Relaxation Roomなる部屋の中には想像もしていなかった空間が広がっていた。
無機質な通路とは正反対の贅を尽くした内装だ。
艶のあるレザーソファがまるで招くように置かれている。
その前には、職人の手による研ぎ出しが施された無垢材のテーブル。
目を引いたのは、部屋の隅に設けられた高級バーカウンター。
お高そうなクリスタルグラスが整然と並び、背後の棚にはこれまた高そうな酒瓶がずらりと並んでいた。
酒には詳しくないので「高そう」以外の感想は出てこないのだが、友人が俺の家に置いているチリ産安ワインとは別物だということくらいはわかる。
酒を嗜むであろうハセベさんやウィリーさんの反応からしてもそうだろう。
そして、壁近くには巨大モニターが天井からワイヤーでぶらさがっている。
「あの
ソファーにもたれかかり、手に持ったワイングラスを転がしているのは、ゲームマスターと称される男だ。
黒いシルクのタキシードに、真っ白なシャツと黒の蝶ネクタイと、以前に会った時と服装は変わらない。
問題はそいつよりも巨大モニターに映し出されている映像の方だ。
どこか知らない海辺の町で、若い男女3人が魚人のようなモンスターと戦っている光景だ。
魚人1体あたりの強さはさほどではないものの、あまりの数の多さに苦戦を強いられているようだった。
先程の俺たちと全く同じ状態だ。
その横には、まるでネット配信のチャット欄のようなコメントが次々に表示されている。
書いてある文字は日本語でも英語でもない。
マインガルで使用されていた文字でもない判読不能の謎の文字であるために読むことはできない。
それでも、流れからなんとなく内容の想像はつく。
3人が傷を負う場面で一気にコメントが増えることから、ろくなことが書かれていないことは明白だ。
映像の3人がモンスターと戦い、傷付く光景を娯楽として愉しんでいる下卑た連中がいるのだ。
今回だけの話ではないだろう。
俺たちや、その仲間たちが戦い、傷付くのをこうやって娯楽として消費していた連中が存在している。
これが運営が開催するゲームの本質ということか。
「この人たちは第4チームの方たちです。見覚えがあります」
モリ君が画面に映る若い男女3人を指差して言った。
「第4チームって、最初に合流予定だった?」
「はい、その人たちです」
結局、最初の遺跡を出た後も第4チームには合流できなかった。
タウンティンの人たちが行方を調べてくれてはいるが、情報もなく会えずじまいだった。
居場所も安否も不明だったが、こんなことで生存が確認できたのは、果たして良かったのか悪かったのか?
「これは手助けには行けないんでしょうか? このままだとなぶり殺しだ!」
「そもそも、この映像がどこのもので、ここからの距離が分からないことには……」
映像からは海沿いという以外の情報が伝わってこない。
これでは雲を掴むような話で何も分からないのと同じだ。
「私たちは交戦を望んでいるわけではない。まずは話をしよう。話し合うことで見えてくるものもあるはずだ」
「何を話し合えと」
「まずはその判断材料にするための説明をしよう。その上でどう判断するかは君たちの自由だ。私たちに協力するもよし、このまま敵対して、ここでシリーズ最終回の戦闘を始めるもよし」
「最終回?」
「そうだ。この世界でのゲームは本日を持って打ち切りが確定した」
◆ ◆ ◆
通称第4チームは魚人の群れに敗北しようとしていた。
1人は負傷して倒れたきりピクリとも動いていない。
映像だけでは生きているのか死んでいるのかすら分からない。
残る2人も傷だらけでまともに動けるような状態ではない。
悪化する状況と反比例するように映像の横に表示されているコメントはどんどん加速している。
「この映像の場所はどこだ? この場所から何キロの場所にある?」
「教えてほしいかね」
ゲームマスターが余裕の表情で答えた。
「ここから南東へ約5千キロにあるカリブ海の島だ。21世紀の地球ではドミニカと呼ばれている場所。これで満足かね」
「5千……」
「君の箒はかなりの速度が出るそうだが、マッハいくつで飛べるんだ? マッハ5? マッハ7? 何にせよ早く出ないと、全滅までに到着はさすがに難しいと思うが」
音速など出せるわけがない。
さすがにその距離では手の施しようもない。
「まだだ! ここには私たちを、あの遺跡からキューバへ飛ばした転送装置があるはずだ!」
ハセベさんが力強く言った。
「確かにその通り、この施設には転送装置はある。つい最近にもサンディエゴにメルク君たちが率いる再生人間軍団が向かっただろう」
「それはどこにある?」
「ただし、それを使ったとしても助けは間に合うわけないがね。ほら見ろ。もうこっちも決着がつく」
モニターには第4チームのリーダーらしき女性に魚人が迫るシーンが映し出されていた。
「お前たちが無駄なあがきをしても手遅れだ。あと1分以内に、こいつらは全滅する」
ゲームマスターがワイングラスを傾けた時に、それは起こった。
映像で女性に迫っていた魚人の頭が突然吹き飛んだのだ。
「へっ?」
ゲームマスターが間抜けな声を上げた。
最初の1体が倒されたのを皮切りに、次々と魚人たちがカメラの撮影範囲外からの攻撃を受けて倒れていく。
おそらく映像に映っていないところに誰かがいて、女性を助けるために魚人へ攻撃を仕掛けているのだ。
でも誰が?
映像ではそれ以上のことは何も分かりそうにない。
映像の横に付いているコメントの文字は相変わらず読めないが、そちらの方も俺たちと同じように困惑で埋め尽くされているのは分かる。
「おい、カメラのアングルを切り替えろ! 何が起こっているのか分からん!」
ゲームマスターが怒鳴ると、映像が別角度のカメラから撮影されているものへ切り替わった。
砂浜に乗り付けたボートからタクティカルジャケットを身に纏い、ライフル銃を構えた兵士が次々に現れて、魚人へ射撃を行っている。
兵士の狙いは正確で、発砲する度に次々と魚人が倒れていく。
また、衛生兵らしき人員が傷つき倒れている第4チームへと走っていくのが見えた。
この世界、この時代で、こんな武装をしている軍隊を持っている国なんて俺たちの知る限り、1つしかない。
タウンティンの軍隊が援軍として現れたのだ。
ここで俺たちがタウンティンの港から旅立つ日に
最近カリブ海で怪物や海賊が現れて商船を襲うので警らのために艦隊を派兵した。
その部隊に日本人を見つけたら保護するよう通達を出した……そのような内容だった。
ドミニカはカリブ海に浮かぶ島なので、パナマに軍事基地を持つタウンティンの勢力圏内だ。
彼らが日本人である第4チームを保護するために動き出したのだ。
「おい、映像を止めろ!」
ゲームマスターが叫ぶが、映像の中継も困惑するコメントも一切止まらなかった。
映像はまた別のカメラに切り替わる。
今度は戦艦に向かって巨大なタコが襲い掛かっている映像が映し出された。
タコの触腕が戦艦に伸びるが、それを戦艦のCIWS……近接防御用の高速連射される機関砲が迎え撃った。
マイクは非搭載のようで音声は伝わってこないが、回転機関砲から火線が走り、巨大タコの触腕が次々吹き飛んでいく。
戦艦とタコとの距離が開いたところで巡航ミサイルが発射された。
巨大なタコは全身を木っ端微塵に吹き飛ばされて、海中へと沈んでいった。
なんでもいいけど、
よく、そんなの相手に勝てたな俺。
「そんな……ここまで順調だったのに……」
ゲームマスターが呆然とした顔をモニターに向けた。
「良かったじゃないか、文字は全然読めないけどコメントは好評みたいだぞ。さっきからバンバン大量に流れてる」
「文字も読めないくせに勝手な解釈をするな! 怒ってるんだよ! ここに集まってる連中が観たがってるのは人の絶望した顔であって、戦争映画じゃない!」
「でも、さっきからカメラを切り替えて編集しているやつは楽しんでるみたいだぞ。一番迫力のある角度からの映像を映してくれて、まるで映画みたいだ」
「クソっ! なんなんだこの演出は?」
「良い演出家がいるみたいだな、そっちには」
モニターに映る映像には連携して魚人たちを制圧していく軍隊、そして海を航行する戦艦の勇姿がまるで映画のような編集で映し出されている。
カット割りと繋ぎもリアルタイム映像とは思えない自然な切り替えと大胆なアングルだ。
なんという頼りになる援軍なのだろう。
文字が読めないので意味は分からないが、コメントも盛況なようで微笑ましい。
「悪趣味なデスゲームとか他人の不幸を喜ぶような露悪的なことはやめて、こういうエンタメ的な映像や人が助かるレスキュー、可愛い動物の動画配信サービスに切り替えた方が流行ると思うぞ。転職をお勧めする」
はっきり言えることは、あの度会州知事が50年かけて準備した壮大な運営への嫌がらせが、ここに来て最大の打撃を与えたということだ。
この世界でデスゲーム的なことをやろうとしても、全て台無しにされて無駄に終わると悟らせる。
これだけ大恥をかいた運営は、もうこの世界でゲームだかショーだかをやろうとは思わないだろう。
今のゲームマスターの表情や盛況なコメントを写真に撮って、あの偏屈老人に見せたいところだ。
「それで、こんな無様ばっかりやっていたから、お前は首が飛んで最終回ってことか?」
「それとこれとは話が違う!」
ゲームマスターは立ち上がって地団太を踏み始めた。
「聞け! これはお前たちにも関係してくる話だ」
「この状況でまだ続けるのか?」
「だから、話を聞け」
ゲームマスターは小刻みに足で貧乏ゆすりをしながら両手を組んだ。
「結論から言うと、この世界は滅ぶ」
「何のギャグだそれは? なんだってー! と大袈裟に驚けば良いのか? 冗談は空気を読んでから言え」
「茶化すな。順を追って説明する」
別に茶化したわけではないのだが、急にとんでもない話をされても信じられないのは当然だろう。
モリ君の方を見ると「ラビさん、こういう時は真面目に話を聞いてください」と怒られた。
エリちゃんの方も「ちょっとは落ち着いて」と味方をしてくれそうにない。
黙って聞くことにする。
「無貌の神を知っているか?」
もちろん知っている。
赤い服を着た謎の女……推定ではあるが、州知事や伊原さんの古い友人で、この世界から帰還した唯一の日本人……のはずだ。
そいつは、ここに来るまでも、あちこちで何かしらの計画を仕掛けていた。
「そいつの活動のせいで、この世界の次元の壁に亀裂が入りつつある。一度壁に傷が入ると次元の境界が曖昧になり異世界の町や生物が出現するようになる。この状態が更に悪化すると、世界は別の世界に飲み込まれて滅ぶ」
「それは、俺たちをこの世界に喚んだ異世界召喚システムとは別物ですか?」
モリ君がゲームマスターに尋ねた。
「全く違う。我々のシステムは次元の壁に影響を与えないよう徹底したコスト管理と、もし壁に影響が発生しても自然修復させるために50年のインターバル期間を設定して、世界に影響が起きないよう配慮している。ただの事故と同じにしてもらっては困る」
俺たちの人生に多大な影響が発生しているのだが、その件は無視なのだろうか?
無視なのだろう。
このゲームマスターは一貫して俺たちの事情など一切考慮せず、自分たちの都合の話しかしていない。
巻き込まれた人間がどう思うか考えてもいない。
こいつらからすれば、俺たちは人間ではなく、単なるゲームの駒だ。
「最初に事象が観測されたのは、この世界で3年ほど前。別の世界で行われた何らかの実験のせいで町と駆逐艦がこの世界へ強制的に転移してきた。それを皮切りにあちこちで別の次元から町や人などが多数、流入し始めた」
「そんな状況でもゲームを開催したんですね」
「この世界の3年は我々の世界ではわずか6日の出来事だ。そんな直前では急に中止などできんよ」
運営の世界は俺たちよりも優れた科学技術なり魔法技術なり、高度な文明を持っているはずだ。
なのに、そういうお役所体質は変わらないのだなと思うと妙に笑えてくる。
文明は進歩しても人間の品性や合理的な社会システムは進歩できなかったのか。
「開催してみたのはいいものの、進みすぎた現地人の科学技術によって勝手に狩られる討伐対象、
「それで俺たちへの要求というのは?」
「別の異世界でのスタッフとして協力してほしい。何しろ新規事業なので人手が足りない。使えそうな2人が離脱したところで困っている」
2人とは眼鏡マンとタイツマンのことだろう。
あの2人も何かの思惑があって動いていたようだが、失敗したのか、こいつの手駒にされたのか、俺たちにあっさりと蹴散らされている。
「報酬は約束しよう。それに、この世界と心中などしたくないだろう」
言葉は通じているはずなのに、思考を全く理解できない。
こいつは一体何を言っているのだろうか?
俺たちは無理矢理この世界へ連れてきた運営を敵としか思っていないというのに、何故協力すると思うのか?
いや、何から何までおかしな話を聞いてもなお、自分たちにはメリットがあると協力しようとしたやつはいたのか。
眼鏡マンとタイツマンがその典型だ。
「次元の壁を修復しようというつもりはないのか?」
「不可能ではないがコストが見合わない。こんな世界は見捨てた方が手間もかからず安上がりだ」
「コストの問題なのか? 人の命がかかっているんだぞ!」
「だからコストの問題だろう。知らない世界の縁もゆかりもない人間が死んだら何だというんだ?」
ダメだ。まるで価値観が違いすぎる。
全く会話が成立する気もしないどころか、すり合わせられる場所も見つけられない。
「だが、それほど命が大切だというならば、それを契約条件に含めてもいいだろう」
ゲームマスターがワイングラスをテーブルの上に置いた。
そしてパチンと指を鳴らすと、何もない空間から突然にタブレット端末のようなものが出現する。
「これは、通常のプレイヤーにはショップ機能として提供しているものだ。もっとも、第3チーム以外には手に入れられなかったようだがね」
アデレイドたちが1、クロウさんたちが2、モニターに映っていたのが4。
まだ会ったことがないチームがいるようだ。
「本来ならば、メダルが必要になるメニューではあるが、この中からどれか一つ、好きに使えると言ったらどうする?」
「使えたら何だと言うんだ?」
「ほぼなんでも願いは叶えられる。神にも等しい力だ。金、権力、永遠の若さ……それに、死者蘇生も含めてだ」
「死者……蘇生……」
モリ君が唾を飲み込む音がした。
「死人が生き返るとかそんなの無理だろ」
「厳密には蘇生ではないがね。同じ遺伝子を持ったコピー人間を作成するんだ。君たちも既に現物は見ただろう。あれは面白い見物だった」
「見物!?」
話の流れからすると、ドロシーちゃん、レルム君、タルタロスさんたちを含めた、サンディエゴで襲撃してきた死んだはずの人間たちの話だろう。
だが、こいつはたった今許されない発言をした。
何が見物だ。
俺たちが苦悩することの何が楽しかったのか。
「コピー人間と蘇生は違うだろう」
「同じだろう。記憶の完全な複製はできないが、遺伝子構造は同じ。ある特定の時期の状態で蘇る。それは同じ人間と言ってもいいだろう」
「違うぞ。それは魂が異なる。同じようで別の人間だ」
ここでカーターが食ってかかった。
ゲームマスターに殴り掛からんとばかりの勢いで声を上げた。
「魂? そんなものは我々の技術でも証明されていない」
「だが、魂は確実に存在する。魂のない人間を作ってどうする?」
「観測できない魂の有無などどうでもいいだろう。スワンプマンだの哲学的ゾンビだの、そんな議論をするつもりはない。見た目が同じなことに何が問題なんだ?」
こいつは何を言っているのか?
同じ言葉を話しているのに、何一つ理解できる点がない。
「そこの廊下の前で倒れているミディール君もこの条件に乗って仲間になった。生き返らしたい人間がいたらしいな」
「ミディール? ああ、あのタイツマンか」
思えばタイツマンは眼鏡マンとは少し違う行動原理で動いていたようだった。
その目的は、運営に下ってでも、誰かを生き返らせたいというものだったようだ。
「他にもメニューはいくらでもある。金銭でも良し、永遠の若さでも良し。我々の仲間になれば好きなものを提供しよう」