アビドスユメモドキ 作:泡沫のユメ
1月25日追記
サブタイトルで誤解されている方が一定数いるので変更しました。
私は薄暗いオフィスで黒服と相対していた。なぜか初めて会ったときのような恐怖は微塵も感じない。
「クックック、それでは答えを聞きましょうか」
答え。それはもちろん提案を受けるかどうかについてなのだろう。
「断るよ」
「·······どうして?」
黒服の顔は変わらない。しかし少し困惑しているような、そんな雰囲気を感じる。初めて提案された時はかなり悩んでいたし、私が契約を結ぶと思っていたのかもしれない。
「私はアビドスの生徒会長だからね。あの子達を守る義務があるんだよ。だから学校を去るわけにはいけない」
「なればこそ私と契約を結ぶべきでしょう。そうすれば借金を半額にまで減らすことができます。それはユメさんの目的に繋がるのでは?」
聞き分けのない子供に言い聞かせるように、或いは諭すように、黒服は言の葉を紡ぐ。
「あなたの考えていることはわかりますよ。今のまま借金を返済し続けたところで完済できるか不安なのでしょう? 後輩や学校を守れるかわからなくて悩んでいるのでしょう? ならば私の提案に乗るべきです」
少し前の······ホシノちゃんに相談する前の私ならそう考えていただろう。
「ユメさんは学校と後輩たちを守りたい。私はユメさんの優秀な力を企業で使いたい。私どもの企業に所属していただくというのは、お互いにとって利のある話なのですよ」
「·······黒服の言ってることは正しいよ。今のまま借金を返し続けたところで完済はできないかもしれない。みんなを守れないかもしれない。全てが、徒労に終わるのかもしれない」
「えぇ。ですので「でも」·····」
言葉を遮られた黒服はどこか不機嫌そうだった。
「それでも私は諦めないし、契約を結ぶつもりもないよ」
「·······なぜ? 何故なのでしょうか?」
心底理解できない。黒服はそんな感情を滲ませながら聞いてくる。
「これはある人の受け売りなんだけどね」
私がひとりでアビドスを守っていた頃、心が折れそうだった時に思い出していた言葉で、忘れないようにしていた考え方。
「例え全てが虚しくても、徒労に終わるのだとしても。それでも、抵抗し続けることをやめるべきじゃないんだよ。それは、今日最善を尽くさない理由にはならないの」
全てが虚しいものだと教えられ、憎しみを植え付けられ、虐げられた。そんな世界にいながらもたったひとりで抗い続けた少女を、コンクリートに咲く一輪の花に希望を見出した少女を、私は知っている。
「それにあなた達よりもホシノちゃんの方が信じられるからね。まだ私達にもやれることはあるんだよ」
「·······たしかにホシノさんは強いです。キヴォトス中を探しても、ホシノさんに匹敵する実力を持つ者は片手で数える程しかいないでしょう」
「しかしそれだけです。今のアビドスの現状を考えればわかることでしょう? 強さだけでは何も変えられないのですよ」
「強さだけじゃないよ」
私は目をつぶってホシノちゃんと過ごした日々を思い返す。
ふたりで色々なことをやった。指名手配犯を倒して、宝探しをして、柴関ラーメンへ行って、水族館にも行った。
ふたりで悩み続けた。アビドスの治安をどうするのか、借金をどうするのか。
そして、一度は別れてしまった。
辛いことだってたくさんあった。でも、それでも。
あの日々はたしかに輝いていた。あの日々を手に入れるためならば私はなんだってできる、奇跡だって起こせる。そんな気持ちになれる。
「········やはり私には理解できません。なぜホシノさんをそこまで信頼できるのでしょう? なぜアビドスの現状を誰よりも理解しておきながら、ホシノさんがいれば全ての問題を解決できると、そう信じることができるのでしょう?」
「·······言ってもきっと、理解できないと思うよ」
この気持ちや思い出は、私がこの世界で手に入れた宝物だ。黒服には理解できないだろう。
「··········いいでしょう。交渉は決裂です」
黒服は残念そうな声でそう告げた。······そんなに私で実験したかったのかな?
「もうひとつ質問させてください。梔子ユメさん、あなたはいったい何者なのでしょうか?」
「何者って·····今自分で言ったでしょ? 私はアビドス生徒会の生徒会長、梔子ユメだよ」
「······本当にそうなのでしょうか?」
「?」
何を言ってるんだろう? 疑われるとは思わなかった。いや、たしかに本物ではないモドキではあるんだけどさ。それでもこの世界では私が梔子ユメだ。
「いえ、聞き方が悪かったですね。たしかにあなたの一部ではあるのでしょう」
「しかし私から見たあなたの本質は全く違います。歪で不可解。他のどの生徒とも違う。そんな存在です」
「故に、もう一度聞きましょう。あなたは一体、何者なのですか?」
「·········」
黒服が言いたいのはあの精神世界でユメ先輩が言っていたことなのかもしれない。なんか色々混ざってるとか言ってたし。というかなんで黒服はそんなことがわかるの?
私が何者か·······そんなのは私にもわからない。
私はたしかに梔子ユメだけど、キヴォトスでは先生でもあったし、元を辿れば日本人だ。
黒服の言う歪や不可解、というのはこれのことを言いたいのかもしれない。
でも、そんな私にも確実に言えることはある。
「自分が何者か、なんて私にもわからないよ。間違いなく言えることは、私がホシノちゃんやシロコちゃんにノノミちゃん········アビドスのみんなの味方であるってことだけだよ」
「···········そうですか。えぇ、やはりあなたは興味深い存在です」
「微力ながら幸運を祈っていますよ。クックック·····」
·····これ、すっごく興味を持たれてないかな? なんか楽しそうな声を出してるし。まあ、とりあえず用事は終わったんだ。学校に帰ろう。
私はオフィスを後にしてアビドス高等学校へと向かった。
◇◇◇
「戻ったよ〜」
「ユメ先輩、おかえりなさい」
「おかえりなさい」
「あれ? シロコちゃんは?」
対策委員会の部室にはホシノちゃんとノノミちゃんがいた。
「シロコちゃんはサイクリングに行くって言って出ていっちゃいました」
「元気いっぱいだねー」
シロコちゃんは原作通り運動大好きっ娘だった。最近はノノミちゃんの教育のおかげが様々な常識を身につけている。記憶が無いからなのか、吸収力がすさまじい。
·······なぜか常識を身につけても銀行強盗に対する執念だけは変わらなかった。何が彼女をそこまで惹き付けるのだろうか·····
「あ、そうだノノミちゃんにも言っておかないといけないことがあるんだった」
「私にですか?」
「うん。私、アビドス生徒会を抜けることになったから一応伝えておこうと思って」
「······えっ!?」
ネフティスの令嬢なら私のことをよく知っているのだろうし、驚くのも無理はない事だと思う。
「ど、どうして急に?」
「長期間生徒会の業務を放棄してたし留年してるからねー。そんな人が生徒会長をやってるのは他の学校にも示しがつかないかなって」
そんなのは建前で別の理由があるのだが。
·······黒服に生徒会長だからね、なんて言ったばかりなのに生徒会を抜けるのは····まあ、仕方ない。そもそも黒服だって私が生徒会を抜ける要因のひとつなのだから文句を言われる筋合いもないし。
「おじさんもびっくりしたよ〜。ユメ先輩ったらこんな大事なことを急に決めちゃうんだから」
もちろんホシノちゃんには理由まで説明してるんだけど、さすがにそのまま伝えるわけにはいかないから誤魔化すように頼んである。
「示しがつかないのはそうなんでしょうけど·····よかったんですか?」
「別に学校をやめるわけじゃないし、これまでと何も変わらないよ。悲しいことにアビドスの生徒会長には権限なんてあってないようなものだし·····」
これは本当のこと。取引するようなお金もなければ、学校の運営をしなければならないほどの人数もいないし、成績が振るわない子を退学させられるほどの余裕もない。
「そ、そうですか。まあユメ先輩が大丈夫ならいいんですけど····」
ノノミちゃんがホシノちゃんの方をチラチラ見ている。
「ん? ノノミちゃんどうしたの?」
「い、いえ······」
「········おじさんは大丈夫だよ。まだ完全に立ち直れてるわけじゃないけどさ。ある程度は割り切れたから」
「よかったです·····最近のユメ先輩はなんだか元気がなさそうでしたし、ホシノ先輩も心配からか少し調子が悪そうだったので·····何かあったのかと」
「え、ノノミちゃんにもバレてたの?」
「そうですね·····なんだかずっと悩んでる様子でしたし」
ホシノちゃんにしかバレてないと思ってたからびっくり。でもよく考えたら世話好きで、周りをよく見ているノノミちゃんが気が付かないわけがないよね····
「悩んでたのは本当だけど、もう解決したから大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」
「·····実は今日の朝会った時のユメ先輩が元気そうだったので、ちょっと安心してたんです」
たしかに問題が解決したから元気ではあったけども。全部バレてるのはなんだか恥ずかしい。
「·········私ってそんなにわかりやすいかな?」
「ユメ先輩って結構考えてることが顔に出てますよ?」
「·····ええ!?」
「そうだねー、全部が全部顔に出てるわけじゃないけど····嬉しいときと落ち込んでる時はすっごく顔に出てるね」
「ほ、ホシノちゃんまで······」
私ってそんなにわかりやすいんだ·····
「今まさに顔に出てますね····」
「ハッ! しょんぼりなんてしてないからね! ほんとうだから! 考えてることが顔に出てたのが恥ずかしいだなんて思ってないんだからね!」
「全部自白してるじゃないですか·····」
「は、嵌められた!?」
後輩達の狡猾な罠によって自白させられてしまった。なんて恐ろしい子達なの·····
「ただいま」
3人で話しているとシロコちゃんが帰ってきた。
「あ、シロコちゃん。おかえりなさい」
「シロコちゃん助けてー! ふたりがいじめてくるんだよ!」
「ん····ホシノ先輩とノノミはそんな事しないと思うけど·····」
「うっ····」
シロコちゃんの純粋すぎる瞳に見つめられた私は、悪ノリを続けることができなくなってしまった。
「んんっ……そ、それはそれとしてシロコちゃん! ニュースがひとつあります!」
「ニュース?」
「うん。私も対策委員会に入ることになったよ!」
「!」
そう。実は今まではアビドス生徒会に所属しているだけで、対策委員会には入っていなかったのだ。
このことについて、ホシノちゃんやノノミちゃんは特に気にしていないようだったが、シロコちゃんは私だけ入っていないことを少し寂しく思っていたらしい。
「ん······よかった。これでみんな一緒」
口が上手いわけではないけど、遠回りにせずストレートに好意をぶつけてくるのはシロコちゃんの魅力だと思う。
というか何この子。かわいいがすぎるよね? あっ私だけじゃなくてノノミちゃんもちょっとダメージを受けてる。
シロコちゃんは突然胸を抑え始めた私とノノミちゃんを見て首を傾げている。
「ユメ先輩とノノミ、どうしたの?」
「······多分シロコちゃんのかわいさにびっくりしてるだけだと思うよ。おじさんもちょっと危なかったからね」
「?」
シロコちゃんはよくわからないのか、また首を傾げていた。
「ふぅ····あ、危なかった·····とりあえず、ホシノちゃん、ノノミちゃん、シロコちゃん。改めてこれからもよろしくね!」
「はい、よろしくお願いします」
「よろしくです〜☆」
「ん、よろしく」
アビドス生徒会編はここまでで、数話幕間を挟んだあと対策委員会編に続く予定です。
アンケートを設置しているので答えていただけるとありがたいです。
気がつけばUAが10万を超えていました。皆様本当にありがとうございます。
執筆を始めた頃はここまで多くの方に見てもらえるとは思っていませんでした。前話でも言った通りこの作品を書き続けられるのは、間違いなく読者の皆様のおかげです。
私の妄想を出力しているだけの拙作ではありますが、今後ともよろしくお願いします。
先生のセリフの括弧をどれにするか悩みすぎて決められなかったのでアンケート。好み、或いは読みやすいものを回答していただければ幸いです。
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