エリア51に行って運営の拠点を潰す。
言葉で言うと簡単だが、実際にどう進めるのかは難しい。
適当な店に入って、そこのテラス席で作戦会議を始めることにした。
各々が食事と飲み物を注文する。
俺とエリちゃんはサンドウィッチ。
モリ君とカーターはチキンステーキガーリックソース味だ。
飲み物はコーヒー……ならぬ濃く淹れた麦茶。
雰囲気はなんとなくアメリカンだ。
伊原さんからもらった周辺地図を机の上に広げる。
「エリア51への最短距離である直線ルートはあまりにハードルが高い」
俺はサンディエゴからエリア51があるネバダ州の砂漠まで指を動かした。
移動は地図上ではほぼ真上になる。
「道中にあるモハーベ砂漠は世界有数の過酷な環境と言われている。その上で、このデスバレー周辺の山岳地帯が立ちはだかる」
伊原さんからもらった地図を見ても、明らかに色が違う。
標高が高い上に崖が多い岩山ばかりなので、ここを馬車で通過するのはほぼ不可能だろう。
道が整備された現代と違って、ここは未開のアメリカ大陸なのだ。
悪路はまともに進めないと、今までの旅で理解している。
「なので、少し遠回りになるが、ラスベガスルートを使う」
サンディエゴから少し東方向に移動して、山岳地帯から伸びている青い線……川を指差した。
「このコロラド川を北上する。川沿いならば気温も安定しているし水も手に入るし、道もなだらかだ」
「そうだった……水は自分たちで確保しないといけないんですね
その上で、今の俺たちはドロシーちゃん離脱により水の供給が不安定だ。
ソノラ砂漠縦断の時のような、俺一人が町まで空を飛んで水を汲みに行く手段も使えない。
何より熱と水不足で馬がやられる。
「川を進んでラスベガスに入る」
「ラスベガスってあのカジノがあるラスベガスですか?」
「そのラスベガスだよ。まあ、この世界にはカジノなんてないんだけど」
もちろん、この時代に町などないのは知っている。
地図は伊原さんが出した現代のものであり、この世界の地図ではないのだろう。
だとしても、ラスベガスに寄る必要はある。
「町はないけど、地図にはミード湖という湖がある。ここが安定した給水ポイントになるはずだ」
モリ君の言うとおりだ。
幸いなことに、馬車に乗る人数が減った分だけ、水タンクを置くスペースが確保できる。
「ラスベガスで水の補給を済ませたら、今度は山地部を避けて、西方向へ進む」
「途中に山があるので、北西方面には直接向かえないんですね」
「それもあるけど、補給の問題だ」
伊原さんからもらった地図には、ネバダ州の何もない場所に×印が書き込まれている。
「騙されているような気がするが、ここにフィラデルフィアの町がある。ノガレスの町にいた人たちはこの町から砂漠に逃げ出した」
「まあ……そりゃ逃げますよね」
町の周りは砂漠だらけだ。
ここに転移したフィラデルフィアの人たちは、それこそ別の星にでも飛ばされたと思ったのだろう。
実際に異世界なのだが、それでも町ごと全く知らない場所に飛ばされた事実は変わらない。
伊原さんに保護されなければ、延々と砂漠をあてもなく歩き続けて、全滅していただろう。
「謎のモンスターが発生しているという話はあるけど、それ以上に食料と水の補給が重要だ。危険は承知で、あえて立ち寄る」
「そこから北に向かうとエリア51ですね」
頼れる仲間はモリ君とエリちゃんにカーター。俺を加えた合計4人だ。
心許ないが、それでも戦うしかない。
「サルナスで無理を言ってでも、アデレイドたちに付いてきてもらえばよかったな」
アデレイドたちはこれから世界を見て回ると言っていた。
なので、旅のやり方を教えるなどと無理を言えば、サンディエゴまでついてきてくれていた可能性もあった。
ただ、今更そんな後悔をしても始まらない。
「いないものは仕方ないですよ。援軍なんていないわけですし」
「援軍がご入り用かい?」
突然背後から声がかかった。
振り向くと、そこにはテンガロンハットにレザーのチョッキという、このアメリカに自然に馴染んでいる服装の男が立っていた。
ホンジュラスで別れたはずのウィリーさんだった。
「何やら物騒な内容が聞こえてきたが、少し話を聞かせていただいても?」
「私たちでよければ力になりますよ」
ウィリーさんだけではなく、ハセベさんとガーネットちゃんも姿を現した。
「ウィリーさんにハセベさんにガーネットちゃん……なんでここに?」
俺だけではなくモリ君、エリちゃんも立ち上がった。
カーターだけは座ったままだったが、それでも手を挙げて挨拶をした。
「なんでも何も、君らが誘ったんじゃないか」
「約束しただろう。サンディエゴで再会しようと」
「そうですよ。ここまで長かったんですから」
「よく無事に……本当に来てくれたんですね」
ハセベさんたちがサンディエゴに向かっているというのは頭にはあったが、まさかこのタイミングで到着するとは思いもしなかった。
まだ頭の中が疑問で埋まっているが、それでも再会を祝し合う。
「ホンジュラスから一度キューバに戻ったんですよね。そこから陸路だとかなり時間が掛かったでしょう?」
「キューバから船でパナマの港まで行って、陸路で太平洋側に出てから、船を調達。一気に海路で回ってきたんです」
「前にも言っただろう。ガーニーのスキルで帆船はモーターボート並みの速度を出せるんだ。水と食料の確保だけは大変だったけどな」
ウィリーさんが説明すると、ガーネットちゃんが自慢げに腕を腰に当ててふんぞり返った。
「船って……高かったでしょう」
「それが、パナマ駐留軍の司令官が協力的で、中古だが船を用立ててくれたんだ」
「パナマの司令官ってリプリィさんの父親ですよ」
モリ君が思い出したように言った。
俺たちは会っていないが、リプリィさんの父親が、パナマ駐留軍で働いているという話を聞いた覚えがある。
「ホンジュラスでの事件解決の話が伝わっていて、我々を歓迎してくれたんだ」
それはありがたい。
ハセベさんやクロウさんは、ホンジュラスの遺跡での戦闘では、ほぼただ働きに近い状況だった。
リプリィさんがハセベさんやクロウさんたちの活躍も報告してくれたので、それが伝わって、何か報酬を出すかという話になったのかもしれない。
情けは人の為ならずとはこういうことだ。
俺たちの旅は繋がった人の縁のおかげで、いろいろと助けられている。
「まあ、私たちも着いたのは先ほどだ。まずは食事か宿かと町を歩いていると、オープンテラスで作戦会議をしている君たちを見かけたわけだ」
「相変わらず酷い事件に巻き込まれているみたいだな。今度は何なんだ?」
このタイミングでハセベさんが追いついてきてくれたのは天の助けかもしれない。
ちょうど戦力不足という話をしていたところだ。
「長旅でお疲れのところ申し訳ありません。次の相手はかなりの強敵なので、できれば力を貸していただきたいのですが」
「ああ、手伝うよ。でも、すぐに出発ってわけじゃないんだろ。久々にまともなメシを食わせてくれよ」
ウィリーさんは帽子を脱いで、汗を拭きとりながら、俺たちの隣のテーブル席に腰かけた。
ハセベさんとガーネットちゃんも同じように椅子に座る。
「ここのおススメ料理は?」
「見てのとおりです。チキンですけどソースがバーベキューソースっぽくて、なかなか美味いですよ」
モリ君が食べていたメニューを見せると、ウィリーさんは軽く口笛を吹いた。
「アメリカンだね。じゃあオレもそれを」
「私もそれを注文しよう。ガーネット君は?」
「私はサンドウィッチで」
3人ともメニューが決まったようなので、すぐに店員を呼んで注文をした。
「あの、それでクロウさんたちは?」
ここで気になっていたことを聞くことにした。
ハセベさんたちはキューバで知り合ったクロウさんたちと行動を共にしていたはずだ。
なので、第2チームの他の3人も近くにいると思ったのだが、一向に姿を見せない。
それを確認したかった。
「そのことだが、クロウさん、レオナさん、マリア君たちとは途中で別れてきた」
「えっ、何があったんですか?」
「キューバに戻ったタイミングで、近くの町……フロリダ半島にある町が魚人たちに襲われているという話があった。なので、彼らはそこの防衛へ向かうことになった」
俺たちの曖昧な日本帰還の情報よりも、地元住民の方が大切という判断になるのは仕方がない。
むしろハセベさんたちが、俺たちとの約束を守ることを優先してくれたことに驚く。
ふと、前に俺が立てた仮説が脳裏をよぎった。
俺たちに設定されたレアリティは能力ではなくて日本への執着を捨てて如何に現地……この世界に馴染めるかの度合い。
チーム3人ともがSSRのクロウさんたちは日本へ帰ることに本当に執着がないのかもしれない。
ただ、本当に困っている人を見捨てられないだけという可能性もある。
まだ結論を出すのは早計だ。
「それじゃあ、食事ついでに何があって、今からどこに行こうとしているのか、経緯を聞かせてくれないか?」
「もちろんです。ハセベさんたちと別れてから何があったのかを説明します」
ホンジュラスでハセベさんたちと別れてから何があったのかを語った。
砂漠の町で第16チームに会って一緒に旅をしたこと。
運営の嘘情報を教えられた第1チームに会ったこと。
現地の冒険者であるフォルテたちと組んで町を開放したこと。
その旅の途中で、異世界から転移してきた町や人たちを見たこと。
そして、モリ君やハセベさんたちを召喚した運営が、この町の魔女、
その伊原さんの依頼で、俺たちは運営の拠点であるエリア51を目指していることだ。
俺たちの話を聞いたハセベさんたちは一瞬暗い表情を見せた後に、顔を上げた。
「そのクローン人間とやらに会わせてもらえないだろうか? 私はその侍風の男というのが気になる」
「オレたちは盾を持っていたという戦士だ。もしかするとマークかもしれない」
◆ ◆ ◆
食事後に、3人を連れて伊原さんに会いに行った。
事情を話した後に、牢に拘束しているという襲撃者たちを6人で見に行くことになった。
なお、カーターはやはり超越者Bとの兼ね合いもあり、待機だ。
「いいか。この牢は普通の牢屋じゃない。中に入った人間ごと時間凍結させているから、触ることはできない。見るだけだ」
「見るだけ? 話せないのか?」
「そこの上戸には説明したが、全員まともに話せる状態ではない。人格がないんだ」
伊原さんの案内で地下への階段を下りていく。
「死んだ人間が復活したわけではないんだな」
ハセベさんが独り言のように呟いた。
伊原さんとは顔も合わせていないが、事実上伊原さんへの質問だ。
「哲学的ゾンビという思考実験を知っているか? 人間と同じような振る舞いをすれば、たとえ中身が違っていても、外からは人間にしか見えない」
「物理的に脳が再現されていて、思考できれば、それは人間ではないのか?」
「連続性にも疑問がある。こいつらと会話できれば過去の話を聞くといい。まともに答えられないはずだ」
「なぜそんなことが分かる?」
「私が過去に似たようなのを何人潰してきたと思う?」
ハセベさんはもう反論しなかった。
過去に運営と伊原さんとの間で何があったのかは聞くまい。
「魂を見えない人間と、哲学的な議論をするつもりはない。魂がない存在は人間ではないという物理的な話だ」
「魂は物理なのか?」
「物理だ。一定の法則があり、数式で記述できるのは科学だ。
伊原さんはここで意味深に俺の方を見た。
「2.5くらいか」
「それはどういう――」
「――旅の途中で
俺が尋ねるより先に質問がやってきた。
まさか魔女のことなのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「……人間でした」
そう言わざるを得ない。
彼らはラティとやらに操られてはいたが、人間だった。
実際に「収穫」で刈り取ることもできた。間違いなく人間だった。
会話はそこで終わった。
伊原さんが言うところの魂うんぬんは分からない。
それこそ物理ではなく、哲学なのではないかと思えてくる。
階段を一番下まで降りた後に、金属製のスライド式の扉を開けた。
消毒液のような臭いが鼻をつく。
扉が開くと同時に、自動的に照明が点り、まっすぐ伸びた細い通路が明らかになる。
天井には、この中世の世界には相応しくない、まるでLEDか蛍光灯のような白い照明が埋め込まれているようだった。
細長い通路の左右には、コインロッカーのような四角い箱がいくつも並んでいた。
もちろんコインロッカーではない。
通路に面した部分にはガラスのような透明の扉が付いており、その中には人間一人が手と足をまっすぐ伸ばした状態で収められていた。
よく言えばカプセルルーム。悪く言えば死体安置所だ。
「今回拘束した連中は一番奥だ」
手前の部屋には老若男女様々な人間が眠るように入っていた。
中には人間離れした外見の者もいる。
ハセベさんたちは、それらに目もくれずに部屋の一番奥へ進んでいく。
途中にタルタロスさん、ドロシーちゃん、レルム君が収められた部屋があった。
まるで眠っているようだが、自然に起きてくることはない。
今の俺たちには何もできない。
ここで無理に外へ出したところで、また暴れ出すだけだ。
次も同じようにうまく無力化できる保証はない。
……拳を握りしめて先へ進む。
「……助けよう」
エリちゃんが小さく……だけど力強い声で言った。
「ああ」
ハセベさんたちはその奥にあるカプセルを一つずつ覗いていく。
そして、ハセベさんは侍風の装備の男、ウィリーさんは盾を持っていた男の前で足を止めた。
装備品は全て外されているが、顔で分かるようだ。
「クリス君だ。最初のムカデの巣で犠牲になった……」
「マークさんですよね」
「ああ、マークだ。暗いところに置き去りにして悪かったな」
ウィリーさんとガーネットちゃんは共にうつむき、歯を食いしばっていた。
ハセベさんはというと、クリスさんとやらの前を離れて、更に奥へ進んでいく。
誰を探しているのかはすぐに分かった。
「ハセベさん、オウカちゃんはここには来ていません」
「なんだって? では、彼女は復活はしていないのか?」
「運営がクローンを作ることができたのは、おそらく遺体を回収した人間だけです。彼女の遺体は……回収できなかったんでしょう」
あまり言いたくない。
だけど、ここで伝えないわけにはいかない。
「彼女の遺体は塵になって消滅しました。俺が最初に魔女の呪いの試射をした時に、巻き込んでしまいました」
ハセベさんはそれを聞くと無言で俺に近づいてきて、俺の頬を平手で打った。
そして、すぐに握手を求めてきた。
「行こう。私たちにも、エリア51に攻め入らなくてはならない理由ができた」
「ああ……ここにいるマークがオレたちの仲間のマークとは別人としても、また暗いところに置き去りにはできない」
「やりましょう。6人で力を合わせれば勝てます」
カーターが忘れ去られていたが、今はいい。
決まりだ。
俺たちはエリア51に向かって、運営を倒す。