャイロ。二人の間に緊張がほとばしる。

 

「いや〜、答えてあげてもいいんだけど、その……ちょっとね〜?」

 

 少女は目を合わせてはくれず、話をはぐらかす。

 

 

 もう一歩、詰め寄った。

 

「オレはスッゲーシンプルで簡単な質問をしてるんだぜ? 『遺体をどこにやったんだ?』」

 

 ゆっくりと膝を曲げ、屈む。互いの目線が合わさり、顔が迫る。

 

「お前はアクションを起こした場所をたった一言だけ言う、それだけで良い……」

 

「そもそもさ……どうしてあれにそんなに固執するの?」

 

 少女は視線を逸らし、質問に答えようとしない。ジャイロの声がさらに低く響く。

 

「オレは納得がしたいだけだ。それに、遺体を元に戻す『権利』がオレにはある」

 

 「納得ね……」と口にした少女は、うつむいた。そして静かに口を開いた。

 

 

 

 

「売った」 

 

「はッ!?」

 

「売っちゃったね。警告の時に言ったはずなんだけどね〜」

 

「オイオイオイ聞いてねーんだが…………そうか、でどこに売りつけやがった?」

 

 近くまで迫ると、少女は少し俯く。そして答えた。

 

「……ゲヘナ学園って知ってる?」

 

 部屋の空気が一瞬止まる。

 

 

 

「ゲヘナ……」

 

 その名を聞いた瞬間、ジャイロの脳内に聖典の内容が思い出されていく。顎に手を置いて天井を仰ぎながら、部屋をグルグル回り始めた。

 

(ゲヘナっつったら……なんつぅーかヤッベェ名前だ……)

 

「うへっ? そこまで驚く?」

 

 一人でブツブツ呟くジャイロを見て、少女は困惑したように声をあげる。

 

 

 ジャイロが突然振り返り、近づいて少女の肩を力強く掴んだ。彼女の口から「わっ」と声が漏れた。

 

「ゲヘナってーのはもしかしてだが……地獄みてーな場所なのか?」

 

「……知ってたの? 大体あってるけど」

 

「地獄か……地獄ね……よりにもよって地獄」

 

 ジャイロは深刻な表情で俯き、また呟いた。

 

(いや…………場所なんてどーだって良かったんだ。今までだってな……)

 

「ゲヘナだな。深く感謝するぜ、チビッコ」

 

「チビッコって……ひどいなぁ」

 

 

 少女がジトリと見つめる中、ジャイロは勢いよくドアを押し開けて廊下へ踏み出す。しかし、背後から声が追いかけてきた。

 

「お詫びって言ったらあれだけど……」そう言って少女はある物を取り出した。

 

 ジャイロは振り向いて首を軽く傾け、目を細めてホシノの手元を見る。眉が動くが、すぐに鼻で笑う。

 

手には札束が握られていた。

 

「はっ、いらねーよ」

 

「いいから、受け取って」

 

 彼女の声は軽いが、目には有無を言わさぬ圧があった。

 

 ジャイロは気が乗らないまま紙幣を手に取り、指でパラリとめくる。この学校のボロい部屋、ヒビ割れた窓ガラスと、目の前の大金のギャップ。

 

「いいのか? この学校、ボロボロじゃねえか」

 

 紙幣を扇のように広げ、少女を試すようにニヤリと笑う。対して彼女はヘラリと笑い、窓の外をチラッと見てあくびをする。

 

「いいのいいの。臨時収入が入ったからね〜」

 

 ジャイロは紙幣をポケットに押し込み、ハットを軽く持ち上げて部屋を出る。

 

「そうか……本当に良いんだな?」

 

「いいから! お詫びだから!」

 

 しびれを切らしたのか、無理やり体を押し、部屋から出される。

 

 そのまま廊下を歩き、学校から出ようとする。振り返ってみると、少女がひらひらと手を振っていた。

 

 歩きつつ観察すると、ところどころヒビ割れた窓ガラスや、砂を被った備品が目に入る中、緑色に光る避難誘導灯を見つけ、それに従って歩いた。

 

 

 出口に辿り着き、ガラス張りのドアを肩で押すと……うだるような暑さだった。熱気が全身を包む。

 

 自分が撃たれた場所をちらりと見流し、校門を潜り抜けて道に出る。歩いてきた道を途中まで戻り、あの青看板を見つけると、印刷された文字を見上げて確認した。

 

「このまま真っ直ぐ2キロか。こんな場所だってのに動くんだな……」

 

 汽車に乗る機会さえ少なかったジャイロにとって、未知の移動手段に少し胸が高鳴る。

 

 

 おもむろにポケットに手を突っ込み、紙幣を取り出す。中々の厚みであることに改めて驚く。

 

「結構な大盤振る舞いだな。 撃たれた甲斐があったってもんだぜ」

 

 紙幣を一枚手に取る。回転の力を使い、腕の表面に紙幣を撫でるように滑り込ませる。すると、紙幣が肌に差し込まれ、隠されていく。同じ位置に被らないように気をつけて、二枚目を隠す。この方法で紙幣を体中に隠し終わり、ニヤニヤしながらまた闊歩し始める。

 

 

 

 突如、目の前に現れたのは、ヘルメットを被った二人組だった。銃口を向けられた。

 

「やいやい! 痛い思いしたくなかったら金置いていきな!」

 

「そーだぞー、ばっちり見てたんだからな!」

 

「おっと……」

 

 ゆっくりと両手を上げ、刺激しないように観察する。

 

(早速来るか……)

 

 

 相手との距離、一メートル。打破する案を思いつく。

 

 

「『良いもの』を見せてやろう」

 

 顔を見合わせる二人に、片手を上げたまま鉄球を一つ手に取り、前に差し出す。

 

 

 

 

────触ってみろ

 

 

 

 意味不明な要求に、不良の一人が戸惑いながら手を伸ばす。指先が鉄球に触れた瞬間、耳をつんざく音が響く。

 

「えっ」

 

 

 

 

(いった)ーっ!」

 

 銃口が、もう一人の首筋に向いていた。

 

 鉄球の回転に呼応するかのように、触れた方の銃を持っていた手が、あり得ない方向に曲がっていた。

 

 

 仲間へ銃口が向き、硝煙が出ている。怯んでいるうちにすかさず触らせていた鉄球を脇腹へ直撃させる!

 

 

「ぐえっ!」

 

 鉄球が、当たったところから中心にぐしゃりと抉り潰されていく。同時にホルスターの鉄球をもう片方へ!

 

いっぱああぁーーつッッ!!

 

 

「がはぅっ」

 

 

 

 

 倒れ込んでいる二人を尻目に、鉄球が手に戻ってくる。気絶した少女たちを見下ろしながら傷跡を観る。

 

「……(かて)えな……予想はしていたが」

 

 周囲を見回すと、家とビルが立ち並ぶコンクリートジャングル。黄金長方形とは程遠い、雑然とした地形だ。鉄球が武器としてどこまで通用するのか不安を抱え、ジャイロは歩き出した。

 

 遠くで電車の汽笛が聞こえ始め、やがて駅の入り口が見えてきた。

 

 


 

 

 案内板を見ながら、切符売り場へとたどり着いた。目の前に立つ光る端末に、ぎこちなく指を滑らせる。

 

 画面に映る『D.U.中央地下鉄駅』の文字を見つけ、ボタンを押す。機械からカタカタと音が響き、薄っぺらい紙の切符が吐き出されると、思わずニヤリとした。

 

ニョホホ

 

 切符をピラピラとはためかせ、改札を通る。あまり慣れない場所で、迷いながらなんとかホームへと降りていく。

 

 

 時刻表を見上げると、電車が来るまであと数分だった。

 

 

 遠くから響く低い唸り音が聞こえ始める。太陽が肌を突き刺す中、電車にピントを合わせた。轟音と共に電車が滑り込んでくる。徐々にスピードが緩まっていくも、目の前を通ると強い風圧を受け、一瞬たじろぐ。

 

 

 ドアが開いた。入った途端に冷たい空気が身を包むなか、適当な座席に腰を下ろす。がら空きの電車の中、ドアが閉まる音がすると同時に窓の外が一瞬で流れる!

 

 

 

「うおおおぉぉッッ!!! スッゲェーー速えッ!!」

 

 飛び出そうな勢いで窓に頬をくっつけ、ビルがブレる速度に目を輝かせる。

 

 

 

(馬も汽車もぶっちぎりィッ!)

 

 


 

 

 やがてアナウンスが「D.U.中央地下鉄駅」と告げ、電車が減速し、停まる。ドアが開き、ホームに出て、辺りを見回す。

 

 降りたホームは静かで、自分の足音だけがコンクリートに響く。まるで生き物のいない世界に迷い込んだかのようだった。だが、出口へ向かうにつれ、ざわめきが聞こえ始め、活気がどんどん増えていく。

 

 スーツを着た、まるでマネキンのようにのっぺりとした顔の『何か』、色とりどりの毛並みを持つ二足歩行の『奇抜な動物』、そして……巨大なリュックを背負い、こちらを警戒するように見つめる少女。見慣れた人間がいない惨状に、ジャイロは一瞬たじろぐ。

 

「なんつーか…………恐ろしいな」

 

 見たことのない存在たちが、ごく自然に生活している。まるで自分だけが、別の世界の住人であるかのような、ゾッとする感覚だった。しかし、その恐怖は一瞬で消え去る。ジャイロはすぐにニヤリと笑った。ゲヘナへの道は遠いが、胸には遺体に対する執念が燃えていた。

 

 

 

「んじゃあ……まっ、行くぜ! ゲヘナッ!」

 

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