収穫祭の魔女   作:れいてんし

111 / 338
Chapter 20 「ゾス=オムモグ」

 伊原に指定されたのは町外れの海に面した地域だった。

 

 道はコンクリの石畳が敷き詰められて美しい幾何学模様を描いている。

 

 その道の中央にはまっすぐ水路が貫いており、先には広い太平洋の海原が見えた。

 

 両側に並ぶ白いコンクリ造りの建物は道の両側へ整然と左右対称に並んでおり、まるで寺院や教会のような宗教施設のようにも見える。

 

 いくつもの地域と時代を無茶苦茶に並べたような混沌とした町中とは対照的に、こちらは知性と秩序に支配されているというイメージだ。

 

 夕方になれば太平洋へ沈む夕陽によってこのエリアは赤く染まってさぞ美しく見えることだろう。

 

「この建物は?」

「カリフォルニア大学ってところだな。おそらくこの世界ではリマ大に続く2番目の高等教育機関だ」

 

 伊原が建造物群を指して自慢げに言った。

 

 いや、この建物は流石に自慢しても許されるだろう。

 

 整然と立ち並ぶこの大学はもはや単なる教育機関というだけではなく建築美……芸術の域に突入している。

 

 旅行好きの俺はあちこちで芸術的な建造物をいくつも見てきたが、ここはそれらと比べても遜色ない。

 少なくともこの世界にやってきてから見た建造物の中ではベストだ。

 

「いや凄いですよ。日本にもこんなのないでしょ」

「そうそう。なんかすごいですよ。すごい」

 

 モリ君とエリちゃんもこの建物については絶賛だ。

 

「日本にも歴史的に貴重だったり綺麗な建造物はあるけど、周辺環境までセットとなるとこのレベルはないな。凄いですね伊原さん」

 

 俺も続いて評価すると伊原は余程嬉しかったのか、顔を紅潮させて自信満々に胸を逸らした。

 

 そんな中、カーターだけが異なる反応を取っていた。

 

「ソーク研究所だな。カリフォルニア大の」

 

 カーターは建物や石畳を見ながら、さも既知であるかのようにそう呟いた。

 

「しかしすごい再限度だな。よくもまあこの世界に作ったものだ」

 

 感嘆はしているものの、明らかに何かと比較している評価だ。

 俺は気になって尋ねた。

 

「おいカーター、もしかしてこの建物って元ネタがあるのか?」

「有名なところだぞ。教育機関なのに芸術だって。オレは市役所の土木課勤めだからこういう有名どころは都市計画の基礎知識として勉強しているわけよ」

 

 俺の問いに対して今度はカーターが自慢気な態度を取った。

 

「市役所の土木課って凄いんだな。道路の掘り起こしだけのイメージしかなかった」

「オレは一応大卒で役所に入ってるから道路工事以外も色々やってんのよ。まあ道路と河川の補修がメインなのは事実だが」

「まあ大都市以外はメンテナンスが中心になるのは仕方ない」

 

 カーターと役所の行政についての所感を話していると、後ろで伊原が何故かプルプルと震え始めた。

 

「あの、どうかされました?」

「もしかしてこの建物を自分のオリジナルと思わせたかったとか」

「なるほど。オリジナルで作ったのと見た目を似せたパチモノじゃ印象は変わってくるしな」

 

 俺の「パチモノ」という言葉に反応したのか、伊原は「こっちだ」と言った後に急に口数がなくなり、淡々と歩き始めた。

 

 どうやらオリジナルと思わせたかったというのは図星だったらしい。

 

 こちらとしては支障はないのだから素直に騙されておけば良かった。

 おのれカーターめ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「ここで研究しているのは基礎教育と、農業、漁業を効率良く進めるための生物学……それと歴史学だ」

「次元の壁の研究はどうなんですか?」

「それは知識だけじゃどうにもならん。結局邪神の力がないと何ともし難いから私一人でやっている。ただ、流石にノーヒントじゃどうにもならん。なので、それを助けるための情報の整理をするのが歴史学だ」

 

 伊原は研究室の通路を歩きながら説明を始めた。

 

 流れるような動きで職員から鍵束を受け取り、更に通路を奥へ奥へと進んでいく。

 

瑞穂(みずほ)の義理の息子が歴史学の研究をしてるらしいので、うちに呼んだんだが来やしない。お前ら知ってるか?」

「義理の息子というと……アンカス教授か」

 

 知事の義理の息子というのはホンジュラスで出会った壮年の教授のはずだ。

 今もまだジャングルで遺跡の調査を行っているのだろうか?

 

「アンカスを知ってんのか? うちに来たら研究させてやるし予算も瑞穂のところの倍は出すから家族連れて来いって言ってんのにリマ大学から離れようとしねえ」

「ホンジュラスの遺跡で会いましたよ」

 

 そう言うと伊原が驚いた顔をした。

 

「フィールドワークやってんの? あのもやしっ子が?」

 

 ホンジュラスで会ったアンカス教授を思い出すが、少なくとも40は越えており50代という印象を受けた。

 

 中年太りはしていたものの、体格はかなりガッシリしており、少なくともモヤシではない。

 

 もしかしたら別人なのだろうか?

 

「あいつって今は30歳くらい?」

「教授は多分40代後半から50代前半だと思います」

「嘘だ。だってちょっと前に会った時はまだ20代だったぞ。収入が不安定な研究職の変人が一人娘をくれとやって来たって瑞穂がボヤいて4人で相談してた」

「4人?」

「……いや、今の話は忘れてくれ」

 

「4人」という言葉を聞いた伊原の表情が曇った。

 4人というと知事とその夫、そして伊原と……中村か。

 

 中村絡みの昔話はしたくないという気持ちは少しだけ分かる。

 

 たとえその時は良い思い出だったとしても、中村の動きがおかしい今となっては忌まわしい記憶なのだろう。

 

「そうか、もう30年も経つのか。年月が流れるのは早いな」

「知事とはそんなに長く会われていないのですか?」

「お互い仕事も忙しいから手紙のやり取りだけだ。長男のところに孫が産まれたらしいと聞いたからおむつでも送ってやらないと。なんだっけ、リプリィとか言ってたな」

 

 気まずい。

 

 その孫が横を歩いているモリ君とイチャイチャしてました。

 一歩間違えたら、おむつはそのモリ君との間に産まれたひ孫用になるかもしれないところでしたなどとは流石に言えない。

 

 モリ君と無言で視線を交わす。

 これは口に出さない方が良さそうだと頷く。

 

 なるべく何事もなく終わって欲しい。

 

「リプリィさんにはお世話になりました」

 

 ダメだった。

 

 全く空気を読めないエリちゃんがここで打って出た。

 出て来なければやられなかったのに。

 

「なんだ、もう赤ん坊じゃないのか。小学生くらいか? そうか、あのドロシーとかいうクソガキの友達だな」

「19歳じゃなかったっけ?」

「ハァ!?」

 

 観念したのかモリ君がパナマで撮影した例の集合写真を取り出して疑念の表情の伊原に見せた。

 

「こちらがリプリィさんです」

「待って、私が知らん間に産まれた赤ん坊がもう成人してる……」

 

 それは実質20年放置ということだ。

 本当に伊原は知事の友人だったのだろうがと疑問がわいてくる。

 

「何も祝いを送っていないんだけど、どういう建前で送れば良いと思う?」

「結婚式の祝いとかで良いのでは?」

「リプリィさんが……け、結婚……」

 

 エリちゃんの何気ない言葉でモリ君が勝手にダメージを受けた。

 

 わなわなと小刻みに震えながら後ずさりをしていく。

 

 ダメだこいつ……何一つ吹っ切れていないぞ。

 

「瑞穂の孫ならば私にとっても孫みたいなもんだし、何かしら祝いを出すことは考えておこう。今の見た目だけでも分かって助かった」

 

 どうやらモリ君がダメージを受けた以外は特に問題なしで終わったようだ。

 セーフである。

 

「それで君が孫をフッたのかね」

 

 ダメだった。また話題が戻ってきた。

 

「いえ、俺達は付き合う前に話し合って今のままだと付き合えないと別れました。お互いに納得の上です」

 

 流石成長したモリ君だ。

 しっかりとした答えが返ってきた。

 

「それで孫をフッてまで選んだのはどっちだ? こっちなら流石に殴るが」

「こっち言うな」

「そっちじゃないですよ、流石に」

「そっち言うな」

 

 俺の扱いは一体何なの?

 ないがしろにされてない?

 

「さて本題だ」

 

 俺達は通路を進んだ先にあった地下への階段を降り始めた。

 

 数分階段を降りるとそこには金属製の扉があった。

 

 まず伊原が一つ目の扉を開錠すると、また金属製の別の扉が現れた。

 

 更に開けると今度は金属製のシャッターが登場。

 

「今から特に説明は行わずに見せるものがある。それを見て正直に感想を述べて欲しい」

「予備知識はなくても良いと」

「ああ。何も知らずに見た時の素直な反応を聞きたい」

 

 伊原が鍵を開錠してシャッターを開いた。

 中は木製のコンテナが並べられた暗い倉庫のような場所だった。

 

 窓は一切なく、階段からわずかに差し込む光しか光源がないために倉庫の奥まで見通すことが出来ない。

 

「はい、身長の高い男2人がこれを持つ」

 

 伊原はどこからか取り出した懐中電灯をモリ君とカーターに渡すと倉庫に入るよう促した。

 

「どこから出したんですかこんなの。ここ中世時代ですよ」

「大丈夫。不安定に作っているので使い終えたあたりで勝手に消えるから」

 

 まるで自爆装置搭載のような全く大丈夫ではない説明を受けながら2人は懐中電灯を受け取った。

 

「C列の14番まで」

 

 指定通りの列と番号が付いたコンテナまで歩いていく。

 

 伊原がコンテナに付けられた南京錠を取り外して蓋を開いた。

 

 中には布に包まれた1.5lペットボトル程の大きさの何かが入っていた。

 

 布を取り払うと現れたのは一見するととぐろを巻いた蛇、もしくは龍の石像だった。

 

 石像の素材はライトグレーに濃緑の斑点がまだら模様に入った石材だった。

 

 模様を出すために琥珀か何かを含んだ石材をわざわざ使用したのだろう。

 

 石の表面の劣化状態からして作られたのは相当古そうだが、造形はかなり緻密であり、職人が相当手を入れて彫ったであろうことは分かる。

 

「これは何に見える?」

「龍か蛇……にしては何かおかしい」

 

 最初は円錐状の胴体の先に爬虫類じみた頭が乗っていたのでてっきり東洋の龍かと思っていたが、じっくり見ると全く異なっていた。

 

 円錐はよく見ると4つに分割されており、獲物を捕食したヒトデが触腕を閉じたような形状になっていることに気付いた。

 

 先細った触腕の先には吸盤のようなものが付いており、更に4本の触腕の隙間からは更に細い触手のようなものが無数に垂れ下がっている。

 

 首の周りにたてがみのように生えた毛らしきものも、実は毛ではなく触手の表現かもしれない。

 

 龍でもなく魚でもない。

 近いのはヒトデなどの棘皮動物だが、それだと爬虫類のような頭が付いているのはおかしい。

 

 何の生物を模したいのかがさっぱり分からない。

 

 台座には複雑な象形文字が刻み込まれており、そこに説明が書かれている可能性もあるが、肝心のその文字を読めないのでまるで意味がない。

 

 形状は全く違うのだが、例の巨人(イソグサ)の神殿に有った像と雰囲気は似ている。

 

 おそらくこいつも何かしらの媒体なのだろう。

 

 伊原は像を指の先で突きながら言った。

 

「こいつは古代遺跡の発掘品マーケットに出されていたのを見つけて私が回収したものだ」

「そんなのが売られているマーケットってどうなっているんでしょう」

「一般人には単なる遺跡から発掘されたお宝でしかないんだろう」

 

 そう言われてみればホンジュラス……チョカンの町にたむろしていた探掘家もそんな感じだった。

 

 遺跡に潜って金になりそうなものを持ち出して売却。

 

 単なる美術品が世に出るのはともかく、このような危険な物まで持ち出されるのは良いのか悪いのか。

 

 赤い宝石もそうやってマーケットに出回って大惨事を引き起こしかねなかったので、流石にシャレになっていない。

 

 色々とややこしそうな代物ではあるが、ただのコスプレ魔女である俺には知識面でも技術面でもサポート出来ることなどない。

 

 ここは一番詳しそうな人物に聞くしかない。

 

「カーター、こいつをどう思う?」

「ゾス神の末弟、ゾス=オムモグの像だな。出所は分からんが、何かのエネルギーは出ている」

 

 カーターは石像を一瞥しただけで正体を当ててみせた。

 本当に普段の生活態度さえ良ければ頼りになるやつだというのに。

 

「ゾス神ってことはやっぱりタウンティンの遺跡にあったイソグサの像と同類か」

 

 俺の直観は当たっていたわけだ。

 改めて見ると破壊されていたイソグサの像やユッグの像と同じ雰囲気を感じる。

 

「じゃあ、こいつを元に儀式をやれば、ゾス=オムモグの端末が登場して大暴れってわけだ」

「いや、召喚の媒体にしては込められている魔術のパターンがちょっと違う。こいつは単なる通信機だな」

「通信機?」

「ああ、波長の合う奴に何かしらのメッセージを届ける仕組みだと思う。声が聞こえた奴は洗脳されてこの神の信者になるが、波長が合わない奴には何も聞こえない」

 

 波長が合うと聞こえるということなので他のメンツを見回す。

 流石にこの中には邪神の声に騙されそうなのはいないと思うが念のためだ。

 

「何か聞こえたりしないか?」

「聞こえません」

「耳には自信があるんだけどさっぱり」

 

 誰か聞こえた方が調査を進める上では有利なのだが、今回ばかりは聞こえなくてもOKだろう。

 デメリットの方が大きい。

 

 そう言えばもう1人いたな。

 無駄だと思うけど、一応念のために確認しておこう。

 魔女(ラヴィ)はどうだ?

 

《他所の神の声が聞こえたらびっくりするかな》

 

 正直でよろしい。

 

 今のところ俺達には何の影響もなしだ。

 

「ということで、こいつは通信機らしいです」

「なら私の予想は当たりか。こいつがどこかから何かを受信して50mほどの範囲に何かを出していることは分かったが、それ以上は分からなかった」

「何かを受信ということは、運営の時みたいに逆探知は出来ないんですか?」

「周波数が違うってやつだ。どの方向から何が飛んできているのかが分からない。私に分かるのはこいつが何かを受信してるってことだけだ」

 

 つまり逆探知は出来ないと。

 実に困った代物だ。

 

「現状影響なしとして、こいつは壊して良いのかダメなのか、どちらだ?」

 

 伊原が尋ねてきた。

 

 確かに重要なのはそれだ。

 有害か無害かははっきりさせておいた方が良いだろう。

 

「受信機だから大丈夫……とは言い切れないんだよな。でも壊すと何が起こるかはオレにも分からん。こうやって地下の倉庫に置いておけば近寄れる人間もいないので安全そうではあるが」

「ならば現状維持か」

「いや、機能停止だけはさせておこう。そうすれば、何かの弾みでこいつの音を出す範囲が数キロとかに広がっても影響はなくなる」

「機能停止ってどうやって?」

 

 伊原に尋ねられたカーターは俺の方を見て言った。

 

「ラビ助、いつものやつだ」

「いつものじゃ分からん。旧神の印(エルダーサイン)のことか?」

「そうそれ」

 

 言葉足らずにも程があるだろう。

 本当に困った奴だ。

 

 伊原に確認を取るとOKということなので、像を左手で掴み上げ、右手でバルザイの偃月刀を持ってカリカリと刃先で引っ搔いて旧神の印を入れていく。

 

 紋様が完成した時点でバチっとまるで電気がショートしたような光が一瞬ほとばしって音が鳴った。

 これで完了だ。

 

 像を俺から受け取った伊原は、入っていた時と同じように布で巻いてコンテナの中に戻した。

 

「問題はこれが通信用の像だということだ。性質上は複数あって当然だし、こいつとは別に召喚用の像もあるはずだな」

 

 カーターがとんでもない話を始めた。

 

 確かに理屈は分かるが、今そういう話は止めて欲しい。

 

 旅をしている途中でゾス=オムモグとやらとばったり遭遇とかシャレになっていないぞ。

 

「私も引き続き古物のマーケットは監視を続けるが、君達も旅を続ける上で怪しいものがあれば注意しておいてくれ」

「そうは言っても私達は日本へ帰るので」

「誰も君達だけで探せと言っているわけではない。知り合いに声をかけておけって話だ。もしもこの町まで持ってくれば、高額買取してやると伝えておいてくれ」

 

 知り合いと言われてもこの世界にそれほど多くはないし、偶然に出会える可能性もあまりない。

 

 これからフラニスに向かう途中、フォルテかアデレイドに会った時に伝えるくらいだろうか?

 

 アデレイド達はよく分からないが、フォルテ達ならば臨時報酬になると分かれば探してくれるかもしれない。

 

 ただ、本格的に探すならばやはり専門家の協力が必要だろう。

 

「それならば、やっぱりアンカス教授に連絡を取った方が良くないですか? あの人、タウンティンでの歴史学の第一人者みたいになってますよ」

「そんなにか? まあ身内みたいなものだし、近いうちに時間を作って一度会いに行ってみるか」

 

 こういうのは少人数ではどうにもならない。

 ある程度影響力のある人に広めてもらった方が効率は良いだろう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。