「このまま前方へ直進!」
「良いんですか? 何も見えませんけど」
「方向は正しい。事前調査の結果がこれだ」
馬車のワゴンの屋根に乗った俺が御者席にいるモリ君とガーネットちゃんへ指示を出す。
俺が砂漠地帯を箒で飛び回り、2日目の夕方にようやく発見したのが、不自然すぎる砂の嵐に守られたエリア51だ。
自然現象だとは思えない。
どう見ても、俺たちの行く手を阻むために運営が作り出した人工の嵐だ。
高速で飛び回る砂粒は、うかつに飛び込めば、剃刀のように切り裂かれる。
馬と馬車を守りながら走ることができているのは、モリ君が作り出すプロテクションの壁とガーネットちゃんが作り出す竜巻、そして俺が形成した
防御スキルで守りながらも、なお抜けてくる砂に対しては、定期的に極光を放つことで対応している。
それでも、それほど長くは持たないだろう。
「そろそろ抜けてもらわないと困りますよ」
「上空から見た景色だと、そろそろ抜けるはずだ。あと10メートル!」
この砂嵐は地上から50メートルほどの高さまでしか発生していない。
なので、俺が放った鳥の使い魔からは、常に砂嵐の切れ間……ゴールは見えている状態だ。
「ゴールが見えました!」
馬車は勢いよく進み、なんとか砂嵐の壁を突破した。
そこは、今まで乾いた砂と低木しかなかった砂漠とは異なり、まるで真っ白に漂白されたような広大な空間だった。
風で飛んできた砂が一部積もってはいるものの、それも僅かだ。
見渡す限り遮蔽物は一切なく、地面全体を白いコンクリートが覆い尽くしていた。
あまりの白さに、まるで雪原にでも迷い込んだのかと錯覚する。
コンクリ舗装されているからか、馬車の振動が嘘のように落ち着いて静かな揺れへと変わる。
実在のエリア51は米空軍の基地らしく、そのための滑走路や飛行物体があったことから、UFOの発着場という都市伝説が生まれたのだろう。
だが、この世界のエリア51には別の目的が与えられているようだ。
それを象徴するような物が真正面に高くそびえていた。
まるでギリシャの古代神殿のような巨大な一本の柱が天に向かって立っていた。
塔の頂上部からは何か赤紫に光る稲光のようなものが放出されている。
下部はというと、半円形の青白く光るドームのようなものに覆われておりはっきりと見通すことができない。
こいつは柱ではない。塔なのだ。
「砂の嵐に守られているのは、バビルの塔だけで間に合ってるぞ」
「電波塔ですかね? 中に人が入るような構造じゃないように見えますけど」
「先から明らかに電波じゃない何かが出ているんですけど」
ガーネットちゃんのツッコミももっともだ。
普通の電波は赤紫の光など放たない。
「じゃあ電波じゃない塔か」
一度、馬を休ませるために、何もない白いコンクリの大地の上で馬車を止めた。
ワゴンの中からハセベさんたちが下りてくる。
否、何もないわけではない。
空から俯瞰して見ることができる俺は把握しているが、この広大な白いコンクリートのエリアには、複雑な紋様の幾何学図形が描かれている。
俺には魔術的な知識などないので効果については不明だが、状況から考えてこれは巨大な魔法陣なのだろう。
そして、見えている「電波じゃない塔」はこの魔法陣の中心にある。
魔法陣で集めた力を塔へ集めているのか?
それとも塔から出された何かの力を魔法陣が増幅させているのか……どのみち、ろくでもない効果なのは間違いない。
「多分、そこの砂嵐を発生させたり、他の目的のために使用されているんだと思うが」
カーターが魔法陣を見ているが、効果は分からないようだ。
「無視して先に進むか、それとも壊すか? リーダーの判断に任せる」
「離れても根本的な解決にならないからな。まずは魔法陣を壊しましょう」
モリ君の判断としては、怪しいものは破壊しておこうということだ。
俺もそれでいいと思う。
「壊せばいいの? それなら私がやるけど?」
エリちゃんは物理で破壊するつもりだ。
おそらくランクアップで得られたフィジカルでゴリ押しするのだろうが、それは、この広い空間を耕すようなものだ。
効率としてはあまりに悪い。
「物理的に壊したところで解決するかどうかは分からないし、まずはこの魔法陣に落書きを上書きして台無しにしようと思う。なので、エリちゃんには頼みたいことがある」
「分かった、なんでもやるよ!」
◆ ◆ ◆
「というわけで完成したのがこの組体操」
俺がまず地面に四つん這いになってバルザイの偃月刀を当てる。
俺の腰をエリちゃんが後ろから抱きかかえるように掴む。
その状態でエリちゃんが力いっぱい引っ張ることで、短剣で地面を削りながらの移動が可能になる。
巨大な魔法陣の上にバルザイの偃月刀で落書きを刻んで効果を無茶苦茶にしてやろうという、見た目以外は多分完璧な作戦である。
魔法陣の無効化ならば、これが一番早いと思います。
「ラビさん1人が、箒で飛んで同じことはできないんですか?」
「さすがに無理かな。短剣を地面に当てた時点でバランスを崩して大惨事になるのは間違いない」
想像しただけで分かる。
地面に短剣を当てた瞬間にバランスを崩して、そこを起点に慣性で箒から投げ出される。
小学生が頻繁にやらかしがちな事故だ。
ママチャリの前輪に買ったばかりの傘を突っ込んで破壊した挙句、3回転宙返りを決めて病院送りになり、親に泣いて怒られたのは俺だけではないはずだ。
「でも、なんで俺じゃなくてエリスなんですか? ラビさんは軽いから掴んで走るくらいならば俺だってできますよ」
「俺の腰を掴んで走り回る気か? 絵面をよく考えろ、このセクハラ魔人」
「変態」
「モーリスさん、さすがにそれは酷いと思います」
女性陣から容赦ない罵声が浴びせられる。
モリ君はこういうところだけは全く成長してくれようとしない。
一体どうなっているのだろうか?
それとも全部分かっていて、あえてやろうとしている本物のセクハラ魔人なのだろうか?
「それで、どこまで走ればいいの?」
「アドバイザー、頼む」
「線が交差している部分を台無しにしてやれば、それで魔法陣の効果は崩壊するはずだ。多分」
カーターが的確……かどうかわからないアドバイスをくれた。
要するに、広大な範囲すべてを破壊しなくとも、必要最小限だけ壊してやれば済むということだ。
ダメだったら他の場所も潰しにいけば済む話だ。
「分かった!」
俺はそうやってエリちゃんに引っ張られる。
短剣は軽く当てているだけなので本来は浅いひっかき傷が付く程度のはずだ。
だが、魔法陣の上書きという特殊効果が働いているからか、コンクリの舗装の上へくっきりとした溝が穿たれる。
間違いなく効果がある。
俺の腕や腰にまで振動でダメージが入るくらいに効果がある。
「あばばばば」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だけどさすがに振動が。でも続けて。魔法陣が破壊されるまで」
「なら、スピードは落とした方が良いかな?」
「それはお願い。さすがに今の速度を維持されると多分俺が死ぬ」
線を穿つ部分に関してはアイテムの効果が出ているのだろう。
だが、それはそれとして、短剣の先だけで体重を支えて身体を無理矢理後ろへ引っ張られている状態には変わりないので、握った短剣から激しく衝撃が伝わってくる。
さすがに腕と腰に入るダメージが厳しいが、それでも魔法陣を破壊するまでは我慢するしかない。
5分ほど振動と衝撃に耐え続けていると、突然、周囲にバチンと何かが弾けるような大きな音が鳴り響いた。
「もう放してもらっていいよ。終わったみたいだ」
一度膝を地面に付いてから、ゆっくりと立ち上がる。
もう引きずられていないというのに、まだ腕の先から振動が伝わってくるような感覚がある。
右手は痺れてしばらくまともに動かせそうにないので、左手で短剣を握りなおしてホルダーに入れた。
さすがに変な体勢を続けていたので肩も腰も痛い。
電波じゃない塔の方を見ると、塔の先端から放出されていた稲光のような光や、半円形の青白く光るドームが消えており、完全に沈黙していた。
周囲にあった砂嵐による壁も消え去っており、遠くにある山々が見える。
「やっぱり、この魔法陣で何かの力を塔に送っていたのか」
そして、今までは青白く光るドームに隠れているために分からなかったが、電波じゃない塔の下に小さなプレハブ小屋のようなものがあることに気付いた。
「さすがに、その小さい小屋みたいなのが運営の拠点ってことじゃないだろうけど……」
「モリ君、こっちに馬車回してきて!」
「はいはい」
モリ君が馬車を俺たちの近くへ移動させてきたので、エリちゃんと共に乗り込んだ。
「塔の下の小屋に馬車を寄せて止めよう。中を調べてみたい」
プレハブ小屋に付いた簡素なドアのノブに手をかけると、施錠はされておらず、あっさりと開いた。
ドアの先は小さい部屋になっていて、地下へ続く階段が部屋の中央にあった。
地下に続く階段は真っ暗なように見えて、うっすらと輪郭が見える。
どうやら、階段の先にある地下室から光が漏れているようだ。
「もしかして、この地下が運営の拠点か?」
「それらしい建物は電波じゃない塔以外にありませんでしたし、十分あり得る話ですね」
「じゃあどうするの?」
ハセベさん、ウィリーさん、ガーネットちゃんは運営との直接対決についてはやる気満々である。
もちろん俺たちもこれは譲れない。
悪趣味かつ人の人生を台無しにした運営の連中は、一度はぶん殴らないことには気が済まない。
問題は馬たちと馬車の安全の確保だ。
小屋の入り口は狭く、馬車を入れることはできない。
「馬車は小屋の入り口へ置いていこう」
「大丈夫かな?」
「連れていくのとここに置いていくことのどっちが安全かって話だな」
どの道、近くに安全地帯はなさそうだ。
馬車はロープで固定などはしないでおく。
馬も馬具を外して自由にした。
馬たちは意外と頭が良い。
ピンチになれば勝手に逃げてくれるはずだ。
改めて全員で階段の前に立つ。
この7人全員で挑むのはホンジュラスの遺跡以来かもしれない。
「最初の遺跡じゃ、すぐに飛ばされちまったが、今度こそは最初の6人揃ってのチャレンジだ」
ウィリーさんの言うとおりだ。
最初の遺跡では、俺たち3人とハセベさん、ウィリーさんとガーネットちゃんが合流した6人でボスに挑んだ。
残念ながら、あの遺跡のゴール地点でハセベさんたち3人は飛ばされてしまったが、無事に再会して旅ができた。
その最初の6人がこうやって、運営との最終決戦になるであろう、このエリア51に挑戦できたと思うと感慨深いものがある。
あの遺跡でバラバラになって中断させられた俺たちの冒険は今度こそ始まり、ここで終わるのだ。
だからこそ行こう。全てを終わらせるために。
「俺が先頭に立ちます。いいですね」
「じゃあ私がツートップで」
先頭はモリ君とエリちゃんの2人。
近接型と防御スキル要員が先頭に立つことに何も問題ない。
「第2陣は私だ」
続いてハセベさん。
あの遺跡で出会った、最初の仲間だ。攻撃の要になるので二番手で問題はない。
「今度は2人で行くが飛ばされねえぞ。後方支援はガンスリンガーのオレに任せろ」
「はい。みんなで力を合わせて頑張りましょう」
ウィリーさんとガーネットちゃんが続く。
遺跡のゴール手前で出会った2人。サンディエゴからの旅でも力強い存在だった。
これからも後衛を支えてほしいと思う。
「そして最後は俺とカーターだ」
カーターに会ったのは、遺跡を出た後の話だが、なんだかんだでこいつとも長い付き合いだ。
生活態度はどうかと思う点は多いが、それを差し引いても頼りになるやつだ。
「魔法使いは一番後ろで冷静に氷のように戦況を見てるんですよね」
「ああ、そういうことだ。運営の奴を殴りたいのは俺も同じだが、その役目はみんなに譲ろう。俺は戦いに勝つため一歩引く」
本当に旅を始めてから色々……いや、今は止めておこう。
こんなところで過去を振り返るのは死亡フラグにしかならない。
「この先が運営の拠点になっているならば、それなりの抵抗が予想される。決して気は抜かないように」
「もし運営とは無関係のただの廃墟だったら?」
「それはそれで」
まず、モリ君とエリちゃんの2人が階段を降りる。
2人のブーツに踏みしめられた金属製の階段板がタンタンと軽い音を立てる。
続いてハセベさんはわらじ。ほぼ無音で階段を降りていく。
「ではマドモワゼル、お手を」
「はい」
続いてウィリーさんがブーツの踵に付いた拍車をガリガリと引っ掛けて鳴らしながら階段を降りる。
ガーネットちゃんの木靴もまた甲高い音を鳴らす。
カーターが後ろを警戒しながら階段を下りる。
最後に俺もトコトコと軽い音を立てて階段を降りきった。
鉄の板の階段は思っていたよりも浅かった。
せいぜい3メートルほどではないだろうか。
階段の踊り場の先には新たな金属製の扉が付いていた。
「では開けます」
モリ君が扉のノブに手をかけると、小屋の入り口と同じように、あっさりと開いた。
不用心なような気もするが、冷静に考えるとここは砂嵐のバリアで二重に護られていたので、わざわざ施錠などする必要はなかったのか。
扉を開けると、中からひんやりとした冷気が流れ込んできた。
最初は地下なので地上よりも温度が低いと思ったのだが、自然の風とは違うようだ。
この世界にやって来てから初めて味わうエアコンの冷気だ。
扉を開けた先は完全に別世界だった。
床は光沢のある樹脂系の床材が隙間なく張られている。
天井埋め込みタイプの照明があり、ランタンなどを用意しなくとも明るい。
電球や蛍光灯とは色が違う。LEDだろうか?
窓がないのは地下だからだろう。
部屋も廊下も密閉された空間になっている。
その代わりに、天井には一定の間隔で長方形の格子がついている。
空調設備の吹き出し口と換気口だろう。
そこから定期的に換気扇の唸る音が響いてくる。
ここで空気を循環させているようだ。
「映画に出てくる研究施設もこんな無機質な感じだよな」
「罠とかあるんでしょうかね?」
「さすがに何もないとは思えないので、注意して進もう」
相変わらずこの世界は世界観が無茶苦茶だなと思いながら真っ直ぐな通路を進むと、またも大きな扉が現れた。
「ここを開けて入ればいいのか?」
「ちょっと待ってくれ。ラビ助、このドアのところを引っかけ」
カーターが扉を指差した。
罠があるということだと判断したので、バルザイの偃月刀を差し入れて、軽く引っかき傷を入れると、火花のような閃光が一瞬飛んだ。
「こんな感じで、魔術的な仕掛けがあっても、オレとラビ助のコンビで全部粉砕していく」
「頼もしい。では、中へ入ろうか」
重い扉を押し開けると、まるでガレージのような油の臭いが顔に押し寄せてきた。
天井までの高さは優に10メートルはあるだろう。
部屋の形は円形だ。
その壁に沿って、等間隔に人型の何かが立ち並んでいる。
ドクロを模したような頭部に、金属で作られた人骨のような内部フレームを持つロボットだ。
昔の騎士のような金属鎧を身にまとい、剣や槍を持った自動人形が、まるで博物館の展示のように整然と並べられている。
もちろん、ここは博物館ではない。
適度な広さの空間といい、俺たちを迎え撃つために用意された敵としか考えられない。
「オイオイ、ここに来て新しい敵じゃなくて、低予算モンスター軍団の使い回しかよ。本当に予算がないのか?」
「いや、この数はむしろ予算潤沢みたいですけど?」
「在庫一掃セールかもしれねぇな」
モリ君、エリちゃん、ハセベさん、俺の4人でウィリーさん、ガーネットちゃん、カーターの3人を囲うように立った。
軽口は叩いたものの、こいつらはただの飾りではないと知っている。
運営に与えられた命令を忠実に実行する、ドクロのような顔を持った機械人形。
そしてオリジナルのレルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさんを殺害した忌むべき存在。
不意打ちで倒してしまえばどうということはないが、まともに戦うとそこそこの戦闘力はある。
しかも身を隠すところがない、この広い空間では、乱戦になると数で劣るこちらが不利だ。
わざわざこいつらを俺たちの迎撃用に出してきたということは、運営が自信を持って出してきたということだ。
以前に遺跡で軽く倒した相手と同じと思わない方がいいだろう。
見た目は同じでも、スペックが相当上げられている可能性もある。
「単体では脅威ではない。だが、この数だ。スキルの再使用間隔を狙われると厳しい戦いになる」
「なるべく通常攻撃で相手をするということですか?」
「あとはどれだけ他のメンバーの隙をフォローし合って戦えるか。スキルに頼りきりは論外だが、温存させすぎてもいけない」
ハセベさんが注意事項をまとめてくれた。
本当に助かる。
やはり運営だけあって、俺たちの弱点は、スキルを連発できないことだとよく把握している。
それに……部屋の一番奥にいる敵だ。
俺たちが入ってきた入り口とはちょうど反対側。
出口を守るように、他の機械人形よりも一回り大きい敵がそこにいた。
両手持ちの大剣の切っ先を床に当てて立っている。
他の低予算どもと違って、兜や鎧には様々な装飾が施されており、見ただけでも特別な敵だと分かる。
「あいつ……強いよ」
エリちゃんが呟いた後に額の汗を拭い、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
強さを感じ取っているのだろう。
「私以外だとまともに戦えないと思う」
「ああ……悔しいがその通りのようだ。私では速度が足りない」
ハセベさんもある程度強さが分かるようだ。
悔しそうにエリちゃんに役目を譲った。
ここで俺が遠距離で先手必勝とばかりに雑魚より先に倒すと面白いかもしれないが、そこは空気を読むつもりだ。
第一、真っ先にボスを倒したところで、今度は雑魚相手にスキルが品切れで何もできなくなってしまう。
「私が一番良いところを持っていっちゃうけど良いんですか?」
「ああ。その代わりに雑魚は私たちが引き受けよう」
「エリスには近づけないさ」
モリ君とハセベさんの言葉を受けたエリちゃんが無言で頷いた。
かすかな機械音が静寂を破る。
最初は一つ、それから次々と、低予算どもの眼窩に青白い光が灯り始めた。
その目が一斉に俺たちの方へ向いた。
「よし、全員戦闘開始だ!」