アビドスユメモドキ   作:泡沫のユメ

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36:二人の想い

 

『廃墟……でしょうか?』

 

 私も含めたみんなが目の前の光景に絶句しているとアヤネちゃんの通信が入った。その声でようやく再起動を果たす。

 

「こんなもの、昔はなかった……」

 

「……うん。ホシノちゃんの言う通りだよ。この施設が私達が知らない間に建てられていたとしても、二年じゃこんな廃墟にはならない……はず」

 

 砂嵐で建物が覆われて廃墟になるなんてことは、アビドスだとよくあることだ。

 

 でも、これは砂に覆われるだなんて優しいものではない。あちこちに亀裂のようなものが走っているし、余程高温の何かに曝されたのか、砂漠の一部がガラス化している。

 

 それに……

 

「……まだ、燃えてるところがたくさんある。多分、あちこちに転がってる燃料タンクのせい。それに……あっちの方はヘリがたくさん墜落してる」

 

「ボロボロになった戦車も見えるし……何があったっていうのよ……?」

 

 原作知識をフルで活用しても、今の状況に理解が及ばない。一瞬ビナーの仕業かとも考えたが、カイザーPMCはビナーを追い払うことができるはずだ。何度も交戦した記録があるとどこかで見た記憶がある。

 

 そんな事を考えているうちにアヤネちゃんがある発見をする。

 

『! 施設に何らかのマークを発見しました! 壁が崩れて少し見ずらいですが、これはカイザーPMCの施設で間違いないようです!』

 

「カイザーPMC……ね。風紀委員長ちゃんの言葉通りなら、ここでカイザーが何かをやってたってことかな」

 

 視線を鋭くしたホシノちゃんがそう結論付ける。

 

「PMCということは、民間軍事会社でしょうか……? どうしてこんな場所に……」

 

「ぐ、軍事会社……? じゃあここは、カイザーの軍事施設ってこと?」

 

 "うん。そう考えても問題ないと思う。尚更、ここで何があったのかが分からなくなるけど……"

 

 先生の言葉通りだ。カイザーPMCと何者かが争い合ってこうなった。それはここにいる全員が理解していることだが、逆に言ってしまうとそれ以外何も分からない。

 

 誰が、いつ、どんな目的でカイザーと争ったのか。争った誰かはどこへ行ったのか。そもそも、どうしてカイザーはこんな場所に軍事施設を建てたのか。……最後の一つに関しては、私は知っちゃってるけど……

 

 その後色々見回って調べてみても得られるものは何も無く。日が暮れてしまう時間が近付いてきて、仕方なしにと私達は学校に戻った。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 みんなで対策委員会の部室に帰ってきた。アヤネちゃんの労うような声には反応しているものの、後輩達はほんの少し落ち込んでいるように見える。

 

 先生が来てくれてから、行動を起こす度に何かしらの成果を得られていた。その反動かもしれない。

 

 アビドス砂漠に行けば何かが分かるはず。そんな希望を打ち砕かれてしまったのだから落ち込むのも当然のことだった。

 

「カイザーコーポレーションはあそこで何を企んでいたんだろう……」

 

「アビドス砂漠には石油などの地下資源も残っていないはずですし、想像もできませんね……」

 

 不安げなシロコちゃん達の疑問に答えてあげたい気分になる。この期に及んで原作の流れなんかを考えてしまっている私は臆病者だ。罪悪感から視線を下に向けてしまう。

 

 ――もう、全てを喋ってしまいたい。

 

 そんな気持ちが湧いて出てくる。正直に言ってしまうと、私自身も限界なのだ。

 

 黒服から私のせいでホシノちゃんが苦しんでいると言われて、自分の存在意義を疑ってしまったせいだ。

 

 ホシノちゃんを幸せにしたくてここまで来たのに。ホシノちゃんのためを思って頑張ってきたのに。私がアビドスにいるだけでホシノちゃんに迷惑をかけてしまう。

 

 これが私の運命だと言うのなら、何のために今まで頑張ってきたのか。何のためにここにいるのか。それが分からなくなってしまった。

 

 これでも、アビドス砂漠に向かう前までは持ち直せていたのだ。柴大将や後輩達の言葉があったから。

 

 こんなにも信頼してくれている人達がいるのなら、大切に思ってくれている人達がいるのならば。私がここにいる意味もあるだろうと、そう思うことができていた。

 

 でも、カイザーPMCの基地の惨状を見て駄目になってしまった。あれはきっと黒服が言っていた、私を狙っている存在とやらの仕業なのだろう。

 

 原作だとあんなことになっていなかったから間違いない。この世界の異物である私が原因だ。どんなバタフライエフェクトなんだと文句を言いたくなる。

 

 それに、今回はたまたまカイザーの基地がああなっただけだ。あの場所以外を攻撃しないなんて都合のいい考えを持つことはできなかった。

 

 次は柴大将が入院している病院かもしれない。後輩達かもしれない。ホシノちゃんかもしれない。

 

 私のせいでみんながいなくなってしまうかもしれない。そんな恐怖が拭えない。

 

 ネガティブな思考に陥っている自覚はある。もっと冷静に考えるべきだと理性が叫んでいる。

 

 でも、どうすればいいのか分からないのだ。

 

 いつか先生が解決してくれるから。いつか原作通りの流れになって、アビドスの問題がある程度解決するから。

 

 そうして問題を先送りにしてきた私にはどうするべきなのか分からない。やっぱり私が、黒服と契約を結びに行くしか……

 

 そんなことを考えていると、ぱちんと何かを軽く叩いたような音が聞こえてきた。思考の海から引き上げられる。音の鳴った方向を見ると、ホシノちゃんが手を合わせて叩いていた。

 

「ほらほらみんな、落ち着いて〜。今日はもう遅い時間だし、今から無理に考える必要は無いよ。明日また集まって話し合おう?」

 

「……ホシノ先輩の言う通りですね。少しづつカイザーの目的や私達を取り巻く問題も解決していますし、焦る必要はありませんもんね」

 

 ホシノちゃんとノノミちゃんの言葉に賛同するように後輩達が帰宅していく中、ユメはアビドス生徒会室へと向かった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ここへ来るのは久しぶりのことだった。去年ホシノちゃんが本気の装備とポニーテール……前世では臨戦ホシノと呼ばれていたあの姿を見せてくれた時以来だ。

 

 この部屋にはホシノちゃんとの思い出がたくさん詰まっている。目を瞑るだけで2年前の記憶がたくさん蘇った。

 

 不良達に絡まれた私を助けてくれたこと。一緒に書類仕事をしたこと。一緒に学校の水道を修理したこと。……あれは失敗して、二人でずぶ濡れになっちゃったんだっけ……

 

 ホシノちゃんがアビドス生徒会に入ってくれた時の嬉しさはいつまで経っても忘れることはないと確信できる。ホシノちゃんがいなければずっと昔に私の心は折れていただろう。

 

 ……そうだ。私にはホシノちゃんがついている。困った時は、いつだって助けてくれた。

 

 改めてそう考えるだけで、不思議と心が落ち着いた。少し時間を置いたおかげもあるのだろう。幾分か冷静になることができた。

 

 今ならばわかる。黒服と契約を結んで、ホシノちゃんには黙ったままアビドスからいなくなる。そんな選択はきっと間違っていると。

 

 一年前黒服に契約を持ちかけられたときだってそうだった。一人で抱え込みすぎないで欲しいと言われた。頼って欲しいと言われた。ユメ先輩がいなくなるのが嫌だと言われた。

 

 なら、黒服と契約を結ぶより先に、ホシノちゃんに相談をするべきだ。ホシノちゃんを裏切るようなことは絶対にしたくない。そんな選択は許せない。

 

 黒服の契約も含めて話をするために、決意を固めて、カバンの中から退学届を取り出そうとする。

 

「…あれ」

 

 カバンの中に退学届が入っていない。

 

 ――どうして? どこかで落として……

 

「…………あっ」

 

 自分でも驚く程に間抜けな声が出た。ふとした気付きに焦燥が募る。

 

 たしか原作では、風紀委員会がアビドスに来た時の行動を不審に思ったシロコちゃんが、ホシノちゃんのカバンを探っていたはずだ。

 

 そして私は、風紀委員会が来た時アビドスにいなかった。更に、柴大将のお見舞いに向かった時、盾と銃、財布にスマホさえあれば問題は無いだろうと、学校にカバンを置いたままだったのだ。ということは……

 

 ――シロコちゃんが私のカバンから退学届を見つけだして抜き取ったんじゃ……? 

 

 そんな予想を否定できる材料が一つも見当たらない。シロコちゃんならば、私のことを大切に想ってくれている彼女ならば必ずやるだろうという確信すらあった。

 

 銀行強盗を趣味とするあの子なら、カバンの中から書類を一枚抜き取るという行為は児戯にも等しい。なんの躊躇もなく実行できてしまうだろう。

 

 いや、そんなことを考えている場合じゃない。先生から何も言われなかったことは気になるけど、今はシロコちゃんに話を……

 

「ユメ先輩」

 

 名前を呼ばれて振り返る。誰よりも大切な後輩の声。聞き間違えることなんてありえない。

 

 アビドス生徒会室の入口。少し暗い廊下の中、私の退学届を持ったホシノちゃんが立っていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ユメ先輩がどうして退学届を用意したのか、私には分からない。私が迷惑をかけたせいかもしれない。また私のせいでユメ先輩がいなくなるのかもしれない。そんな恐怖が未だに残っている。

 

 それでも勇気を振り絞って、アビドス生徒会室の中にいるユメ先輩に声をかけた。

 

「ユメ先輩」

 

 声に反応して振り返ったユメ先輩は、私の手の中にある書類……退学届を見つめている。

 

「ホシノちゃんが来てくれるとは思わなかったなぁ……でも、うん。そっか」

 

 ユメ先輩はそう呟いて、納得したように、それでいて、どこか嬉しそうに頷いていた。理由は分からない。

 

「立ち話もなんだし……ほら、ホシノちゃん。ここに座って」

 

 促されて、アビドス生徒会室に残っている椅子に座った。こうしていると二年前のことを思い出す。

 

 あの頃から二年も経って、三年生になってしまった。私はみんなの先輩らしく振る舞えているのだろうか。少なくとも、ユメ先輩のような先輩になれている自信はなかった。

 

 そんなことを考えているうちにユメ先輩が対面に座る。

 

「……黒服から契約を持ちかけられたの。私がアビドスを退学して黒服の企業に所属したら、アビドスの借金を全部肩代わりしてくれるって。ホシノちゃん達が学校に通えるよう手配するって。そういう契約」

 

 何の話だろうと思ったのも束の間の事。ユメ先輩の話を聞くうちに理解ができた。きっと、退学届を用意した理由を話してくれているんだろう。

 

 というか、また黒服の仕業なのか。一年前は断ってくれたはずの契約についてユメ先輩が悩んでいるということは、黒服がユメ先輩に何か変なことを吹き込んだのだ。あの胡散臭い奴に対する怒りが湧いてくる。

 

「黒服の人に、何を言われたんですか?」

 

 ユメ先輩が申し訳なさそうに教えてくれる。

 

「ホシノちゃんが相談してくれた、無意識に気を張ってしまって眠れないって悩みが、私のせいだって。私のせいでホシノちゃんが苦しんでいるんだって、そう言われたの」

 

 そんなはずはなかった。だってユメ先輩が傍にいてくれたら心が落ち着くから。安心して眠ることができるから。

 

 そう伝えても、ユメ先輩の表情が晴れることはない。

 

「違うの。違うんだよ、ホシノちゃん。昔、私が未来を知ってるって話をしたことがあるでしょ?」

 

「はい。でも、どうして今その話を……?」

 

「あの時も言ったけど、私は本来ここにはいないはずだったの。私がいる影響で未来が変わっちゃったんだよ。だから、ホシノちゃんが苦しんでいるのは、私のせいなんだよ……」

 

 それは、未来を知っているからこその悩みなのだろう。未来を知れるのはいい事ばかりではないと言っていたユメ先輩の言葉が脳裏をよぎる。

 

「だから……ごめんね、ホシノちゃん。私がアビドスにいるのが、全ての原因なんだよ……」

 

 謝らないで欲しかった。そんなことは気にしていない。ユメ先輩に対する恨みなんてこれっぽっちも湧いてこない。

 

 むしろ、嬉しいくらいだったのだ。ユメ先輩は私のせいで退学を考えていたわけじゃない。私が迷惑をかけたせいじゃない。

 

 私を助けたいと思ってくれたからこその行動だったのだと。そう理解をすることができたから。

 

 でも、どう声をかければいいのか分からない。ユメ先輩が抱えていたのは私には想像もつかないような悩みだったから。ユメ先輩の苦しみを理解できない私では、かけるべき言葉が分からない。

 

 どうするべきか考えて、ユメ先輩が言っていた未来の想像をしてみることにした。

 

 砂漠で遭難していたユメ先輩を助けられなくて、いなくなってしまった未来を想像してみる。そうすれば、ユメ先輩の気持ちが分かるのかもしれない。そんな考えからだった。

 

 ユメ先輩を助けられなかったら、私はどうなっていたんだろう。

 

 ノノミちゃんが来てくれるまでは一人ぼっちで、お見舞いでユメ先輩の姿を見にいくことすらできない。明日こそは目を覚ましてくれるかもしれないという希望に縋ることすらできない。

 

 こうして話をすることで、ユメ先輩の気持ちを知ることもできない。想いを知ることもできない。

 

 ユメ先輩にあの時のことを謝ることもできなくて、ただ、罪悪感だけが募り続ける。

 

 それは、どれほどの苦しみなんだろう。想像をするだけで胸が痛む。生き地獄であることはたしかだった。

 

 言葉も思考も未だにまとまっていない。それでも、伝えるべきことだけは思いついた。

 

「……私は、ユメ先輩がアビドスにいてくれて嬉しいんです。あの時砂漠でユメ先輩を助けられて、ユメ先輩が目を覚ましてくれて、心の底から安心したんです」

 

「ホシノちゃん……?」

 

 困惑したような声が聞こえる。突然こんなことを言い出したからなのだろう。でも、言葉を止められる気はしなかった。もう、気持ちを伝えられないままユメ先輩に会えなくなるのは嫌なのだ。

 

「自覚はありませんでしたが、私は幸せだったんです。二人で過ごした時間も、後輩達が入学してくれて、ユメ先輩が目を覚ましてくれてからの学校生活も。一人でなんでもできると思っていたあの頃とは比べ物にならない程幸せなんです」

 

 感情が剥き出しになる。目尻が熱い。嗚咽が零れて、上手く言葉を続けるのが難しい。ユメ先輩の顔が少し滲んで見える。

 

「だから、だから……ユメ先輩がアビドスにいることを、悪いことのように言わないでください! 少なくとも私は、ユメ先輩がいてくれたおかげで救われているんです!」

 

 砂嵐を見ているとイライラする。無意識のうちに気を張っていて眠ることができない。

 

 それがなんだ。ユメ先輩がいなくなる苦しみとは比べものにならないほど小さな悩みだ。この程度のことなら、いくらでも我慢できる。

 

「私は、ユメ先輩とずっと一緒にいたいんです! ユメ先輩がアビドスから居なくなるのは嫌なんです! だから、退学なんて……」

 

 考えないでください。そんな言葉は続かない。ユメ先輩に抱きしめられたからだった。

 

「……ありがとう、ホシノちゃん。行かない。どこにも行かないよ。私はずっとアビドスに……ホシノちゃんの傍にいるよ」

 

 堪えていた涙が溢れ出る。ユメ先輩が退学をしないからという安堵からなのか。ユメ先輩がずっといてくれることに対する嬉しさなのか。ホシノには分からなかった。

 

 でも、この温もりがあるのなら、なんだって構わない。そう思って、ユメ先輩を抱き返す。

 

 アビドス生徒会室の中。二人きりの時間が過ぎていった。

 

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