アビドスユメモドキ 作:泡沫のユメ
私はまた夢を見ているのかもしれない。そう思ってしまうくらいには目の前の光景を信じることができない。最近先輩の夢をよく見るし、きっと夢なんだろう。
ああ、けど、それでも。夢で、幻であったとしても。
「ユメ、先輩……」
先輩が目を覚ましているなら。また話せるのなら、もうどうだっていい
「せんぱいっ! ユメぜんぱいっ!」
私は先輩に抱きついた。
「わっ。ホシノちゃん·······大丈夫····?」
先輩は私を心配しながらも抱き返してくれる。頭を、撫でてくれる。涙が、言葉が、溢れてくる。
「せんぱい····ごめん····なさい....」
「わたし····私、あの時先輩に強く当たってしまったことをずっと、ずっと後悔してて····でも謝りたくても先輩は私のせいで目を覚ましてくれなくて····それに...」
「········」
「それに····素直で優しい後輩達が来てくれたおかげで気がついたんです。私は····優しくも、なくて····素直にすら、なれなくて····先輩に迷惑ばかりかけてたって····しかも先輩も、守れなくて····」
「ホシノちゃん」
結局、わたしは何も....
「私が····私があの時先輩に怒らなければってずっと、ずっと後悔してて····私が、あのときせんぱいに手を差し出さなければって...」
いや、違う。それ以前のはなしだ
「それか、そもそも私が·····いなければ....」
先輩は、今頃····
「ホシノちゃん!!!」
大きな声で先輩に名前を呼ばれて、私の言葉は遮られる。
「ホシノちゃん、違うよ。それだけは絶対に違う」
なにが違うんだろう。だって私は····先輩を····
「たしかにホシノちゃんはちょっとだけ意地悪だったけどね。でも本当は誰よりも優しくて、とっても頼りになる私の大事な、何よりも大切な後輩だよ」
いったい先輩は誰の話をしているんだろう····私は、私はそんな人間じゃなかった。私は先輩を追い詰めただけの最低な····
「····全然違います····私はそんな····優しくなんて....」
「ダメだよ、自分を責めすぎちゃ。それにねホシノちゃん。あの時の私はさ、未来が見えなくて、辛くて。アビドスを諦めそうになってたの」
「私はホシノちゃんがあの時手を差し伸べてくれなかったら、ホシノちゃんがいなかったら全てを諦めてたよ。今のアビドスがあるのはホシノちゃんが来てくれたおかげなの」
「他の誰がなんと言おうとも、私はホシノちゃんに救われてるんだよ。ホシノちゃんが優しくないだなんて、頼りにならないだなんてことは、いなければよかったなんてことは絶対にありえないの」
「そんな····ことは····」
「あの時のことは許すよ。ホシノちゃんだけのせいじゃないもん。間違えちゃってたのは私も同じだったんだし、ちょっとすれ違っちゃっただけなの。だからホシノちゃんが自分を責めすぎる必要は全くないんだよ」
「·····わたし·····は...」
「それに、私が生きてるってことは遭難してた私を助けに来てくれたんでしょ? その後だって私が目を覚ますまでひとりでずっとアビドスを守ってくれたんでしょ?」
「だからねホシノちゃん、ありがとう。私をずっと守ってくれて、助けてくれて。いつもありがとうね」
私はもう限界だった。
「うっ....ううっ....」
「うあああああああっっ!」
涙が溢れてとまらない。さっきまでとは比べ物にならない程に溢れてくる。
「ひとりでずっと大変だったよね」
「はい。わたし....わだじっ、ほんとはずっと、ずっと辛くて。でもアビドスに残ってるのはわだじだけだからっ。ひとりでもっ、守らなきゃいけなくて....先輩がいなくなって、目を覚まさなくて辛かったですけど、それでもわたしは....」
そう言った私のことをせんぱいはギュッと、より強く抱きしめてくれる
「よしよしホシノちゃん。いっぱい、いっぱい頑張ってくれたんだね·····ありがとうね」
「うう.....」
「大丈夫? 息苦しくない?」
こんなに、こんなにも温かくて幸せなのにこれは夢で、次に目を覚ました時にはまた先輩とは会えなくなる
「ユメ先輩····あいたい、です」
「私も、ずっと会いたかったよ?」
「それに、安心してホシノちゃん。今日からは毎日、毎日会えるから」
先輩は私の頭を撫でてくれる。夢なのにとても温かくて、安心できて。眠ってしまったらもう二度と会えないかもしれないから、意識を手放したくないのに
「おやすみ、ホシノちゃん」
そんなせんぱいの言葉が聞こえて、私の意識は薄れていった。
◇◇◇
「泣き疲れちゃったかな....」
ホシノちゃんは私に抱きついたまま眠ってしまった。さっきの反応からしてもずっと自分のことを責めていたんだろうし、原作のホシノちゃんみたいに悪夢を見ていてあまり寝れていなかったのかもしれない。
あの出来事は私がホシノちゃんを心の底から信じていなかったからこそ起きたのだと思う。ホシノちゃんは私が守らなければいけない存在なんだって心の何処かで考えていたから。だからきっと本当の意味では頼っていなかったんだ。ホシノちゃんに負担をかけたくなかったから
でももうそんな考えは捨てる。ホシノちゃんは私が守らなきゃいけないほど弱くなんてないし、そもそもホシノちゃんが望んでもいない気遣いをする意味が無い。本人の為になっていないのならば余計なお世話でしかないし
というかよく考えると散々信頼してるだの頼りにしてるだの言っておきながら、肝心な時には頼らないんだから怒られても仕方がなかったように思う。
ちなみにお医者さんには後輩に会いたいから詳しい検査とかは明日まで待って欲しい、と伝えておいた。前日までの検査では異常がなかったのに加えて、最低限の検査は終えたし、ホシノちゃんがずっと苦しんでるのはお医者さんも少し把握していたみたいだった。体調に異常がないならば寧ろ会って安心させてあげて欲しい、とまで言われたし。
「これからはまた、私もがんばるからね」
だから今はゆっくり休んで欲しい。心も体もたくさん、たくさん傷ついてしまっただろうから····
◇ ◇ ◇
次に意識を取り戻した時、私は絶望した。だってあんなにも幸せで温かい夢を見れたのに、現実では先輩は眠ったままだ。きっと昨日のあれは救われたいと願った私が見た夢か妄想だったのだろうし。
····そう、思ってたのに
「え····せん····ぱい?」
私は温かくて柔らかい何かに、いや、ユメ先輩に抱きしめられていて、ベットの中にいた。意味がわからなかった。また涙が少しだけ溢れてくる。
だって、あれは夢なはずで、現実の先輩は眠ったままだ。もしかしてまだ夢を見てるのかな、なんて馬鹿なことを考えて。とりあえず先輩を起こすことにした。
「先輩、起きてください」
体を揺すりながら声をかけると先輩はすぐに目を覚ました。
「んぅ····この声····は····ほしのちゃん? ····どうしたの····ほしのちゃん...」
寝ぼけているみたいだ。なんだかいつも以上にぽわぽわしている
「その····なんで私は先輩と一緒に寝てたんですか? 先輩が起きたのは私の夢のはずで····」
「ゆめ? これはゆめなの?」
「いや、私もそれが知りたくて....」
先輩が寝ぼけているからか会話が成立していない気がする
「えへへ、ゆめにもホシノちゃんが出てきてくれるなんてしあわせ〜」
そんなことを言いながらギュッと強く抱きしめてくる
「え、ちょ、ちょっと先輩!?」
気がする、じゃない。間違いなく会話が成立していない
「ふふ、ゆめならほしのちゃんを好きにしていいもんね?」
そんな事を言いながら先輩は頬擦りしてくる。さすがに恥ずかしい。しかし夢だと思い込んでいるらしい先輩はとまらない
「大好きだよ、ホシノちゃん。アビドスに来てくれてありがとうね。いっぱい、いっぱい幸せになって欲しいな〜」
もうどうすればいいのか全くわからなくなった。昨日から色々とありすぎて、言われすぎて。情緒も思考もぐちゃぐちゃになっている。
「私、ホシノちゃんが来てくれてからすっごく幸せだったんだよ。あんなにも幸せで楽しかったのは生まれてから初めてだったの。それまでは未来への不安でずっと悩んでいたから····」
「でもホシノちゃんと一緒にいる間はそんな不安なんて全部忘れられちゃうくらい安心できて····未来が少しずつ明るくなっていったの」
「私はホシノちゃんがいてくれたおかげでがんばれたんだよ。ホシノちゃんが来てくれることを信じていたからあの時までがんばれたの」
「だからね、これからも色々あるとは思うけど、また一緒にがんばってくれたら嬉しいな····」
何をどうすればいいのか全くわからない中でも、これだけは、この言葉にだけは絶対に応えたかった。
「もちろんですよ、先輩。これからはまた一緒にがんばっていきましょう」
「·······ふふ。ありがとうねホシノちゃん」
ユメ先輩は嬉しそうに、心の底から喜んでいるのがこちらに伝わってくるほどに眩しい笑顔を浮かべていた
「ちょっとだけ恥ずかしいことまで勢いで言っちゃったな····まあ夢だし大丈夫かな····?」
先輩はまだ夢だと思っているらしい。私はさすがに気がついた。昨日のことも今起こっていることも間違いなく現実なのだ、と。
····ちょっと申し訳なくなってきた、私だけ先輩の気持ちを聞いてしまったし····
「先輩····その、言いづらいんですけど····」
「どうしたの?」
「これ、多分夢じゃなくって····現実、です」
「···········わーお········ほんとだ。ほっぺた痛いや·····」
自分のほっぺを抓りながらそんなことを言う先輩。やはり気がついていなかったらしい。もう寝ぼけてはいないようだが
「うーん·····まあ、別にいいか」
「いいんですか? さっき夢だしって言ってましたし····私だけ先輩の気持ちを聞いちゃった気がしてなんだか申し訳なくて....」
「まあ、たしかにちょっとだけ恥ずかしいけど····でもさっきのは私の嘘偽りない気持ちだから。内容も別に恥ずかしがるような事じゃないしいいかなって」
「そんな軽い感じで言うようなセリフじゃなかったと思うんですけど·····?」
「まあ、そうかもしれないけど。でも私って普段から似たようなこと言ってたと思うよ?」
········たしかに。そういえばこの人はすぐ私に好きとかかわいいだとか言うような人だった。ユメ先輩が全く変わっていなくていつも通りで。なんだか安心してしまった
「そういえばユメ先輩は変な人でしたね」
「····ふふ。ホシノちゃん、やっと笑ってくれたね。やっぱりホシノちゃんには笑顔が似合うよ」
「これからはまたふたりでがんばろうね」
そういえばユメ先輩が目を覚ましていた衝撃で後輩達のことを話すのをすっかり忘れていた。これを伝えるためにお見舞いに来たと言うのに。
「ユメ先輩、実は····」
後輩達のことを話そうとしたその時、病室の外からドタドタとした慌ただしいふたり分の足音が聞こえてきた。
ふと思ったが·····今の状態を誰かに見られるのはかなり恥ずかしいんじゃないだろうか。だってベッドの中で抱き枕のように先輩に抱きしめられてるし、先輩の胸に顔を埋めてるような形になっている。
「ゆ、ユメ先輩。離してくれませんか? 多分誰かが来てますし、今の状態を見られたら恥ずかしいですから」
「た、たしかにそうかも····」
先輩も同じような事を思ったらしく、少しだけ顔を赤くしながらも離してくれた。そしてベッドから降りて立ち上がろうとした瞬間
「あっ」
「えっ、ホシノちゃん!?」
バランスを崩して背中からユメ先輩の方に倒れ込んでしまった。
「す、すみませんユメ先輩。なんだか安心しちゃってたせいかちょっと腰が抜けてたみたいで····すぐ起き上がりますから」
ユメ先輩が受け止めてくれたため怪我はないのだが、仰向けになっただけでさっきまでと姿勢がほぼ変わらない。しかも。立ち上がる前に病室の扉が開いてしまった。
「ホシノ先輩! ユメ先輩が目を覚ましたってほんとですか!? さっき学校に病院から電話が····かかって·····きて·····」
入ってきたのはノノミちゃんとシロコちゃんだった。最初は心配していたからか大きな声をあげていたノノミちゃんだったが私達と目が合ってから尻すぼみになっていった。
······気まずい·······とても·······とても気まずい。だって私は今、ベッドの上でユメ先輩に仰向けで倒れ込んでいる。そんな光景を後輩に見られているのだから。
ノノミちゃんは口を開けたまま固まっているし、シロコちゃんは首を傾げている
「えぇ····っと·········お邪魔·······しちゃいました····?」
なにか勘違いをされている気がする
「違うよノノミちゃん! 違うから! 勘違いだから!!誤解だから!!!」
この後しばらく説明してからようやくノノミちゃんの誤解は解けた。ちなみにシロコちゃんはその間ずっと首を傾げていた。