アビドスユメモドキ   作:泡沫のユメ

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待っていてくださった全ての読者様に感謝を。



28:本能

 

 チャイムが鳴る音。傭兵達が言葉を交わしながら遠ざかっていく足音。そして、柴関ラーメンで言葉を交わした人達が何かを言い残しながら去っていく。

 

 そんな喧騒が全て遠くのものに聞こえていた。

 

 ──あの頃から、何も変わっていないじゃないか。

 

 そんな考えが私の中で渦巻いていた。もし、ユメ先輩に止められていなかったら、私は何をするつもりだったんだろう。

 

 口では私が守ると言っておきながら、守られてばかりで、迷惑をかけている。

 

 いつまでも変われない自分が嫌になる。

 

 ユメ先輩は私が知らない何かとも戦っているのに。シロコちゃんだって、あんなにも成長しているのに。私だけが1年生の頃から進めていない。

 

 きっと、ユメ先輩はこんな私でも責めたりはしないのだろう。寧ろ、心配さえしてくれるのかもしれない。

 

 でも、そんな優しさに甘えてばかりの自分ではいたくなかった。守れるくらい、強くなりたかった。

 

 ユメ先輩が爆発に巻き込まれたあの時。最初は特に心配もしていなかった。私ほどでは無くても、ユメ先輩だって強い。あれくらいでは怪我すらしないだろうと、そう思っていたはずなのに。

 

 ──誰かが、ユメ先輩を奪おうとしている。

 

 そんな言葉が頭の中を谺した。

 

 誰に言われたわけでもなく。ふと、思い浮かんできた言葉。真実なのか嘘なのか、それすらもわからない。ただ、本能が叫んでいた。

 

 だからあんなことをして、先輩にも、後輩達にも、先生にも迷惑をかけることになった。

 

 どうしてあんなにも焦っていたのか、あの言葉はなんだったのか。今となってはわからない。

 

「ホシノちゃん、大丈夫······?」

 

 気が付くと目の前に心配そうな表情を浮かべているユメ先輩がいた。先生や後輩達は既に校舎に戻っているようで、校庭には2人しか残っていない。

 

 ふと、あの言葉を思い出す。先輩がいなくなるなんて、そんなことはありえないはずなのに。不安な気持ちが収まってくれない。

 

「ユメ······先輩。先輩はもういなくなったり······しませんよね?」

 

「············」

 

 ユメ先輩はすぐに答えてくれなかった。この場を沈黙が支配している。

 

 鼓動が早くなっていく。嫌な想像が止まらない。

 

 ──まさか、本当にユメ先輩は······

 

 そんなことを考えていると突然抱きしめられた。私を安心させるためか、頭まで撫でている。

 

「ごめんね······」

 

「な、なんで先輩が······」

 

 謝るんですか、と続けようとして遮られた。私からゆっくりと離れたユメ先輩は言葉を続ける。

 

「ね、ホシノちゃん。少し、2人で歩こうよ」

 

 みんなには伝えてあるからさ、とユメ先輩は言う。

 

 意図はわからなかったけれど、否定する理由もなかったし、何より今は先輩以外に会いたくなかった。自分の弱い所を、ダメな所を後輩達に見せるわけにはいかないから。

 

 そんな思いを込めて二つ返事で引き受けると、ユメ先輩は嬉しそうに笑った。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ユメ先輩と2人きり、目的もなくアビドス自治区を歩き回る。他愛のない会話を続けながら、のんびりと。

 

「ホシノちゃん。ここ、覚えてる?」

 

 不意に声をかけられて辺りを見渡す。

 

 そこは何気ない、どこにでもある交差点だった。少し砂を被っていることを除けば、アビドス以外の自治区でも見られるような場所。

 

 そんな何の変哲もない交差点も、私にとっては特別な場所だ。

 

「······初めてユメ先輩と会った場所」

 

 そう答えると先輩は満足気に頷いていた。誰よりも幸せだと信じて疑っていないような顔で。

 

「ホシノちゃんも覚えてくれてて嬉しいよ!」

 

「むぐっ」

 

 今日は何度も抱きつかれている気がする。私のためなのか、先輩がそうしたかったからなのかはわからなかった。

 

 それに、覚えているのは当然のことだ。忘れようと思っても忘れられるはずがない。決して鮮烈な出会いとは言えないものだったけれど。今でも、昨日のことのように思い出せる。

 

「ここは私にとって大切な場所の1つなんだよ。世界が、青く染まった場所だから」

 

「······それは」

 

 私も、同じだったのかもしれない。あの頃は1人きりでも何とも思わなかったし、大抵のことはできると思い込んでいた。なのに、今では全く別の気持ちになっている。

 

「なんてね。らしくないことを言ってみたけど、私が言いたいことは一つだけだよ」

 

 ユメ先輩はなんでもない事のように告げる。例えば、晩御飯のメニューを決めた時のような。そんな気軽さで。

 

「私は絶対にホシノちゃんを置いていなくなったりなんてしないよ」

 

 きっと、その通りなのだろう。私が勝手に不安になっただけで、先輩はどこかに行ったりはしない。

 

 あの言葉に対する不安が完全に拭えたわけではないけれど、ユメ先輩を信じることはできる。それに、これ以上迷惑をかけたくはなかった。

 

「······ユメ先輩。ありがとうございます」

 

「どういたしまして!」

 

 もっと色々言うべきことはあるのかもしれないけれど。逆に、これ以上の言葉はいらないような気もする。不思議な気持ちだった。

 

 ふと、気になったことを聞いてみる。

 

「どうして一緒に歩こうって誘ったんですか?」

 

 先輩が私のことを心配していたのは察することができた。だから、もっと先輩に慰められるというか、そういうことをされると思っていたのだ。

 

「特別な目的があったわけじゃないよ。敢えて言うなら気分転換······かな?」

 

 そういう意味でなら効果は覿面だったのかもしれない。不安や焦燥感に囚われていた状態でユメ先輩がいなくならない、という言葉を聞いても簡単には納得できなかった。

 

「それに、ホシノちゃんは強いからね。私が何でもかんでもやるのは違うと思ったんだよ」

 

 言っている意味がわからなかった。だって、私は弱いから。戦う強さという意味でなら少しは自信があるけれど、先輩がそのことを言っているようには思えない。

 

「あー! 絶対自分でわかってないでしょ! やっぱり、私がわからせないと······」

 

 さっきまでとは別の意味で嫌な予感がしてきた。いつかの日に、同じ感情を抱いたことがあったような気がする。あれは確か、ユメ先輩を怒らせてしまった時に······

 

「!? だ、大丈夫です! 大丈夫ですから! ちゃんとわかってますから!!」

 

 思い出した瞬間、凄まじい焦燥感に襲われた。あれを二度も味わうわけにはいかない。怒った時のユメ先輩は、誰よりも恐ろしい。

 

 しかも、今はユメ先輩の家に泊まっている状態で、逃げ場が存在していない。あの時よりも酷い目に遭う可能性がある。

 

 必死の抵抗が功を奏したのか、その後もジト目で追求してくるユメ先輩をなんとか説得することができた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ──何かが引っかかる。

 

 ベットの上で昼間のホシノちゃんのことを思い返す。

 

 夜の帳が空を覆ってから数刻が経っていた。壁にかけてある時計の短針は12時を指している。

 

 ホシノちゃんは先に夢の世界へ旅立っているようで、すうすうと寝ている。

 

 あまりにもかわいかった。普段の昼寝をしている姿で見慣れていなければ直視できないレベルの衝撃だ。

 

 いつまでもこうして見ていたい気持ちで胸がいっぱいだった。けれど、今はそれよりも重要なことがある。

 

 ──どうして、急にあんなことを······

 

 私がいなくなることがホシノちゃんにとってのトラウマになってしまっているのはわかっていた。

 

 でも、あんなにも追い詰められたような顔をするような状況ではなかったはずだ。便利屋のみんなだって上手く撃退できたし、対策委員会の誰かが怪我をしたわけでもなかった。

 

 きっと、ホシノちゃんの身に何かが起こっているのだ。私の想定外の何かが。

 

 それなのに何も思いつかない。ホシノちゃんが······生徒が、苦しんでいるというのに。

 

 原作知識という明らかなチートを持っておきながら、原因が思い浮かばない自分にほんの少しの苛立ちを覚える。

 

 もし、ここにいるのが私以外の誰かだったら。或いは、本物のユメ先輩だったのなら。もっと上手くやれたのかもしれない。

 

「ゆめ······せんぱい」

 

 ホシノちゃんの声でふと我に返る。目を覚ましたのかとも思ったけど、ピンクに光り輝くヘイローが浮かんでいなかった。寝言で私のことを呼んだらしい。

 

 何度か私の名前を呼びながら、むにゃむにゃと気持ちよさそうに眠っている。

 

 ──ちょっと、かわいすぎるね? 

 

 さっきまでの馬鹿な考えを切り捨てる。あまりにも酷い考えだった。

 

 ホシノちゃんは私のことを信じて頼ってくれているのだ。原作では小さな背中に大きな責任と後悔を背負って、誰にも話さずに抱え込んでいた彼女が。

 

 私なら頼ってもいいと、私ならなんとかしてくれるかもしれないと。そういう気持ちがあるからこそだろう。それは、何よりも嬉しいことだった。

 

 なのに、今更私以外の誰かだったら、なんて想像をするのはホシノちゃんの想いを踏み躙るに等しい行為だ。そんなことをするわけにはいかない。

 

 というか、よくよく考えると原作のユメ先輩が相手であってもホシノちゃんを渡したくはないし。だって、そんなのは寝取られだ。脳が破壊されてしまう。

 

「……結局、やれることをやっていくしかないのかな」

 

 今はピースが欠け落ちている状態なのだ。わからないことで悩み続けるより、行動を起こす方がいいに決まっている。

 

 それに、明日はブラックマーケットで銀行を襲う予定もある。いつまでも考え事をして寝不足になるわけにはいかない。

 

 ──我ながらとんでもない予定だよね······

 

 ふと、銀行強盗が趣味の後輩から渡された覆面を思い出す。記憶喪失だった彼女が完成度の高い編み物をできるまでに成長したことは間違いなく喜ぶべきことなのに、動機が不純すぎて複雑な心境になっている。

 

 ──シロコちゃんの銀行強盗に対する熱意はどこから来てるんだろう······

 

 今のシロコちゃんは物事に対する分別もついているし、やんちゃなこともあまりしない。アヤネちゃんとセリカちゃんが来てからは特にその傾向が強かった。後輩ができたことで責任感が生まれているのかもしれない。

 

 それなのに、銀行強盗に対する熱意だけが向上の一途をたどっている。対策会議で銀行強盗を却下された時なんかは、覆面の下からふくれっ面を露わにしていた。

 

 もはや本能に刻まれているとしか思えない。

 

 きっと、シロコちゃんにとって銀行を襲うことは、ご飯を食べることや睡眠を取ることと同義なのだ。銀行を偵察して襲撃の計画を立てるまでの一連の流れが完全に日常に組み込まれている。

 

 ホシノちゃんが彼女を拾ってくれて本当に良かった。大切な後輩がキヴォトスを代表する犯罪者になっていた可能性があるのだ。

 

『ん、銀行を襲う』

 

 どこからか、そんな声が聞こえてくるような気がした。

 




2025/5/5追記

現在、リアルの都合により執筆できない期間が続いてます。5月20日辺りに投稿を再開する予定ですのでよろしくお願いします。
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