待ち合わせのレストランに到着すると、体調が回復したらしいレルム君が抱き着いてきた。
一瞬、エリア51の地下で見た亡骸の姿がフラッシュバックしたが何とか平静を装った。
大丈夫だ。
まだ精神はしっかりしている。
「師匠、お疲れ様です」
「いや、君がお疲れだよ。怪我はもう大丈夫なのか?」
「ゆっくり休んだので回復出来ました」
口ではそう言っているが「いてて」と言ったのを聞き逃さなかった。
レルム君はまだ小学生なのだから本当に無理はしないで欲しい。
「俺のことはいいから、まだ少し安静にしていなさい」
「……はい」
「無理はしなくていいからゆっくり治そう」
頭を撫でてやると大人しく椅子に座った。
「タルタロスさんはどうですか?」
「ワシは体力だけが自慢だからな。完調とは言えんが、動く分に支障はない」
「分かりました。ただ無理はしないでくださいね」
ただレルム君と違い元々体力自慢の方だ。
そこまで心配はしていないが、無理せず体調維持に努めて欲しい。
「カーターも元気か?」
「オレは元から軽傷だっただろ……そうそう、土産のウイスキーは物凄く良かったぞ。色と香りからして20年ものだろ。日本で買おうと思ったら最低でも3万から5万くらいするし、大事にチビチビ飲むわ」
「そんなに?」
酒のブランドなど分からないので適当に掴んできたとか、大人4人以外が飲む分以外は全て破壊してきたなどとはとても言えない。
俺が知っている酒とはコンビニに寄った時、友人が勝手に籠の中へ投げ込んでくる安いビールやワインだけだ。
「そうだ。お前のオリジナルから伝言だ……『私の代わりに人生を楽しんでくれ』……だとさ」
「そうか……」
オリジナルとの関係が何だったのか分からない。
ただ、こいつはこいつで色々と有ったのだろう。
運営もこの世界から撤退のはずだし、ようやくこいつもお役御免ということか。
「それで、これからの指標を決める前に、タルタロスさん、レルム君、ドロシーちゃん……3人には話があります。辛い話です」
◆ ◆ ◆
俺は3人に、オリジナルは既に遺跡で死亡しており、今ここにいる3人はコピーであること。
コピーと言っても人間なので、突然に塵になったり消えたりすることはない。
普通に生活する分には支障がないことなどを告げた。
「嘘ですよ……嘘ですよね師匠」
「嘘だと思うなら、君が日本に居た時の元々の名前は言えるよね」
「それは……」
答えが止まった。
ここで適当な名前を言われたら俺には判別できないのだが、それが出来ないあたり真面目なのだろう。
「俺は言える。
「そんなことありません、僕だって……僕だって……」
レルム君は何か必死に思い出そうとしているが、何も浮かばないようだった。
それはタルタロスさんやドロシーちゃんも同じ。
失われたのではなく、最初から存在しないものならば、出てくるわけがない。
「僕はここにいて良いんでしょうか?」
「もちろんだ。君の人生なんだから、今まで通り普通に生きていけばいい。ちょっと過去の記憶がないだけで、これからの人生まで否定されたわけじゃないんだ。俺達も出来るだけ力を貸そう」
「せめてワシが子供達の力になってやれればと思うんだが、肝心のワシも自分のことがよく分からんし……」
タルタロスさんも悩んでいるようだ。
実際問題として彼も辛いのは分かる。
「ただ、子供達は家へ帰してやるべきだと思う。親も子を失って悲しんでいるはずだ」
タルタロスさんがレルム君とドロシーちゃんの肩に手を置いた。
「それに、子供達も親の愛を知らずに育つのはあまりに可哀想だ。この子達は是非日本へ連れて帰ってやって欲しい」
「連れ帰って欲しいじゃないですよ。タルタロスさんも一緒に行くんですよね」
「だが、ワシは結局子供達を護れなかった……」
「だから、これから子供達を護るんですよね。俺達は子供ばかりなので、大人の手を貸していただけるとありがたいです」
俺はタルタロスさんと改めて握手をした。
「そうだ。ワシは今度こそ子供達を護ってみせる」
「レルム君もドロシーちゃんも一緒に日本へ行こう」
「でも良いんですか? 僕は日本人じゃないんでしょ」
「君がこの世界に残って冒険者をやりたいなら残ってもいいよ。それを止めはしない。ただ、やりたいことがないのなら、一緒に行こう。こんなところに1人で残っても仕方ないだろう」
レルム君も俺の手を取ってくれた。
「師匠は暗い場所から僕達をここまで連れてきてくれました。信じてみます」
後はドロシーちゃんだけだが、特に何か言う前に先に俺とレルム君の手を取った。
「ラビちゃんが言った通り。みんなで帰ろう」
「ああそうだな。みんなで日本へ帰ろう」
オリジナルの3人も納得してくれるはずだ。
では、次の問題だ。
これは俺達だけではない。
全員の同意が必要だ。
俺は伊原から聞いた次元の壁と日本へ帰せないという話について説明を始めた。
◆ ◆ ◆
「これからどうするか……だな」
「ここまで苦労して来たのによぉ」
ウィリーさんは椅子にもたれ掛かって弛緩した。
無理もない。
日本に帰れるかもしれないと期待して頑張ってみたものの、徒労に終わりそうなのだから。
「頼みの綱の情報は運営のボスが残した曖昧な情報だけか」
最大の問題はこれだ。
俺は情報について信用して良いとは思っているが、罠の可能性も否定は出来ない。
伊原に協力して今は30年かかるという次元の壁の修復を10年以内で頑張って終わらせるというプランの方が現実的であるとも言える。
「実際にマサチューセッツ州まで行くと仮定して、どのようなプランが考えられる?」
俺はマインガルから持ち帰った書類の裏にアメリカに簡単な地図を描いてルート説明を始めた。
「遠回りですが海沿いルートを考えています。フロリダを通るので、途中でクロウさん達と合流も可能です」
「内陸部ルートを通った方が直線距離なので早いのでは?」
「確かに距離は短く2000kmほど短縮できるでしょう。ただ、五大湖周辺までのルートはほぼ砂漠ばかりになります。これは流石に厳しいかと。砂漠で車がスタックしたら即終了ですし」
ルートはこれがベストだろう。
内陸部ルートは流石に情報がなさすぎるので冒険しづらい。
「足の遅い馬車はここで処分して、装甲車のみで進みます。1日200kmを走るとして単純計算で6000kmキロは20日、1万kmは50日……ただ、これはずっと道が走りやすい平地で順調に進める場合です。おそらくそれより短い距離しか移動できない日もあると思いますし、途中の町で路銀を稼ぐとなると倍の100日……3ヶ月の見込みです」
出発するならばアメリカの地図を見てより細かくルートを絞り込むことになるが、だいたいはこれくらいの数字になるはずだ。
「失敗して戻ってくるとなると6か月か」
「まだ出発もしていないのに失敗する話は止めて欲しいです」
「確かに。それは失敬」
ハセベさんはまだ何やら考えているようだった。
「ここで立ち上がった大きな問題が次元の壁の問題です。これを放置するとこの世界は滅ぶとか」
「その温度感というのはどういうものなんだ?」
「伊原さんを見ている限りは今日明日とかこの数年ってわけではないと思います。最低でも10年は無事なようです」
「だが何もせず傍観していると滅ぶと」
流石に、この世界が滅ぶのは看過できない。
最初は運営に無理やり連れてこられた世界ではあるが、この世界にも多くの人が住んでいると知った。
その人達を見殺しにして日本に帰るのも、俺達だけが逃げ出したようになってしまう。
それは流石に違う。
だが、この世界を護るためにずっとこの世界に残るというのも流石に違う。
「オレはこの世界で冒険者をやっていくってのアリだと思ってるぜ」
ウィリーさんはテンガロンハットを被りなおしてニヤリと笑った。
「ただ冒険者をやって日銭を稼ぐって話じゃない。世界を護る英雄になれるんだ。その上で報酬も出るってんだろ。断る理由がない」
「私もウィリーさんと同じくこの世界に残ることを考えている」
ウィリーさんはいかにも残りそうだなという雰囲気だったが、ハセベさんまで残るというのは予想外だ。
俺が前に立てた「レアリティはこの世界に馴染めるか、日本を捨てられるかの値」という仮説がまた浮かんでくる。
「世界を護るということにも興味はある。だが、一番の理由はやりがいだ。この世界には困っている人が大勢いる。そんな人達を助けて回ることは日本にいては決して得られない体験だ。そして、今の私達にはそれを成し遂げられるだけの力がある」
「それならば、あたしも残りたいです!」
ガーネットちゃんが控え目に手を挙げて答えた。
「あたしもこの世界でしか出来ないことはあると思います」
「私達は良いが、君はまだ未成年だろう。両親も心配されているだろうし、まだまだ日本の学校でしか学べないことも多いはずだ」
「でも……」
確かにこれは難しい問題だ。
俺も出来れば未成年の子供達には勉強を続けて欲しいし、子を失った親の悲しみを考えると、出来れば日本に戻って欲しいと思う。
「ガーネットちゃんはウィリーさんが好きなの?」
エリちゃんがここで爆弾を投入してきた。
なんで急に今の状況でそんなとんでもない話をぶち込んでくるんだ。
「そうですね。好きですよ」
それをあっさりと認めるガーネットちゃん。
自重しろ中学生。
「いや待て。確かにオレもガーニーのことは好きだし、一緒にいたいとは思うけど、冷静に考えると中身はまだ中学生だし……その……」
「ウィリーさんは何歳でしたっけ?」
「25」
「ガーネットちゃんは?」
「15歳です」
これは完全に
2人が結ばれるには、この世界で「外見年齢から見て分かる通り、どちらも20歳です」という理屈で押し通す以外の解決策が見えない。
ウィリーさんが5年待つという選択肢もあるが。
「中学生に手を出すのはダメです。完全にポリスメン案件です」
「なら、ラビちゃんもレルム君を猫可愛がりするのはなしね。あれもポリスメン案件だから」
「それは別の話だろう」
「まあ、確かに飼い主と犬って感じだからちょっと違うんだけど」
「師匠、僕は犬だったんですか?」
何故かこちらに飛び火してきた。
どうしてそうなってしまうのか?
確かに、すぐに甘えてきてたまにアホっぽくなるレルム君はチワワ系の犬っぽいし、突然走ってきて猫パンチならぬ蹴りを入れてくるドロシーちゃんは猫っぽい。
……違うそうじゃない。
「ウィリーさんも好きなら良いんじゃないですか? ここは日本じゃないんだし」
「エリちゃん、これは人生がかかっているからそういうことはちょっと……」
「でも、やっぱりこういうことはズバっと言わないと。世界が違うからって理由で好きな人と別れたけど、そのことを未だに後悔している人もそこにいるし」
エリちゃんはそう言うと意味深な顔でモリ君の顔を見た。
「止めてくれよ、その話はもう終わったんだよ」
泣きそうな顔になっているモリ君に延焼した。
エリちゃんはそろそろ全周囲への無差別爆撃を止めて欲しい。
あちこちに延焼して酷いことになっているではないか。
注目を集めるため手を叩いてパァンと大きく音を鳴らした。
「みんな一度落ち着こう。まずは深呼吸だ」
流石に取り留めがなくなってきたので全員を落ち着かせる。
全員が静かになったところで再開だ。
「まず整理しましょう。この世界を護るためのは活動は必要。だけど日本に帰るという当初の目的も重要」
「ガーニーがオレのために残るって言うなら、オレは一緒に日本へ帰るよ。子供は家に帰さないと」
ウィリーさんが挙手して言った。
「そうだな。子供達は家に帰してやらんといかん」
タルタロスさんも同意している。
これはレルム君とドロシーちゃんの話とも関係しているので無関係とは思えないのだろう。
「そこで、まずは全員でフロリダに向かうというのはどうでしょうか?」
「クロウさん達の件だな」
「はい。日本に帰るにしろ、この世界を護るために戦うにしろ、まずは一時離脱したクロウさん達に状況の報告しないといけません。クロウさん達だけではなく、道中でなるべく多くの他の日本人を探して呼びかけることが必要だと思います」
「確かにそうだな。我々だけでは人手不足だ。なるべく多くの人に声をかける必要がある」
「そのための拠点として使うにはこの町は不便すぎます」
この点についてハセベさんも頷いた。
この町は伊原が音頭を取って頑張って発展させているようだが、商店には物が少なく人口もそれほど多くない。
せっかく港があるにもかかわらず、砂漠だらけのバハ・カリフォルニア半島が蓋のようになっているせいでメキシコの各都市と交易路が繋がっていないのが大きいのだろう。
これでは人も物も動くわけがない。
何より少し町から離れれば砂漠ばかりで不便極まりない。
この町から離れないと何も始まらないだろう。
「ただフロリダについての情報がありません。もし、ド田舎だった場合にはクロウさん達を連れてどこか大きな町へ移動するのはありだと思います」
「フラニスはかなり大きな港だったな。メキシコ湾の大都市と交易路が繋がっているらしいし」
フォルテやアデレイド……ここに来る途中で出会ったこの世界の冒険者達もそちらに向かったはずだ。
その町に仕事がなくとも、ハセベさんが一時期探索に向かったというメリダの町や、ホンジュラスのメキシコ湾沿い、キューバなどにも行きやすいだろう。
更にパナマまで向かえばタウンティンにも行ける。
「まずはフロリダ。特に何もなければ戻ってフラニスが良さそうだな」
「オレも同意だな。日本へ帰る帰らないの結論はまだそこまで急がなくて良いんだろう」
ウイリーさんの言う通りだ。
人生にかかわることなのだから、ここはじっくり考えてもらいたい。