収穫祭の魔女   作:れいてんし

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Chapter 16 「装甲車」

 俺は燃え残ったエリア51の施設を焼き尽くす仕事に徹していた。

 

 ここで使用されているテクノロジーは未知でかつ危険なものが多すぎる。

 

 この中世の世界に投げ込めば、それこそ一つで国のバランスを激変させるだろう。

 

 それにあの生命を冒涜する運営が残したものだ。

 何一つこの世に残すわけにはいかない。

 

 研究施設らしい区画は真っ先に焼き払った。

 

 何やらアイテムが保存されていた保管庫も既に消し炭にしている。

 

 ただ、そこまでやったところで作業は一時中断となった。

 

 熱線の余熱でこの拠点の骨組みの鉄骨があちこち溶け出したためだ。

 

 今も施設の底の方では溶けた鉄骨が溶鉱炉のように流れ出しており、少し落ち着くまでは熱くて近づけそうにない。

 

 少し覗き込むが、むせ返るような熱気が俺が居る場所まで流れ込んでくる。

 

「でも、まさか娯楽室が最後まで残るとは予想外だったな」

 

 ただ、その娯楽室も完全に無事というわけではない。

 

 やたらに熱線を乱射したために既に部屋の半分以上は抉られ、部屋を支える鉄骨がむき出しになっている。

 天井は既になく、空が見える状態だ。

 

 ふと、まだ残っている酒の入った棚に目が行った。

 

「酒くらいなら持って帰ってもこの時代とそれほど差はないだろう。大人組への土産に持って帰るか」

 

 酒の知識はないし、知っていたとしても銘柄は異世界のよく分からない地名のものだ。

 

 まあ悪いものではないだろうと適当に赤白ワイン2本ずつ。

 ついでに洋酒を4本鞄にねじ込む。

 製造年らしき数字は入っているが西暦でも和暦でもない謎の数字なので何年ものなのかすら不明だ。

 

「子供達にはオレンジジュースでいいか。瓶に入ってる高いやつだろこれ」

 

 オレンジジュース3本を貯蔵庫から抜き出した。

 革のソファーに腰かけて、オレンジジュース1本の栓を開けてラッパ飲みをしていると、穴の上の方から声がかかった。

 

「ラビさん、大丈夫ですか? って、なんかすごいところにいますね」

 

 モリ君だった。

 どうやら俺の帰りが遅いので様子を見に来たようだ。

 

「ここの基地は意外と広くて全部壊すのにはもう少し時間がかかりそうだ。終わったらすぐに追いつくから、先に戻っていていいよ」

「ラビちゃんだけずるーい」

 

 ドロシー……ちゃんの声が聞こえてきた。

 穴の縁からこちらの様子を窺っているようだ。

 

「もう大丈夫なのか?」

「うちはもう大丈夫」

「それは良かった」

 

 元気そうで何よりだ。

 

 箒に跨って地上部へ浮上し、ドロシーちゃんに入手したばかりのオレンジジュースの瓶を手渡した。

 

「もう少しだけ留守番な。お姉ちゃんもこの仕事が終わったらすぐに追いつくから」

「分かった」

 

 ドロシーちゃんが俺に笑顔を見せて――カプセルの中の虚ろな目をしたドロシーの遺体が突然フラッシュバックした。

 

 手で目を覆うように抑える。

 急に眩暈がして、よろめいて倒れそうになったが、先に膝をついて座り込むことで転倒だけは阻止した。

 

「ラビさん大丈夫ですか?」

「だから一人だけは無茶だって。ちゃんと仲間なんだからみんなでやろう」

 

 モリ君とエリちゃんが駆け寄ってくるが、手を挙げてそれを制止した。

 

「疲れとかじゃないんだ……いや、本当に疲れじゃないから大丈夫」

 

 片目だけを開けてドロシーちゃんの顔を見たが、まだ遺体の顔が二重写しになっているように見える。

 

 なんだ……これは……。

 

《急に『死』を見すぎたんだ。常人なら発狂してもおかしくない。流石に今日は休もう》

 

 死や闇に精通していそうな魔女(ラヴィ)からストップがかかった。

 どうやら俺は精神的にダメになっているようだ。

 

「ラビさん、どの道もうすぐ日が暮れます。暗くなったら何も出来なくなるんだから、今日はもう休みましょう」

「でももう少しなんだ……」

 

 何とか気合で立ち上がろうとしたところ、ハセベさんがやってきて俺の腕を掴んだ。

 

「ラヴィ君、まずは落ち着け」

「落ち着けってなんですか?」

 

 ついムキになって反論してしまう。

 

 大人げない態度だという自覚はあるが、うまく感情を制御できない。

 

「これはただの私の推論だが聞いて欲しい」

 

 だが、ハセベさんはそんなに俺に対して怒ることなく、真摯に俺の目を見て言った。

 

「君はこの基地で何か決して存在を許されないものを見てしまった。なのでその痕跡を完全に消し去ろうとしている」

 

 いや、そんなことは……。

 

 そう言いかけて止めた。

 

「存在が許されないもの」というのにも心あたりがある。

 運営とそれに関係する全てを許せなくなっている怒りだ。

 

 ここで反論するのも、このまま衝動で暴れまくるのも俺らしくない。

 

「そうですね。それはあると思います」

 

 今の俺の精神状態を客観的に分析してみると、確かに平静とは言い難い。

 何か強迫観念に囚われて随分と偏った思考をしている気がする。

 

 ここは自分の非を素直に認めることにする。

 

 それを気付かせてくれたハセベさんには本当に感謝だ。

 

「今日のところは休みたまえ。ぐっすり眠って休めば、また違うものも見えてくるだろう」

 

 みんなが俺のことを心配してくれている。

 流石にここで意地を張っても余計にみんなに心配をかけさせて困らせるだけだろう。

 

「気が立っていたのは事実です。今日のところは一度休んで、それから出直すことにします」

 

 よろよろと歩くと、オレのローブの裾をドロシーちゃんが掴んだ。

 

「まだ何か?」

「えっと……ありがとう。暗い場所から出してくれて」

 

 そうか……俺のやったことは無駄じゃなかったのか。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 いくら地獄のモハーベ砂漠と言えども、真冬の1月だ。

 夜はかなり冷え込むので、火を焚いて馬車の周辺でテントを張ってキャンプをする。

 

 娯楽室の大半は吹き飛ばし、食べ物らしいものはろくに残っていなかったので、食事は持ってきていた非常食のみだ。

 

 俺は、2人と別れてから起こったことを、ドロシーちゃん、レルム君、タルタロスさんの遺体を見たこと以外についてをありのまま伝えた。

 

 オリジナルカーター……ランディに会って話をしたこと。

 伊原さんが俺達の日本への帰還を邪魔する可能性があること。

 

 そして、日本へ帰るための有力な情報。

 アメリカ東海岸、マサチューセッツ州のセンティネル丘陵にある祭壇に辿り着けば、日本へ帰ることが出来そうという話だ。

 

「流石に不確かな情報を頼りに6000kmは遠すぎますよ。転送装置は残しておいた方が良かったんじゃないですか?」

「でも、あれを残しておいたら絶対悪用されるだろう」

「まあそうですけど」

 

 今のところ伊原を信じてはいるが、もし伊原が次元の壁を修復することを優先し、俺達に日本への帰還を諦めるように言ってくるならば、もはやランディの言葉だけしか頼りになるものがなくなる。

 

 だが、流石に6000kmは辛い。

 

 このエリア51からマサチューセッツまでという距離の感覚で一番参考になるのは、漫画の話にはなるがほぼ同じルートを通ることになるであろうサンディエゴからニューヨークのSBR(スティールボールラン)

 

 ただし、あれは既に開拓が終わり、アメリカを横断する鉄道も砂漠地帯に大きな町も存在している19世紀の話だ。

 

 馬車で行くとなると1日あたりの移動距離の平均が40kmと仮定して150日。5カ月。

 

 砂漠や山岳地帯など移動困難な地域もあることを考えると+30日で180日。半年だ。

 

 しかもこれは休憩を一切考慮していない。

 

 行けなくはないが、全員の食糧を確保しながらとなると体力的にも予算的にもかなり厳しい。

 どこかに異世界から飛んできた町があれば良いのだが。

 

「この際です。運営が残したもので何か使えそうなものがあれば使いましょう」

「でも世界的には、こんなものは残さない方が」

「俺達だけで管理して、誰にも使わせなければ良いんです」

「でも……」

「私も賛成。だってこのままじゃ6000kmなんて無理でしょ」

 

 2人が強く言うと仕方がないかという気に思えてくる。

 

「私としても賛成だ」

 

 ハセベさんが挙手して言った。

 

「どの道、フロリダに行ったクロウさん達を置いてはいけない。もしサンディエゴで日本へ帰ることが出来る情報が手に入ったとしても、まずは一度彼らと合流したいと思う」

 

 ハセベさんの言う通りだ。

 クロウさん達はアデレイド達のように自らの意思で日本へ帰ることを拒否したわけではない。

 

 住民を守るためにフロリダの町へ向かったのだから、放置して俺達が勝手に帰るのもおかしな話だろう。

 

「そう言えば、第4チームはどうしましょう?」

 

 こちらはモリ君だ。

 

「あの人達にも一度声をかけたいところですが」

「そうは言っても今どこにいるのやら」

 

 タウンティンの軍が彼女達を保護したのは確認できたが、その後の現在位置が不明だ。

 

 どこに行けば会えるのか、雲を掴むような話だ。

 ある程度タウンティンの領土に近付けば無線が通じるので確認は取れるかもしれない。

 

 まあ無線機などどこにもないのだが。

 

「オレからも意見をいいか?」

 

 ウィリーさんが俺の顔を見ながら言った。

 

「そのランディってやつ? そいつが車を使ってくれと言ったんだろ。形見みたいなものなんだから、見るだけでも見るのは筋だと思うぜ」

「そうでしょうか?」

「罠の可能性が半分。だけど、本当に忠告の可能性も半分だ。ともかく明日、もう一度実物を見てから考えよう」

 

   ◆ ◆ ◆

 

「こりゃまた凄い車が出てきたな」

 

 ウィリーさんが口笛を吹きながら感嘆の声を上げた。

 

 俺が基地の地下から運転して地上へと運んできたのは軍用の兵員輸送の装甲車だ。

 

 タイヤは8輪。

 8tトラック程の大きさがある。

 

 車体はモスグレーで塗装された装甲に覆われており、車体前方には投光器が備え付けられている。

 

 窓ガラスは付いていない。

 その代わりに取り付けられたカメラを通して運転席……というかコックピット内に搭載されたモニターに映像が表示されるようになっている。

 

 昨日は施設破壊のために熱線を飛ばしまくったのだが、こいつの格納庫だけは何故か全て外れており無事だった。

 

 あれだけ無差別に破壊をしたというのに無事というのは、流石に何かセンチメンタリズム的な運命的な物を感じずにはいられない。

 

「一度内部を見てください」

 

 俺は車の中に入ると後部ハッチを展開してみんなに入ってもらう。

 

 サイドにもドアが付いているのだが、大勢の人間が出入りするならば車体後部が大きく開くハッチの方が便利そうだ。

 頑張れば馬ごと馬車を入れられなくもなさそうではある。

 

「意外と広いな」

「10人くらいは余裕ですね。簡易ベッドも付いているので宿泊も出来そうです。まあベッドと言ってもただの鉄板なので流石に翌日はバキバキになりそうですが」

 

 ハンドルを握ると更に空中に光り輝く半透明のウインドウが空中に浮かび上がった。

 男の子ならみんな大好きSFコンソールだ。

 

 これはタッチパネル方式になっており、メニューを選ぶとサブメニューが新しいウインドウとして展開する。

 

 メニューは英語。

 謎言語でないのは助かる。

 

「ハイテク過ぎるだろう。どういう仕組みで動いているんだこれ」

「メーターパネルの表記を信じるならエーテルリアクターですね。大気中のエーテルを吸収するらしいです」

「エーテルってのは何なんだ?」

「さあ? そこは説明がないので」

「説明ないって……軽自動車に軽油入れちゃう口か?」

 

 まあ書いてあるくらいなのだから見えないだけでエーテルなるものはこの世界に存在しているのだろう。

 

 もしかしたら魔力の源的なものかもしれないが、残念なことに単なるコスプレ魔女である俺にはその存在を認識出来ない。

 

 本物の魔法使いのスーリアあたりに聞けば何か分かるかもしれない。

 会える機会があれば聞いてみよう。 

 

 メーターパネルにはおそらく現在の速度、時間、距離計など様々な情報が表示されている。

 多いのは良いのだが、流石に多すぎて逆に見辛い。

 

 それこそ大気濃度から空気の汚染状況まで、普段それは必要かという情報まで表示されるのだからたまらない。

 

 俺が大学時代に買ってそれからずっと乗っている愛車は70年選手のクラシックカーだが、それに付いているのは機械式の速度計、回転数、燃料系の3つである。

 車なんてそれで十分なのだが、この装甲車は軽くその10倍の表示がある。

 

「なんかわかりやすい機能はないか?」

「じゃあエアコンを」

 

 メニューから内部アクセサリ制御を選択してエアコンをオンにすると、爽やかな風が吹き始めた。

 

 同じくアクセサリ制御に入っている室内灯も運転席だけや後部室だけを明るくしたり、逆に暗くしたりとなんでもありだ。

 

「他は生体スキャナーがありますね。近くにいる生物の情報を出してくれるようです」

 

 起動すると馬×2と表示された。

 

 間違いなく外にいる馬車に繋がれた馬だ。

 

「馬力は相当ありそうですが、図体がデカすぎて不便かもしれません。この時代には舗装された道なんてないし、石畳の上に乗せたら一瞬で割れそうだし」

「この時代にはまだ橋が架かっていない川も多いだろう。川は渡れないと流石にどうしようもないが」

「川は未知数ですね。ついうっかり入ってみたは良いものの防水性能がなかったりしたらもう終わりなので」

 

 夏のキャンプ場などではたまに見かける光景だ。

 

 SUVが調子に乗って川の中州へ走っていこうとするも深いところにタイヤがはまり込んでスタック。

 そのまま水没というものだ。

 

 廃車を何とか免れても、車内が泥と藻とゴミだらけでオーナーがキャンプ場で泣いているという事件は実際に見た。

 

 それを考えると万能というわけでもない。

 

 ただ、6000kmの旅をする上では間違いなく役にはたってくれるだろう。

 

「使うかどうかは保留として、一応この車でサンディエゴに戻ろう。もちろん馬車は廃棄しない。しばらくは併用としたい」

 

 ハセベさんがまとめてくれた。

 

 俺としては異論はない。

 

 伊原さんから頼まれた任務も果たしたことだし、レルム君やタルタロスさん、カーターも俺達の帰りを待ちわびているだろう。

 

 この車をどう使うかはそれから考えても遅くはない。

 

「それでは一度戻りましょう。サンディエゴへ」

 

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