アビドスユメモドキ   作:泡沫のユメ

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37:(いざな)

 

 しばらく経って泣き止んで、お互いの身体から手を放す。

 

 ふと冷静になって思い返してみると、勢いでとんでもないことを口走ってしまったような気がするが、ホシノは努めて気にしないようにしていた。

 

 まだ聞きたいことが残っているからだ。ここで変に照れてしまっては、聞く機会を失ってしまう。

 

 ──ユメ先輩はどうして私を許してくれたのか。

 

 ずっとずっと喉の奥につかえていたこの言葉。今ならば、先輩に聞けるような気がしていた。

 

「ユメ先輩。先輩はどうして、私を許してくれたんですか?」

 

 自分でも驚くほどにスッと言葉が出てきた。あんなにも不安だったのが嘘みたいだ。

 

 少し困惑したような様子だったユメ先輩も、意味を理解してくれたのか、納得したような表情になった。

 

「だって……ホシノちゃんは、私を助けてくれたから」

 

 たしかに砂漠で遭難していたユメ先輩を助けたのは私だろう。でも……

 

「砂漠で遭難したのも私のせいで……」

 

 そう言うと、ユメ先輩は首をふるふると横に振った。意図を知りたくて、先輩と目を合わせる。

 

「ホシノちゃん。私が生徒会長になった時の話を覚えてる?」

 

 もちろん覚えている。ユメ先輩に生徒会長の立場を押し付けて他の生徒会役員達はアビドスを去ったという話だ。聞いた時に強い憤りを覚えたから忘れるはずもない。

 

「そう。私以外、アビドスには誰もいなくなっちゃったの。望んで生徒会長になったってあの時はホシノちゃんに言ったし、それが嘘だったわけじゃないよ? でも、辛くないわけじゃなかったんだよ」

 

 それは、そうなのだろう。ユメ先輩がいなくなって、ノノミちゃんも入学してくれなくて、シロコちゃんもいない。

 

 そんな想像をして身震いする。とてもじゃないが、耐えられる気がしなかった。

 

「それでも、アビドスには私しかいないから頑張らなきゃって思ってたら、奇跡が起きたんだよ」

 

「奇跡……ですか?」

 

 そう聞くと、ユメ先輩は頷きながら言葉を続けた。

 

「大切な後輩ができたの。転んだら手を差し伸べてくれる。困ったら助けてくれる。仕事を手伝ってくれる。一緒にお出掛けをしてくれる。買い物にも付き合ってくれる。そんな後輩がね」

 

 その後輩という言葉が誰のことを指しているのかは、簡単に察することができた。

 

「自覚はないのかもしれないけど、その子のおかげで私は救われたんだよ。今まで頑張ってきたことも無駄じゃなかった。アビドスのために頑張ってきたのも無駄じゃなかったんだって。その後輩に出会えて、初めてそう思えたの」

 

 恥ずかしさと嬉しさが混ざって、ホシノはどんな表情をすればいいのか分からなくなった。

 

「そんなにも助けてくれた子のことを、あの程度のことで嫌いになったり、恨んだりするはずがないよ。そもそも私が焦らなければ、こうやって話をしていれば起こらなかった問題なんだから。ホシノちゃんだけのせいじゃないもん」

 

 そう締めくくったユメ先輩は、優しい笑顔を浮かべる。

 

「だからね、ホシノちゃん。いつも助けてくれて、ありがとう。あの時手を差し伸べてくれてありがとう。ホシノちゃんのおかげで、私は幸せな時間を過ごせるようになったよ」

 

 その言葉を聞いたホシノは笑顔を浮かべた。もう、不安な気持ちが無くなっていたから。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 嬉しそうにはにかんでいるホシノちゃんを見ていると、抱きしめたい欲がとめどなく溢れてくる。その表情は、ズルい。

 

 私以外の前でそんな表情を見せないのが何よりのズルさだった。これ以上ホシノちゃんを好きになってしまうと何をしでかすのか自分でも分からない。

 

 両手で頬を叩いて気合いを入れ直すことでなんとか理性を保つ。そろそろ現実的な問題と向き合わなければならない時間だからだ。私が退学をしないと決めた以上、やるべきことがある。

 

 原作のホシノちゃんと違って、私が踏みとどまっただけでは何の問題も解決しないのだ。

 

 ホシノちゃんの状態やアビドス砂漠にいる存在についての具体的な解決策を考えなければならない。

 

 ──私を狙っている存在は、いったい何者なんだろう。

 

 ふと、今まで気にもしていなかったところに目を向ける。どうにもできないと諦めていたから考えてもいなかったが、ホシノちゃんや後輩達、先生の協力があれば倒せたりするんじゃないだろうか。

 

 神話や神秘なんかの知識なんて全くないし、黒服も具体的なことは教えてくれなかったから、予測をするしかない。

 

 それでもヒントはたくさんある。冷静になった今ならば答えが分かるはずだった。

 

 ──ユメさん。あなたは何ともないのですか? どこか体調が悪かったり、何か違和感を覚えたりもしていないと? 

 

 意図を掴めなかった黒服の問い。今思えば、私の身体にも何か異常が起きるのが自然な流れだと、黒服がそう思っていたからこその質問だったのだろう。

 

 これについては少し心当たりがある。

 

 砂漠で遭難した私が目を覚ましたあの日。ユメ先輩の神秘に、遭難したのはセトが原因だと言われた。生き残れたのは先生としてのテクストがあったからだと。先生としてのテクストがあったから、セトが私を上手く認識できていないのだと教えてもらった。

 

 これのおかげで私にだけセトの影響が出ていないと考えると、全ての辻褄が合う。黒服が私の状態に疑問を持ったのも、今の時期なら先生のことをよく知らないからだと納得ができる。

 

 この予測を裏付ける要素がもう一つ。

 

 ──ホルスとユメさんを狙っている存在は宿敵であり、敵対する者。

 

 そんな黒服の言葉を思い返す。

 

 ホシノちゃんと敵対をしている存在。これについては前世の知識……対策委員会編三章の知識から答えを導ける。

 

 ホシノちゃんが反転した瞬間に、キヴォトスにセトの憤怒が顕現していた。これは、セトがホシノちゃんのことを敵対視していたからこそなんじゃないだろうか。

 

 つまりホシノちゃんを苦しめている存在の正体は……

 

「……セトの憤怒…?」

 

 そう呟くと、ホシノちゃんがピクりと反応した。よく見てみると、顔を顰めている。

 

「ユメ先輩。その、セトの憤怒? というのは、いったいなんなんですか?」

 

 少し不機嫌になっているようにも見えた。これもセトの名前を出したせいなのだろうか。予測が合っている裏付けがどんどんと湧いて出てくる。

 

「これは黒服の言葉からの予測なんだけどね。セトの憤怒っていうのが、ホシノちゃんが苦しんでいる原因だよ。私を狙うためにアビドス砂漠に顕現しようとしてるんだって。……もしかすると、カイザーPMCの基地もセトの仕業なのかも……」

 

「……なら、私がそのセトの憤怒とやらを倒せば全ての問題が解決するんですね?」

 

「それは、そうなんだけど……」

 

 覚悟を決めてくれたホシノちゃんには申し訳ないが、一人ではきっと勝てないだろう。原作でセトの憤怒に勝利できたのは、後輩達に加えてヒナちゃんと反転したシロコちゃんがいたこと。更に、先生が大人のカードも使って、シッテムの箱の限界を超えたからこそだ。

 

 ──あれ? もしかしなくても詰みじゃない? 

 

 シッテムの箱の中にプラナちゃんがいるはずはないし、反転したシロコちゃんももちろんいない。唯一ヒナちゃんだけは協力してくれるかもしれないけど、私一人の強さで反転したシロコちゃんの戦力の穴を埋められる気はしなかった。

 

 それに何よりも、アロナちゃんとプラナちゃんが揃って制約解除ができなければ、全員で先生の指揮下に入ることもできない。

 

 セトの憤怒と同格の強さを持っているであろう反転したホシノちゃんがいれば勝てるのかもしれないけど、そんなことをさせるつもりは毛頭無いし、どうすれば……

 

「ユメ先輩?どうしました?」

 

 黙り込んで考え事をしていたせいだろうか。ホシノちゃんに話しかけられる。

 

 ……さっきまでの考えを話すべきなのか数瞬悩んで、話すことに決めた。私は一人ではないと改めて学んだばかりなのだ。ホシノちゃんだけではなく、他の後輩達にも、先生にも相談をするべきだろう。

 

 最悪の場合でも、私がアビドスを離れればいいだけだ。ホシノちゃんとだって今生の別れというわけじゃない。

 

 きっとなんとかなる。そう思って、ホシノちゃんに考えていたことを伝えた。

 

「セトの憤怒はそんなに危険なんですか…?」

 

「そうだね……私達だけだとどうにもならない、かな。だから明日、他のみんなや先生にも相談するつもりだよ」

 

「……そうですね。きっと、それが一番です」

 

 今日はもう時間も遅い。スマホを取りだして時間を確認してみると、既に二十時を過ぎていた。

 

「ユメ先輩。今日はユメ先輩の家ではなく、自分の家に帰ります。セトの憤怒と戦うために少し準備をしたいので」

 

「うん、分かったよ」

 

 そうして話をしながら荷物をまとめて、二人で学校の戸締りをしてからそれぞれの帰路に就く。

 

「ホシノちゃん。じゃあ、また明日!」

 

「はい。また明日会いましょう、ユメ先輩」

 

 ホシノちゃんにぶんぶんと手を振って、自宅への道を歩き始める。

 

 セトの憤怒に対する不安が拭えたわけではないけれど、昨日よりも身体が軽く感じるし、なんだか思考もクリアになっているような気がする。一人じゃないというだけでこんなにも心強い。

 

 ──もっと早く相談すればよかったかな……

 

 そんなことを思いながら、ユメは家に帰っていった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ふと目を覚まして周りを見ると、辺り一面に暗闇が広がっていた。

 

 真夜中に電気を消して眠っていたのだから当然のことかと納得をしかけて、違和感に気が付く。

 

 暗闇とはいえ、真夜中に目を覚ました時は家具の輪郭くらいは見えるはずだ。なのに、暗闇に目が慣れても何も見えてこない。

 

 恐怖から起き上がろうとした瞬間、周りの景色が変わった。

 

 突然周囲が明るくなった。辺り一面には砂原が広がっている。ここはアビドス砂漠なのだろうか。家で眠っていたはずなのにどうしてアビドス砂漠にいるのか。そんな疑問が尽きない。気がつけば頭上に太陽も昇っていた。

 

 困惑しながらも周りを見ていると、誰かの姿がぼんやりと見えてくる。

 

 その誰かは少女だった。短い髪に、防弾チョッキとアビドスの制服を着ている。

 

 彼女は何かを呟きながら。誰かの名前を呼びながら。涙を流しながら。銃とコンパスを手に、砂漠を彷徨い続けている。

 

 その姿を見る度に、胸が締め付けられるような気分になった。声をかけたいのに、手を伸ばしたいのに、身体を自由に動かせない。

 

 何かの中に嵌ってしまっているような、そんな感覚だった。身を捩ってみても動く気がしない。視界を動かすことしかできない。

 

 そうしているうちに、少女の姿は見えなくなってしまった。少しぼやけて見えていたから、あれは蜃気楼だったのかもしれない。そうでも思わないと、罪悪感でどうにかなってしまいそうだった。

 

 またもや周りの景色が変化していく。砂漠であることは変わらないが、辺りが薄暗くなっていた。太陽も沈みきっている。

 

 薄暗い砂漠の中、誰かの姿が見えてきた。先程までとは違って、くっきりと姿を見ることができる。

 

 その誰かは、またもや少女だった。短い髪は変わらないが、髪型が少し変わっている。服装もまるでドレスのようだ。頭の後ろには、瞳を思わせるヘイローが浮かんでいた。

 

 彼女は涙を流しながら、砂漠を彷徨い歩いていた。何を呟く訳でもなく、誰かと出会うわけでもなく。ただ、永遠に彷徨い続けている。それが、それこそが彼女の結末なのだと言わんばかりに。

 

 酷く胸が痛む。自分ではない誰かの後悔を感じる。

 

 ──手を伸ばしてあげたい。声をかけてあげたい。抱きしめてあげたい。

 

 そう思って必死になってもがいてみても、結果が変わることは無かった。身体が動かない。声を発することもできない。私は何もできない。

 

 絶望的な気分になる。私はまた、彼女を一人にしてしまう。たくさん助けてもらったのに、恩返しをすることすらできない。二度と会うこともできない。

 

 意識が少しずつ薄れていく。周りの景色も、少女の姿も見えなくなってきた。助けなければならないのに。手を差し伸べなければならないのに。彼女の気持ちを受け止めなければいけないのに、何もできない。

 

 深い後悔の中。意識が闇に溶けていった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ベットの上で目が覚めて、今までの光景が夢だったことに気付いた。夢とは思えないほどにくっきりと記憶が残っている。ふと違和感を覚えて頬に手を添えると、涙が流れていた。

 

「……行かなきゃ」

 

 そう呟き、いつもの制服に着替える。

 

 アビドス砂漠へ向かわなければならない。そんな強迫観念にも近い何かが身体中を襲っていた。

 

 盾と愛銃、大切なものを持って。ユメは、アビドス砂漠へと向かう。

 

 朝日が昇り始める。早朝の出来事だった。

 

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