アビドスユメモドキ 作:泡沫のユメ
独自解釈有り。
「それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます」
私の家でホシノちゃんと一緒に寝た次の日。先生を含めた7人で定例会議をおこなっていた。進行役はアヤネちゃんだ。
ちなみに、一緒に寝たとは言っても、同じ布団で寝たわけでは無い。
ホシノちゃんを抱きしめながら寝たい、という欲望の高まりは留まるところを知らなかったが、流石にそれは良くないだろうし。
······いや、同性だし、別に問題はないのかな····?
それは兎も角。予備の布団があって良かったよ! と言った時のホシノちゃんの顔が印象に残っている。
どこかショックを受けたような。或いは捨てられた子犬のような。そんな顔だった。
心配になって声をかけたものの、ホシノちゃんは顔を真っ赤に染めた後、クジラのぬいぐるみに顔を埋ずめてそのまま眠ってしまったため、訳を聞くことは叶わなかった。ヘイローも消えていたから狸寝入りというわけでもないらしい。
あんな顔をしているホシノちゃんを見るのは初めてで、気にはなったけど、ちゃんと眠れてるのなら大丈夫だろう、ということで今はもう心配していない。
と、そんなことを考えているうちにも会議は進行していく。
「先日ヘルメット団の前哨基地を襲撃した時に手に入れた戦略兵器の破片を分析した結果······現在は取引されていない型番だということが判明しました」
「もう生産されてないってこと?」
「そんなのどこで手に入れたのかしら」
「生産が中止された型番を手に入れる方法は······キヴォトスでは『ブラックマーケット』しかありません」
"ブラックマーケット····?"
ここで先生が疑問符を浮かべる。
先生はキヴォトスに来たばかりだから、まだ知らないのかもしれない。
実を言うと私もブラックマーケットのことは詳しくない。前世の知識以上のことは何も知らないし、実際に行ってみたこともないのだ。
「ブラックマーケットは中退、休学、退学····様々な理由で学校を辞めた生徒達が集団を形成しており、連邦生徒会でも手を出すことができていない、危険な場所です」
「いつか、ブラックマーケットにも調査に行かないとね」
「そうですね······ユメ先輩の言う通りです。カタカタヘルメット団がどうやって武器や兵器を手に入れていたのか。何か手掛かりがあるかもしれませんから」
この案についての反対意見はでなかった。自分達の学校を襲っていた犯人の調査だ。みんなのモチベーションが高くなるのは当然のことだった。
「次は私たちにとって非常に重要な問題······学校の負債をどう返済するかについて具体的な方法を議論します」
そんなアヤネちゃんの言葉を皮切りに、みんなで意見を出していく。今日は先生もいることだし、いつも以上に真面目で、画期的なアイデアがたくさん生まれる······
······なんてことはなかった。
『運気を上昇させるゲルマニウムブレスレットっていうのを売ってるんだって! これを周りの3人に売ってお金を稼いでいけばいいの!』
『他校のスクールバスをハイジャックして無理やりアビドスに入学させればおっけー!』
『銀行を襲うの』
以上がこれまでにセリカちゃん、ホシノちゃん、シロコちゃんが出した意見だ。
あまりの惨状に先生の驚愕と苦笑いが止まらなかった。セリカちゃんが悪い大人に騙された、ということを知った時には少し怖い顔をしていたけれど。
マルチ商法、誘拐、銀行強盗という詐欺と犯罪に二分される意見を切り伏せたアヤネちゃんの怒りのボルテージが上昇している。
このままでは臨界点を突破したアヤネちゃんのちゃぶ台返しによって、机の上に乗っているお菓子が犠牲になってしまうだろう。
流れを変える必要があった。そのためにアヤネちゃんになにかフォローを入れようと。そう思った瞬間の出来事だった。
「スクールアイドルをやるんです!」
ノノミちゃんの口から衝撃的な言葉が飛び出した。
◇◇◇
奥空アヤネは激怒した。必ずやこの先輩達を叱らなければならぬと決意した。アヤネには先輩達の考えがわからぬ。アヤネはアビドス高等学校の一年生である。これまでアビドスを守ってきた先輩達に恥じない自分であるために日々努力を重ねてきた。けれども、先輩達のふざけた態度に対しては人一倍に敏感であった。
頼みの綱であったノノミ先輩の意見はアイドルというかなり突飛なものだった。あまり現実的では無いけれど、犯罪では無いだけマシなのかもしれない。
······どうして犯罪では無いというだけで喜ばなければならないのだろう。これはアビドスを復興するための会議であって、間違っても犯罪者達が計画を立てるための会議では無いはずだった。
でも、それでも。こんな惨状であったとしても。まだ、希望は残されている。
ユメ先輩の存在だ。
いつもは変······というより、異常な程に後輩である私たちを可愛がってくれるし、悪ノリをすることもあるけど、なんだかんだ言って会議の際には誰よりもまともな意見を出してくれる。
ホシノ先輩やシロコ先輩の意見にも『ダメだよー!』という軽いものではあったけど、注意をしてくれていた。この場における唯一の味方だった。
そんなことを考えてユメ先輩に声をかけようとしたその時。ガタリと、大きな物音が鳴った。
音のした方向を見るとユメ先輩が椅子を後ろに倒しながら立ち上がっていた。そして、わなわなと震えている。
「·······ノノミちゃん」
「え、えっと? どうされました?」
温厚で、いつも明るい笑顔を浮かべていて、怒っている姿がまるで想像できないユメ先輩。
そんないつもの姿からは想像もできないような雰囲気を醸し出していた。
ユメ先輩の雰囲気にみんなが圧倒されている中、私は安心していた。
ついに、ついにあのユメ先輩が怒ってくれるのだろうと。みんなを叱ってくれるのだろうと。
これからはもっと真面目な会議をすることができるようになるのかもしれないと。期待していたのだ。
私の期待通り、ユメ先輩はみんなに説教をするためにノノミ先輩に近づいて、手を取った······
······手を取った?
あれ······?
「ナイスアイデアだよノノミちゃん! 絶対にアイドルをやろう!! みんななら絶対にキヴォトス一のアイドルになれるよ!!!」
ダメダメだった。いつも通りのユメ先輩だった。寧ろ、普段よりテンションが高いかもしれない。
「やっぱりユメ先輩もそう思いますよね! 衣装の準備は私に任せてください!」
最初は驚いていたノノミ先輩も、ユメ先輩がアイドルに肯定的であることを知った途端、目の色を変えてアイドルについて語り始めた。
「きゃ、却下! 却下ですユメ先輩!」
いつもなら悪ノリをしそうなホシノ先輩は、自分が被害者になることを悟ったのだろう。しっかりと否定してくれた。
でも、そんな言葉でユメ先輩が引くはずがなかった。
「何言ってるのさホシノちゃん! こんなにかわいいんだから絶対にやるべきだよ! ホシノちゃんがアイドルをやらないなんて、キヴォトスの歴史に残るレベルの損失だよ!」
「ユメ先輩の方こそ何を言ってるんですか!? 私にアイドルなんて似合いませんって!」
その後もホシノ先輩はなんとか説得しようとしていたが、ユメ先輩は何を言われても引く気は無いようだった。戦闘の時は誰よりも頼りになるホシノ先輩の背中が、背丈以上に小さく見えた。
「そ、それに! こんな貧相な体が好きとか言っちゃう輩なんて人間としてダメダメですよ!」
「ぐはっ!?」
「ゆ、ユメ先輩ー!?」
ホシノ先輩の言葉を聞いたユメ先輩が倒れ伏すという形でアイドル論争は決着が着いた。どうやらユメ先輩は多大なダメージを負ったらしい。倒れたまま起き上がってこなかった。
「あの······議論がなかなか進まないんですけど、そろそろ結論を······」
「ん······こうなったら先生に決めてもらおう。先生。これまでの意見でやるならどれがいい?」
「えっ!? これまでの意見から選ぶんですか!? も、もう少しまともな意見を出してからの方がいいのでは!?」
「大丈夫だよ、アヤネ。先生は信頼できる大人だから」
「そういう問題じゃないと思うんですが!?」
先生が信頼できるのはわかっている。わかっているがそれとこれとは話が別だった。バスジャック、銀行強盗、アイドルという選択肢が変わらない以上、誰が選ぼうともまともな結論にはならないのだから。
"······私がプロデューサーをやるよ!"
「先生!? 本気ですか!?」
「やったよノノミちゃん!」
「うわっ!? ユメ先輩起きてたの!?」
倒れていたユメ先輩はアイドルをやると聞いた瞬間急に元気になった。ノノミ先輩と手を取り合って喜んでいる。どういうわけかシロコ先輩まで乗り気になっていた。先生が選んだからなのかもしれない。
「ほ、ほんとに? ほんとにアイドルをやるの····?」
「もちろんだよセリカちゃん! 絶対人気のアイドルになれるから! ね、アヤネちゃん! いい作戦だよね!」
「······い」
「あ、あれ? アヤネちゃん···?」
「いいわけないじゃないですかー!」
◇◇◇
あの後アヤネちゃんに数時間もの間説教をされた私達は、ご機嫌取りと謝罪をかねて柴関ラーメンに来ていた。今はみんなでアヤネちゃんのお世話をしている最中だ。
本当は会議の途中でアヤネちゃんにフォローをいれるはずだったのに、ノノミちゃんの発言からホシノちゃんのアイドル姿を幻視したせいで、他のことを考えられなくなってしまったのだ。
残念なことにホシノちゃんをアイドルにする計画は頓挫してしまったが、まだまだ諦めるつもりはなかった。
絶対にホシノちゃんのアイドル姿をこの目で見ると心に誓ったからだ。この決意は誰であろうとも折ることはできない。
何かの間違いで私が
「あ、あのう······」
そんなことを考えながらアヤネちゃんの口にチャーシューを運んでいると、店の扉が開いてお客さんが入ってきた。
帽子を被った紫色の髪の小柄な生徒だ。バイト中であるセリカちゃんに、一番安いメニューの値段を質問している。
──というか、あれってもしかして·····
セリカちゃんの返答を聞いて一度店から出たその生徒は、外で待っていた3人の生徒と共に再び入店してきた。
──ああ······やっぱり······
最初に目に入ったのは鋭い目付きをしているようにも見える生徒。前髪の一部と後ろで結った部分を黒く染めていて、後頭部には角も生えていた。
次に、ニヤニヤしている、という表現が最も似合うような笑みを浮かべている生徒。白髪を基調にしたサイドテールの少女だった。
最後に、どこか不敵な笑みを浮かべる赤みがかった長髪の生徒。彼女にもまた、両耳の近くに角が生えていた。
これはもう勘違いという域では済まないだろう。そこに居るのは紛れもなく便利屋68の4人だった。
◇◇◇
「······はぁ」
鬼方カヨコは溜め息をついた。
どうしてこんなことに、という気持ちが溜め息という形で現れてしまったのだ。
これまでの経緯を思い出す。
クライアントからの依頼をこなすため、本拠地を離れてアビドスという砂に覆われた土地に来ていた。
その依頼はアビドス高等学校を襲撃することだった。どういう理由かは不明なものの、クライアントはアビドスが廃校になって欲しいようなのだ。
そしてクライアントからデータをもらった社長······アルが大枚を叩いて傭兵を雇った。万全を期すためだ。その意見に反対するつもりはなかった。
しかし、そのせいでほぼ全財産を使いきってしまい、お昼の食費に困っているのが問題だった。確かに傭兵を雇うことには賛成したが、そこまでお金を使うとは思わなかったのだ。
そんな時、幸運にも残っているなけなしの所持金でも食べられる店を発見できた。それに、アルバイトに妙な勘違いをされたおかげで値段以上の量のラーメンを提供されて、満腹にもなった。これで話が終わっていたのなら溜息をつくような状況にはならなかっただろう。
更なる問題は、そのアルバイトがアビドスの生徒だった上に、入店した場所に他のアビドス生達もいたことだ。しかも意気投合を果たして仲良く談笑しながら一緒にラーメンを食べている始末。
アビドスの制服を事前に聞いていたはずなのに、そのことに気がついているのは自分と室長のムツキだけだった。しかもイタズラ好きである彼女からは社長に伝えることを止められている。アルが白目を剥いて驚く姿が容易に想像できた。
つまり話をまとめると、私達は襲撃相手であるアビドスの生徒から憐れまれ、食事を与えられた上で仲良く談笑しているのだ。
これから襲いに行く自分達にとっては気まずいことこの上なかった。
もうこうなったら少しでも情報を引き出した方がいいのかもしれない。そう判断して、一人だけ会話に混じらずに、どこか微笑ましいものを見るような目でこちらを見ている生徒に話しかけることにした。
いつものように外見のせいで怖がられる可能性もあったが、それはどうしようもない問題だ。
「隣、いい?」
「うえっ!? だ、大丈夫だよ!」
余程見入っていたのか、声をかけるまで近づいていることに気がついていないようだった。
「あっちの会話には混ざらないの?」
気になったことを聞いてみる。同じ制服を着ていることからもアビドス生であることは間違いないだろうし、不思議に思っていたのだ。
「うーん、ちょっとね。気まずいなって」
「······気まずい?」
気まずいのはこちら側であって、アビドスには負い目は何も無いはずだった。
もしや彼女と他のアビドス生は仲が悪かったりするのだろうか。それなら付け入る隙になりそうだった。
そんな思考は次の彼女の言葉で吹き飛ぶことになるのだが。
「ほら、さっきアビドスを襲撃するって言ってたでしょ···?」
思わず固まってしまった。小声で言ってくれたことから、事を荒らげたいわけではないらしいが。
「だからね。ちょっと気まずいなって。私は別に気にしないけど······カヨコちゃんは気にしてるでしょ? さっき、溜め息もついてたし······」
筒抜けというレベルではなく情報が漏れていた。ムツキとアビドスについて話していたのを聞かれていたのかもしれない。
というか······
「······どうして私の名前を知ってるの? それに、気にしないって······」
自分達の学校を襲撃されることを気にしないというのはどうにもおかしく思える。それに、こちらは食事を恵んでもらった身だ。恩を仇で返すようなことをされて、それでも尚、気にしないと言えるのだろうか。
「だって、カヨコちゃん達からは悪意を感じないからね。悪いのは便利屋に依頼をした誰かであって、カヨコちゃん達のせいじゃないから」
言いたいことはわからなくもない。わからなくもないが、そこまで割り切れるものなのだろうか。恨み言の一つくらいは出てきてもおかしくないのに。
「それに、みんなと仲良くしてくれるのも嬉しかったんだよ。アビドスは追い詰められていて、どうしても狭いコミュニティになっちゃうからね」
アビドスの内情は聞かされていたが、改めて本人達から実情を聞くのは辛いものがあった。ただでさえ気まずかったのに、余計にやる気が落ちていくのを感じる。
6人しか生徒がいない学校を襲撃する。言葉にすれば簡単だが、実情は彼女達の居場所を奪ってるだけだ。まだ襲撃すらしていないのに、少しずつ罪悪感が募っていく。
「······でも、私達は敵だよ?」
どこか縋るような形で、彼女に話しかける。
「昨日の敵は今日の友、なんて言葉もあるし。どんな縁も無駄にはならないんだよ。だから、カヨコちゃんも気負いすぎなくて大丈夫だよ?」
本当に気にしていない、といった様子の彼女に思わず呆れてしまう。こんなにも追い詰められていて、襲撃犯が目の前にいて。どうしてそこまで前向きに考えられるのだろうか。
「それに、こんなに美人なんだから悩んだ顔ばかりじゃもったいないよ!」
「······は?」
突然小声をやめてそんなことを言い始めた。遠くの方でムツキがにやにやしているのが見える。間違いなく後でからかわれることになるだろう。
「なに、それ。私、顔が怖いってよく言われるんだけど?」
「見る目がないね!こんなにかわいいのに」
もう無敵だった。初対面で、しかも敵であることもわかっている相手にどうしてそんなことを言えるのだろうか。
「ちょっとユメ先輩! うちのお客さんにまで変なこと言わないで!」
「ひぃん······せ、セリカちゃーん」
ユメ先輩、と呼ばれた彼女はアルバイトに手を引かれてどこかへ行ってしまった。ラーメンを食べ終わった便利屋の仲間達が近づいてくる。
「くふふ。カヨコっち、楽しそうなこと話してたね?」
新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりの表情を浮かべるムツキに、嫌な予感が止まらなかった。
色々と思うところはあったが、ただ、彼女には······ユメには敵わないのかもしれない。そんな漠然とした気持ちが残っていた。
平均文字数がどんどん増えていく。
話を早く進めたい気持ちと、1話1話丁寧に進めたい気持ちが殴りあってます。