アビドスユメモドキ   作:泡沫のユメ

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35:崩壊の足音

 

「し、シロコちゃん…? どうして急に退学なんか……」

 

 そう聞いてみると、シロコちゃんは慌てて首を横に振った。

 

「ち、違う! これは私のじゃなくて……」

 

 シロコちゃんに言われてよく見てみると、名前や所属している部活がまだ書かれていない。白紙の状態だった。

 

 でも、こんな紙を用意したということは、誰かが、退学を考えたということだ。

 

 "シロコ。じゃあ、これは誰が…?"

 

「……昨日のユメ先輩の様子がどうしても気になって、ユメ先輩のカバンの中を探してたらそれを見つけて……私は、どうすればいいのかな……」

 

 

 

「………え…?」

 

 シロコちゃんと先生が何かを話しているが、全く頭に入ってこない。それほどの衝撃がホシノを襲っていた。

 

 ──なんで、どうして。どうしてユメ先輩が退学なんか……

 

 分からない。私には分からない。だって、ユメ先輩がアビドスからいなくなる理由なんて……

 

 ──私の、せい…? 

 

 他の理由があるとは思えなかった。だって、後輩達はみんないい子で、ユメ先輩に迷惑をかけたのは私だけだ。私だけが、ユメ先輩を殺しかけた。

 

 ユメ先輩は許すと。あの時はそう言ってくれたけど。ずっとずっと分からないことがある。

 

 ──どうしてユメ先輩は、こんな私を許してくれたんだろう。

 

 そんな疑問が晴れてくれないのだ。

 

 最初は気にしていなかった。ユメ先輩は優しいからと、そう納得できていたから。

 

 でも、本当に? 

 

 酷い態度だった後輩から、普段以上に心無い言葉を言われて。傷ついて。砂漠で遭難して。死にかけた。

 

 そんな後輩を、簡単に許せるはずがない。

 

 少なくとも、ホシノにとってはそうだった。いくらユメ先輩が許してくれたとしても、あの時の自分自身を許すことなんてできやしない。

 

 だって私があんなことを言わなければ、ユメ先輩が遭難することはなかったのだから。後遺症が残らなかったのだって、命が助かったのだって、運が良かっただけだ。

 

 ユメ先輩は私のせいで苦しい思いをしたのに。死にかけたのに。何も文句を言わず、怒ることすらせずに許してくれた。ホシノちゃんだけのせいではないと。ホシノちゃんは優しい後輩だと。そんなことまで言ってくれた。

 

 どうして怒らないんだろう。どうしてあの時のことを一度も責めないんだろう。ただ、優しいから? それとも、私のことはどうでもいいと思っているから? 興味がないから? 

 

 けど、ユメ先輩が私のことを大切に思ってくれているのは伝わってくるのだ。でなければ家に泊めてくれたりなんかするはずがない。

 

 私と違って魚が特別好きなわけでもないのに、一緒に水族館へ行く約束をしただけで、あんなにも嬉しそうな顔をしてくれるはずがない。

 

 胸の奥が鈍く痛む。どうしてユメ先輩は私に何も言ってくれないんだろう。どうして私を頼ってくれないんだろう。どうして何も言わずに退学届なんか用意して……

 

「ホシノ先輩…?」

 

 ふと我に返ると、2人が心配そうな表情でこちらを見つめていた。

 

「……シロコちゃん、先生。これは私がなんとかするよ。私が、ユメ先輩に話を聞いてみる」

 

 何とかしてみせる。違う。何とかしなければならない。これはきっと、私の責任だから。

 

 "……ホシノがそう言うなら、きっと大丈夫だよ"

 

 シロコちゃんを安心させるためか、そんなことを言っている先生に疑問符が浮かんだ。

 

 どうして私なら大丈夫だと言い切れるんだろう。今だって、不安で胸が張り裂けそうなのに。

 

 "私はまだ、アビドスのみんなのことを詳しく知っているわけじゃない。でも、ユメに話を聞いて、ホシノのことを凄く信頼しているのが伝わってきたからね"

 

「ユメ先輩が…?」

 

 ユメ先輩は、どんなことを言っていたんだろう。私に対して、何を想っているんだろう。

 

 "うん。どんな理由があってユメが退学届を用意したのかはわからないけど……でも、ホシノの言葉は届くはずだよ。私にとっての奇跡だって、そう言ってたから"

 

 なんだか、懐かしい気分になった。昔ユメ先輩に言われたことを思い出したからかもしれない。

 

「……ユメ先輩は、ホシノ先輩のことが好きすぎる」

 

 不安そうな表情から一転して、頬を膨らませて不満を滲ませながらそんなことを言い出すシロコちゃん。予想外の言葉に、思わずまばたきをしてしまう。

 

「し、シロコちゃん…?」

 

「でも、だからこそ。先輩の言葉が1番届くはず。ユメ先輩のことを、お願い」

 

「………うん。おじさんに任せて」

 

 ユメ先輩がこんな私を信頼してくれる理由も、あの時のことを許してくれた理由も分からない。どうして私のことを好いてくれるのか。私には何も分からない。不安な気持ちが拭えたわけじゃない。

 

 でも、ユメ先輩に話を聞いた先生がそう言ってくれるなら。ユメ先輩との関係を見ているシロコちゃんがそう言ってくれるなら。きっと大丈夫。

 

 そんなことを思いながら、ホシノ達は対策委員会の部室へ戻った。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ユメは大将のお見舞いを終えた後、対策委員会の部室へと向かっていた。大将のおかげで幾分か気分はマシになっているが、胸の奥ではざらついた不安が渦を巻いている。

 

 校門の周りを掃除してくれていたノノミちゃんと合流して、部室へたどり着き、大将の体調をみんなにも共有する。

 

 そうしていると、廊下の方からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

 原作通りなら、きっと……

 

「みんな! 見て! 大変なことがわかったの!」

 

 セリカちゃんと一緒に、慌てた様子のアヤネちゃんも戻ってくる。その手には、地図のようなものが握られていた。

 

「こちらは直近までの取引が記録されているアビドス自治区の土地の台帳……地籍図と呼ばれるものです」

 

「土地の所有者を確認できる書類、ということですか…? でも、そんなもの見なくてもアビドスの土地は私達が所有者なんじゃ……」

 

「私達もそう思ってたの! でも、大将の話を聞いてアヤネちゃんと調べてたら……」

 

「……今は本館として使っているこの校舎と周辺の一部の地域以外の土地の所有者が、カイザーコンストラクションになっていたんです!」

 

 ホシノちゃんと私を除いた全員が酷く驚いている。それも当然のことだ。自分達の自治区の土地の所有権を持っていないだなんて。そんな発想になるはずがない。

 

「で、ですがどうしてこんなことに…? 学校の自治区の土地を取引だなんて、普通できるはずが……誰がこんなことを……」

 

「……アビドス生徒会が売り払った……ですよね? ユメ先輩」

 

 ホシノちゃんの言葉に頷く。ホシノちゃんだけには、未来のことを話した時に教えていたから。

 

「ホシノ先輩達は何か知ってるの…?」

 

「……うん。ごめんね。いつかは話そうと思ってたんだけど……」

 

 そう言って、アビドス生徒会が土地を売った経緯と私達だけが知っている理由を説明した。

 

 昔、借金の返済が間に合わなくて代わりとして自治区の土地を売ったこと。その資料が、アビドス生徒会室にあったから私達だけが知っていたこと。

 

 私が未来を知っているなんて話は流石にできなかったけど、でも、嘘では無いのだ。

 

 一人だった頃、ホシノちゃんが入学をしてくる前にそんな書類を見つけて、心が折れそうになったことを今でも覚えている。知識として知っているのと、実際に現状を見せつけられるのとでは、天と地ほどの差があった。

 

「だから、ごめんね……これは私達アビドス生徒会の……ううん。知っていたのに何も出来なかった、私の責任だよ」

 

「ユメ先輩……」

 

 ホシノちゃんが心配そうに見つめている。罪悪感を覚えて、つい視線を落としてしまう。

 

「……ユメ先輩が責任を感じることじゃないでしょ!」

 

 そう叫ぶセリカちゃんに、目を丸くして驚いてしまう。その勢いに、胸の奥の重さがほんの少し揺らいだ。

 

「せ、セリカちゃん…?」

 

「病室で大将がユメ先輩が入学してくる前のことだって教えてくれたんだから、ユメ先輩のせいじゃないわよ!」

 

「それは……」

 

「……セリカの言う通りだよ。それに、ホシノ先輩が入学するまではユメ先輩一人だったって聞いたことがある。ユメ先輩がいなかったら、きっと私達は入学もできなかった」

 

「そうです。それにユメ先輩は、いつもホシノ先輩と一緒に最前線で戦ってくれて頼りになりますし……」

 

「はい☆だから、ユメ先輩一人のせいなんかじゃありません!」

 

 もう、感情が抑えられる気がしなかった。私のことをこんなにも……

 

「………みんなー!!」

 

「うわっ!? き、急に抱きつくなー!」

 

 そうしてみんなを巻き込んで抱きつきに行った結果、私達はもみくちゃになってしまった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「それで、どこまで話したんだっけ…?」

 

 先生とホシノちゃんに宥められた私がみんなを解放してから会議が再開された。

 

 もみくちゃになったせいでセリカちゃんの記憶が飛んでしまっている。真っ先に抱きつきに行ったのが原因かもしれない。

 

「……ユメ先輩のおかげで話の全貌が見えてきたところだよ、セリカちゃん。昔のアビドス生徒会が借金返済の為に土地をカイザーに売って……でも、アビドスの土地には高値が付かなくて、借金自体を減らすことができなかった……」

 

「それで、繰り返し土地を売ってしまう負の循環に……ということでしょうか」

 

「……なんか、おかしくない? 最初からどうしようもないっていうか……」

 

 "……そういう手口、かな"

 

「手口…?」

 

 先生の言葉で察したシロコちゃんがセリカちゃんに説明をしている。

 

「アビドスにお金を貸したのはカイザーコーポレーション。学校の手に負えないくらいのお金を貸して、利子だけでも払ってもらうために土地を売るように仕向ける。でも、アヤネの言う通りアビドスの土地を売っても借金が減らないから……」

 

「借金は減らないままに、土地だけがカイザーのものになっていったってことだね」

 

 ホシノちゃんがそう締めくくる。その説明で、セリカちゃんも納得した様子だった。

 

「つまりカイザーの目的は、アビドスの土地そのものだったということに…? でも、どうしてアビドスを……」

 

「そうですよね……アビドスの自治区は、もうほとんどが荒れ地と砂漠、砂まみれの廃墟になっているのに……」

 

 "……昨日、ヒナから聞いた話なんだけど……カイザーコーポレーションが、アビドス砂漠で何かをやってるんだって"

 

「そ、そんなことをどうしてゲヘナの風紀委員長が……」

 

「風紀委員長ちゃんは情報部にいた事があるって言ってたから、その関係じゃないかな? ゲヘナくらい大きな学園なら、他の自治区のことを調べてても不思議じゃないよ。現に私のことを知ってたみたいだし。……あの時のこともね」

 

 少し、ほんの少しだけ暗い顔でそう告げるホシノちゃん。ヒナちゃんとホシノちゃんが昨日何を話したのか。それだけは教えてくれなかった。

 

 どんな話をしていたんだろう。ホシノちゃんは、何を想っているんだろう。

 

 そんな私の疑問は、白熱していく会議に流される。

 

「でも、どうしてそれを先生に教えたんでしょう…? 何か特別な理由が…?」

 

「そんな難しいことを考えるより、先にやることがあるでしょ! アビドス砂漠は私達の自治区なんだから、実際に行って確かめればいいじゃない!」

 

「……ん、そうだね。セリカ、さっきからいいことばかり言ってくれる」

 

「いや〜こんなにたくましく育ってくれて、おじさんは嬉しいよ」

 

「うんうん。私も嬉しいよ! セリカちゃんはいい子だもんね!」

 

「な、なによこの雰囲気!? ちょっ、頭撫でるなー!」

 

 うにゃー! と叫んでいるセリカちゃん。こうしてみんなが悩んでいる時に真っ直ぐで、それでいて確かな行動力を伴った意見を出せるのはセリカちゃんの凄いところだ。私には真似ができない。

 

 "それじゃあ、準備ができたらアビドス砂漠へ行こっか"

 

 そんな先生の言葉に返事をしながら少しだけ考える。

 

 原作のことを考慮すると、本当は止めるべきなのかもしれない。でも、ここで足踏みしていては何も解決しないのだ。

 

 それにアビドス砂漠へ向かわなくたって、カイザーが何かを仕掛けてくる可能性も十二分に考えられる。それならまだ、原作通りにした方が対処もしやすい。

 

 最悪の場合の手段だってある。そう考えて、みんなの意見に賛成し、アビドス砂漠へと向かった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 列車に揺られて少し。捨てられたアビドス砂漠へとやってきた。

 

 アビドス生徒会の頃はたまに来ていたけど、最近は砂嵐やヘルメット団の襲撃もあって来ることがなくなっていたから、なんだか懐かしく感じる。

 

「いや〜、久しぶりだねえこの景色も」

 

 同じことを思ったのか、ホシノちゃんがそう呟いた。

 

「ホシノ先輩はここに来たことがあるの?」

 

「うん。生徒会の仕事で、ユメ先輩と一緒に何度かね。もう少し進むと、昔アビドスの砂祭りが開かれていたオアシスもあるんだよ。もう干からびちゃってるけどね」

 

 オアシスの跡地で一緒に宝探しもしたよね! と言おうとして、ふと、とんでもない事に気が付いてしまった。

 

 ──あれ? 私ホシノちゃんに、砂祭りのポスター渡してないんじゃ…? 

 

 今更、本当に今更ながら気が付いた。すっかり頭から抜け落ちていた。ホシノちゃんのお家に看病をしに行った時も飾られてなかったはずだし、記憶違いということもないだろう。

 

 ………問題は無い、よね? 寧ろホシノちゃんのダメージを減らせた可能性すらあるし。そう考えると、嬉しいドジだったのかもしれない。

 

「………?」

 

 何かの視線を感じて、つい砂漠の方を見てしまった。誰かに、見られているような気がする。

 

「ホシノ先輩? どうしたんですか?」

 

 ノノミちゃんの声に釣られて見てみると、ホシノちゃんも同じ方向を睨んでいた。その瞳には、敵意が満ちている。

 

 ──いずれ、限界が訪れます。

 

 黒服の言葉が脳裏を過ぎった。私のせいで、ホシノちゃんに何かが起こっている。苦しんでいる。

 

 数分もすれば視線を感じなくなって、ホシノちゃんの様子も元に戻っていた。後輩達や先生には誤魔化すような言葉を続けている。

 

 私に大人のカードが使えたら全部解決できるかもしれないのに、なんて。益体もなければ、突拍子もないことを考えてしまう。

 

 とはいえ、先生が渡してくれるはずもないし、そもそも前世でだってプレナパテスの大人のカード以外は自由に使えなかった。

 

 それに、プレナパテスの大人のカードも結局は使えず仕舞いでこの世界に来て梔子ユメに、生徒になったのだ。

 

 私には、大人のカードを使う権利がないということなのかもしれない。

 

『皆さん、前方に何かがあります!』

 

 アヤネちゃんの通信で考え事を中断して、意識を集中させる。みんなと一緒に周囲を警戒しながら、肉眼で見える場所まで近づいた。

 

「な、なにこれ……」

 

「工場、でしょうか…? でも、この様子はいったい…?」

 

「有刺鉄線の跡もあるし、駐屯地なのかも…? でも、どうしてこんなことに……」

 

 目の前の光景に対する衝撃で言葉を発することができなかった。

 

 ここに建っているのは、間違いなくカイザーPMCの基地なのだろう。カイザーのロゴも確認できたし、原作でもそうだったから。でも……

 

 "なんで、こんなにボロボロに…?"

 

 先生の言葉の通り、金属の外壁が焼け焦げ、地面には黒い亀裂が走っている。折れ曲がったアンテナと吹き飛ばされた屋根の残骸が、砂漠の乾いた風に揺られていた。

 

 ただ、静寂だけがその場を支配していて、人の気配などは微塵も感じられない。ボロボロになったカイザーPMC基地の残骸だけが残っていた。

 

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