砂漠の赤い砂を、夕日が更に赤く染め上げたあたりで、ようやく町に入ることができた。
ただ、予想通りというか、やはり人の気配はまるで感じない。
町から聞こえてくるのは風が吹き抜ける音のみで、人の声が一切聴こえてこないのだ。
「ラヴィ君、どうだね?」
「町の中にはやはり人はいませんね。小動物が動いている気配はありますが、モンスターを含めた他の大型生物の姿もなしです」
先行して町の中を飛び回らせていた鳥の使い魔を呼び戻す。
巨大なモンスターや人がいれば対応を考えようと思っていたが、少し拍子抜けだ。
町の建物も、窓ガラスやドアが破損している建物もあるが、ごく一部だ。
壁が半ば崩れ落ちて骨組みが露出している建物もあるが、全体で見ると綺麗なものだ。
タラリオンのように、白骨化した死体が転がっているかというとそれもなし。
それどころか、道にゴミすらほとんど落ちていない。
まるで人間だけが蒸発して消滅してしまったような、綺麗な無人の廃墟だ。
町の入り口にはアルファベットに似ているようで違う、不思議な文字で記された看板が飾られていた。
常識的に考えると「ようこそ〇〇の町へ」というウェルカムボード的な町の名前が記されているはずだ。
だが、読めないので、そこから得られる情報は何もない。
《分かりません》
「オレが何でも知っていると思えば大間違いだ」
魔女もカーターも反応が早い。
俺の思考を読んで先に行動するんじゃあない。
「なんでしょうね、この文字は?」
モリ君が看板の文字を指して不思議そうに言った。
入り口だけではなく、町の至るところに同じような文字の看板が見えるからだ。
「アルファベットに似てるけど微妙に違うし」
「あえて似ているとなるとギリシャ文字だが、細かい部分はかなり異なる」
ハセベさんもこれにはお手上げのようだ。
「似ている文字を無理に拾うとムニグルとかマインガーとか」
「国によってスペルの読み方は違うから、読みはさらに分からないな」
「少なくともラスベガスではないと分かればいいでしょう」
ここは異世界の町。それだけ分かれば十分だ。
道路の舗装はアスファルトで、車が対向して走れるようにセンターラインまで入っている。
脇には交通標識や信号、街灯や電柱まで立っている。
絵柄や文字などは全く見覚えがなく、何を示しているのかは意味不明だが、数字だけはアラビア数字なので意味が分かる。
ただし、標識にある「40」の数字は時速40キロ制限の意味か、それともマイル表記なのか判断に困る。
電柱には電線と電話線まで通っている。
「今までの町は、中世とか古い時代の町ばかりだったけど、この町は近代の町だ。21世紀じゃなくて20世紀という感じだけど」
「21世紀ではない根拠は?」
「ネット用の光ファイバーらしき線が通っていません。
「なるほど」
俺が電柱から伸びた線を指差すと、ハセベさんも納得してくれたようだ。
地方都市ならばともかく、高層ビルがある21世紀の都市ならば、光回線もLEDもソーラーパネルもなしなのはさすがにおかしい。
「でも、やっぱり人はいないんですね」
「逃げ出した……とも考えられるけど、この規模の町だと人口は数万規模だろ。それだけの人数が動いたにしては綺麗すぎる」
突然町が異世界に飛ばされたとなれば、住民にそれなりの混乱はあったはずだ。
速やかにどこかへ避難したとしても、町にゴミがほぼ落ちていないことが気にかかる。
数万の人間が動けば、それなりの量のゴミが散らばっていてもおかしくないはずだ。
「おかしいのはそれだけでないな。車が一台もない」
「言われてみれば……」
町の道路は車が走るように整備されているのに、車が見当たらないのは確かにおかしい。
全員が車に乗って逃げ出したとしても、事故車や故障車がどこかに放置されていてもおかしくないはずだ。
なのに、それらの車が一台も見当たらない。
今のところ怪しい要素が多すぎる。
「無視して先へ進むこともできるが……」
町に入る前はここでの宿泊を許容していたはずのハセベさんも、あまりの怪しさに、若干不安そうな顔を見せている。
「それでも、ここで休憩も補給もなしに進むのは危険です」
難しい判断ではあるが、リーダーであるモリ君は町に残るという選択をしたようだ。
ならば、俺もその意見をフォローすべきだろう。
「それに、既に日も落ちます。この時間から無理に進んでも、何もない砂漠で野宿ということになります」
「もし、この町がモンスターに襲われていたとすれば?」
「その場合、町を襲ったモンスターが町の中に留まっているという保証はありません。野営をしても襲撃されるリスクは残ります」
「反対するつもりはないが、備えだけはしておこう」
その通りだ。
なるべく安全は確保しておきたい。
比較的状態が良くて、それでいて例の人食い家のように新しすぎない建物を探す。
いつ崩れてくるか分からない、ヒビの入った建物や、窓ガラスや玄関扉が破壊されている建物は防備に不安があるので避ける。
そうやって見ていくと、三角屋根、レンガ作りの古めかしい建物を見つけた。
建屋はかなり大きく、屋根の下には大きな時計も付いている。
元は役場だったのだろうか?
意外と頑丈そうな建物だ。
問題は、入り口に材木などを組み合わせて針金で止めたバリケードのようなものが設置されていることだ。
一部は破壊されて入れるようにはなっているが、このような物を設置しないといけないような事態が何かあったのだろう。
バリケードの隙間から中を覗いてみると、ガラス張りの玄関扉が破壊されて吹きっ曝しになっていた。
何か事件が起こったことが確定しているこの建物は不用心すぎる。
「人の手によって何かあったことに間違いないが」
「調査は明日に行いましょう。今晩はまず宿を探した方が」
「そうだな。もうすぐ日も暮れる。この建物よりも密閉された建物を探そう」
役所らしき建物の調査は後回しだ。
他に泊まれそうな建物を探す。
しばらく捜索すると、4階建てコンクリ造りの頑丈そうな建物が健在なのを見つけることができた。
窓ガラスも割れていない。
壁面にヒビも入っていない。
扉はしっかりと閉じている。
どうやら元々ホテルだった建物のようだ。
宿として使うには割と理想的な建物だろう。
「誰かいますか?」
念のために声を掛けながら重い扉を押し開けた。
扉の蝶番は油切れなのか、ギギーと重い音を立てて開いた。
扉を開いた先にはロビーが広がっていた。
ロビーの真ん中には、かつてシャンデリアだった残骸が転がっていた。
天井から落ちた衝撃で、大理石の床にひびが入っている
ただ、床に敷かれた赤い絨毯は埃こそ被っているものの、破けたりはしていない。
凝った内装からして、ここはそれなりの高級なホテルだったのだろう。
シャンデリア以外の箇所に、大きな破損や汚れは見られない。
ここで鳥を5羽召喚。
1階部分を飛び回らせて偵察を行うが、やはり人はいないようだった。
白骨化した遺体や血痕、争った跡などが残っていないかも確認してみたが、そちらもなし。
本当に人間だけがいなくなった感じだ。
窓ガラスや勝手口のドアなどが破られた形跡もなし。
さすがに天井付近には蜘蛛の巣が張られているし、あちこち埃が積もってはいるが、これは放置されていた建物だから仕方がない。
この建物から人間がいなくなって何年経ったのかは不明だが、密閉状態を保ち続けてきたようだ。
一応安全と判断して良いだろう。
鳥に偵察させた情報を全員に共有する。
すると、モリ君がホテルの壁を槍で引っ掻き始めた。
「どうしたんだ、突然?」
「いえ……前にもこんな感じの無人の建物がモンスターだったことがあったでしょう」
「あったな。それで確認だと?」
「はい。この建物が人食いモンスターなら、これで何かしら反応があるはずなので」
ガリガリと壁を削るが、特に何の反応もなかった。
「この建物は一応は安全ということか」
安全を確認するにはここまでやらないといけないのは面倒なことだ。
それでも、石橋は渡る前に叩いておいて損はない。
「どうせ廃墟みたいですし、用心のために馬車も建物の中に入れておきましょう」
「ダイナミック入店か……まあ、馬を守る意味でもやっておいていいな」
まず、シャンデリアの残骸で馬たちが怪我しないように箒で掃いておく。
入り口の観音開きの扉を全開にすると、なんとか馬も含めて馬車もロビー内に収めることができた。
「馬車を外に置いておいたら夜の間に襲われていたとかシャレにならないですからね」
「馬も可哀そうですしね。馬術部にいたんですけど、馬って意外と怖がりなので」
ガーネットちゃんが馬の首をさすりながら言った。
妙に慣れた手つきで、馬たちも抵抗せずに撫でられるままでいる。
あまりザ・庶民の生活では聞くことがない妙な部活の名前が聞こえたが、気にしたら負けだ。
「扉は閉めておいた方がいいよな」
ウィリーさんは確認をしつつも、既に扉を閉めて
「もし逃げ出す時にひと手間増えるが」
「外からの襲撃に備える意味でもそれでいいと思います」
一応は安心だろう。
窓から外を見ると、もう日が暮れようとしていた。
どのみち、この時間から他の建物を探している余裕などない。
ここで泊まるということでいいだろう。
「建物内の設備次第だが、ここを拠点にしても良いのではないか?」
ハセベさんが、フロントカウンターの机に手を置きながら言った。
「エリア51の攻略を済ませた後、帰りもここを通ることになる。その時にも、この建物が使えると思う」
「帰りのことまで考えていませんでした。でも、その通りです」
本当にハセベさんがいてくれて助かる。
俺だけでは気づかないことをどんどん指摘してくれる。
「じゃあ、みんなで手分けして、この建物の中を調べていきましょう。寝室や調理場が使えるかどうかのチェックです」
モリ君がここで手を叩いて指示を出した。
「ウィリーさんは1階を調べて、調理場が使えるかの確認をお願いします」
「そのまま夕食の準備に入れってことだな。じゃあ行くぞガーニー」
「はい、ウィリーさん」
ウィリーさんとガーネットちゃんは1階の調査に向かった。
「じゃあ俺とエリスで上の階を見て回ります。ラビさんとカーターさんはハセベさんと一緒に、この建物で何があったのか調査を」
「何があったのかというと、あれか」
俺はフロントカウンターを見た。
もしもここがホテルならば、名簿か何かが残っているかもしれないし、奥には従業員スペースも見える。
支配人室などを探せば、この町は何なのか、何があったのかの詳しい情報が出てくるかもしれない。
モリ君とエリちゃんが階段を登って行くのを見送って、3人でまずはフロントカウンターから調べることにする。
机を漁ってみると、宿泊者名簿らしきものが見つかった。
やはりアルファベットに似ているようで違う文字が記されているのみだ。
町の看板で見たものと同じ文字だった。
読めるようで、さっぱり読めない。
数字部分はアラビア数字なので判別はできるが、それが分かったところでどうにもならない。
「せめて何かヒントがあれば……」
「ラビ助のサブカル知識でどうにかなったりしないのか?」
「サブカルというか、推理小説の知識で試してみるか」
まずは名簿の中で多数使われている文字に注目する。
その文字を、アルファベットの中では最も多く使われるEと仮定して、他の文字を絞り込んでいく。
「どういう解読方法なんだ?」
「シャーロック・ホームズの踊る人形というエピソードで使われた暗号文字の解読方法だよ」
Eを特定したら次はA。
文字の対比表を書いていって、4文字ほど特定したら、アルファベットと似たような文字だと仮定して強引に読んでいく。
人名ならばそれほどパターンがないだろうという見込みからの強引な解読だ。
それで特定できる名前が1人いた。
「多分、この人の読み方はALEXでアレックスだ。その2つ下は多分ELEANORでエレノア」
EとAさえ絞り込めば、2人の名前で共通して使われている文字から推察できる。
同時にこれでL、N、O、R、Xの文字まで分かる。
「あとはこの繰り返しだ。宿泊者名簿の上から順にトーマス、アーサー、ジョンだと読める」
「全員がアメリカ人の名前っぽいな」
カーターが感心したのか低く唸り、俺が作りかけていた対比表をどんどんと埋めていく。
人名ではあまり使われないZやQ以外はある程度埋められるはずだ。
「後ろに書いてある数字は日付で間違いないだろう。アメリカ表記で10月27日チェックインが多数。一部前日から連泊している人もいるけど」
「10月28日チェックアウトがないようだが」
「そこが事件発生日だと考えて良さそうだ。年号は何か分からんな。西暦じゃないのか?」
「それを前提にすると、この新聞をどう思う?」
ハセベさんが端の方が黄ばんでいる古い新聞を机の上に広げた。
この新聞もカウンターの中に置いてあったようだ。
「ホテルが宿泊客のために購読している新聞だろう。年号は読めないが、日付は10月27日」
「客がいるロビーに古新聞を放置しておくとは考えられないし、10月27日から10月28日の朝にかけて、何かがあったということでしょうか」
10月28日と言えばモリ君やハセベさんたちが召喚された日だ。
年の違いはあるが、日付が一致しているのは気になる。
「新聞の1面記事は……新型の発電設備を使用した発電所が稼働で良いのかな?」
文字の違いこそあるが単語も文章も英語だ。
これならば受験英語知識でも、対比表を見比べればなんとか読める。
内容自体は、町の水力発電所に新型の機器を入れることになったとかそういう話だ。
これはミード湖から見えた発電所らしき施設のことでいいだろう。
どこかの富豪の寄付で完成したどうのと書いてあるようだが、それ自体に事件性はないだろう。
町に住んでいる住民にとっては大きなニュースかもしれないが、重大事件に繋がるとは思えない。
問題は2面だった。
どこかで見た覚えのある鍵十字マークと、欧州戦線という見出しが目立つ。
ヒントは既に揃っている。
ノガレスの町の住人が1943年のフィラデルフィアから来たと言っていたのだ。
ならば、この町も同じく1943年から来た可能性は高い。
気になって他の面を見てみると、日本軍の動きも書かれていた。
「ソロモン諸島に空母サラトガの名前が並んだ記事があります。この2つが関連するのは1943年のラバウル海戦。なので、この新聞も1943年発行の可能性が高いです」
「なんでそんなことを知ってるんだよ?」
「ゲームの知識だよ。少し前に日本海軍の船が女子になるブラウザゲーが流行っていた時に、いろいろ調べたんだよ」
「動機としては超浅いが、それが役に立ったというわけだ」
カーターが褒めているんだかバカにしているんだか分からない褒め方をしてきた。
「では、ここはアメリカだと? もしかしたら異世界のラスベガスなのか?」
「それも違うと思います」
俺は新聞の天気欄と広告を指差した。
「天気予報のところに載っている地図が完全にアメリカ東海岸なんですよ。地名は全く聞いたことがないものばかり並んでますが」
「マニソー? ウムルガン? なんだこれは?」
「それで分かりましたが、この町の名前はマインガルです」
天気予報を参考にするならば、この町は地球ではアメリカ東海岸のリッチモンド周辺にあるはずだ。
「聞いたことがないな。これはアメリカなのか?」
「異世界のアメリカなんでしょう。謎の文字を使う国がこの大陸へ入植して作った謎の国」
アメリカの地名は、入植したイギリスやフランスの地元や有力者の名を取った集落がベースになっている。
ならば当然、入植した国によって町の名前も変わる。
なので、見たことも聞いたこともない町の名前が並んでいるのならば、アメリカに入植した国はイギリスやフランスではないのだ。
そのくせ、使われている言語自体は英語という不思議な世界だ。
「そんな場所の都市が何故こんなネバダ州の砂漠のど真ん中に?」
「さあ。他の場所に起こった転移事件と何か関係しているのかもしれません」
ハセベさんは新聞記事に目を通し始めた。
何かヒントが隠されていると信じているのだろう。
ハセベさんが机に備え付けられていたメモ用紙を一枚切り取ったが、一緒に置かれていたペンは乾燥して使えないようだった。
なんとかインクを出そうとペンを振り回しているハセベさんに鉛筆を渡した。
ただのキャラ設定の味付けのために用意されていた初期所持品ではあるが、この旅ではずっと役に立ってくれる。
「頼れるのはローテクですよ。アメリカがペンの開発をしている間にソ連は鉛筆を使ったんです」
「ああ。ローテクが一番だ」
ハセベさんがメモ用紙に2人分の名前を記載した。
「この町の町長と、融資した富豪の名前だ」
俺はその名前を見て眉をしかめた。
市長のジェームズ=ジョンソンというのは良いとしよう。どこにでもいる凡百な名前だ。
問題は富豪の名前だ。
レイナ=ロハ。
パナマで赤い女が偽名として使用した名前だ。
これは偶然の一致なのだろうか?
「まあ、明日以降に調査をしよう。何か分かるかもしれない」