アビドスユメモドキ 作:泡沫のユメ
これまで通信や電話でのセリフには『』こちらの括弧を使用してていたため、今回の先生のセリフの一部に『" "』を使用している場面があります。
「ふぅ、いい人達だったわね」
アビドス生達と別れた途端にそんなことを言い出すアルを思わず二度見してしまった。本当に気がついていなかったらしい。ムツキの表情が楽しげなものに変わっていく。いい加減に伝えておくべきだろう。
「社長。あの子達の制服、気づいた?」
「えっ? 制服? なんのこと?」
「アルちゃん。アビドスだよ、あいつら」
「あびどす···あびどす·········アビドス····?」
ムツキの言葉の意味を理解したらしいアルは、白目を剥いて固まってしまった。
「なななな、なっ、何ですってーーー!?」
アルのそんな言葉を聞いたムツキは大笑いをしている。
「う、うそでしょ······あの子たちがアビドスなの? なんという運命のいたずら······」
アルは完全に参ってしまっていた。気持ちはわからなくはないが、これは仕事だ。それに、傭兵達も指示を待っている。今更引くことはできない。
ただ、アルならば大丈夫だろうという気持ちもあった。なんだかんだで立ち直るのは早いし、焚き付けるのが上手いムツキもいる。
だから自分の役割は、アルの心配をすることではなく、襲撃を成功させるための作戦を考えることだった。
「心優しいアルちゃんに、この状況はちょっとキツいねー。カヨコっちもかわいいって褒められてたしー?」
「······ムツキ?」
アルを焚き付けていたムツキから看過できない言葉が聞こえてきた。
「くふふ。あのアホ毛ちゃん、おもしろかったね。急にあんなこと言うんだもん。カヨコっち、いったい何を話してたの?」
「何をって······別に変なことは······あ」
最後の発言のせいで忘れかけていたが、襲撃をすることがバレている。襲撃自体は決定事項だけど、それでも相談はしておくべきだろう。待ち伏せをされている可能性もある。
「あの感じなのに油断ならないねー。あのオッドアイのピンクちゃんもちょっとだけ私達を警戒してたような気もするし? 6人だけだって聞いてたけど、思ったよりも苦戦しちゃうかもね」
「一筋縄でいかないのはたしかだろうね」
アビドスから何か底知れないものを感じる。ユメのあの態度も、そういった自信に裏付けされたものなのかもしれない。
「そ、そういえば、カタカタヘルメット団を倒した時の様子も少し変でした」
ハルカの言う通りだった。クライアントの依頼を受けて、アビドスを攻撃していたカタカタヘルメット団を倒したのだが、その時の様子がなんだかおかしかった。
彼女達からすれば仕事を途中で取り上げられた挙句に裏切られたようなものなのに、どこか安堵していたような気がするのだ。そんなにアビドスと戦いたくなかったのだろうか。
あれではまるで、風紀委員長を恐れているゲヘナの不良達のようだった。もしかするとアビドスには、それほどの強者がいるのかもしれない。
──いや。流石に考えすぎ、かな。
「こ、このままじゃダメよ、アル! 一企業の長として! アウトローとして! 中途半端なのはいけないわ!」
そんなことを考えているうちにトリップしていたアルは持ち直したようだった。
社長が行くというのなら、断る理由はどこにもない。傭兵達に声を掛けて、アビドスへ向かうことが決定した。
◇◇◇
「先生、話っていうのは····?」
何から聞くべきだろうか。そんなことを考えている先生の前には、疑問符を浮かべているユメがいた。
今2人がいるのは、アビドスにある教室のひとつだった。定例会議の後、柴関ラーメンに行った帰り道でユメに声をかけて時間を作ってもらったのだ。
声をかけたのはいくつか聞きたいことがあったのと、柴関ラーメンでのユメの態度にどこか違和感を覚えたからだ。2人きりで話してみたいと思った。
変に誤魔化したり濁したりしても仕方がないだろうと考えた先生は、素直に聞きたいことを言っていくことにした。
"ユメとホシノは2人とも3年生なんだよね? なのにどうしてホシノはユメのことを先輩って呼んでるの?"
「あっ······そういえば先生には言ってませんでしたね。実は私、留年してるんですよ。だから昔の名残でホシノちゃんはユメ先輩って呼んでくれてるんです!」
何か問題があるような生徒には見えなかったから、留年しているという事実に驚いた。寧ろ、対策委員の中では誰よりも周りを見ている子だと感じていたくらいだった。
「先生も知ってる通り、アビドスってかなりギリギリの状態じゃないですか。生徒数は少ないし、膨大な借金はあるし、治安は悪いし、それに、最近は砂嵐も増えてるし······」
ユメは喋っているうちにどんどん尻すぼみになっていった。アビドスにとっての不安の種を思い出しているのだからそれも当然のことなのかもしれない。
「だから、先輩としてみんなを守りたいって。そう思ったんです。それに、このまま卒業しても、アビドスのことを思い出しちゃって他のことに手が付かないでしょうし······」
留年しているということは、ユメが最も長い間アビドスや他の対策委員達を守ってきたということなのだろう。しかも、誰かの手を借りることもなく。
力になりたいと思った。それは本来、大人であり、先生である自分が負うべき責任だから。
きっと、ユメにとっては後輩達が最も大切なのだろう。さっきの話や普段の姿を見ていれば、先生にもすぐにそのことがわかった。まるで、宝物を見るかのような目で対策委員会のみんなのことを見ていたから。
でも······だからこそ違和感を覚えたことがあった。
便利屋68。柴関ラーメンに客として来ていた彼女達と対策委員会のみんなが喋っている間、距離をとって様子を見守っていたことだ。ユメならみんなとの話に混じるだろうと、そう思っていた。
それに、ユメに話しかけにいった便利屋68の生徒とこんな会話をしているのが聞こえてしまったのだ。
『ほら、さっきアビドスを襲撃するって言ってたでしょ···?』
盗み聞きをするつもりはなかったが、ユメと同じように会話に混じらず見守っていたため、結果的にそうなってしまった。後で謝らなければならない。
そのことを伝えるとユメは顔を青ざめさせていた。
「せ、先生? それ、他のみんなにも言いました····?」
"いや······言ってはいないけど······"
「よかったぁ······」
小声で話していたからみんなには聞かれたくないのだろうと。そう思って他の対策委員には伝えなかったが、ユメのホッとしたような反応を見るに正解だったらしい。
ユメは、彼女達に襲撃されるという事実を知って尚、普段通りの対応で便利屋の生徒と会話を続けていた。その理由について、先生は気になっていたのだ。
普通なら彼女たちに向かって怒るか、或いは警戒をしていても何らおかしくはない。
そのことを聞いてみると、さっきとは打って変わって真剣な表情でユメは話を始めた。
「先生。彼女達は便利屋だって。そう言ってましたよね? お金さえ貰えばどんな依頼でもこなす何でも屋だって」
社長を名乗っていたアルという生徒がそんなことを言っていたことを思い出す。
「つまり、彼女達を利用してアビドスを攻撃したい誰かが裏にいるってことなんです。もしかすると、カタカタヘルメット団もそうだったのかもしれません」
会議で近々ブラックマーケットへ調査に行くという意見を出していたユメだが、こういったことに気がついていたからなのかもしれない。明るくて能天気な性格とは裏腹に、よく考えている生徒だと感じた。
「依頼を受けたヘルメット団や、便利屋の子達に対して一切悪感情を持っていないわけじゃないですけど······でも、そこに一々腹を立ててたって何も解決しません。本当の敵は、彼女達を唆している誰かなんです。そこを勘違いして誰も彼もを疑っていたら、いつか不信に囚われて、大切なものまで見失っちゃいますから」
そんなことを言うユメに、先生は何も言えなかった。
ただ、強いと。そう思ったのだ。
彼女が対策委員のみんなに慕われている理由の一端を垣間見ることができたような気がした。
「それに······先生もわかってそうですけど、便利屋の子達はどう見てもいい子たちだったじゃないですか。だから、恨むに恨みづらいというか······」
えへへ、と苦笑いをしているユメの気持ちもわからなくはない。アウトローを目指している、と言っていたアルは似つかわしくない眩しい笑顔を浮かべていたし、借金で苦しんでいるという事情を聞いた時にも本心から心配して、応援しているようだったから。
ただ、それでも心配なものは心配だった。
"でも、大丈夫なの? 彼女達は近いうちに攻めてくるんだよね?"
「きっと、大丈夫ですよ。うちのホシノちゃんや後輩達はすっごく強いので! それに、今は先生もいますから」
先生もホシノや他の対策委員達が強い生徒であることは、ヘルメット団との戦闘を通じて理解していた。
でも、先生にはユメのその言葉が、強さを指している様には聞こえなかった。
"ユメは、ホシノのことを信じてるんだね"
先生のそんな言葉を聞いたユメは、不意を突かれたような顔をしていた。
「·········はい。ホシノちゃんは······私にとっての希望で。奇跡、そのものですから」
ユメやホシノのような3年生がいたからこそ、対策委員会は折れることなくここまでやってこれたのかもしれない。優しい笑顔を浮かべながらそんなことを言うユメを見た先生は、ふと、そんなことを思った。
概ね聞きたいことを聞けた上、生徒達の絆を見ることができて満足していた先生だったが、最後に一つ、気になっていることが残っている。
会議で借金返済についての意見を出し合っていた時のことだ。
それまでに出た案がひど·········個性的だったこともあって、進行役のアヤネの堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。そのため、ユメの意見を聞くことができていなかった。
·········ノノミがアイドルと言った際には異様な熱意を見せていたけれど。
それは兎も角、先生はアビドスの生徒達のことをもっと知りたかったのだ。
アビドスの助けになることは決めていたが、かと言って彼女達の考えを無視して自分が何でもかんでもやるのは違うと思っていたから。
先生は、生徒達の夢を少し手助けできればそれで十分だった。
「えっと······?」
そう思っての質問だったのだが、ユメはなんだか難しい顔を浮かべながら首を傾げていた。
不思議に思って声をかけようとしたその時、慌てた顔をしているアヤネがノックをしながら教室に入ってきた。
「ユメ先輩、先生! 先程、校舎より南15km地点で大規模な兵力を確認しました! 恐らくは日雇いの傭兵です!」
大規模な兵力、というのは少し気になるけれど、これが便利屋68からの襲撃なんだろう。
「ホシノ先輩達は既に出動しています! ユメ先輩は出動を。先生も指揮をお願いします!」
「わかったよ!」
アヤネの言葉を聞いたユメは、盾と銃を携えて外へ向かっていった。アヤネも既にドローンの準備をしている。
ユメのことも気になってはいたが、今は襲撃の方を優先するべきだった。先生は彼女達の指揮を執るために、シッテムの箱を起動した。
"……我々は望む、ジェリコの嘆きを"
"……我々は覚えている、七つの古則を"
◇◇◇
アヤネちゃんの言葉を聞いて外に向かうと、予想通りと言うべきか、もしくは原作通りとでも言うべきか。
気まずそうな顔をしているアルちゃん率いる便利屋68と、ホシノちゃん達が言い合いをしている姿が見えてきた。後ろには傭兵達も控えている。
これだけ学校を攻められている状況にも拘らず、私はあまり戦おうという気持ちになれていなかった。理由はわかりきっている。
原作知識から、便利屋68が本当の敵では無い、ということを理解してしまっているせいなのだろう。
先生にはあんな偉そうなことを言ってしまったけど、本当は私が彼女達の人柄を知っていて、カイザーが裏にいることも知っているという、ただ、それだけの話だ。
そんなことを考えていても時間は待ってくれない。気がつけば戦闘が始まっていた。乗り気では無いとはいえ手を抜くつもりはなかった。
傭兵と言うだけあってヘルメット団よりは強いけれど、それでも特に問題はなかった。盾で弾を防ぎながらショットガンを放っていく。
そうやって戦いながら、先生の言葉を聞いて少し後ろに下がる。すると、タイミングよくノノミちゃんがミニガンで傭兵たちを一掃してくれた。
先生の指揮は、後ろに下がるタイミングや、前に出て相手を撃つタイミング。そのどれもが正確なおかげで、数十人くらいの人数差なら、全く苦戦せずに勝利することができるのだ。
その上、基本は自由に動いても大丈夫なように指示を出してくれるから、窮屈な動きを強制されることもない。戦いやすさが段違いだった。原作であれだけ言われていたのも納得できる話だ。
『ユメはどういう形でアビドスを復興させていきたいの?』
銃撃戦の最中にも拘らず、ふと先生に言われた言葉を思い出した。傭兵達を倒せて、少し余裕ができたからなのかもしれない。
──あんまり、考えたことがなかったな······
アビドスに対して全く愛着がないというわけではない。20年近くここで暮らしてきたのだから地元愛のようなものが芽生えているのはたしかだろう。
でも、そういったことを考える余裕が最近まではなかったのだ。
ホシノちゃんが来るまではアビドスが潰れないようにすることばかり考えていたから、心にも時間にも余裕がなかったし、ホシノちゃんが来てからは原作での事件を回避することや、ホシノちゃんに夢中だった。
──結局、遭難しちゃったんだけどね······
そうやって心の中で反省をしながらも、手は緩めない。ホシノちゃんがいる以上負けることは無いだろうけど、それでも万が一ということもある。私のせいで負けてしまったら目も当てられない。
「むっ······あれは······」
アルちゃんが遠くの方でスナイパーライフルを構えているのが見えて、盾を構える。こういった動きにも慣れたものだった。
「わっ!?」
盾で防いだ銃弾が爆発した。どういう原理なのかは全くわからないが、アルちゃんの弾はそういう性質を持っているらしい。
ダメージ自体はほとんどないけれど、爆発の時に発生した煙で周りがあまり見えない。
でも、特に心配はしていなかった。先生の指揮があるからだ。
もし死角から攻撃されそうになっていたら、先生が教えてくれるだろう。そう思って耳を傾ける。
『"······え? ホシノ!?"』
先生の困惑したような声が聞こえてきた。ホシノちゃんに限って負けるようなことはないはずだけど、いったいなにが······
「ユメ先輩!!」
そんなことを考えていると、ホシノちゃんが硝煙を突っ切りながら私の元へとやってきた。
「ほ、ホシノちゃん······?」
「大丈夫ですか!? どこか、怪我をしていたりしませんか!?」
私のことを心配してくれているホシノちゃんの姿にどこか、違和感を覚える。
今までも心配をされたことは何度かあったけど、ここまで焦ったような様子ではなかったはずだ。
それに、先生の反応を考えると、ホシノちゃんは指揮を無視してまで私の所に向かってきた可能性がある。一度爆発に巻き込まれたくらいでそこまで心配されているのはおかしな話だった。
前世の感覚ならば兎も角、キヴォトスでの戦闘だとこれくらいのことは日常茶飯事だからだ。
「·········」
私の無事を確認したホシノちゃんは、殺気が籠ったような目でアルちゃんがいた方向を睨んでいる。まるで、鋭いナイフか何かのようだった。今にも飛び出していきそうな雰囲気がある。
柴関ラーメンでのことや、学校を襲撃されているという事実から、ホシノちゃんが怒るというのは理解できるけど、今のホシノちゃんのそれは、はっきり言って異常だった。
このままだとホシノちゃんにとって良くない何かが起こると。そう直感が告げている。ホシノちゃんを止める必要があった。
ホシノちゃんを安心させるために私は抱きしめることにした。こうするとホシノちゃんが安心することを知っているし、無理に私を振り払ってまで戦いにはいかないだろうから。
「ホシノちゃん、私は大丈夫だよ。だから、ほら。落ち着いて······」
「っ! ユメ先輩······でも!」
「大丈夫······大丈夫だから······」
そうやって抱きしめながらホシノちゃんの背中を撫でていると、少しずつ落ち着いていったようだった。さっきまでの鋭い雰囲気は霧散している。
「·········すみません、ユメ先輩。少し、焦ってたみたいで······」
焦っていたのは本当なんだろうけど、それにしたって様子がおかしかったような気がする。いつものホシノちゃんとは似ても似つかないような気配がしていた。あとで話を聞くべきだろう。
そのためにもアルちゃん達を撃退しなければならない。さっきまではあまり気乗りしていなかったけど、こうなってくると話は別だった。
硝煙が晴れてきて便利屋のみんなの姿も見えてくる。
先生や後輩達に、私とホシノちゃんが無事であることを伝えてから、改めて便利屋68との戦闘に臨んだ。