発電所の奥で稼働していた謎の装置にたどり着いた。
高さ180センチほどの大きさの冷蔵庫のような金属製の直方体だ。
ケーブルが2本、水力発電で使うであろう制御機器に繋がってはいる。
だが、その直方体自体には何の計器も付けられていないので、何のために繋がっているのかが分からない。
どこか開きそうなパネルらしい継ぎ目はなし。
継ぎ目もねじ穴も何も見当たらない、金属製の箱としか言いようがない代物だ。
見た目だけでは、どのような効果があるのか、何に使うものなのかさっぱり分からない。
「こちらにマニュアルらしきものがあったぞ」
ウィリーさんが発電所の制御機器の上に置かれていたファイルを掴んだ。
「相変わらず文字はさっぱり読めないな」
「操作方法は書いてありそうですか?」
「絵らしきものがないので、解読には相当時間がかかりそうだぜ」
ウィリーさんからファイルを受け取ってページをめくってみる。
図などはなく、全て文章のみだった。
もしも、謎の文字ではなく英文だったとしても、全部読むにはかなり時間がかかるだろう。
仮称ウニが再発生する可能性は高い。あまり時間を掛けたくないというのが本音だ。
とりあえずカーターに対比表と一緒に渡す。
「それで、こっちの装置が新型の発電機?」
「こんな小さい発電機があってたまるか」
カーターはそう言うとしゃがみ込んで、直方体の一面に触れた。
マニュアルを手に、まるでタッチパネルでも叩くようにリズム良く金属の表面を触っていく。
すると、目の高さほどの位置に、光る複雑な魔法陣のような模様が浮かび上がった。
幾何学模様とも異なる。
一見すると法則性など何もないような複雑な図形が浮かび上がっている。
「魔術的な装置……だと思う」
カーターは自信なさげに答えた。
首を少し捻っていることも、この装置が正体不明だと裏付けている。
「ここからどういう操作をすればいいか分かるか? 停止とかそういう項目がないか調べてくれ」
「読み込んでみるが……期待はするなよ」
「一応、魔法陣の形をメモはしておくか。何か分かるかもしれない」
庁舎で回収したファイルを取り出した。
そこにはまだ何も書かれていない白い紙が挟まっていたので、そこに魔法陣の図形を書き写していく。
正直に言って、線が細かすぎるし、あまりにも法則性が見られないので写すのは大変だが、カメラがないので仕方がない。
「外側が円形で、点があちこちにあって斜めの線が……」
途中まで書いていて気づいたことがあった。
外周の円。
放射状の線。
一定間隔で配置された点。
鳥の使い魔を喚び出して、1羽を外に放った。
「何か気づいたのか?」
「ここに浮かんでいる図形はてっきり魔法陣だと思っていたんだよ。でも違う」
俺は書き写している途中の魔法陣の横に、別の絵を描き始めた。
「たった今描いたのは、上空から見た町の地図だ」
「この魔法陣と似ているな」
「似てるんじゃない。こいつは魔法陣じゃなくて、町の地図なんだよ」
光る線は道路。点は大きな建物。外周は円。
魔法陣ではなく、単純に町の地図を光で示したものが映し出されているだけだ。
これは、発電機で作り出したエネルギーをどこに流しているかを表示しているだけだ。
そこまで見れば、真実は明らかだ。
俺は装置から制御機器に繋がっているケーブルを指差した。
「新聞記事にあったのは『新型の発電機を導入』という内容だった。つまり、この冷蔵庫もどきは本体じゃない。制御端末だ」
「なら、本体はどこなんだ?」
「そこのタービンの先にあるはずの機械だろ。発電機って言うくらいなんだから」
見たところタービンは動いていない。
当然だ。
水力発電なのだから、水が流れなくてはタービンは動かない。
ただし、その機械が何の役割も果たしていないとは思えない。
「発電機からは、電気以外の何らかのエネルギーが発生していると仮定すると辻褄は合う」
「電気は作られていないと?」
「町の中の街灯を含む電化製品が動いている気配はなかった。この発電所の中にすら電気がないくらいだ。ならば、この冷蔵庫は何をやろうとしている?」
「新型発電機が生み出したエネルギーを町全体に循環させているのか」
カーターが指をパチンと鳴らした。
マニュアルを片手に、指をタービンの先へ向けてから、そこから伸びた鉄パイプのラインを指でたどっていく。
「発想を変えればいい。仮称ウニの発生をさせるためには、町中にそいつらが発生するためのエネルギー供給源が必要だ」
「町の上にしか黒雲が発生してなかったのと関係しているのか」
「そういうことだ。この装置に浮かんだ地図の上にしかエネルギーは供給されない。だから、黒雲も仮称ウニも地図の範囲でしか発生しない」
カーターの話を聞いて胸をなでおろす。
それならば、この仮称ウニが町を出て、他の町を襲うことはない。
「どうやって町中にエネルギーを行き渡らせているのか」
「電線だな。ここに表示されているのは町の道路の地図だが、それは電線が張り巡らされている範囲とイコールでもある」
「つまり、市庁舎のような大きな施設の点が目立つのは、電線が多く通っているということか」
「見当がつけば、ある程度の魔術の流れについても絞り込める。たとえ理屈なんて分からなくてもな」
カーターが懐からメモ帳を取り出した。
その中の一枚を千切って、装置に押し当てた。
「このマニュアルも、わざとおかしなことが書いてありそうだ。あえて暴走させるためのな」
カーターの推論には説得力がある。
赤い女は、新型発電機と偽って謎の装置を取り付けさせて、誤動作をさせるように、わざとおかしなマニュアルを渡したのだ。
その結果、町には仮称ウニが現れるようになった。
もしかすると、この町がラスベガスの位置に異世界転移してきた理由にも関係しているかもしれない。
「発電機は常に大量のエネルギーを作り出しているが、その力は常にこの機械を通して町中に流れている」
「なら、この機械を壊せば、町へ力が流れ出すのは止められるということか?」
「それだけじゃないな。発電機が作り出したエネルギーは行き場をなくして、逆流を始める。そうなれば、発電機は勝手に壊れる」
カーターが俺にマニュアルを渡してきた後に、装置を指差した。
「壊れたらどうなる?」
「当然爆発するだろうな。多分、この発電所もただじゃすまない」
「爆発か……そうなると、当然爆発前に逃げ出さなきゃいけないよな。地上にいるモリ君たちにも伝えないといけないし、避難ルートの確保も重要だ」
一度戻って作戦を伝えることも必要だろう。
資料の中の一枚、裏が白い紙に簡単に今から爆破するので退避の準備を進めてくれと手紙を書いて、鳥に持たせた。
先に地上にいるモリ君たちに伝えておけば、俺たちがこの建物から出たら、速やかに全員避難できるだろう。
「それで、爆発の規模は?」
「この発電所の建物が壊れることは間違いないだろうが……」
「規模が分からないなら、なるべく遠くに逃げた方がいいか」
方針は決まった。
発電機を暴走させて爆発させる。
まず、全員で急いでその機械から走って距離を取った。
射線が通るギリギリの距離でウィリーさんがライフルを構えた。
そこにガーネットちゃんが風のスキルで強化を行う。
「狙うならば装置とケーブル。どっちがいい?」
「ケーブルだ。装置には大量のエネルギーが流れ込んでいる。壊した瞬間に爆発する可能性が高い」
「分かった。つまりケーブルを切ればいいんだな」
カーターのアドバイスを聞いたウィリーさんが両手でライフルを固定して構えた。
そして発砲。
強化されたエネルギー弾は正確に装置から伸びた2本のケーブルを射抜いた。
その直後、発電所全体が大きく揺れた。
装置から発生していた振動と音が止まった代わりに、タービンの先の方から妙な熱気と振動音が聞こえてくる。
「急げ、脱出するぞ!」
カーターの号令で全員が走り出した。
「ガーニーはオレに捕まれ! 脚力強化スキルで一気に駆け抜ける!」
「はい、ウィリーさん」
ガーネットちゃんがウィリーさんの背中に飛びついた。
それと同時に、ウィリーさんのブーツが光を放つ。
猛烈な勢いで駆け出したウィリーさんは、腰にぶら下げていたフック付きのロープを投げて、入ってきた時に通ったメンテナンス通路の手すりに引っ掛けた。
高く跳躍した後に、ロープを引き寄せて、5メートル近いメンテナンス通路へと一気に登った。
「先にハセベさんたちに伝えてください。もうすぐ爆発すると」
「分かった。ラヴィとカーターさんも急いでくれ!」
ウィリーさんはそのままメンテナンス通路の奥へ消えていった。
残るは俺とカーターだ。
俺は空を飛んで一気に脱出できるとして、問題はカーターだ。
「仕方ない、俺にしがみつけ!」
「おい、それで飛べるのか? 重量オーバーだろ?」
「それでもお前の足の遅さは知っている。走るよりはまだ速い!」
背負っていた箒を下ろして、またがった。
そこにカーターが全力でしがみついてくる。
それはいいのだが、腕が首元に伸びてきているせいで、まるで後ろからチョークスリーパーをかけられている気分だ。
首を絞めるのはやめて欲しい。息ができない。
「下、もっと下」
「それはセクハラだろう」
「腹だ腹! 腹に手を回せ!」
そう言うと、カーターが腕の位置を補正した。
今度は腹を締め上げられているので「ぐええ」と声が出る。
力の加減というものを考えて欲しい。
正直、気分も悪くなってきたのだが、今は我慢だ。
一気に箒を操って浮上した。
重量オーバーなので、あまり速くは飛べないものの、それでもカーターが走るよりはよっぽど早い。
メンテナンス通路を通過して、階段を一気に登って地上部へと飛び出した。
「極光、ただし超圧縮で!」
前から練習していたスキルの応用だ。
通常だと30秒ほど垂れ流される極光の時間を半分の15秒ほどまで短縮させる。
俺の今の力だと、半分までの短縮が限界だが、スキルの効果時間が終わるまでは光線が垂れ流され続ける事態だけは避けられる。
狙うは最初に入ってきた通路ではなく、何らかの機器を出し入れするためのシャッターだ。
そこへ向かって熱と圧力を持つ閃光を放った。
シャッターは圧力に耐えかねたのか、景気良く外側へ吹き飛んだ。
そこから一気に発電所の外へ飛び出す。
時間短縮だけのつもりだったが、どうやらその分だけ威力の向上があったようだ。
さらに訓練すれば、もっと有効活用する方法があるかもしれない。
「ラビさん、こっちです!」
馬車の御者席には既にモリ君とハセベさんが乗っており、俺たちの方に手を振っていた。
「ウィリーさんたちは?」
「もうワゴンの中にいます。話は聞きました。全力で逃げますよ!」
カーターをワゴンに詰め込み、俺はワゴンの荷台の上に着地した。
2頭の馬、赤城と榛名がいなないて、全力で馬車を引っ張る。
発電所の敷地を離れた時に、建屋の屋根が空高く吹き飛ぶのが見えた。
爆発音らしき音も響いており、火柱のようなものまで上がっている。
「なんか、思っていたよりも大きな爆発っぽいんだが」
屋根の上からワゴン内をのぞき込んでカーターに呼びかけた。
「爆発の規模までは知らん!」
無責任すぎる回答があった。
さすがに大丈夫だと思っていたけど爆発に巻き込まれて死にましたという爆発オチは避けたいところだ。
「モリ君は馬車の制御をハセベさんに交代! プロテクションで馬車全体を守る準備を!」
「分かりました」
モリ君が手綱をハセベさんに渡して、御者席で立ち上がった。
俺はその間に鳥の使い魔を溜めていく。
1回で5羽。2回で10羽。3回で15羽だ。
馬車は発電所から遠ざかっている。
そのまま町を出て、砂漠へと踏み出した。
その時、空気が大きく震えた。
まばゆい閃光と共に、背後から強烈な圧力のようなものを感じる。
「防御を!」
「プロテクション!」
モリ君が馬車全体をカバーするように、大きな光の壁を作り出した。
通常のプロテクションよりも広範囲をカバーするような形状変化をしている。
ただし、範囲を広げた分だけ、防御力は低くなるはずだ。
「それをサポートするために
通常だと3羽の鳥で展開する盾を15羽使って5枚形成した。
プロテクションの壁を強化するために多重に並べる。
「ガーニー、サポートを!」
「渦巻く旋風!」
そこにガーネットちゃんが馬車全体を包み込むように風を展開した。
その直後に、猛烈な爆風が吹き荒れた。
だが、その風は俺たちには全く届かない。
ガーネットちゃんが作り出した風が爆風を受け流し、それを抜けてくる衝撃波はモリ君の壁が受け止め、俺の盾がそれを支える。
時間にすれば十数秒だっただろう。
すっかり静まり返った後に、馬車を停めて背後を振り返った。
鳥の使い魔を放って、被害状況を見る。
発電所を中心に、巨大なクレーターが発生していた。
爆心地には焼け焦げたような金属片が転がり、上空には黒煙が高く昇っていた。
今まで無事だった町のあちこちの窓ガラスも爆風によって割れ、外壁が崩れている建物もある。
「終わったのか?」
「多分……粉塵と煙が空を覆っているのに、仮称ウニが湧いてこない」
一応は解決だ。
ただ、これは無人でかつ放棄された廃墟の町だからこそできた解決法だ。
これと同じ現象が、多くの人が住んでいる状態で起こっていたらどうなっていたことやら。
「ここまでの爆発が……オレのやったことは、ただケーブルを切っただけだぞ」
装置のケーブルを断ち切ったウィリーさんはただ口を開けて町の破壊状況を見ていた。
「赤い女というのは何を考えているんだ? この町が転移する前に爆発事故が起こった可能性もあっただろうに」
「爆発前提でやったのかもしれません」
俺はハセベさんに市庁舎から持ち出したファイルを渡した。
「ホンジュラスで倒したミイラの方も、寄生生物を送り付けて町を壊滅させるテロを目論んでいました」
「町を壊してでも、やりたいことがあったのか」
「それが町の転移と仮称ウニの発生?」
今のところ不明点は多い。
だが、手がかりはある。
市庁舎から持ち出したファイルと発電所で手に入れたマニュアルだ。
「それでどうする? 町に戻るか?」
「いえ、このまま出発しましょう。事件の解明も必要ですが、私たちの目的はエリア51の攻略です」
俺たちの本来の目的はエリア51の攻略だ。
今回はたまたま仮称ウニの発生原因を調査することになったが、いつまでもそれに構ってはいられないのが本音だ。
ウニが片付いたことと、周辺地域に被害が起こらなければ、おおむね目的は達成されたことになる。
俺たちはそのまま町を背に西へと進路をとった。
次の補給地点、砂漠に転移したはずのフィラデルフィアを目指す。