アビドスユメモドキ 作:泡沫のユメ
独自設定及び独自解釈が含まれています。
「もうアヤネちゃん以外は来ないでよね!」
「あ、あはは······セリカちゃん。また明日ね」
セリカちゃんは唯一味方をしてくれたアヤネちゃんに大きな信頼を寄せているようだった。一年生同士の絆が垣間見れて微笑ましい気分になる。
どうやら他のみんなも同じようなことを考えていたようで、温かい目を向けている。私達の視線に気がついたセリカちゃんの顔がまた羞恥に染まってしまった。
「そんな微笑ましいものを見るような目で見ないで! 早く帰って!」
そんなセリカちゃんの言葉を聞きながら柴関ラーメンを後にする。今日が自由登校日だったこともあって、このまま学校へは戻らずに解散することになるだろう。
ただ······少しだけ、気になっていることがあった。
ちらりと横にいるホシノちゃんを盗み見る。
「うへー。元気いっぱいで何よりだね」
一見いつも通りに見えるけれど、どこか無理をしているように感じる。なんだか声に元気がないし、いつもより口数も少ない。
気のせいだと言われればそれまでなのかもしれない。それでも、ホシノちゃんが困っているのなら助けになりたかった。
そんなことをぼんやりと考えているうちにも話は進んでいく。予想していた通り、解散する流れになりそうだった。セリカちゃんもバイトでいないことだし、そんな状態で定例会議をするわけにもいかないからだ。
先生は市街地の方で唯一営業しているビジネスホテルへ。後輩達は自宅への帰路についていく。
そうしてみんなの姿を見送ったあと、ホシノちゃんに声をかけようとして·····
「ユメ先輩。少し、二人で話せませんか······?」
先に、ホシノちゃんの方から話しかけられた。
その顔を見て確信した。ホシノちゃんは間違いなく何かに悩まされている。
眉は不安げに下がっていて、どこか泣きそうな顔をしているようにも見えた。
一つだけやることは残っているけれど、こんなにも辛そうな顔をしているホシノちゃんを放置しておくわけにはいかなかった。
「うん。大丈夫だよ。こんな道のど真ん中で話すのはあれだし······二人で学校に戻ろっか」
こくりと頷いたホシノちゃんと共に学校へ向かった。
◇◇◇
「だから最近は昼寝をしてることが多かったんだね·····」
学校に着いた後、ホシノちゃんの話を聞いた。
最近、特に何も無いはずなのにイライラすることがあるらしい。そのせいか無意識のうちに気を張っていて、夜眠ることができていない、との事だった。
想像以上に深刻な問題だ。何とか手助けをしてあげたい。
「学校だと今でもちゃんと寝られるの····?」
「はい。その······ユメ先輩と一緒にいると、よく眠れるみたいで······」
少し言い淀みながらもホシノちゃんはそんなことを言ってくれた。
私といるとよく眠れる。つまり、私といると安心できるということだ。完全に信頼してくれているのだろう。
普段こんな言葉を聞いたら嬉しさのあまり抱きついてしまうところだけど、ホシノちゃんへの心配が勝っている今はそんな気分にはなれなかった。
「それと、砂嵐を見ていると何故か余計にイライラするんです·······」
「砂嵐······最近、多いもんね」
イライラする、と言うわけでは無いけど、砂嵐を見ていると、なんだか嫌な感じがしてくるのは私も同じだった。昔、これと同じような気持ちを抱いたことがあったような気がする。あれは、いつのことだったかな······
······いや、それよりも今はホシノちゃんの事を考えるべきだ。一つだけ、案が思い浮かんでいる。
けど······これは正直自分でもどうかと思うし、そもそもホシノちゃんに拒否される可能性も高かった。
まあそれでも、ダメ元で言ってみる価値くらいはあるはずだ。決意を固めてホシノちゃんに話しかける。
「ホシノちゃん。学校じゃなくても、私といると寝られるんだね?」
「そ、そうですけど······」
「じゃあさ、悩みが解決するまでずっと······とは言わないけど、少しの間私の家に泊まってみるのはどうかな?」
「············へ?」
「ホシノちゃんがそうなっちゃった原因を探すのも大切だけど、まずは寝不足なのを改善した方がいいだろうし······もちろん、無理にとは言わないよ」
いくら昼寝をしているとはいえ、夜まともに眠れない、という現状はホシノちゃんにとって小さくない負担になっているはずだ。私も経験したことがあるからよくわかる。布団の中で不安になって、どんどん暗い気持ちになってしまうのだ。
イライラしていて、不安で、しかも寝不足。そんな状態では原因を探るのも難しいだろうし、いつか限界が来る。元気がないように見えたのもそのせいなのだろう。
それに、私がそうなっていた時はホシノちゃんに助けてもらったのだ。次は私が助ける番だった。
不幸中の幸いとでも言うべきか、私といると眠れる、という明確な対処法が存在している。ホシノちゃんを助けるためなら、それくらいのことは負担にもなりやしない。
「そういうわけなんだけど······どうかな?」
ホシノちゃんに無理はして欲しくないし、ちゃんと眠れるようになって欲しい。でも、これは私の都合でしかない。ホシノちゃんが嫌がっているなら強制をするつもりはなかった。
──嫌がられたら、少し悲しくはなっちゃうけど······
そんなことを思いながらホシノちゃんの顔を見てみると······少し顔を赤くしてフリーズしていた。
······どうして?
◇◇◇
今、ユメ先輩はなんと言った?
私がユメ先輩の家に泊まる?
つまり、私はユメ先輩と一緒に寝るということに······?
「???」
その事実に対する衝撃が大きすぎて、ユメ先輩の言葉が全く頭に入ってこない。
昔一度だけ、ユメ先輩と眠ったことがあった。
あれは遭難したユメ先輩が目を覚ましてくれた日のことだ。
ユメ先輩が起きてくれた嬉しさと、今まで抑え込んでいた悲しさや寂しさ。それと後悔や罪悪感でぐちゃぐちゃになった私は、ユメ先輩に抱きついて、そのまま気絶するように眠ってしまった。
その時の寝心地を未だに覚えている。すごく安心できて、温かい。それまでの不安や恐怖を全てなかったことにしてしまうような、そんな気分だった。
あの柔らかくて温かい感覚に包まれて、毎日眠ることに······?
············
「ほ、ホシノちゃん!? 鼻血が出てるよ!? だ、大丈夫?」
「······これくらい、大丈夫ですよ。そんなことよりも、本当にユメ先輩の家に泊まっていいんですか?」
「そんなことで済ませて大丈夫なの!? 泊まるのはもちろんいいけど······」
「今日からお世話になりますね。ユメ先輩、よろしくお願いします」
「う、うん。よろしくね?」
戸惑ったような様子のユメ先輩をよそに、私の気分は急上昇していた。
こんなことで機嫌が良くなるチョロさに少しだけ危機感を覚えるけれど、泊まること自体はユメ先輩から提案してきたのだから気にする必要はないはずだ。
「って、ホシノちゃん! 鼻血鼻血! 全然止まってないよ!」
◇◇◇
「ユメ先輩、お邪魔します」
あの後一度自分の家に帰った私は、着替えやいつも抱き枕として使っているクジラのぬいぐるみを持って、ユメ先輩の家に来ていた。
私が風邪をひいた時にユメ先輩が看病をしに来てくれたことはあったけど、先輩の家に入るのは初めてのことだった。
そんなことを考えながら荷物を下ろしていると、ユメ先輩がキラキラした瞳で私を·····いや、私が持ってきたクジラのぬいぐるみを見つめていた。
「ねえねえホシノちゃん。そのクジラのぬいぐるみってもしかして、昔一緒に水族館に行った時の······?」
「そうですよ。あの時、ユメ先輩が買ってくれたやつです」
「ふーん····なるほどね。そっかそっかー」
うんうんと頷きながらそんなことを言うユメ先輩。どういうわけか、気分が良くなっているようだった。鼻歌までうたっている。
そうしてユメ先輩と言葉を交わしているうちに、夜は更けていく。最近は一人で憂鬱になることがあったこの時間も、ユメ先輩といると楽しく過ごすことができた。
ちなみに、晩御飯はユメ先輩が作ってくれた。
目玉焼きの乗ったハンバーグに、味噌汁。そして炊きたてであろう白ご飯。ハンバーグには野菜も添えてある。
なんだか、どこかの店で出てくる定食のようだった。
「······ユメ先輩って、料理できたんですね」
「むっ····ホシノちゃんは私が料理苦手だと思ってたの?」
心外だー! なんて叫んでいる先輩の姿に、思わず考えていたことを素直に言ってしまった。
「なんというかこう、ユメ先輩は包丁で手を切って怪我をしてそうというか····そんなイメージがあって」
「·········たしかにそうかも····」
「自分で認めちゃうんですか!? なら、さっきまでの自信満々な態度はなんだったんですか!?」
「ひぃん······だって、自分でもしっくりきちゃったんだもん! たしかに指とか切って怪我をしてそうだなって思っちゃったの!」
「え、えぇ····?」
ユメ先輩の手を見るに、包丁を扱うのが下手なわけでもないはずなのに、どうしてこの人は自分でも納得してしまってるんだろう。
そんなことを思いながら、ユメ先輩と一緒に晩御飯を食べた。普段はゼリー飲料やコンビニ弁当ばかり食べていることもあってか、温かいご飯がすごく美味しく感じた。
時刻が20時を回った頃。外へ出る準備をしているような様子のユメ先輩が気になって、声をかけた。
「ユメ先輩。どこかへ行くんですか?」
「あっ、ホシノちゃん。そろそろバイトが終わる頃だろうし、ちょっとセリカちゃんの様子を見に行こうかなって。前哨基地はこの前破壊したけど、カタカタヘルメット団がまだ残ってるかもしれないでしょ? それでセリカちゃんが襲われでもしたら大変だからね」
たしかにそうかもしれない。今までは学校を襲うことしかしてこなかったけど、惨敗を喫したことで手段を選ばなくなる可能性があった。
でも、それなら······
「私もいきますよ。もしかしたら戦うことになるかもしれないんですから」
私も、ユメ先輩についていきたかった。みんなを、守りたかった。
「ホシノちゃんがいるとたしかに頼もしいけど······でも、大丈夫なの?」
万全かと問われれば全くそんなことはないけれど、それでもヘルメット団には負けない自信がある。それに何より、ここでただユメ先輩の帰りを待つだけなのは嫌だった。
「無理はしちゃだめだからね!」
そんなユメ先輩の言葉に頷きながら、本日二度目の柴関ラーメンへと向かった。
◇◇◇
「な、なんでユメ先輩とホシノ先輩がここにいるの!?」
それは、店から出てきたセリカちゃんの第一声だった。
「最近治安も悪いからーってユメ先輩がね。時間も遅いし、セリカちゃんのことが心配になっちゃって」
「そ、そういうことなら、まあ······って、どうして先輩達は私のバイトの時間を把握してるわけ····?」
「この前柴大将に聞いたんだよ! 最近物騒だから一応教えとくって言われてね」
「ぐっ、た、大将······そういえばユメ先輩は仲がいいんだっけ······」
セリカちゃんも柴大将には頭が上がらないようだった。
バイト先であることも理由の一つなのだろうけど、きっと一番の理由は、アビドスでは珍しい、頼りになる大人だからだ。
ユメ先輩も、学校に誰もいなくて辛い時期に助けてもらったと言っていた。柴大将は私が唯一信頼している大人だと言っても過言では無い。
大人、といえば。
「そういえばセリカちゃん。先生のことはどう思ってるのー?」
柴関ラーメンで会話をしていた時、なんだか昨日より先生に対するセリカちゃんの態度が柔らかくなっているような気がしたのだ。
先生······ね。
できるだけユメ先輩の言っていたことを気にしないように人となりを見ているつもりだけど、どうやっても悪い大人には見えなかった。
膨大な量の借金と自然災害に悩まされているという話を聞いて、真っ先に出てくる言葉が協力させて欲しい、だなんて。
しかも、それが私のやりたいこと?
なんの見返りも用意されていないのにそんなことを言ってのけるその姿が。どこか、ユメ先輩に重なって見えた。
まだ完全に信頼することは難しいけど、少しは信じても良さそうだった。
セリカちゃんの話を聞くに、どうやら同じようなことを考えていたようだ。それに、今朝会った時に昨日のことは謝れたらしい。
「セリカちゃんはいい子だねぇー」
「ちょ、ちょっと·····頭を撫でないで!」
「あっ、ホシノちゃんだけずるい! 私も撫でる!」
「ユメ先輩まで来た!?」
うにゃー! と、叫んでいるセリカちゃんを横目に、改めていい子で、私なんかには勿体ない後輩だと感じた。
昨日ユメ先輩と何かを話したのだろうけど、たったそれだけのことでしっかり自分を納得させて素直に謝れる。
セリカちゃんはなんでもないことのように言っているけれど、それはすごいことだと思う。
少なくとも、一年生の頃の私にはできなかった。
昔の私もこれくらい素直になれていたらユメ先輩があんなことにはならなかったかもしれないのに、なんて。
そんな、今更どうしようもないことを考えていると、セリカちゃんの家についたようだった。
「もう私の家についたから撫でるのは終わり! わかった!?」
「はーい。セリカちゃん、また明日!」
そうしてセリカちゃんと別れ、二人でユメ先輩の家へと帰る。その道中のこと。
「······あれ?」
どこか困惑しているような様子のユメ先輩が気になった。ヘルメット団もいなかったことだし、特に問題はなかったはずなのだけど。
「ユメ先輩······? なにかあったんですか?」
「っ! ううん、なんでもないよ!」
声をかけてみたが、明らかに誤魔化されている。私には聞かれたくない話なのかもしれない。
話してくれないことに少し悲しい気持ちにはなるけど、きっと、何か理由があるはずなのだ。無理に聞くつもりはなかった。
風の音が聞こえてくる。もしかしたら、今日もまた砂嵐が起こるのかもしれない。
なんだか気分が落ち着かない。ユメ先輩がいるおかげか、いつものようにイライラするようなことは無いけれど、それでも心はザワついている。自分では無い誰かの怒りを感じた。
そんなもやもやした気分になりながら、ユメ先輩の家に向かった。
◇◇◇
「所詮はただのチンピラか。主力戦車まで貸し出したというのに」
ヘルメット団からの報告を聞いたカイザーPMC理事は苛立っていた。最近、何もかもが上手くいかないからだ。
「だいたい、戦い方が悪いのだ。正面から戦って小鳥遊ホシノに勝てるわけが無いだろうに」
協力者からの情報と実際に戦っている様子を見てわかったことがある。あれは、まともに戦ってはいけないタイプだ。
だから、ヘルメット団を利用することにした。一人一人の実力では足元にも及ばないだろうが、その代わり奴らには人数が多いという強みがあった。
相手がアビドスが資金難であることを利用した兵糧攻めを行えばよかったのだ。一度に全ての戦力を使い切るのではなく、何度も何度も継続的に攻撃を行えばいい。実際、そうするよう指示も出していた。
それなのにどうしてアビドスと正面から戦って壊滅したなどという報告を聞くことになっているのか。理解が及ばない。
それに、奴らの言い訳も酷いものだった。
「殺意を感じて、自分達の身を守るためには仕方なかった······か。あの怯え様からして、嘘ではないのかもしれないが」
自分の学校を攻撃されているのだから怒るのは当然のことだ。きっと、それらを殺意と勘違いしたに違いない。ヘイローを破壊するまで攻撃されるはずもないだろうに。
本当はアビドスの誰かを誘拐して、人質を取るよう指示を出すつもりだったが、それも取り止めた。
奴らに対する信頼が地の底に落ちたからだ。これ以上失敗を重ねるとボロが出る可能性がある。それに、小鳥遊ホシノ相手に怯えきっているせいでまともに使えそうもなかった。
「クックック······お困りのようですね。暁のホルスも、随分と気が立っているようで」
「······黒服か。何の用だ」
黒服。キヴォトスの外から来たという、どこか不気味に感じる雰囲気を纏った男。常にひび割れた笑顔のようなものを貼り付けている。理事は彼のことが苦手だった。
「いえ。一つ、警告をしようと思いまして」
「警告····? まさか、アビドスの連中に負けるとでも?」
「そちらではなく、砂漠に眠っている船についてのことです。最近、砂嵐が多いせいで上手く採掘が進んでいないのでは?」
黒服の言う通りだった。予報にもない砂嵐が頻発しているせいで、アビドス砂漠に眠っているという船の発掘が遅れている。その件でプレジデントに詰められたばかりだ。
「どうやら、かの簒奪者がアビドスの地を狙っているようでして。しばらくの間は撤退しておくことをおすすめしますよ。あれに目を付けられればひとたまりもありませんから」
船についての情報を売りに来たのは黒服だ。掘り起こすようプレジデントを唆しておきながら、今更撤退をしろという。
冗談ではなかった。そんなことをすればまず間違いなく失態だと責められて、首を切られることになる。ただでさえこの立場を狙う輩は多いというのに。
怒りを滲ませながら、気になったことを聞いていく。
「簒奪者? ······ビナーのことか? 奴に対しては専用の部隊を用意してあるし、何度か撃退にも成功している。その事は貴様も知っているはずだが?」
「いえ······あれの持つ力は、ビナーのそれとは比べ物になりません。超越的な神格の顕現そのものですから」
苦手なのはこういう部分だ。探求者を名乗っているだけあって、奴との会話はとにかく専門用語が多いのだ。
「ふん······簒奪者だかなんだか知らないが、あの採掘場にどれだけの戦力を結集していると思っているのだ。何が来ようとも負けるはずもない」
それは理事にとっての自信であり、誇りでもあった。ビナーの時も黒服は警告をしに来たが、あんなデカブツすら特に問題なく追い払えているのだ。この戦力で負けるような存在がいるとはとても思えなかった。
「ふむ。そういうことなら無理にとは言いませんが······私は撤退するよう勧めましたからね。クックック······」
そう言い残して、黒服は去っていった。
全く気にならないかと言われれば嘘にはなるが、今はそれよりアビドスへの攻撃を考える必要がある。
船が本当の目的ではあるが、プレジデントは学校も欲している。こちらも手を抜くことはできなかった。
ヘルメット団が惨敗し始めた頃から、目をつけている組織がある。チンピラでダメならば、専門家に依頼をすればいい。
調べていた番号へ電話をかける。数コール呼び出し音が鳴った後、相手が受話器を取る音が聞こえた。
「仕事を依頼したい、便利屋」