アビドスユメモドキ   作:泡沫のユメ

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書きたいこと全部書いてたら筆が乗ってしまったせいで想定の2倍くらい長くなったし、1万文字を超えてしまいました····分割するべきだったかもしれない。



2章 対策委員会編
20:まどろみの中で


 

 

 春。それは、桜が彩る出会いと別れの季節。

 

 しかし、二度の留年というゴリ押しによって学校にしがみついている私に別れなんてものはなかった。

 

 ついにホシノちゃんと同級生になってしまった私は、ふたりの新入生を歓迎するための入学式をおこなっていた。

 

 入学式と言っても、対策委員会の委員長であるホシノちゃんが軽く祝辞を述べるだけのものだ。

 

 ノノミちゃんは『歓迎』と大きく書かれているプラカードを、シロコちゃんは紙吹雪のために細かく切った色紙がたくさん入っている箱をそれぞれ持ちながら、そわそわした様子でホシノちゃんの話が終わるのを待っていた。

 

 話が終わり、ホシノちゃんはふたりの新入生····アヤネちゃんとセリカちゃんに花束を渡していた。これで入学式は終了だ。

 

「よし、これで入学式は終わりだよ。アヤネちゃん、セリカちゃん。改めて入学おめでとう。次はみんなで写真を撮るよ〜」

 

 ホシノちゃんの言葉を聞いて、待ってましたと言わんばかりの勢いで駆け出していくノノミちゃんとシロコちゃん。ふたりとも後輩ができたことがすごく嬉しいみたいだ。

 

「うぇっ!? べ、別に写真なんて撮らなくてもいいんじゃ····」

 

「まあまあセリカちゃん、せっかくの入学式なんだしさ····」

 

 恥ずかしそうな顔をしているセリカちゃんを宥めるアヤネちゃん。ふたりとも中学校が同じだった、という事で元々仲がよかったみたいだ。

 

 それはそれとして、だ。入学式で写真を撮らないのはもったいない。だって····

 

「アヤネちゃんの言う通りだよ! お祝いの時は記念に写真を撮るものだからね!」

 

 このセリフ、最初は原作のユメ先輩を真似て言っているだけだったけど、いつしか本心から言うようになってしまった。

 

 花束を持ちながら照れくさそうな顔をしたアヤネちゃんとセリカちゃんに、プラカードを掲げるノノミちゃんと紙吹雪を散らしているシロコちゃん。

 

 そんな4人の様子を見て微笑ましい気分になりながらシャッターを押す。

 

「ん、ユメ先輩とホシノ先輩も来るべき。みんなで撮ろう」

 

「じゃあおじさんは真ん中で〜」

 

 そんなことを言いながら4人の間に挟まり、アヤネちゃんとセリカちゃんと腕を組むホシノちゃん。

 

 ついに私の知っている対策委員会のメンバーが全員揃った。素晴らしい光景だった。私が入る前にもう一枚写真を撮りたい。

 

「みんな! 笑って!」

 

「あれ····ユメ先輩は入らないんですか?」

 

「後輩達だけの写真も欲しいからね。次は私も入るよ! はいっチーズ!」

 

 無事に写真を撮ることができたが、ここで問題が発生した。私はどこに入ればいいのかな? 

 

 5人のバランスがあまりにもいいせいで入る余地が····いや、ひとつだけあった。

 

 カメラのタイマーをセットして、ホシノちゃんの後ろに回り込む。

 

「うぶっ!?」

 

 アヤネちゃんとセリカちゃんの肩を抱き寄せてピースをしながら、ホシノちゃんの頭に胸を乗せる。完璧な布陣だった。最高の写真になること間違いなしである。

 

 写真を撮る時はホシノちゃんに胸を押し付けるのが恒例行事になっていた。毎回面白い反応が返ってきて実に愉快な気分だった。これからも続けていこう。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 入学式から時が流れたある日のこと。対策委員会での会議を終えた私とホシノちゃんは、屋上で喋っていた。

 

 今日の会議はいつもと内容が違った。借金の返済について話すことが多い定例会議だが、今日は····

 

「それにしてもカタカタヘルメット団····でしたか? 本当に面倒ですね。弾さえもっとあればこんなことにはならないんですけど····」

 

 ホシノちゃんが話してくれたように今日の議題は学校に襲いかかってくるヘルメット団についてのものだった。

 

 襲撃が始まった頃は弾薬もたくさんあったし、相手は所詮ただのチンピラだ。特に苦戦することもなく追い返すことができていた。

 

 しかし何度も襲撃をかけられるとなると話は違ってくる。銃弾はキヴォトスにおいてはコンビニですら買えてしまう代物だが、どうしたってお金がかかる。膨大な借金を抱えているアビドスに、毎日のように襲撃を仕掛けてくる相手に対応するための弾を買い続けるような余裕は無いのだ。

 

 もちろん返済のためのお金を切り崩せば買うことはできるが、それで借金の返済ができなくて廃校になってしまったら本末転倒だ。

 

 最近では相手は全力で戦えるのに、こちらは常に弾を節約しながら戦うような状況になっていた。今はまだなんとか追い返せているが、近いうちに限界がくるだろう。

 

「だからこそ先生に救援を求める手紙を送ることになったんだけどね」

 

 これは今日の会議でアヤネちゃんが出した案だった。失踪した連邦生徒会長が新たに設立した部活、連邦捜査部シャーレの顧問である先生。世間でもかなり話題になっていた。

 

 不良達に占領されていたシャーレビルを奪還したことや、キヴォトスの中核を担う建物でありながら、機能が停止していたサンクトゥムタワーの制御権を取り戻した等々、噂をあげればキリがない。

 

 連邦生徒会が支援をくれた事などなかったが、生徒達の問題を解決する、と公言している先生ならば或いは····ということで手紙を送ることになったという流れだった。

 

「先生とかいう大人は本当に来てくれるんですか? 連邦生徒会が作った組織に所属している大人っていうだけで全然信用できないんですが····」

 

 ホシノちゃんの中での連邦生徒会に対する信頼は地の底に落ちているようだった。それも当然のことだ。何度も何度も支援を要請したのに一度も受理されたことはなかったのだから。

 

「そのはず····だけどね。もし来てくれなかったらノノミちゃんに頼ることになっちゃうし····」

 

 そう、一応先生が来なくとも何とかする手段は存在している。それはノノミちゃんのゴールドカードを利用することだ。

 

 でもこの手段は絶対に使いたくない。ノノミちゃんの実家であるネフティスグループに借りを作ってしまうことになるし、なによりも後輩であるはずのノノミちゃんに全ての責任を押し付けることになってしまう。そんなのは嫌だった。

 

 まあそれでも、特に心配はしていない。私の知る先生ならば、自分の命よりも生徒のことを優先してしまうような先生ならば、廃校寸前になっている学校の存在を知って無視するはずがないのだから。

 

「今更な話ですが····ユメ先輩は本当に未来を知っているんですね。連邦生徒会長が失踪した、というニュースで確信しましたよ。もしかしてカタカタヘルメット団のことも知っていたんですか?」

 

 ちなみに同級生となった今でもホシノちゃんは先輩、と呼んでくれている。いや、今はそれよりも····

 

「うん。そうだよ。ごめんね。知っていたのに話せなくて····」

 

 実はこういったヘルメット団の話や、襲撃の背後にカイザーがいることはホシノちゃんに話していない。

 

 私が話したのはカイザーと黒服の本当の目的、連邦生徒会長が居なくなり先生が来ること、そして何らかの要因によってキヴォトスが滅ぶかもしれない、ということだけだ。ホシノちゃんは賢いから私が教えなくても気がつくかもしれないけどね····

 

 どうして全てを伝えないのか。もちろんできるだけ原作通りの流れにしたいから、というのもある。でもそれだけではない。もっと単純な理由がある。

 

 未来の知識なんて簡単に誰かに話すべきではないからだ。

 

 たしかに未来を知るメリットは計り知れないだろう。起きたはずの事故や悲劇を未然に防げるかもしれないのだから。

 

 でもそれだけではない。未来を知る、というのは答えを知ってしまうことと同義だ。

 

 私は過程を伴うからこそ結果に価値が生まれるのだと考えている。同じ出来事であってもただ答えだけを知っているのと、実際に経験するのは全くの別物だ。

 

 その過程にある葛藤を、選択を、経験を。その全てを捨て去って得られる結果になんの意味があるというのか。

 

 結果としてどんな成功を収めたとしても次に活かすことはできず、未来を知らねば何もできなくなってしまうかもしれない。どんな失敗をしようとも失敗から学ぶことができず、同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない。

 

 これについては私自身、似たようなことを経験している。

 

 答えありきの行動や選択しか取ってこなかったから黒服に契約を持ちかけられた時に悩んでしまったんだと思う。

 

 未来(ハッピーエンド)を知っていたからこそ、私がいなくなれば後輩達や世界を守ることが出来るかもしれない、と。私が犠牲になってホシノちゃんが喜ぶわけが無いとわかっていたはずなのに、そんなことを考えてしまったのだ。

 

 あの時ホシノちゃんが話しかけてくれなかったら私はどうなっていたのか。きっとロクなことにはならなかっただろう。

 

 私はこのキヴォトスで物心がついたその時から知ってしまっていることだからどうしようもないし受け入れている。でも、ホシノちゃんは違う。

 

 ホシノちゃんの成長の機会を、ホシノちゃんの選択を奪いたくない。

 

 もし仮にアビドスの問題を全て解決して卒業できたとしよう。そうして卒業した後も人生は続いていくのだ。そんな時に未来を知らないと何もできないような人になって欲しくなかった。

 

 とはいえ、だ。

 

 どれだけ理由を並べたところで私がみんなに知らせるべき事を隠しているのは変えようのない事実だ。

 

 問題解決のために奮闘している後輩達に対してあまりにも不誠実な対応だった。今更ながら罪悪感が湧いてきた。

 

 私はこの罪悪感に耐えられるのだろうか。今までは実害がなかったからみんなに黙っていても特に何も感じなかったけど、これからは違う。

 

 対策委員会を巡る事件で肉体的にも、精神的にもみんなが傷ついていく様を見ることになるのかもしれない。

 

「謝らなくても大丈夫ですよ。今更そんなことでユメ先輩を疑ったりしませんから。なにか、私達には言えない理由があるんですよね?」

 

「それは、そう····だけど····」

 

「ユメ先輩のことですからね。どうせその理由も、私達を守るためのものなんでしょう。ユメ先輩が私達を傷つけるために隠しているわけじゃないことくらいわかっています。だから····そんなに気にしなくても大丈夫ですよ?」

 

 ホシノちゃんはその言葉で私がどれだけ救われているのかわかっているのだろうか。罪悪感を全て忘れるようなことはないけど、幾分かマシになっている。

 

 やはりホシノちゃんは私にとっての希望だった。いつも辛い時に助けてくれる、そんな存在だ。

 

「········だからホシノちゃんって大好き!」

 

「うへっ!? き、急に抱きついてこないでください! というかさっきまでの落ち込んでいた先輩はどこに行ったんですか!?」

 

「ホシノちゃんが私の悩みを全部吹き飛ばしちゃったからね。どこかに帰っちゃったよ!」

 

「か、帰ったって·····まあ、先輩の元気が出たならよかったですけど····」

 

 ホシノちゃんのおかげで無限に活力が湧いてくるような気分になれた。今ならなんだってできるような気がする。

 

 そんなこんなでホシノちゃんを抱きしめていると、遠くの方に何かが見えた気がした。あれは····

 

「ホシノちゃん、見て見て。砂漠の方、すっごい砂嵐だよ」

 

「ほんとですね。最近砂嵐が多くないですか? 幸いにも学校や市街地の方には来てませんけど····」

 

 ホシノちゃんの言う通りで、最近は特に砂嵐が多いのだ。規模が大きいものばかりだし。いつも砂漠の方で起こっているからこちらに被害があまり出ていないのだけが救いだった。

 

 ──あの砂嵐、ずっと見ているとなんだか嫌な感じがしてくる。理由はわからなかった。

 

 私と似たようなことを考えているのか、ホシノちゃんも最近はあまり見ることが無くなっていた鋭い眼差しで砂漠の方を睨んでいた。どこか怒っているような、そんな感じがする。

 

 不安になったからとりあえずホシノちゃんを強く抱きしめておいた。

 

 うへぇ〜!? という声が響き渡った。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 ふと、目を覚ました私は綺麗なテラス席に座っていた。お城を思わせるような白くて壮観な建物だった。アビドスでは絶対に見ることができない景色だろう。

 

 ……なんでこんなところにいるの? 夜になったからいつも通り自分の家のベッドで寝たはずなのに、起きたら知らない場所に座っていた。意味がわからない。

 

 もしかして夢でも見てるのかな……? それにしては意識がはっきりしすぎているような気もするけど。

 

「驚いたな。まさか客人に出会えるとは……君はいったい何者だい?」

 

 そんなことを考えていると声が聞こえてきた。よく見ると対面にも誰かが座っている。

 

 狐耳と金色の髪を持ち、白い制服に身を包んだ、どこか儚げな雰囲気を纏っている少女。

 

 私は目の前にいる少女の正体を知っている。

 

「セイア……ちゃん……?」

 

 そう、百合園セイア。三大校のひとつ、トリニティ総合学園の生徒会であるティーパーティに所属している生徒だ。

 

「む……君は私のことを知っているのかい?」

 

 この反応からしてセイアちゃん本人で間違いないのだろう。なんで彼女がここにいるのかな。というかここはどこなの……? 

 

 兎にも角にもセイアちゃんと会話を続けるしかないだろう。彼女に聞けば何かがわかるかもしれないし。

 

「えっと····トリニティのティーパーティーの人····だよね?」

 

「その通りだ。トリニティの生徒会長のひとりだから知られていても不思議は無いということか····それで君はいったい····?」

 

「あっごめんね。私は梔子ユメだよ。アビドス高等学校って知ってるかな····? そこの生徒なんだけど」

 

「アビドス高等学校····ふむ、たしか自然災害で衰退した自治区だったか。なにかの資料で見かけた記憶がある」

 

 どうやらセイアちゃんはアビドスのことを知っているらしい。それもそうか。今の惨状を見ると考えられない話だが、砂漠化が進む前のアビドスはかなり大きくて力のある学園だったらしいし、トリニティが全く知らないはずがない。

 

「それで····ここがどこなのかセイアちゃんはわかったりする? 私はいつも通り家のベッドで寝たはずなのに気がついたらここにいたから、状況がよくわかっていないというか····」

 

「なるほど、偶然の邂逅ということか····既に勘づいているかもしれないが、ここは夢の世界だ。場所、という意味での問いならばここはティーパーティーの会議で使われているテラス席になるかな」

 

「夢の世界····ほんとだ。ほっぺた抓ってるのに痛くないや····」

 

 不思議な感覚だった。五感も現実とそう変わらないのに痛みだけは全く感じない。

 

「そして君がなぜ夢の世界で私と出会っているのかについてだが、これは恐らく私の能力の問題だろう」

 

「能力····?」

 

「私が見る夢は少し特殊でね。荒唐無稽な話に聞こえるかもしれないが予知夢、という形で未来を見ることができるんだ」

 

 予知夢による未来視。それは色々な超常現象が起こるキヴォトスにおいてもかなり珍しい能力だと思う。実際原作でもセイアちゃん以外で同じような能力を持っている人はいなかったし。

 

「何の因果かはわからないが、この能力が原因で君と邂逅を果たすことになったのだと私は推測している。だが心配をする必要はない。これは夢なのだから、君は私と違って少し時間が経てば現実で目を覚ますことができるはずだ」

 

「私と違うってどういう····セイアちゃんは起きないの····?」

 

「現実でとある人物から襲撃を受けてね。その時の怪我が原因で目を覚ますことができないんだ」

 

 私はこの事件のことを知っている。彼女と同じティーパーティーに所属している聖園ミカ、という生徒が主導した襲撃事件だ。しかしこの事件をある大人が悪用して、未来を見ることができるセイアちゃんのヘイローを破壊····つまり殺害しようとした、という顛末だ。こうして話すことができている以上死んでいるわけではないみたいだけど。

 

「いや····それだけでは無いな。予知夢を見すぎた影響か夢と現実の境が曖昧になってしまったんだ。だからもし身体が治ったとしても目を覚ますことはできないかもしれない」

 

 それは、死んでしまうのと変わらないのでは無いか。そんなことを考えてしまったが、当の本人であるセイアちゃんは特に気にした様子も見せなかった。

 

「だが、もう私が目を覚ます必要は無い。だからそんなに心配そうな顔で私を見る必要は無いよ」

 

「目を覚ます必要は無いってどういう····セイアちゃんのことを心配している人だっているんじゃ····」

 

「····先程も述べた通り私は未来を見ることができるんだ。様々な未来を見てきた。だからこそわかってしまったことがある」

 

「その話をするために····少し話題が変わるが、君はエデン条約というものを知っているかい?」

 

 もちろん知っている。前世のブルーアーカイブでも屈指の人気を誇っていた物語の名を冠する条約だ。

 

「ゲヘナとトリニティの平和条約····でしょ?」

 

「知っているのか。ならば話は早い。君もニュース等で聞いただろうがエデン条約を主導していた連邦生徒会長が失踪してしまったんだ。これをきっかけにこの条約は何の意味も持たなくなってしまったのだよ」

 

「エデン条約を巡って、トリニティでは様々な事件が起こることになる。悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような····それでいて、ただただ後味だけが苦い····全てが無意味で、あまりにも虚しい夢のような、そんな物語だ」

 

 語り続けるセイアちゃんの声には悲観と諦観が多分に含まれていた。きっと、彼女は未来を見ていくうちに絶望してしまったのだろう。

 

「私がいたところで何も変わらない。変えることはできない。故にもう目を覚ます必要がない、ということだ」

 

 自嘲するような笑みを浮かべながら言葉を紡ぐセイアちゃん。その姿に、既視感を覚えた。

 

「エデン····それは太古の経典に出てくる楽園の名。そこにどんな意味を込めていたのかはわからないけれど、まあ連邦生徒会長のいつもの悪趣味だろうね」

 

 連邦生徒会長が悪趣味なのは否定しない。アビドスに支援を寄越さないし、いつも笑顔で青封筒を叩きつけてきてたし。

 

「キヴォトスの七つの古則をご存知かい? その五つ目に、ちょうど楽園に関するものがあるんだ。『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』」

 

 セイアちゃんはこの古則を、楽園の存在証明に対するパラドックスだ、と語っていた。

 

 楽園が存在するのならそこに辿り着いた者は楽園の外に出ることはなく、もし楽園の外に出たのであれば、そこは快悦を得られる本当の楽園ではない。故に楽園に到達した者を楽園の外からは観測することができない。存在しない者の真実は証明することができない。そんな不可解な問いなのだと。

 

「エデン····経典に出てくる楽園。どこにも存在せず、探すことも能わぬ場所。夢想家たちが描く、甘い甘い虚像。どうだい? そう聞いてみるとこのエデン条約そのものが、そんな虚像(もの)のように聞こえてこないかい?」

 

 ここで既視感の正体に気がついた。未来を知ってしまったからこそ絶望する。その姿は、ホシノちゃんに相談をする前の私に酷く似ていた。

 

 トリニティの生徒会長。その立場にかかる重圧や、責任感を私は理解することはできない

 

 セイアちゃんは私と違って本心から信じられる相手が、相談をできる相手がいなくて、ずっとひとりで苦しんでいたのだろう。トリニティは政治的な争いが活発だと聞いたことがあるし、誰かに弱みを見せるのが難しかったのかもしれない。

 

 その苦しみを理解できてしまうからこそ。助けてあげたくなった。だって彼女は初対面であるはずの私にすらこんな話をしてしまう程に追い詰められているのだ。

 

 理性が叫ぶ。ここで私が何かをするべきではない、言葉をかけるべきでは無いと。

 

 だってブルーアーカイブにおけるエデン条約編は、綱渡りの連続なのだ。まさに奇跡と言っても過言では無いような、そんな物語だった。私がセイアちゃんに何かを言ってしまったらその影響で何かがズレてしまってバッドエンドに直行してしまうかもしれない。

 

 でも、それでも。例えこの選択で世界が滅んでしまうのだとしても。私は、目の前で苦しんでいる少女(生徒)を見捨てることなどできなかった。

 

「····セイアちゃんは私と同じ苦しみを抱いているんだね」

 

「? 同じ苦しみ····?」

 

「うん。そうだよ。私も····私もセイアちゃんと一緒で、未来を知っているんだよ。セイアちゃんのことを知っていたのも、エデン条約のことを知っていたのも、未来を知っていたおかげなの」

 

「!!」

 

 セイアちゃんはすごく驚いたような顔をしていた。未来を知っている人間が自分以外にいるとは思っていなかったのだろう。

 

「でも、たったひとつだけ私とセイアちゃんでは決定的に違う部分があるの」

 

「違う部分····?」

 

「セイアちゃん····セイアちゃんに、未来のことを····未来の問題について相談できる仲間は····心の底から信じられる仲間はいる?」

 

「それは····たしかにいないし、相談しようと思ったこともないが····だって、そんなことをしても未来は変わらない。それに、信じられる仲間? 信じたところで、何が変わると言うんだ····? そこに何の意味もないだろう?」

 

「セイアちゃん、私はそうは思わないよ。信じられる仲間が、積み上げてきた信頼が、そういう小さな積み重ねが、いつか大きな奇跡に繋がるんだよ」

 

「········ユメ、君は私と同じ未来を知っているのだろう? それに、君の通っている学校であるアビドスは絶えない自然災害と多額の借金を背負っているのだろう? 資料で見た事がある。それなのに、どうしてそんなに····」

 

「私は、大切な後輩に教えて貰ったからね。だからどんな未来が待ち受けていたとしても、怖いものなんて何も無いんだよ」

 

 私はセイアちゃんに近づいて手を差し伸べる。

 

「いったい何を····」

 

「住んでいる環境や学校は違うけどさ····私たちは仲間なんだよ。このキヴォトスで唯一未来を知っているという苦しみを分かち合える仲間なの」

 

「それは····そうかもしれないが····」

 

「だからさ、不安だったこと、怖かったこと。全部私に吐き出してくれていいんだよ。ひとりでは辛くて苦しいことでも、ふたりいれば乗り越えられるから」

 

「····なぜそこまでしてくれるんだい? 君と私は今日が初対面の他人だったのだよ? それに君は言わば私の夢に巻き込まれた被害者なんだ。私の事なんて放っておくのが道理だろう····?」

 

 理由は色々あるのかもしれない。私と同じ苦しみを抱えている子を助けたいから。前世から知っている子が苦しんでいる姿を見たくなかったから。先生やユメ先輩ならそうしただろうから。と、挙げていけばキリがないだろう。

 

 でも、そんな複雑な理由は必要ない。だって····

 

「目の前に困っている人がいるんだよ? 助ける理由なんて、それで十分だよ」

 

 セイアちゃんは口をポカンと開けて、呆気にとられたような顔をしていた。さっきまでのミステリアスな雰囲気が霧散している。

 

 数十秒経ってようやく再起動を果たしたセイアちゃんは呆れたような笑みを浮かべながら私の手を取ってくれた。

 

「········そうか。なら、存分に頼らせて貰うとしよう。ユメは、私が信じられる仲間になってくれるらしいからね」

 

「!! やった! ありがとうセイアちゃん!!」

 

「全く····どうして頼られる側の君がそんな笑顔を浮かべているんだい? 疑おうとしていた私が馬鹿みたいじゃないか····」

 

 それから私達は色々な話をした。アビドスの後輩の話。襲ってくる砂嵐の話。借金返済の話。

 

 未来が不安だった話。どうすればいいのかわからなくて怖かった話。ティーパーティーの話。トリニティの話等々、ずっとセイアちゃんと喋っていた。

 

 なかでも一番白熱したのは····

 

「いーや、ホシノちゃんの方が強いね。たしかにミカちゃんはゴリラと言っても差し支えないような腕力をしているけど、ホシノちゃんの早さならそんな攻撃当たらないよ!」

 

「ユメはミカの戦いを実際に見たことがないからそんなことが言えるんだ。壁も柱も腕力だけで壊しながら突き進んでくる恐怖も、銃撃戦をしていた筈なのに突然隕石が襲いかかってくる恐怖も味わったことはないだろう?」

 

「そ、それはたしかにないけど····」

 

 そう、ホシノちゃんとミカちゃんの強さの話だった。どうやらミカちゃんは本当に隕石を降らせることができるらしい。あれってゲーム上の演出じゃなかったんだ····

 

 しかし楽しい時間には終わりが来るものだ。

 

「····あれ、なんだか変な感覚が····」

 

 意識が薄れていくような感覚がする。それに周りの景色もよく見えなくなってきた。

 

「恐らく現実で目を覚まそうとしているのだろう」

 

「そっか····もっとセイアちゃんと話していたかったな····」

 

「····心配する必要はないさ。君のおかげで未来を見届ける勇気ができたんだ。そう遠くない未来で再会することができるだろう」

 

「····それも未来予知だったりするのかな?」

 

「残念ながら未来予知じゃない。これは····私の願望だよ」

 

 セイアちゃんのそんな言葉を聞きながら、私の意識は暗転していった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 意識を取り戻した私が最初に聴いたのはいつものアラームの音ではなく、スマホの着信音だった。見てみるとホシノちゃんから電話がかかってきていた。朝からどうしたんだろう。

 

「もしもしホシノちゃん····? 朝から電話なんて珍しいね? どうしたの?」

 

『あっユメ先輩。大丈夫ですか? もしかしてなにかあったんですか? 登校時間になっても学校に来ていなかったので電話をかけていたんです』

 

「登校時間を過ぎてる? 何を言ってるのさホシノちゃん。だって私、今起きたんだよ? だからまだ7時····くらい····」

 

 時計を見た瞬間血の気が引くような感覚がした。顔が青ざめている気がするし、言葉が尻すぼみになっていく。

 

『今起きたって本気で言ってるんですか····? もう9時を過ぎてますよ····?』

 

うわああああ!? 寝坊した!?」

 

『うるさっ!? というかただの寝坊なんですか!? 心配し損じゃないですか! 早く学校に来てください!』

 

 電話を切り、慌てて学校に行くための準備をする。楽しい夢を見た上に、ホシノちゃんのモーニングコールで目を覚ましたというのに全くいい気分にはなれなかった。

 





ここまで読んでくださりありがとうございます。まだ先生は話の中でしか出てきていませんが、ようやく対策委員会編を始めることができました。

更新を続けることができているのもいつも読者の方々が閲覧、評価、感想、ここすき等々で支援してくれたからです。

皆さまのおかげで執筆のモチベーションを維持することができています。いつも本当にありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。

先生のセリフの括弧をどれにするか悩みすぎて決められなかったのでアンケート。好み、或いは読みやすいものを回答していただければ幸いです。

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