馬車の定員はワゴン部分が4人、御者席が2人の合計6人。
タルタロスさん、レルム君、ドロシーちゃんの3人が離脱。
代わりにハセベさん、ウィリーさん、ガーネットちゃんの3人が追加。
人数こそ7人で、前と同じではある。
だが、子供2人を含む3人と大人3人では、体の大きさも食料や水の消費もすべてが異なる。
最初4人でのエリア51攻略を考えていた。
その時は、馬車の空いたスペースに大型の水タンクを積み込むつもりだった。
だが、馬車の空きスペースに余裕がなくなり、それができなくなった。
水の補給と管理だけは徹底しないと、7人のコンディションを維持できないだろう。
幸いにも、ハセベさんがこういう数字の管理には強いようで、一任することにした。
「すみません、こんな管理まで任せてしまって」
「いやなに、日本では中間管理職をやっていたからな。それに比べたら大したことはないよ」
「ハセベさんは商社マンでしたっけ?」
「ああ。数字に追われる日々だったので、常に計算している方が逆に落ち着くくらいだ」
そう言いながら、地図を見て、一日の移動距離と水の消費量から、無理のないプランを考えてくれている。
出たとこ勝負という俺たちの主義とは全く違っていて安心感がある。
これが頼れる大人であり、俺が将来目指すべき姿だ。
全く頼りにならない様を見せているダメな大人は、爪の垢を煎じて飲んでほしいところだ。
「何か失礼なことを考えていただろう」
カーターが俺の心を読んだのか、ゆっくりと近づいてきた。
「いや全然」
だらしない生活をしている自覚があるならば、もっと勤勉になってほしいところだ。
そう思っていると、後ろから両頬を引っ張られた。
「どの口が言うかー」
「やめてー」
こういうところだぞ。
いい年をして男子高校生のノリで絡んでくるのはやめてほしい。
負けじとカーターの頬を引っ張って遊んでいると、ハセベさんが笑みを浮かべた。
「見てください。こいつはこういうやつなんですよ」
「お前らは気を張り詰めすぎなんだよ。これから敵の本拠地へ殴り込みだってのに、それじゃあ体力が持たんぞ」
「ああ言えばこう言うやつだな」
「いや、私たちも少し深刻に考えすぎていたところはある」
ハセベさんが意外な言葉を返してきた。
「敵の強さ。仲間を本当に救えるのか。水は食料は持つのか……不安になる要素は多いが、考え込みすぎると気が滅入る」
「あんた、分かるじゃないか。人生に息抜きは大事だぞ」
「その通りだ。私も日本にいた時は数字に縛られすぎて、パフォーマンスを発揮できずにいた。ここに来て人生には余裕が必要だと初めて理解したよ」
カーターとハセベさんが揃って俺の顔を見て、軽くため息をついた後に笑顔を見せた。
「せっかくだから、ワインを開けよう。あとでウィリーさんも誘って大人の飲み会といこうじゃないか」
「それはいい。ラヴィ君たちが旅の途中に何があったのかも聞いておきたかったしな」
「でも、私の体はまだ未成年なので酒は――」
話している途中にカーターが俺の額に至近距離からデコピンを入れた。
「ラビ助はあっちで未成年組と交流してくるように」
「23歳ですけど」
「はいはい分かった分かった」
カーターはそう言うと俺の背中に手を当てて押しのけるようにした。
なぜかハセベさんまでそれに続く。
少し納得できない。
「お前の仕事はあっちのメンタルケアだ」
「ああ、そういう……」
カーターが肩で指した先には落ち着きがなさそうなモリ君とエリちゃんの姿があった。
2人とも第16チームの3人がおかしくなったことで、精神的にまいっている。
これから過酷な旅が始まるというのに、この状態では、コンディションに影響が出るということだろう。
普段はだらしないのに、こういうことには気が回るやつだ。
そういうところがあるのが、嫌いになれない理由だ。
明日から旅に出るのだから、こんなところでつまずいていられない。
俺は少しでも鼓舞するために2人のところに向かった。
◆ ◆ ◆
翌日は日の出とともにサンディエゴの町を発った。
サンディエゴを出発して、まずは北東方面に移動。
コロラド川に着いてからは、川に沿ってひたすら北上である。
アメリカに来てからはずっと砂漠のイメージが強かったが、コロラド川の沿岸はやはり水があるからなのか、気候も安定している。
冬なのでそれほど緑鮮やかとは言い難いが、木や植物も生えており、景色は平和そのものである。
川があるおかげで、綺麗な水も使い放題なのはありがたい。
初日はまだ旅慣れていないことと、1日あたりの移動距離と食料と水の消費量を確認する意味もあり、早めのキャンプとした。
馬車を引いている2頭の馬、赤城と榛名も乾燥した飼葉ではなくて新鮮な草が食べ放題なので喜んでいるようだ。
まだ日はあって明るいので、明かりがなくとも活動するのに支障はない。
できれば全裸になって川に飛び込みたいところだが、さすがに男性陣の目があるので自重して、着替えの洗濯のみにする。
いくら親しい仲間とは言え、異性に素肌を見せるのは教育上よろしくない。
ゾーニングは大切だ。
なんといってもモリ君はセクハラ魔人なだけに、見られると恥ずかしいのもある。
……うん、ダメだな。完全に思考が乙女に寄ってるぞ。
そんな中、モリ君はブーツを脱いで川に入り、槍を構えて持って水中を突く作業を繰り返していた。
何か獲ろうとしているのだろうか?
「川に何かいる?」
「魚がいるみたいなんですけど、うまく取れないですね」
目を凝らすと、確かに高速で動きまわる影が見える。
ただ、水面の反射もある上に清流というほど綺麗でもないので、かなり視認しづらい。
それを槍で突こうとしているのだから、さすがに無理がある。
ランクアップ後のスペックゴリ押しでどうにかなる次元を超えている。
「動きの遅い蟹を狙った方がうまく行くんじゃないかな?」
「この川って蟹がいるんですか?」
「日本だとこの手の川にはいるもんだよ。水草の陰になっている場所で大きめの石を動かしたり、水草をガサガサとすると飛び出してくる時がある」
「試してみます」
モリ君は俺の言った通りに槍で水草をかき回す作業を始めた。
だが、さすがにそんな簡単に蟹は出てこない。
「2人とも川で何を遊んでるの?」
エリちゃんが川の方へ歩いてきた。
「夕食の調達だよ。魚とか蟹とか獲れたらと思ったんだけどうまくいかなくて」
「そういう時は追い込みの方がいいんじゃない?」
エリちゃんはそう言うとブーツを脱ぎ捨てて素足で川に飛び込み、上流の方でバチャバチャと音を立てながら水草を蹴り始めた。
日本にいた時から似たようなことをやっていないと急にはできない手慣れた動きだ。
すると、川の縁から黒い影が複数飛び出した。
水は濁っているのではっきりは分からない。
それでも、エリちゃんが音を鳴らしながら追い込みをかけているので、どんどんと下流にいる俺たちの方へ来ているのは分かる。
「そっちに行ったよ」
「よし、捕まえた!」
モリ君が槍を水面に突き入れた。
持ち上げると、拳ほどの大きさの蟹が槍の穂先に突き刺さっていた。
見た目はモクズガニの仲間に見える。
「ラビさん、この蟹って食べられると思います?」
「身は少なそうだけど、スープにしたら蟹味噌から出汁が出て美味いと思う。味噌で炊き込みたいところだけど、ないから味は別に考える」
「身が少ないってことは数を獲らないとダメじゃないかな?」
「なら、全員分獲りましょう」
蟹の捕獲方法は分かったので、日が暮れるまで1時間ほどかけて蟹を6匹、謎の川魚を4匹を獲ることができた。
川魚は形からしてブルーギルの仲間だろうか?
魚は腹を出して鱗とぬめりを取って食べやすくしておく。
蟹も同様に、表面に付いている藻などの汚れをこそぎ落として調理しやすくする。
「なかなか美味そうな蟹だな」
ハセベさんとガーネットちゃんも捕まえた蟹を興味津々と眺めている。
「
ウィリーさんはそう言うと、蟹を慣れた手付きで掴み、裏返したり足を引っ張ったりと観察を始めた。
「おそらくは。世界中どこでも近似種がいるやつですね。寄生虫対策でしっかりと火は通したいところですが」
「中華料理店で3年ほどバイトしていたことがあって、料理はそれなりに自信があるんだ。調理を任せてもらっていいか?」
「そうなんですか? なら是非お願いします」
そういうことならば逆にこちらから頼み込みたいくらいだ。
俺の料理はあくまでも、趣味で給料を使い切って年中金欠の友人へ食わせてやるための家庭料理だ。
プロの技術は是非とも拝見して、可能ならばこれを機会に習得したい。
「手持ちの調味料はこれだけです。これで大丈夫でしょうか?」
旅の荷物から、塩、唐辛子、パプリカパウダーなどの調味料を取り出してウィリーさんに渡した。
「蟹味噌からは濃厚なダシが出るはずだから、有効活用しよう。味付けは寄生虫対策と蟹味噌に負けないチリソースで味を付けたい」
蟹と魚の調理はウィリーさんに任せて良さそうだ。
「でも7人で食うには具が寂しいな。何か食材はないか?」
「小麦粉で
「それがいい。蟹から出たダシを吸って、なお美味くなるはずだ」
ウィリーさんが下ごしらえと調理をしている間に、俺は小麦粉に塩と水を入れてひたすら練る。
蟹と魚のスープが仕上がったところで、それを鍋に投入すると団子になって浮いてきた。
お手軽だが見事な
さらに、そこら辺に生えている草……ミントを色合いと臭み取りの意味で投入する。
「完成。名付けるならコロラド川の恵みってところか」
蟹の可食部は少ないが、その分スープは絶品に仕上がった。
結果としては当たりだ。
臭いを消した魚も、蟹ミソのスープを吸って良い感じに仕上がっている。
「保存食ばっかりだと飽きるからな。たまにはこういうものを食べないと」
「早く今回の件を片付けて、ゆっくり休みを取ろう」
やはり味気ない保存食と違い、普通の料理は良い。
蟹食った最初の友達だ。
こういうキャンプ飯も機会があれば食べていきたいものだ。
ああキャンプ飯。
◆ ◆ ◆
コロラド川を北上する旅は順調に進み、ようやく上流にある湖、ミード湖に到着した。
この湖は少し高台にあるためか、湖畔からかなり遠くまで見渡すことができた。
できたのは良いのだが……。
「ラスベガスはないって話じゃなかったんでしたっけ?」
モリ君が眼下を見下ろしながら言った。
麓には、いくつもの高層ビルが立ち並ぶ近代的な町が見えた。
建物には何やら看板のようなものが取り付けられているようだ。
まだ明るい時間のために詳細は分かりにくいが、夜になるとネオンサインが煌々と輝くのだろうか?
町はずれには水力発電所らしき施設も見える。
ただ、川とは完全に無関係な位置にある。
発電が行われているとは思えない。
今までの経験から真っ当な町だとは思えない。
そもそも、こんな砂漠のど真ん中で孤立無援の状態の町がまともに機能しないだろう。
もし、人が住んでいるならば、あんな砂漠のど真ん中ではなく、水資源が豊富なミード湖周辺の方へ移動してきているはずだ。
だが、ミード湖の湖畔には何の人影も見当たらない。
「でも、ラスベガスともまたちょっと違う感じに見える」
「私も同意見だ。現代のラスベガスに行ったことはあるが、町の構造が全く異なる」
ハセベさんも俺と同じ感想を持ったようだ。
その上で、本物のラスベガスを知っているという経験が、発言を裏付けている。
「ということは、カジノもなければバニーの姉ちゃんもいないと」
カーターにコメントは聞いていない。
「バニーガールなんていてたまるか」
「この際、エリスやガーネットがバニー服を着てくれたらそれでいいんだが」
「俺は着ないからな」
「誰もお前に着ろとは言っていない。そんな哀れな姿を見てオレにどうしろと」
カーターのあまりの発言に両拳で頭をぽかぽかと叩く。
「フィラデルフィアは砂漠の真ん中にあったという話だったが、実はこの場所のことを言っていたのでは?」
ハセベさんの話も分からなくはない。
異世界から転移してきた町が、そんなあちこちに存在しているとは思えない。
思えないのだが……。
「砂漠に突然現れた町という条件には合っています。ですが、前に聞いていた話と状況が合わないんです」
避難民からの話では、町を出ると砂漠の真ん中で何もないという話だったが、ここはすぐ近くにコロラド川という水源がある。
川を下れば人里にたどり着けると信じて、みんな川沿いに歩いたはずだ。
なのに、そんな話は聞いていない。
伊原さんからもらった地図にあったフィラデルフィアの位置に記された×印とも全く位置が異なる。
「ハセベさん、方針を決めてくれ」
ウィリーさんがハセベさんの顔を見た。
「指揮権は前の遺跡の時から継続だ。リーダーはラヴィ君だろう」
「リーダーの座はモリ君に譲ったんですよ。というわけで、決断はモリ君に任せる」
「俺ですか!?」
まさか自分に話を振られるとは思わなかったのか、モリ君が拍子抜けしたような声をあげた。
一人で決められないようならば、俺がサポートする。
だけど、今までの成長から考えると、モリ君に決められないとは思えない。
「町の調査をしましょう。もしかしたら食料が手に入るかもしれませんし、人が住んでいないとも限りません」
「タラリオンみたいに変な怪物がいる可能性もあるけど」
「その時も対応はタラリオンの時と同じですよ。宿になる場所を拠点にして立てこもる作戦で」
「少なくとも、前と違って新鮮な水が手に入るだけ恵まれてはいるな」
タラリオンの唯一の水源である井戸の水は腐っていたが、今回はコロラド川という川がある。
水は最悪そこで補給できるし、食料も馬車に積んでいる。
大きな問題は起こらない……はずだ。
「急ぎましょう。完全に日が暮れて真っ暗になると、町の調査どころではなくなるので」
モリ君が決断する様を見たハセベさんとウィリーさんは無言で頷いた。
リーダーとして認めるということだろう。
「行きましょう。ラスベガス